ツルタマ

土曜日は稲城市にある「タマヒルズ」という在日米軍施設で開催の、「Tour・de・Tama」(ツール・ド・タマ)というMTBのレースに、家族で参加した。

MTBで親しくなったモンキーズのチバサンが、在日米軍基地に勤務していて、MTB好きの兵士と日本人有志が年2回開催しているらしい。

その前に伸びた髪を代々木上原「RIGID」のS君に切ってもらおうと、木曜日にロッキーのMTBに乗って向かう。

毎週お山で自転車に乗って大汗をかくので、アタマを坊主にしたいのだが、
妻と娘にボ-ズ刈りは不評。
Sくんも
「とりあえず髪の毛があるうちは、ボウズでなくてもいいのでは?」
と言われるし...。

でもボウズなら自分でバリカンするので、S君に会えなくなってしまうのも寂しい。
さいわいまだ髪の毛はあるので、もう少しお世話になります <m(__)m>  

い。イメージ 1

実はこの前日の水曜日、所用で松戸へアドべで行った帰り道。
自宅近くの交差点を右折する際、信号無視で突っ込んできた自転車と、ぶつかりそうになり急ブレーキ&エンスト。
と、曲がるつもりでバイクはリーンしていたので、右足をついて倒れないよう必死にこらえたら、腰が「ピキッ!」と音がした。

あわてて右側に飛び降り
「ん”ぐゎあ”あ”〜」
意味不明の叫び声をあげながら、重い車体を引き起こし無事帰宅したが、軽いぎっくり腰になったようで、痛みでバイクから降りられない。
ゆっくり時間をかけて何とか降りたが、最後の儀式「車庫入れ」がまだ残っている。

ベッドで少し横になり、軽くストレッチ。
ちょっと痛みが和らいだので、足が滑らないようマックスフリッツのビブラムソールのブーツを履きなおし、気合を入れてバックで引き上げながら、狭いスペースに押し込む。

痛みで足元から崩れ落ちそうになったがなんとか完了し、ふたたびベッドに倒れ込んだ。


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この顔は好きなんだけどなぁ.....

「土曜のタマヒルズは無理かも?」
ちょっと弱気になるが安静にしているよりはと、ストレッチしたりいろいろリハビリに励む。

迎えた土曜
腰は何とか大丈夫そう
朝5時半、モンキー総裁自らクルマで迎えに来てもらい、家族で乗り込む。

自宅から首都高山手トンネル経由で、中央高速の稲城インターまで30分、
6時にはゲートに到着した。
入場は6時半からなのでチバサン指定のコンビニで、朝食を食べながら時間調整することに。
到着するとこのイベントのために、400km先の仙台から参加した、「二輪工房サトーチーム」がすでに到着していた。

夜中の12時半に出発して6時に到着。
レースが終わり次第「日帰り」で帰る強行軍とか(ホントこの世界はドMばかり)


そしてゲートイン
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全員がパスポートチェックを受け入場
クルマの人は車検証、自賠責保険、任意保険も加入していないと入れない。

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「オレのあとをついてこい」
と、ロケットバニーのド派手なスポイラーをつけた、米兵運転のRX-7(8?)に先導され、東京ドーム40個分という広大な敷地(というか山)を進んでいく。

途中で未舗装のダートになるが、このRX-8、かなりのシャコタンで下を擦りまくり
(入場ゲートもやっと通過し、帰りはバックで出たとか)

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たぶん地面まで5センチないかと。
よくここまで来れたと感心する(さすがヤンキー)

総勢50人ほどのミニレースなのに、しっかり作られたバナー
いちおう「米兵のための福利厚生の一環」らしいので、予算は出るのかな。

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8時半からゆるゆると朝のブリーフィング
といっても日本人が圧倒的に多い(40人に対し米兵10人くらい)
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こちらはこじんまりと米兵のブリーフィング
ほんと少ないなぁ

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ここでもモンキー率高し。

仙台チームのサトーサンは、モンキーの26インチ
試走のときご一緒したが、私がもしモンキーを知らなかったら、カーボンのフルサスを買っていた話をしたら、
「モンキー買ってホントによかったですね〜」
と、しみじみ言われた。

自転車もバイクもクルマも、雑誌やメディアは最新モデルを称賛するが、モンキーは時代遅れと言われるクロモリフレームに、前サスだけのハードテイル。

カーボンにフルサスが主流のMTBでは、かなり異端の存在だが、私の周りのモンキーズの面々は、この20年前に設計されたモンキーを、愛してやまない人ばかり。

バイクやクルマはフレーム以外を、最新パーツに交換するのは大変だが、自転車は簡単にできる。
ギアにハンドル、サドルやリムにタイヤなどなど、まるごと入れ替えできるので、古さを感じさせない。
もし私がカーボンフルサスの最新モデルを買っていたら、新しいモデルやパーツに目移りしまくって、無駄に増車したり相性の悪いパーツを付け換えて、自己満足だけの「ゲテモノ」に乗っていたと思う。

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参加賞のTシャツ
老舗プロショップの協賛があって、このイベントは成り立っているとか。
ロード、とくに東京から100km圏のヒルクライムは、数千人が集まるが、マウンテンバイクはほんとうに絶滅危惧種。
プロショップはどこも経営が大変だろうけど、それでもみなさん好きでやっている。

9時から1マイル(1.6km)のコースを2周するレースがスタート。
運動不足のチバさんに付き合って、モンキー総裁もこのクラスにエントリー

テールトゥノーズといえばデッドヒートしているように聞こえるが、必死に走るチバサンをうしろからあおりながら、のんびり走っている。

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このあと4周クラスがあり、私が出る6周は10時スタート
緊張でトイレへ行くと英語の表示が。
やっぱりここはアメリカだった。

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10時にスタートした6周クラスは、MTBレースでエリートクラスを走る猛者ばかりとかで、よくわからずエントリーしたことを後悔する。

とくにトップ3がぶっちぎりの速さで、私も4周目でラップされた。
オートバイと違い自転車は「排気量」は一緒。
なのにひと漕ぎで進む距離が倍くらい違う。
モーターでも仕込んでるんじゃないかと思うほどで、あっというまに見えなくなった。

昨日の雨で路面はマディ&ウェット。
日当たりの悪い場所は「苔むして」いて、強くペダルを踏むとスリップして、転倒するわ前に進まないわ....。
転んでジャージが泥だらけの人も多かった。

1周目の最初の登りでダンゴ状態。
前走者のタイヤに接触しストップ、自転車をおりて引き上げるが、路面がツルツル滑るのでなかなか上がらず、あっというまに最後尾。

痛い腰をかばっていたら、両足のふくらはぎとヒザの裏がつってきた。
止まりたくないので、ペダルを踏みながら足の腱を伸ばし続ける。

「ダメならリタイアしよう」
そう思ってスタートしたレースだが、周回を重ねるごとに痛みも和らいできた。

「ほんとうに1.6キロしかないのか?」
そう思うくらい1周が長く感じる(後で聞いたら{たぶん3キロくらいかも}って)
あくまで1マイルは目安とのこと。
まあそのぶんたくさん走れていいか。

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レース中の写真は、途中でチバサンが撮ってくれた、これくらいしかない。
本人は必死に走っているつもりだが、ぜんぜんスピード感ないし緊張感もゼロ。
でもほんとに楽しくて、腰の痛みも無くなり、6周で終わるはずがオマケで7周走ってしまった。
you-tubeで検索したら、どなたかの動画があったのでお借りします。

そして表彰式6周クラスは24人中13位だった(そんなに抜いたっけ)

Tシャツやパーツなど、いろいろな賞品があったが、私はすべてハズレ....
こちらの男性はじゃんけん大会で勝ち抜いて、フレームをゲット

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米兵だけのじゃんけん大会も
「パー」のことを「paper」っていうの、初めて知った。

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そしてお待ちかねのランチタイム
ぶ厚いアメリカンステーキランチが食べ放題(って1枚で十分だけど)

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自分の影で見えないが、たぶん直輸入のサーロインステーキ

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11月なのに暑いほど。
手前のハマダサンは
「昨日雨が降ったから、オレ走らない」
と応援に回ったが、しっかりステーキは平らげていた。

チバさんから
「娘さんがヒノのTシャツ着てるのを見て、ボクの上司のチーフが話したがってる」
というので会うと、アメリカ人には珍しくダカールラリーが大好きで、とくに小さいマシンで戦う日野レンジャーが、一番のお気に入りとか。

あまりに好きすぎて彼のコードネームも、「HINO」というらしい。

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「これも見てくれ」って
自分の自転車のヘッドにも、「HINO」のロゴを貼っていた。

米軍基地のイベントにレンジャー呼びたいというが、実は彼、かなり偉い人らしいので、ひょっとしてひょっとする?

他にも稲城という場所は日野自動車のおひざ元なので、MTB好きのヒノ社員の方も家族で参加していて、いろいろお話しできた(じ〜じ、クシャミしてたんじゃないかな?)。

レース中はゆっくり見られなかった弾薬庫あとを、チバサンが案内してくれた。


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70年前の姿がそのまま残っていて、「トトロ」か「もののけ姫」の世界

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こんな塹壕が何十か所もあるらしい。

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べつに閉鎖するでもなく、ふつーに開いている

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こちらは弾薬を運ぶエレベータ跡。
70年前にエレベータがあったことに驚く

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世界遺産に登録すればいいとすぐ思ってしまうが、維持が大変だろう。

これだけ広大な敷地だが、ほとんど使われていない。
キャンプサイトや乗馬エリアがあるくらい。
なら返還してよと言いたいが、そうもいかないんだろうナ
これだけ広ければMTBレースも、トレランも(ラリークランキングも?)できそう。

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10キロのレースを走るため、往復800キロ日帰り強行軍の仙台チーム。
仙台ならいくらでも山があるのに、わざわざ山のない東京へ来るとは、ほんとうにドMヘンタイの代表のような.....
このあと山をサイクリングして帰るという。

この人たちなら140kmのラリークランキングも、喜んで参加するんじゃないかナ。

どうか無事に帰宅してください

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山の中にある米軍のホテルへ立ち寄る
こちらは売店
日本円は使えないのでカードで買い物するらしいが、日本と違いレジがゆっくりで、異様に混んでいる。

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オリジナルのお土産Tシャツも売っていた。

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MTBレースより初アメリカより、きょう娘が一番うれしかったのが、モンキーの看板犬ロビンと、ずーっと一緒にいられたこと。

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たぶんロビンは娘のことを「オレの子分」くらいにしか、思っていないだろうけど。

元気な湘南おやじーずは、これから横浜の本牧で打ち上げとか。
呑みすぎて終電、乗り過ごさないように。

チバさん、モンキーズのみなさんありがとうございました。
また誘ってください。




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帰省

仕事で築地へ自転車で。
自宅を出発し第一京浜を銀座方面へ。
品川駅あたりから大渋滞。
「さすが朝は混んでるなぁ」
自宅と事務所が一緒で通勤がない、「のんきなおじさん」はそう思った。
が、札ノ辻の交差点でパトカーが数台停まっていて、4車線のうち3車線を通行止めにして、実況見分をしている。

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中央分離帯に激突、大破したワンボックスカーの前に、転倒したスクーターが。
交差点でぶつかってから30mくらい「滑って」、ここで止まったらしいが、これだけ大規模な見分をしているということは、死亡事故か。

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そして築地は平日にもかかわらず、観光客で大混雑。

専門学校の同級生フカザワクンの事務所がある、築地場外市場のビルのオーナーから、豊洲移転でテナントが出てしまったので、世話してほしいと依頼があった。

静岡県清水市出身なのに、サカナが苦手なフカザワクン。
むかしは魚肉ソーセージでさえ食べれなかったが、結婚して子供が生まれてからは、無理して食べるようになった。
が、それでも寿司を食べようとは言わない。

私も進んで生魚は食べないし、昼はどこも混んでいるので、いつもの築地の空いている中華料理店で、いつものマーボー豆腐定食を食べる。

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あまりの辛さにアタマから湯気を出しながら、なんとか完食。

帰り道、なにやら人だかりが

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閉鎖しても中で商売させろと、都の職員ともみ合っていた人たちか。

テレビの映像では制止を振り切って、市場の中に入っていたが、どうやら完全に締め出されたらしく、支援者らと缶詰や干物を売っていた。


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夕方、娘が学校から帰宅。
体操服を忘れたというので、取りに行く。
校門で
「ひとりで教室まで行っておいで」
と言ったが、怖い話は大好きなくせに超ビビりなので、
「パパも来て!」
って。
たしかに真っ暗な学校は、なにもなくても怖いものだ。

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田舎の施設に入所中の母親。
熱が下がらないので病院に搬送したら、「誤えん性肺炎」とのことで緊急入院。
「ここ2〜3日がヤマ」
と言われたので、金曜夜に帰省した。

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翌日、姉夫婦と病院で待ち合わせ、ICUへ

さいわい熱は下がったが、89歳と高齢なので予断は許さない。
5年前、脳梗塞で倒れて施設に入るとき、「延命措置はしない」旨サインしているので、手当てをしないと肺炎でも簡単に死んでしまうらしい。

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娘が声をかけてもずっと眠ったまま。

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「おばあちゃんにあげるの」
とレゴで作った「お守り」を置いてきた

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あまり長居はできないので姉夫婦と昼食を食べに、高山村の「高山亭」へ
地元の精密機械製造会社の社長の、ソバ好きが高じて始めたお店。

安くてうまくてボリュームたっぷりなので、いつも大盛況。

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以前は「ざるそばとかき揚げ丼セット」が定番だったが、消化に悪いので最近はざるそばだけ。
今日は「エビ天たべたい」という娘のために、天ざるを注文。

「長野県人だからそば、好きでしょ?」
とよく聞かれるが、それは戸隠など一部の人だけで、実はみんなうどんが好き。
農作業する人はソバよりも、腹にたまるうどんのほうがいいに決まっている。

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今日は「えびす講」という地元のお祭りをやっていた。

子供のころからよく遊んだ「芝宮」
ここ20年で町がさびれ、シャッター通りになったはずが、信じられないくらいの人がいておどろいた。
古民家を改造したブティックやレストラン、カフェもたくさんできて、UターンやIターンで若い人も集まっているらしい。

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天気がいいので紅葉を見にいこうと、山田温泉へ
同じことを考える人が多いようで、駐車場はどこもいっぱい。
カミナリ滝も満車なので、七味温泉まで上がってみたら、さすがに空いていた。

40年ほど前の高校時代、
毎年冬は山田牧場スキー場のホテルで、バイトしていた。
たまにジープで町まで出かけたが、カミナリ滝から七味温泉のあいだの道のカーブで、女の人が立っていた。
時間は夜7時くらい。
こんな時間になにしてるのか?
と思って振り向くともう誰もいなかった。

気のせいかと思ったが、春になってそのうしろのガケから、女性の白骨死体が見つかった。
「きっと早く見つけてほしくて出てきたのかな?」
と思ったのを思い出す。


七味温泉からガレガレの林道で渋峠まで行けるので、20年前はアフリカツインでよく来たが、今は全面通行止め。
ひさしぶりに来てみたらきれいな橋がかかっていて、温泉宿も新しい。


「温泉入りたい」という娘の希望で、私と二人で入ることに(妻は紅葉見学)
と、きれいなほうの露天風呂は「日帰り入浴は4時まで」
あと30分もないので、古いほうの露天風呂へ。
ここは子供のころ父のカブで何度か来た。





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こっちのほうが風情があっていい。

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紅葉をバックに貸し切り。
40数年前はサルやタヌキがすぐ近くまで来た。
「このお湯、変なにおいがするよ〜」
「いおうっていうマッチの元のにおいだよ」
最近はマッチを知らない子も多い。

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3年生になったので、もう男湯には一緒に入れないとあきらめていたが、ほんのつかのま、幸せな時間を過ごせた。

翌朝は実家から20分歩いて墓参り。

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毎週末、東京の自宅から100km先のお山まで、MTBに乗りに行くのがバカバカしくなるくらい、たった20分歩いただけで山がたくさんある。

山の上から降りてきたおじいさん。
「須坂駅の近くの家から毎日3時間、山を歩いている」とのこと。

「春はヤマザクラをカモシカと一緒に見た」とか。
カモシカは目が悪いので、近くに行くまで気が付かないらしい。

ものすごい早足で下りて行ってしまったが、
きっと楽しいトレイルもたくさんあるんだろう(次回はMTBで来てみたい)

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帰りは少し遠回りして動物園へ

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大人200円 子供は70円
申し訳ないくらい安いのに、うさぎもモルモットもさわり放題。
上野動物園なら長蛇の列で並ばないと、エサもやれない。
キリンもライオンもパンダもいないが、予算が無いなりにいろいろ知恵を出して、毎回飽きさせない。

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となりの臥竜公園では「菊花展」が開催中(もちろん無料)
叔父が菊づくりのプロで、毎回金賞や市長賞を受賞していた。
父は畑で野菜を作るのが趣味だったが、叔父は畑仕事より菊や盆栽が好き。
同じ兄弟でこうも違うものかと、子供たちは不思議に思ったが、もう二人ともいない。

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帰りの高速が渋滞しないうちに帰ろうと思ったが、気がつけば12時

いつもなら土曜夜、市営の温泉施設で入浴したあと、ラーメンを食べるのが日課だが、昨日は露天風呂でおあずけ。
なので
「ラーメンぜったいたべる〜!!」
と駄々をこねまくり。
しかたないので高速のインターに近いラーメン店、「龍音(るおん)」に立ち寄り。
ここは高校時代バイトした同級生の酒屋で働いていた、スダサンの奥さんと息子さんがやっている。
酒飲みのスダサンは真夏の配達で焼肉屋や寿司屋に行くと
「ちょっと休憩しよ」
と言って生ビールをグビグビ
運転なのに大丈夫かと思ったが、半分アル中だったらしい。
さすがに酒の飲みすぎで早死にしてしまったが、息子さんは立派に店を切り盛りしていた。


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あっさり煮干しだしで美味しい。

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1時に上信越道に乗り、藤岡で関越に合流すると、少しづつ渋滞し始めた。
それでも4時過ぎに無事帰宅。

すぐ腹サイクルへ12か月点検が終わったアドベンチャーを、代車のGSで引き取りに向かう。

小雨が降っていたが軽量な1200GSは快調そのもの
ほんとうに買い替えようかと悩む。

これは現行1200GS
本国仕様のままのノーマルサスだが、日本では「プレミアムライン」というらしい。
私が代車で借りたのはローダウンモデルで、またがらせてもらうと明らかに車高が高い。
これをK&H製シートに付けかえると、高さは変わらないが「股」が細く絞ってあるので、アドべよりはるかに足つきがいい。

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巨大なタンクで足元が見えないアドベンチャーに比べたら、大げさでなくエンデューロレーサーくらい細く感じる。

青白の1200GSラリーも展示してあったが、こちらはローダウン仕様とか。
ラリーってたしかアドべと同じ、長い足回りがウリのはず。
ローダウンにしたら意味がないと思うのだが、「カッコだけラリーに乗りたい」おじさんライダーが多いらしい。

日本はローダウンがノーマルで、本国のままのノーマルサスがプレミアムラインとか、まったく意味不明。
聞くだけで混乱してくる。

1250GSが海外で発表されて、日本は来年あたり発売されるとか。
なのでミーハーなおじさんたちが飛びついて
「1200は売れ残って大変なのでは?」
と思ったが、今は9.5%オフキャンペーン中とかで、ものすごいイキオイで売れているらしい。
「別に1200でもじゅうぶんでしょ」
という人が多いらしいし、約10%の値引きは大きいんだろう。

ココロは軽いGSに傾きつつ、重たいアドべで帰ることに。

と、走り出すとやっぱりこの暴力的な加速感は、GSには無い。
おなじエンジンとは思えないほど、重力加速度が違うような。
「な〜んだ、やっぱりアドべがいいな〜」
と首都高をゴキゲンクルージングしながら、帰宅。

ここで「最後の儀式」
玄関前の狭いスペースへの車庫入れが待っている。
道路より10センチほど高い、幅1mのスペースへバックで押し上げる。

GSならどこからでも入れられたが、フロント周りが重いアドべはやっぱり重たい。
何度か車庫入れに失敗しながらも、無理やり引っ張り上げてなんとか駐車できた。

むかしスガワラじ〜じの盟友ヨコカワサンの、80GSの売却を依頼されたとき、100と200ccしか違わないのにその軽さに驚いた。

100なら押しがけはできないが、軽い80は簡単に押しがけができる。
「圧縮比が違う」と言われたが、80のほうが50kgは軽く感じた。

アドべとGSもそのくらい違うように感じる。
でもやっぱりアドべの存在感は捨てがたい。

お山へいくために週イチしか乗らないし、街中もめったに乗ることはないので、ホントはナナハンで十分なのだが、1250が発売されるまで、もうすこしコイツに付き合ってもらおう。

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一週間の出来事


妻の帰りが遅いので私が晩ご飯を作っていたら、
「ドン!」
と大きな音が。
見るとテーブルとイスに手をかけて、バランスをとっていた娘が床に倒れている。
起こしてみると口から血を流して、大泣き。
どうやらバランスを崩して顔から落ちたらしい。

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急ぎソファに寝かして小さいアイスノンをハンカチにくるんで、口を冷やす。

床には抜けた前歯が

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妻にメールすると、近所の歯医者さんでまだ診てもらえるか聞いてみると返事が。
「すぐ連れてきて」
と電話があったので自転車の後ろにのせて、走ること1分。

「前歯が折れた」とメールしたので、妻も歯医者さんも心配していたが、折れたのは前歯のとなりの「乳歯」だった。

この歯医者さんは私が通う「まみ先生」(シーナ先生の後輩)の、歯科大の同級生。
親の代からこの地で歯科医院をやっていて、娘は近いのでここで診てもらっているが、小さい子供が転んで前歯を折る事故が、増えているらしい。

むかしと違って道路も整備され、しっかりグリップする靴も普及して、「転んだことのない子」が多くなった。
なのでつまづいたときとっさに手を付けなくて、顔面から倒れるとか。
成長するにしたがって差し歯が合わなくなるので、オトナになるまでその都度、差し歯を交換し続けなければならないらしい。

どちらに似たのか運動神経はあまり良くない娘なので、まだまだ気は抜けないなと
、自分を戒めた。

そしてまたポストに「季節外れのサンタさん」からプレゼントが

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「がんばれニッポンのクルマ」
ちょうど先週トヨタのメガウェブへ行って、国産車の完成度の高さに驚いたばかり。

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メディア対抗のロードスターのワンメイクレースの記事

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永遠の一台にも紹介されていた。
ユーノス生みの親」のタチバナサンが参戦すれば、御年77歳ながらぶっちぎりで、優勝したんじゃなかろうか。

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こちらは元プロドライバー、津々見さんが走った「第1回日本グランプリ」の思い出。

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1941年生まれなので、私より20歳年上の76歳か
今は自動車評論家らしいが、サンタのおじいさん、もといスガワラじ〜じは、津々見氏と同じ1941年生まれながら、5月生まれなので御年77歳の、「現役」最年長プロドライバー。
「like a rolling stone」の言葉通り、「転がり続ける石は苔むさない」

毎年ダカールラリーの完走者しかもらえないTシャツを、惜しげもなくいただくが、
「こんな大事なものもらえません」と断ると、
「いいんだよ、オレどうせ来年も走るから」
って。
転んでも前に倒れて、けっして後ろには倒れない。
もう2019年ダカールラリーに向けての準備は万端。
このおじいちゃん、ほんとうに「死ぬまで」がんばるのかもしれない。


このEタイプ、20代後半のとき「一瞬だけ」持っていたことがある。
後期モデルのシリーズ3ロードスター
知り合いから借金の「かた」に預かったのだが、結局返済できず私のものに。

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V12気筒5300ccのエンジンは、調子がいいとホントに最高だけど、機嫌が悪くなるともうどうにもならないし、雨漏りもするので数か月で手放してしまったが、夜の六本木の交差点をブイブイ走るくらいしか、使い道を知らない20代の小僧では、あの良さを知るには若すぎた.....

そして1年ぶりにヤヒロサンから電話が。
今年も「さいたまクリテリウム」の季節がやってきて、招待チケットを届けてくれた。

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ヤヒロサンの仕事は「地下鉄の保守」を請け負う会社。
お父さんの代からやっていて、今はヤヒロサンが代表を務めている。

20年前、今はどうしているか知らないが、「元祖GSバカ」マツモトミチハルさんの声掛けで、空冷GS乗りが集まり、「GSバカミーティング」 略してバカミーという、林道を走ったりTBIなどのツーリングイベントに参加する集まりがあった。

当時私はRD03、650ccのアフリカツイン。
「部外者」だったがなぜかよく誘われて、当時100GS乗りだったヤヒロサンと出会った。

一緒にTBIに行ったり、モンゴルに行ったり、ファラオに行ったり。
ヤヒロサンの100GSは、今はDOA(ドアオブアドベンチャー)主宰の、Y原さんの愛機に。
モンゴルも走ってボロボロだったGSは、山原さんが乗ることでさらにボロンボロンに....
「たまに機嫌が悪くなる」というが、バイクも30年もたつとタマシイが宿って、化け猫ならぬ妖怪になっているのだろう。

ヤヒロサン、仕事はたくさんあって忙しいのに、地下鉄が走らない夜中の作業ゆえ、いくら社員を募集してもなかなか人が集まらず、高齢化も進みスタッフは減る一方。

それまではラリーだレースだと毎週休みが取れたが、人手不足で自分も現場に出る日が続き、バイクに乗る時間も無くなってしまった。

自宅ガレージの隅で眠ったままだった、ファラオに出るために買ったHPN。

「バイクに乗れないなら、せめてスポーツカーにでも乗ろうか」

と飛び込んだ外車屋さんが、ロータスを扱うモンゴルでもおなじみの、シノハラサンのお店だった。

スーパーセブンが欲しかったヤヒロサン、
新車は相当の価格になるので、
「バイク売らなきゃ買えないなぁ」
とぼそっと言った一言を、シノハラサンは聞き漏らさなかった。
「なに、乗ってるんですか?」
と聞かれ
「HPNっていうんです」
と答えるや
「それ、売ってください!」
とシノハラサン
ロータス使いだったシノハラサンは、実はHPNを探していたらしい。

そしてHPNも嫁ぎ、今ガレージにあるのはハーレーとロータス・エリーゼだけ。

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招待選手を見てもツールドフランスを見ていない私は、日本人の新城選手くらいしかわからない。

スポンサーの特権で招待選手のサイン入りTシャツもいただいたが、「ウゴベルト・ウラン」ってだれ?

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こんなサインなら私にも書けそう。

私が知ってるウランと言えば

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ウランちゃんくらいなものだが.....

ツールマニアなら垂涎もののチケットだが、おととしは目の前をあっというまに駆け抜ける選手がだれかもわからず、VIPと選手しか入れないラウンジで、ずっと豪華バイキングを食べていた。

こんあツールオンチが見てももったいないので、ツールマニアのY原さんにチケットをあげたら、これでもか!ってくらい出走前の選手たちと撮った記念写真が、メッセンジャーに送られてきて、分かる人に行ってもらってよかったと、うれしくなった。

なので今年もチケットはY原さんに送ったが、今年は彼がひいきのペーターサガンが出ないらしい。

そして年に数回しか動かさないという、ヤヒロサンのエリーゼ(動いてるの初めて見た)
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車重は800kgくらい?
クイックなステアリングと走りは、まんまオートバイとか。

軽量なポルシェSCあたりでも、その吹け上りは2ストバイクを彷彿とさせるので、さぞ楽しいんだろうナ(乗っていいよと言われたが、もうマニュアルなんて乗れまへん)

いまだにY原さんとヤヒロサンはお互い面識がない。
2002年のモンゴルで走っているよと言っても、お互い覚えていない。
Y原さんからも
「いつもチケットもらっているので、ぜひセッティングしてください」
と言われているが、とにかく忙しいヤヒロサンなので、また来年かな。

そして土曜はアドベンチャーの12か月点検で、ひさしぶりに腹サイクルへ


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ハラサンはSSERが新しく始めた「東北3デイズ」に、お客さんらと参加してきたらしい。

「林道三昧で走りごたえがあって、とにかく楽しかったです」
「来年はアドベンチャーで行きましょう」
と誘われたが、広い砂漠ならともかく、狭い林道は苦手なのよ。

テントでなく学校の体育館でザコ寝の日もあって、一部のエントラントから
「まるで遺体安置所じゃねーか」
と言われたとか(まぁそれがSSERらしいと思うけど)

なにより今はヒイヒイ言いながら、自力で登ったり下ったりするMTBが楽しくて、アクセルひねるだけで簡単に走れてしまうバイクに、興味が無くなってしまった。


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そして代車で貸してもらったのが1200GS
現行モデルなのでメーターがTFT。
TFTとはThin Film Transistor
薄いフィルム状のトランジスタを張り付けた、液晶パネルのこと。
デジタルなのでとても見やすい。
最近アドべからアドべに買い替えたSさんが、あえてTFTにこだわったのもうなづける。

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空気を入れるエアバルブが、リムではなくキャストスポークについていることに驚く。

ローシート仕様なのか、両足のかかとがべったりつくので、安心感がハンパない。
乗り出してすぐ気が付くのは、その軽さ。

260kgのアドべに対しGSは245kgと、カタログ上は15kgしか軽くないが、30Lのアドべのタンクは、乗ると自分の足が見えないのに対して、20LタンクのGSは驚くほど細く、左右にでっぱったエンジンも、自分の足も丸見えで安心感が違う。

ローシートなのでハンドルが高く感じるが、それも気にならないほど、とにかく軽くて乗りやすい。
気分は400ccの中型バイクといえば大げさかもしれないが、本当にそのくらいに感じるほど。
大きくて重いアドべなら、越谷のディーラーから都内の自宅まで、渋滞の国道より首都高を選んでしまうが、今回は渋滞のなかを40km、下道でもなんの不満もなかった。
自宅玄関前の狭い駐輪スペースも、大きなアドべは足元が見えず毎回ドキドキするが、GSは取り回しも軽いので、本当にラクチン。

そして日曜はそのGSでお山へ。
デザインはやっぱりアドべがいいが、軽快感と乗りやすさはGS。
こりゃハラサンにやられたかな



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本当は先日ここでお会いした千葉のホリウチサンから、「筑波山で走りませんか」と誘われていた。
ホリウチサンはMTBでも黒関係、じゃくなくてクロカン系

クロカンとはクロスカントリーの略で、山のコースをひたすら上ったり下ったり、とにかく長距離を走るらしい。
ほかにオフロードバイクと同じ「エンデューロ」や、激坂をひたすら下る「ダウンヒル」がある。
私が毎週走っているのは「トレイル」というらしいが、まあ「林道ツーリング(たまに難所)」みたいなものか。

2月に延期になったチャリンコ版DOA、「ラリークランキング150km(略してRC)」まであと4か月を切った
予行演習のつもりでいた「鳥海山80km」は台風で中止になってしまった。
(同日開催のDOAは台風がそれて快晴に。どうやらほんとうに「自分は雨男かも?」と思う、今日この頃)

ホリウチサンに
「千葉の山を150km走るラリークランキングってのがあって」
と話したら、二つ返事で
「おっ、楽しそうですネ〜💛」
即答されて驚いた。

モンキー総裁からも
「クロカン系の人はみんなドMです」
と言われていたので、筑波山に行ってドMの人たちを、RCにリクルートしようと思った次第。

筑波山まで自宅から120km、
110kmの「サルの穴」と距離はさほど変わらないが、ベースまでバイクで来れるサルと違い、クルマに自転車を積んでいくので、帰りの渋滞が心配。
日曜夜は妻が習い事に行くので、6時までに帰る約束がある。
モンキー総裁に聞いたら、日曜のメンバーはチバサン&ジローサンの湘南おやじーずに、マサルサン、オチアイさんとエキスパート揃い。

ホリウチサンには次回誘ってくださいとお願いし、今回はいつものサルの穴を走ることに。

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ロビンもいっしょ

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そしていつもの山をヒイヒイ登り、少し下ったところで今回はあるミッションが。

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ルート開拓

この道(といっても最初はどこに「道」があるのかわからなかった)は、むかし林業の人たちが切り倒した材木を、そりなどを使って下したルートらしい。

何十年も使われていなかった道を、倒木をよけたり「やぶ」を刈り取ったり、長年かけてモンキーズがヒミツのルートを何本も作ってきた。

この道もその一つだが、いつも走らないとあっというまにくもの巣が張り巡らされ、枝も伸びジャングルになってしまう。

台風で倒れた木をのこぎりで切ったり、堆積した落ち葉を「レーキ」で掃いて、「道」を復活させた。


本当に初めて来たときはどこに道があるのかわからず、みなさんのあとを必死に追いかけるだけだったが、今は「どこを見ても道に見える」から不思議。

あくまで他人の土地なので、勝手に土を掘ったり生きている木を切り倒したり、マナー違反はしないよう心がけて。


みんなで復活したルートを下ってみる。
何本もせまい木のあいだを抜けたり、キャンバーでがけ下に落ちそうな難所や倒木越え、激坂下りにバームというバンクのついたコーナーもあり、けっこうスリリング。

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ルート整備が終わりレーキ2本背負って、満足そうなオチアイサン、
そしてスコップを背負うアヤシイおじさんたち

「里」まで駆け下りていつものお蕎麦屋さんで昼食を食べ、3時過ぎに解散。

帰りの高速は行楽帰りのクルマで、数十キロの大渋滞だったが、「それなりに」速いバイクのあとをすり抜けながら走り、5時半に無事帰宅。

と、今日はお友達の家のハロウィンパーティーに行ってきた、かわいい化け猫がお出迎えしてくれた。

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今回も無事、家族のもとへ帰れたことに感謝。

腹サイクルから「ブレーキパッドも交換したほうがいい」と電話が。
パッド1枚が1万円以上するので、前後で4枚交換とオイル交換で8万円とか(!)

クルマより高いと思うが、ガイシャなので仕方ないのか(社外品を使って不具合があっても困るし)

次回買い替えるなら1200かな、と思ったが、もう1250が発売されるらしい。
せまいニッポン、もうこれ以上パワーはいらないと思うのだが、ニンゲンの欲望は果てしない.....。



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秋の気配

土曜日は自転車で都内を走り回っていたが、中目黒のバッチョーネに立ち寄って、オーナーのコジマさんと話していたら、急に「ザーッ」と雨が降ってきた。

携帯の雨雲レーダーを見ると、まだあと1時間は止まないらしい。
しかたないのでゴミ袋を1枚もらい、アタマと両腕の3か所に穴を開けて、かぶって自宅へ向かって走り出した。
10月の雨はもう冷たくて、15分後に帰宅したときは、ビニール袋をかぶっていた胸回り以外はずぶ濡れで、指もかじかんでいた。

奥さんに
「お風呂沸かしておいて」
と電話で頼んでおいて本当に助かった。

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熱いお湯が冷えた体にしみわたる。


1足しかないMTB用シューズもずぶ濡れ。
奥さんがふとん乾燥機でも乾かせるというので、やってみたらほんとに乾いたが、
ヒモでなくベルクロテープ止めなので、1年も使っているとベルクロがだんだんくっつかなくなってきて、踏ん張ってペダルを踏むと靴が脱げそうになる。

なので2足目を探しているのだが、なかなか気に入るものがない。



そして日曜日、2週間ぶりのお山へ
もう朝は涼しいを通り越して寒いくらいなので、マックスフリッツの冬用パーカーを着込んで出発したが、ちょうどよかった。

高速は3台が絡む事故で渋滞10キロ以上。
渋滞中も走行中でも
「そんなにくっついてイザというとき、止まれるの?」
ってくらいみんな車間距離を詰めているので、3台、5台と多重衝突事故が増えた気がする。

そんな渋滞した車列のなかを、3ケタのスピードでカッ飛んでいくレーサーたち。
クルマもバイクも早朝は、カラダもアタマもまだ起きてないのに、本当に危険。

とくにセパハンのレーサーは、バーエンドがクルマのミラーと同じ高さなので、渋滞のなか後ろを見ていない車が、ちょっと車線変更をした瞬間、接触事故が起こる(のを目の前で見た)
そんなバカどもに巻き込まれるのはご免なのですぐ道を譲り、自分のスピードに合ったバイクを見つけ、道を譲られないくらいの車間距離をおいて、「そーっと」うしろを追従するようにしている。

8時半すぎにベースに到着すると、他のメンバーはすでに到着していた

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今日初めてお会いしたムラタさんの、新型ジムニー
大人気で納車は半年以上待ちとニュースで見たが、何度も近所のディーラーに足を運び、「ディーラー1号」で納車してもらったとか。

ジムニーは乗ってみたいが、これ1台ですべてを済ますにはちょっと小さい。
が、我が家に2台置くスペースはない。
なので私にとってはフェラーリと同じくらい、ジムニーもハードルが高かったりする。

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モンキー総裁は朝からビール
山のなかは飲酒取り締まりがなくていい。

そしてヒイヒイ言いながら山を登り、さらに「横道」に自転車を担いで下り、


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初めて来た頃はどこに道があるのか、まったくわからなかった。

谷も担いで渡り

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メンバーのオチアイさんたちが先週、のこぎりやナタで倒木を片付け
台風でやられたケモノミチを復活させたそうで、かなり快適な下りになっていた。

そしてまたヒイヒイ言いながら、岩と根っこで荒れた林道を漕いで登り頂上へ。
頂上まであと少しというところのコーナーで、フロントタイヤが岩にはじかれ、足を着いてしまった。
エキスパートたちは何事もなかったように、登っていく。
Fギアが1枚しかないシングルのオチアイさんなんて、「ダンシング」で立ち漕ぎしながら、グイグイ上がっていく。

あまりにくやしくて足を着いたコーナーまで頂上から引き返し、ラインを見つけながら今度は無事漕ぎ上がることができた。

必至にペダルを漕ぐより、降りて押せばラクなのだが、達成感は100倍違うはず。

秋晴れという言葉がピッタリで空気は冷たいが、大汗かきまくった

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また下って登ってを繰り返し、やっとお昼ご飯にありつけた。


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おなかはペコペコなので、いつもは向かいのムラタさんのように、かき揚げ丼セットをオーダーしていたが、このあとはもう帰るだけなのでカロリー消費しない
(いつか東京まで110km、帰りも自走してみたいが)。

帰宅してもおなかが空かないので、晩ご飯が食べられない。
なのでざる蕎麦くらいがちょうどいい。
個人的にはおにぎりを持参して山頂で食べてもいいのだが、総裁はご飯よりビールが恋しい(アル中か?)ので仕方ない。

ただでさえ目が悪く路面が見えないのに、下りのダートで速度が上がると視線が上下して、岩やギャップが見えずぶっ飛ぶことが多かった。


なのでクルマやバイク運転用のメガネをかけて走ってみたら、今までよりはるかに路面がよく見えて走りやすくなった。
が、狭いケモノミチの下りは「落ちていくスピードに」ブレーキが間に合わず、リアブレーキで向きを変えながらコーナリングしてしまうので、バンクさせてコーナリングしているほかの人たちに、どうしても遅れてしまう。

どうすればいいか総裁、オチアイさん、ムラタさんらエキスパートに聞くと

「コーナリング手前で減速し、タイヤを{押しつけながら}グーっと前に進む」
と意味不明な答え。

コーナー手前の減速まではオートバイと同じだが、自転車はアクセルがないし、立ち上がりでペダルを踏むヒマもない。
総裁の息子さんらエキスパートは、ブレーキングしないで下るらしいが(!)
もっともっと走り込まないと、見えてこない世界なんだろう。

そうえいば8月に行った「ふじてん(富士天神平スキー場)」のMTBコースが、28日でクローズとのこと。
コーナリングの反復練習をするなら、ゴンドラで上がれるコースが一番ラクなので、もう一度行ってみたかった。

こちらもいつものお約束。
裏道にある野菜の無人販売所で、各自、家族へのお土産を購入。

めずらしく今日は売り主のおじいさんがいて、
「ここは裏道なのでいつもはほとんど売れないが、今日はこんなに買ってくれて、本当にありがたい」
と大喜びで、いろいろオマケしてもらった。

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奥さんに
「泥付きネギ8本100円だけど、買う?」
とメールすると
「泥付きってなに?」
と返信が来た。
都会生まれのお嬢様は泥付きネギを知らないので、ためしに買ってみた。

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他にカキとオクラも、しめて200円

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ネギをしょったアヤシイおじさんの集団
オチアイさんはひざに犬のロビン、背中にネギしょって、「カモネギ」ならぬ今夜は「ロビン汁」か?

帰りは知り合いに紹介された「山」を見に行った。

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湖に面した12000坪。
山(の一部)を買ってプライベートのMTBコースを作ろうと思い、不動産の同業者たちに
「いらない山、ない?」
と声をかけまくっていたら、「サルの穴」からクルマで20分のところの土地を紹介された。
今の所有者は関東の不動産デベロッパー。
湖を見下ろす高台に古い家が建っているので、
「バブル時代に建てた別荘かな?」
と思ったが、「別荘を建てた前所有者」が他に持つ土地を買う条件が、「この土地も一緒に」ということで、「オマケ」で買ったらしい。
なので価格も「あってないようなもの」

年間の固定資産税は「数万円」なので、維持費も安い。

12000坪は約40000㎡
というと広く感じるが「縦200m×横200m」しかないので、自転車で走ればあっというまに行き止まり。
ここに周回コースを作るとなると、高低差が50m以上あるので、かなり「狭くてキツいコース」になってしまう。
もし「タダ」でもらっても、造成に数千万円かかりそうなので、お断りした。

東京から100km圏内で、高低差30mまでの小高い丘くらいの土地が、一番いいらしい。
前回山梨まで見に行った土地も含めて、ほんとうに手付かずの山や耕作放棄地が、まだまだたくさんある。


最近はトレランの人たちが急増中で、下りのケモノミチに丸太を並べて、MTBが走れないようにいやがらせもあるらしい。

山を痛めるオフロードバイクに比べれば、人力で細いタイヤのMTBなんて、ローインパクトたと思うのだが、下りのスピードはバイク並みなので、ハイカーやトレランの人たちから見れば、どちらも一緒に見えるとか。

自転車屋さんでもロード系はそれなりに需要はあるが、MTBショップは町のバイク屋さん並みにどこも経営が苦しい。

外車メーカーが「〇〇ジャパン」を作って、ディーラーでしか買えないようにしたり、国産メーカーも街のバイク屋さんに卸さない「いやがらせ」は、まだ自転車の世界にはないようだが、オフロードバイク並みにマイナースポーツのMTBは、ニューモデルを仕入れて売れなければ在庫になって、セールで安売りして儲けナシを繰り返しているようでは、若者がやりたいと思わないし、業界の高齢化は進むばかり。

そのうちMTBが山を走れない日が来るかもしれないので、プライベートコースがあればと思ったが、当然ひとりでは開拓できないので、大勢のボランティアという名の労働力が必要になる。
手伝ってくれた人たちがみんなでワイワイ走れるコースがあれば、絶対楽しいはず。

フェラーリやスポーツカーを買っても二人しか乗れないし、楽しいのは自分だけ。

コースがあれば若い人がスクールをやったり、子供たちが安全に走れるスキルも身につけられる。


帰りの高速も事故で大渋滞。
朝と同じくかっ飛びレーサーにはすぐ道を譲り、またちょうどいいペースで走るバイクに、「つゆはらい」を勝手にお願いし追走する。

すり抜けは本当に神経がすり減るので、できればやりたくない。
バックミラーを見ないで「のんびり」すり抜けしているのは、フォームを見ても新人ライダーとおぼしき人たち
あおるのも可哀そうなので、こちらに気が付くまで後ろを走るが、気が付いてそこで道を譲ればいいほうで、ムキになってペースをあげられると、ハンドルがクルマのミラーにぶつかりそうで、後ろから見ているこちらがヒヤヒヤしてしまう。

5時半に無事帰宅。
日没が早くなったぶん暗い中を走るのは、本当に疲れる。

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今日は一日、塾のテストだった娘。

「パパとブランコ乗りたかった」
というので、だれもいない近所の公園へ。

あと何年、こうして遊んでくれるのか。
コースで子供用MTBにも乗せてやりたいが、まだパパのほうが夢中なので、もう少し待っておくれ。

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シエンタ

「地面師」なる集団が大手不動産会社から、55億円をだまし取ったという五反田の土地。
実はうちから自転車で5分で行ける。
テレビ局も数社来ていて、ちょっとした観光名所になっていた。

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たくさんの知り合いから
「捕まったんじゃないか?」
と問い合わせをいただいたが、私は絡んでいない。

この土地はわれわれ不動産業者のあいだでは、むかしから「絶対売らない土地」として有名物件。
それでもたまに「売り情報」として出回る。

都内に限らず全国の主要都市にも、「この土地は絶対売りません」という不動産があり、
「固定資産税や相続税、よく払っていられるなぁ」
と不思議に思う。

「わたしは売主と話ができる」
というあやしいヤカラが出てくるが、会ってよくよく聞くと
「持ち主の知り合いが知り合いで....」

とかのあやふやな話ばかりで、相続でもめて争っていたりと、業界でいうところの「オバケ物件」や「事件もの」がほとんど。


去年、義父のアパートを売却したときのこと、
権利証の一部を紛失していたので、司法書士が本人確認のため、義父の家を訪問した。
最初は
「わざわざ来てくれてありがたい」
と喜んでいた義父だったが、リビングのテーブルに座った司法書士が、
「それではお名前と住所、生年月日を言ってください」
と義父に尋ねた瞬間、
「オレのことを疑っているのか!」
と義父が怒り出した。

すぐ司法書士が
「じつは数か月前にも(地面師の)事件があり、関係省庁からも必ず本人確認をするよう、指導されています」
と言われ、納得した(持ち主が不在のとき、事前に入手した合いかぎを使って、売主になりすますくらい、地面師はお手のものとか)

数か月前に杉並区の土地売買があり、事前に売主側から権利証や印鑑証明書などの、必要書類のコピーが司法書士に送られた。

確認した司法書士が内容に「ちょっと」違和感を感じ、念のため調べたら偽造されていることが判明。
後日、残金決済で売主買主が銀行に集まった。
「売主」と称する人間が必要書類の原本を提出し、司法書士が確認。
「書類はこれでOKです」
の言葉と同時に、隣室に控えていた警察官数人が出てきて、その場で現行犯逮捕となったそう。
それでも起訴されたのは「売主」にふんした70代の男性だけで、事件にかかわったであろう不動産業者と弁護士は、
「本人だと思っていた」
「私もだまされた」
と不起訴に。

司法書士は
「たぶん買主の不動産会社の担当者も、弁護士もみんなグルだったのでは?」
と言っていたが、自称「売り主」の男性はホームレスで、
「お金をくれるというのでやった」
らしい。
地面師の事件は立件が難しいらしいので、今回の事件もどこまで立件できるのか。

都市部の不動産は「高止まり」していて、売れなくなっている。
30年前のバブルは地上げが横行し、都心の土地を高値で売った人が、「現金で」郊外に土地を買った。
そして郊外の土地を高値で売った人が、さらに郊外の土地を買いに行き、連鎖的に全国で地価が高騰した。

今のバブルは地価が上がっても家賃は上がらないので、不動産業者が転売しようとしても利回りが悪く、銀行ローンで買う投資家が手を出せなくなってしまった。

「頭金がなくてもスルガに持ち込めばなんとかなる」
というのが業界の常識だったが、不正融資が発覚し営業停止になった今では、ローンを組めないサラリーマンが、あふれているという。

そんな情勢不安のときに彼らは暗躍する。
プロでも見破るのが難しいほど、精巧に偽造された書類を出されては、今後も似た事件は後を絶たないだろう。

そして私の「六本木の母」ヒロタサンから、
「車の調子が悪くて、修理工場の人から{もう買い替えたほうがいい}と言われたので、いいクルマを探して」
と電話があった(って私は不動産屋だっつーの)。

ヒロタサンは夫婦で六本木で長年レストランをやっていたが、数年前にご主人が他界。
以来ずっとママとしてがんばってきたが、最近、共同経営する会社と契約し、運営はまかせている。

今まで乗っていたのは10年目で、9万キロのベンツBタイプ
たしかにエンジンをかけるとガラガラ、いやな音がする。

「もう外車はコリゴリ。普通の国産がいい」
とヒロタサン
「シエンタってのがちょっと気になる」
と、バリバリのキャリアウーマンで嫁に行かない、娘のケイコチャン(しかも免許もってない)

というので忙しい平日の昼間、二人をのせてお台場のトヨタのショールーム「メガウェブ」へ。
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トヨタ現行車のすべてがここで見られる

平日なのにやけに混んでいるなぁと思ったら、ほとんどが外人観光客だった。

何度ディーラーで修理しても、レヴォーグの雨漏りが直らないことに憤った義父は、新型クラウンを買うことに決めたらしい。

新型は人気があるそうで、納車は2月以降とか。
たしかに現物を見るとかっこいい。

こちらはドライビングをバーチャル体験できるブース。
この外人女性はかなりラテンなノリで、何度も車を「横転」させていた。

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平日なので空いていて、お目当てのシエンタが試乗できることに。
カタログを読みながら順番を待つ母娘

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試乗は場内のコースを2周できる

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新型シエンタ5人乗り
母娘+犬3匹ならちょうどいいい大きさ

広大なショールームを見て感じたことは、
「なんかみんなフランス車みたいだなぁ」

このシエンタのカラーはベージュ
こんな色、20年前の国産車にはなかったような。

「赤」も真っ赤な赤もあれば、ワインレッドもある。
デザインもカチッとしたドイツ車でなく、フランス車みたい(イタ車や英車とも違う)
トヨタのエンブレムが無かったら、プジョーやルノー、シトロエンと見間違えてもおかしくない。
逆を言えば外車でも日本車に似たものが増えているので、デザインが世界共通になってきたってことか?
それをいうなら日産はルノーみたいなもんだから、もっと仏車っぽくなってもいいと思うけど、トヨタのほうが「それ」に近いような。


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ヒロタサンが運転してコースを試乗。
コースはかなり狭いが、それでも無理なく走れる。

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トヨタのミニバンでは最小というが、天井が高いのでゆったりしていて、シートを倒せば自転車も2台は積める。

これに決めたらしいので、買ったら乗せてもらおう。
でも娘のケイコチャン、あと何年かしてお母さんが運転できなくなったら、どうするの?
雨が降ったり帰りが遅くなった時、今は駅までお母さんがクルマで迎えに来てくれるけど、数年後にはお母さんを病院に送り迎えするかもしれない。

「もうアラフィフだから無理!」
なんて言わないで、無理してでも今のうちに取っておいたほうが、いいと思うけど....




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