空kuu-風とあそぶ

あらたると・・・2年と半年。

ドキュメンタリー・・・

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一生を通して多くの試練を受け止めて、それが普通だとして生きているおばあさん。今も悲しい現実がつきまとっているけれど・・・こころは強い・・・
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                                           津島神社


5月は神社の話題に集中してしまった。たった半月で

3つの神社に行く用事ができるなんて・・・

今まで、日常的には関心外だったのに・・・

真清田神社でたのしい一日、その夜は一泊。旅をしているみたいに過す・・・

いつもならチェックアウトの時間にあわせてぎりぎりで起きるのだけど

なぜか早起きしてしまった・・・まだまだ眠いのに


パーキングから出ると、なぜか家と反対の方角へ走ろうとしていた。

決めていたわけじゃない。 少し走りながら、「おばあさん」が思い浮かんだ。

気にしていたから行動にでたのかもしれない。考えるより行動って・・・


様子を見てくるか・・・と決心。一宮からは30分くらいのところにおばあさんがいる。

方角的には向かいたくないと感じる方角NO.1・・・けれど一宮からは微妙に緩むみたいだ。

「おばあさんの家」へ向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

車を近くに止めるとおばあさんが外に出て花の手入れをしていた。紫と黄色のビオラの株を

野菜の畑のように並べて植えていた。おばあさんらしい・・・

「こんにちは」と声をかけると顔を上げ、私だと分かると笑顔で迎えてくれた。

眠いので少ししかいられないというと喫茶店へ行こうという・・・おばあさんは元気だった。


1時間ほどずっとおばあさんの話を聞いていた。

おばあさんは 今 しあわせだといった。「もう心配しなくていいからね」・・・

いろいろな辛いことを振り返るとそれも終わり、独り暮らしの不安はなくなった。

次男が来て、ひどい状態が続いたが、ここ数ヶ月、返済はしているが働いている。

生活費も少しだけどわたすようになったという。

  おばあさんは「わたしは多くを望まないで生きてきたから・・・」といった。

でも、私は夢や希望や理想を「ほしいもの帳」にこっそり描いておけばよかったのに・・・とおもった。




来てよかった・・・


おばあさんを家まで送り、その帰り津島神社へ寄り道した。

宗教上の理由でおばあさんは神社へいかない。

ささやかな幸せを神様にお願いすることのなかったおばあさんのかわりに

おばあさんの今のしあわせが続きますように・・・お願いして帰った。

この土地に生まれ育ち、年老いたおばあさんの氏神様なのだから。

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おばあさん1・・・次男の現在の状態を書いた。

おばあさんとおばあさんの家族について知る限りを綴ったが、彼らに起こる障害の多さに

作り事ではないか?と思われるかもしれない・・・けれど、すべて事実。現実のこと。

おばあさんが私に「すごい人生だったよ・・・文章にしてね」といった時点からも

次々と誰かが大変な事になっていたのだ・・・





おばあさんの次男。お金のことで始終事件をおこしていた・・・

一見、よく稼ぎ、羽振りがいいのだ。趣味はテナーサックス。少しの才能があったので

ビッグバンドのバンドマスターをつとめ、演歌の仕事でお小遣いを稼ぎ、華やかな世界にいた。

次男の妻が、彼が妻の実家に住み友達がいないのを思いやって、楽器と先生を与えたのだ。

楽器は、パチンコをするしかない次男を癒した。そして、天狗になっていった。



本業の仕事が少なくなると世間のせいにし、またパチンコで時間をつぶした。

次男は自分で努力して仕事を得ることはしなかったのだ。自分はできていなくても

人をばかにした言葉をよく言った。


そして、世の代表選手のように「消費者金融」に手を出し、利息に追われ・・・

妻に「家を担保にしてくれないか」と頼んだ。その担保で消費者金融から借りるという。

・・・その発覚から、彼の妻は軌道修正をさせた。妻はとにかく利息の高い消費者金融から

手を切らせるため、公共の金融機関から借りる手配をした。しかし、ほかにも借入を

していることから、保証人を2人立てなければならなかった。妻は離婚を決意していたが

保証人になった。そして、もうひとりは姉の夫だ。これ以上迷惑をかけることは

ないだろうというのは、彼の本質をまったく見抜いていない甘さだったのだ・・・



立ち直れないまま、翌年

義母の銀行カードを盗んで使い込んだ。次男は「家族だろ!」といった。

そして離婚。次男は借金ばかりでアパートを借りるお金も無かった。


次男はおばあさんの家に転がり込んだ・・・。




これで、私がかかわるおばあさんの話は、おしまいです。

あとは おばあさんに悲しいことがおこらないよう・・・祈るばかりです。

たまには、親友だから、お茶でもさそって・・・

おばあさん5・・・長男

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おばあさんの子供は三人いる。長男は寡黙で落ち着いた人だ。

自動車でしか行けないが、20分くらいの所に中古の建売住宅を買い妻と子供3人でくらす。

自分の家族のために懸命に働き・・・長男としての役割も心得ている・・・が




しかし、おばあさんにとっては頼るに頼れないところがある。


長男が結婚して近くのアパートに新居をかまえた時、おばあさんは安心した。

老後は長男夫婦がみてくれるはずだった。おばあさんはまだ60歳になっていない。

夫もまだ休みながらも働いていた。

まだ自転車であちこちでかけていたころだ・・・。


おばあさんが、長男の新居に「仏さま」を備え付けようといくと

もうそこには別の「仏さま」が陣取っていた。長男に言っても聞き入れず

おばあさんは悔しい思いをした・・・。「嫁」の言いなりになる長男にがっかりしていた。

長男の妻は、おばあさんを自ら尋ねることはしなかった。

自分の母親を大切にしていた。



長男は数年後、家を買い引越し、地方公務員をやめ運転手の仕事に転職した。

収入が低かったからだ。

そして脳溢血になった。運良く普通に働くことができるまで回復したが後悔した。

「こんな身体になるんだったら公務員のままでいたほうがよかった」・・・と。



ますます年老いていく両親を、長男はやむなく引き取ることになった。

暮らしが厳しいので、年金をあてにしての決断だった。

荷物はまだ置いたまま、おばあさんとおじいさんは長男の家へ行った。

二人は1週間ほどそこで暮らしていたが、「嫁」の思いやりのない仕打ちに

耐え切れず、「これなら不自由でも今までどおりのほうがいい」と帰ってしまった。



それからまもなく、おじいさんの病気がひどくなっていき、

おばあさんはおじいさんの世話に明け暮れるようになった・・・


長男はおじいさんが亡くなっても、1人になったおばあさんを

引き取ろうとはしなかった・・・妻の感情的な事情を優先してしまうのだ。


おばあさんが一人でいたために、今、年金を奪われるような事態になっている。

長男はときどきほんの少しだけ様子をみに来るという。



根本的に解決するための努力はしてはいない・・・。

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おばあさんには親おもいな娘がいる。

聡明で働き者だった娘は45歳のとき、脳梗塞にかかった。

言語野を損傷・・・その後、多少の会話はできるようになったが

右手右足が不自由になり、身の回りのこともうまく運ばなくなった。

考えることは健常なまま、思うように表現できない苦しみを背負った。


自分が不自由なのに、ときどきおばあさんの家へ様子をみにいったりした。

おばあさんが夫の自殺願望にふりまわされていたからだ。


娘はおおらかな年下の夫と二人でフランチャイズのお弁当屋を経営していた。

身体が不自由になると、その夫に負担が嫁せられた。娘は、

小さな子供ほども労働力にはならず、夕食の仕度もできない・・・

それでも、二人はいたわりあいながらお店を続けた。


おばあさんは娘を心配していた。

「手助けをしてやりたいけど、それどこじゃない、おじいさんで手いっぱい・・・」と。

そのおじいさんが亡くなり、おばあさんはひとりで暮らし、十数年が経った。



三年前、お弁当屋をたずねた・・・

娘夫婦は、夫の還暦を機にお弁当屋を閉じようとしていた。

道路拡張で立ち退きを迫られていたのだ。貸店舗なのでわずかな立退き料だったが

二人の今後の生活設計は細々でも成り立つはずだった・・・


娘の身体は「く」の形に固まっていて、ずいぶん小さくなった。

すこし話しをすると、恨みではなく今後の心配を・・・つたない喋り方でうったえた。


おばあさんの次男は、この姉夫婦に借金の保証人になってもらっていた・・・

閉店が決まり後始末をしているとき、次男は破産した。

すべてが老後の二人に覆いかぶさっていた・・・。

破産後も、次男はおばあさんの友人や知人から借りたお金を返さなくてはならず、

返すためにまた借りるということを続けていたので娘夫婦は、支払っていかなければならない・・・


娘63歳、その夫60歳の年・・・平穏に送るはずの老後は絶たれた・・・

おばあさんは「いつか娘夫婦に引き取られ娘を助けて暮らしたい」という希望もあったが

それももうできない・・・。

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おばあさん 千代は 夫を事故で失った・・・

それは世間知では不幸なかわいそうな境遇なんだけど

千代にとっては「怖い人がいなくなった」という事実だけだった・・・


しばらく、小さい子供と生きるために働いた・・・親戚の人が

新潟に亡くなった夫の弟がいるから再婚してはどうかと持ちかけた。

その人は病弱だったからいまだ独身なのだという。


なぜ? 千代はあったことも無い病弱な人と再婚したのだろうか・・・


その人は 新潟の家では邪魔な小舅だったのだ。厄介払い状態だった・・・

千代は貧しい経済状態なのに、もう1人の重石を背負った。

その人は知らない町に来て町工場で働いた。そろそろ何かにお金が要る頃になると

病気をした。その後もいっこうにゆとりはできなかった。


病弱な夫は精神的にも弱く、頭痛薬をかくれて大量に飲んだり、

身体も動かなくなり 千代はいつも重労働をかせられた。

しまいに 夫は手首を切ったり、木曽川に入水を図ったり・・・そして精神病院に入院させた。

退院してからも あいかわらずだった・・・そのころ千代はすでに75歳くらいになっていた。


最後、夫は肺炎で入院し、肺がんにもなっていた。

しばらくして、夫は病院で食事を食べさせているとき亡くなった。


おばあさんは、その人の死も・・・安堵した。


独りで・・・薄暗い小さな部屋でくらした。それは

おばあさんにとって、長女の家庭の心配をしたり近所のトラブルに

巻き込まれたりだけど、年金で暮らす かつてにない平穏な日々だった・・・ 

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