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(作品の一部) 大切な人を亡くす度に 自分がいかに不真面目に生きてきたのか・・・思い知らされる。 展覧会の搬入直前、「稲葉地ヒストリー」各人のキャプションを集めている時 恩師である横浜の版画家、永眠・・・という情報。 当然、私の「稲葉地ヒストリー」の文章には その先生のことが書いてある。 今回のGTAGは、多くの同窓生に訃報を知らせる場となった。 展覧会のお祭り騒ぎがおわり、じんわり・・・ 昨夜、先生からの年賀状を引っぱり出した。 版画家の年賀状は、毎年、近況を干支にからめて表現したこぐち木版画。 20円切手で届いていた時代からだ。 その「名画」には、かならず、えんぴつ書きで、こちらを気遣う。 ある年、もう字が書けなくなった・・・と先生の年賀状が終わった。 遠くに居る父親のような存在だった。私は甘えから、辛いことや事件の報告ばかり・・・ 18歳の時、その人の目に射抜かれて版画へ移籍して以来、絶対的な恩師だった。 何歳になっても、鋭く見抜かれ、常に制作、発表の意味を考えさせられてきた。 ちっとも精神が整わない私は、いつまでも問題児のまま・・・おわかれとなった。 最後に会ったのは、10年ほど前。横浜に会いに行ったけど、中途半端にしてしまった後悔。 そのときも、「君はなにを言おうとして制作するのか」「ないのならなぜ展覧会などをして 発表活動するのか」辛らつに切り込まれた。 今朝、夢で 先生が、私に作品をナナメにして渡そうとしていた。 それはたしか、ハガキより小さい青と黒の絵で、はっきりと見えないけど 「君は何を表現したいのか・・・伝えたいコトがみえてないからこれを・・・」 そんな感じだった。夢の中で、いいわけじみた自分がいて、素直に頼っている自分がいた。 そこには、頑なに自分のスタイルで仕事(制作)をする1人のGTAGのメンバーがいた。 目覚ましより先に目が覚めた・・・ ずいぶん前、先生から頂いた版画がある。どう読みとるか、どう生きるか・・・。 いいかげんな私は、ここにきて初めて その版画の、否定して見ようとしなかった部分を思った。
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