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以前にも書いたことがありますが、<ストロベリー・フィールズ〜ペニー・レイン>が ビートルズ、いや、ポップ・ミュージックにとって最初の<コンセプト・シングル>であった訳では無く 初期から、少なくとも、この「アイ・フィール・ファイン/シーズ・ア・ウーマン」からは 彼らのシングルは、同時期のアルバムと同次元の、「濃縮」ダイジェスト版であり(しかし単に 単純にひとコマ、ひとコマをピックアップしたような予告編では無く、全く別の方向から 対位法的にアルバムを捉え、たった2曲でアルバムを別のカラーで見せ付けた 最高のコンセプトシングルだったのです。 ☆ 特筆すべきなのは、彼らのアルバム毎の驚異的な音楽的成長は、アレンジや詩や楽器など あらゆる点があるのですが、改めて<ギター・サウンドの進化>に重心があると言うこと。 ここから始まる<アイ・フィール・ファイン〜涙の乗車券&ヘルプ〜デイ・トリッパー/恋を 抱きしめよう〜ペイパーバック・ライター/レイン>期のシングルが選手代表する <フォー・セール〜ヘルプ〜ラバー・ソウル〜リボルバー>のギターサウンドの革新的成長は 奇跡的です。 ☆ そこで、この2曲ですが、この2曲が何をコンセプトにし、「フォー・セール」の何を濃縮 したかったか?それは、乾いたロカビリー(熱いロックとは、微妙に違う)サウンドです。 特に、この2曲で感じる<ギター>の存在。それまでのヒット・シングルとは、一線を画す 非常に「シブい」感覚の、この2曲が伝えたかったこと。それは、フォー・セールが 「ギター・アルバム」であると言うことでしょう。 ハード・デイズ・ナイトまでの、圧倒的なボーカルのパワーに比し、若干、曲が控えめな 面もあるのでしょう。しかし、このアルバムで彼らは特に<ギターの存在>にウェイトを 置いています(と言ってバリバリのソロとか、音圧に力を入れている訳ではありません。 アコースティックなギターサウンド、アーシーなサウンドも含め、最後の「みんないい娘」 の乾いたソロまで、一貫しているのは<ギター>なのです。 では、何故彼らはこの2曲をギターアルバムの軸とせず、シングルとしたのでしょう。 例えば、「エイト・デイズ・ア・ウィーク」を先行シングルとして(B面は「アイル・ フォロー・ザ・サン」か「ホワット・ユー・アー・ドゥーイング」かな!?) アルバムのB面は「アイ・フィール・ファイン」から始まり、どこかで「シーズ・ア・ ウーマン」がガチッと支える...なんてのなら、もっと渋いギターアルバムになったかも 知れません。何故そうしなかったか、それは、ひとつはシングルにアルバム同等のパワーで 骨太さを持たせたかったことと、相反することですが、アルバムを逆に<渋すぎざる事の 無いようにした>かったのでしょう。そこが、類い稀なアーチストでありつつ、最高の ポップ・アイドルでもあり続けた彼らの基盤であったと感じます。 もひとつついでに、「アイム・ア・ルーザー」がシングルだったらダメだったのか? 「ヘルプ」の前のレノンの最初のメッセージ・ソングとしても、この曲のパワーは 強力なものですが、この曲が離れると、アルバムのアーシーな魅力と、枯れたメッセージ性が 半減以下になってしまうでしょう。しかし、シングルとなると「ヘルプ」の様な、 コマーシャリズム的パンチは今一歩と言う感... 本当に彼らとブレーンの戦略は極めて緻密に構築されていたように感じます。 もちろん、「アイ・フイール・ファイン」と「シーズ・ア・ウーマン」を核とした <フォー・セール>が存在していたなら、それは素晴らしいものになっていたでしょうし シングルとしての「アイム・ア・ルーザー」も成功していたでしょう。 そういった案も確実に出されていたのでは無いかと推測します。そして、色々と論議や 試行錯誤も行ったのでしょう。 しかし、結果論としてでは無く、彼らの創造は結果として生み出されたものが、ほぼ間違いなく 最高の形であると言うことは言うまでもないことであると感じます。 ☆ 前置きが非常に長いのですが、たまたまかどうか、カバー2曲ともそれぞれの特色ある ギター・サウンドです。そして、2曲ともインスト。 ベンチャーズも他にも数多くのビートル・カバーを残していますが、この曲の乾いた浮遊感は ピッタリで、「このアーチストにこの曲あり」と言う感。テケテケキューンがイイです。 ジェフ・ベックもジョージ・マーティンと共に「シーズ・ア・ウーマン」の持つ 大人のプロフェショナルな感覚(もっとイイ言い方があるかとも思うが...) を’70s的にインストルメンタル・サウンドに昇華しています。 そう、両者ともビートルズと共に、ビートルズの「ギター」が大好きだったのでしょう♪ |

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