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『何か、ヘン じゃないですか?今の日本』昔がすべて良かったというつもりは無い。でも、今より、日本人と呼べる人間がいた筈である。

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モリスさんへ

 『先ずは、この度、こんな学識程度(モリスさんの判断基準に基づけば[高校までの生物・化学・物理

の知識がありヒトとしての一般知能があれば容易に理解できる]だけの学識レベルに未達である人間)で

ある僕の主張に対しまして、再三の、返信コメントを下さったこと、誠に、有難う御座います。
 
 さて、前述致しましたように、浅学な僕が本文とコメント欄に記しました記事内容が、稚拙な文章構築

能力による、不十分な表現である為に、僕の述べたい要点が、博識なモリスさんにして、理解して頂けな

いようですので、場所を変えて、今一度、整理致したく思います。(これだけで、納得されるなどと、大

それたことは思っていませんが)
 
 前回の返信文に記しました[普通の国であれば当たり前の事である【軍隊の保持】を、憲法に於いて正

式に認めるべきだと考えている]という主張が目的としているのは、モリスさんが表された[国益を考え

るとしたら米中露のケツにくっついたただの【普通の国】になんかなるよりも独自路線を行ったほうが国

益にはかなってると思う]という文節で述べられている“ところ”ではありません。
 
 僕は、【憲法に於いて、正規に、軍隊の保持を認める】ことで、普通の国と並ぶ事が出来るようになる

ことを、国の在るべき姿の完成形であるとは考えていません。あくまでも、それが、始まりになるべきで

あると思っています。(僕がそう考えたところで、実際にどのような方向へ向かうのかは、全く思い描け

るものではないですが)
 
 学識浅い僕は『20世紀的国家観の亡霊』がどのようなものなのか把握できていません。よって、自分の

考察が、モリスさんが仰られる、それに該当するものなのか、異なるものなのかの判断はつきません。し

かし、『戦略的な外交の方が賢いと思う』と述べられているところには、おおいに、賛同致すところであ

ります。僕も、現在の外交には有意義な戦略が講じられているとは思えません。ですから、尚更、戦略的

外交を展開する為に、軍隊としての正規な活動が出来る集団が、組織されるべきであると思います。
 
 外交に於いて、相手国の思惑に対処しながら、自国に優位となるべき戦略的交渉を進めるようとする

時、後ろに、戦力(銃のみでは無く、情報戦略部署も含みます)を保持していない状態では、その行為の

実効性は薄れてしまうと思うのです。
 
 例えば、企業舎弟に自分の振り出した手形が渡ってしまい、無法な取立てを受けることになったような

時、我が身のみにて、その無法行為に相対して優位に交渉する事は、易しいことではありません。鍛えら

れた自分自信の腕力と警察・弁護士・行政書士などの〈ちから〉を得て対すれば、その無法に打ち勝てる

可能性は高まります。
 
 ご意見通り、日本国の人口は、予想されているように減少していくのでしょう。そのとき、現在の兵員

数を絶対に維持しなければ、いけないことは無いと思います。人と設備の質が問題であると思います。

 

    僕は、軍備力の保持の必要性、正当性だけを、ここで、言いたい訳ではありません。
 
 

 僕が、このブログという『自分の考えを文字にして、それを不特定多数の方々に公開できる』場に於い

て、【主張したい根元】とするものは、近年の人心の乱れの正常化であり、その為の教育の立て直しの必

要性につきます。勿論、ここで主張を繰り広げたとて、なんの〈ちから〉も持たない僕が正常化というも

のを実現出来る筈もありません。
 
           でも、言わずにはいられないのです。僕は、日本人ですから。

北のひめゆり

終戦後、自らの武器を捨てた日本に襲い掛かってきた・・・
悲劇の物語。


1945年8月8日
ソ連は『日ソ中立条約』がまだ有効であるにも関わらず、日本に宣戦布告をし、樺太、千島、そして北海道を
奪う為に軍隊を上陸させてきました。しかも、樺太の真岡においては、終戦後の8月20日。


日本軍は連合国に敗北し、武器を置いたのに、ソ連には目の前の日本の領土にしか興味が無かった。
ソ連は真岡の町めがけ艦砲射撃をし、なんの抵抗もしない一般住民に機銃掃射を浴びせ、虐殺を繰り返す。
真岡の日本軍は停戦を求める為に、軍使として村田中尉を送るが彼も殺害されてしまう。

ソ連にとって、軍隊の居ない日本は最高の餌食
長年の夢だった不凍港の獲得のチャンス。

無理も無い・・・
軍使なんかの話を聞けば、そこで簡単に手に入る領土獲得の夢が途絶える・・・





そんな日本軍も止むに止まれず、武器を再度取って国民を逃す為に立ち上がった。

でも、立ち上がったのはなにも軍人ばかりではありませんでした。



日本の為に最後の最後まで通信施設の機能を守った、9人の電話交換手
皆20代前半、中には17歳、18歳の若き乙女も居ました。

彼女達は日本の北海道に向けた、通信機能を最後まで守る為に命を捧げました

今までドイツや満州など、ソ連が占領した地域の女子供は辱めを受け、虐殺されて来ています。
だから、彼女達は用意していた青酸カリで自決の道を選びました。



彼女達は少しでも内地や北海道に正確な情報を伝える事で日本を守りたかったのでしょう。

そんな彼女達も靖国神社に祀られています


★★★★★★ 転 載 歓 迎!★★★★★★

転載元転載元: 目を覚まして日本人!

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