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『何か、ヘン じゃないですか?今の日本』昔がすべて良かったというつもりは無い。でも、今より、日本人と呼べる人間がいた筈である。

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このブログの記事は、転載記事以外では、一般的にはあまり面白みのないものだろうなと思う。

      僕がこの場所で書き込む内容は、ほぼ、一貫しているつもりである。

           人間の存在意義と、自分の住む日本国への想いである。 

 

 僕は、時事ネタについて、このブログでは殆ど記事を書かないようにしている。最近の

日本における事件について、一つ一つ書き出せばきりがないことと、これら、事件の殆ど

の根幹にあるものがある事実に起因していると考えられるからだ。

 今日、あるニュース番組のトピックスコーナーで、今年を含め、ここ数年の新入社員の

問題点について取り上げていたのだが、調査結果において、上司から見て許せない問題行

為として一位にランク付けされていたのが、【タメ口】という結果になったと報じていた

のだが、この事実と放送局の姿勢にあきれてしまい、つい、キーボードを叩いてしまっ

た。このとき、同席していたコメンテーターというのか、評論家というのか知らないが、

そやつらが、言っていた内容(たいがいの在京TV局は、これらコメンテーターには、発

言して欲しい内容を台本に明記するとのことである)が一様に【子供が悪いというよりも

大人が悪いのであり、責任は大人にある】ということであった。勿論、それは、否定され

るところではないと思う。

 しかし、そのコメントだけで済ますべきものでは無いのではないだろうか。そのような

子供が育った原因について言及するべきであると思うのである。又、そのようなことを弁

えていない子供には、その誤りを、その場に於いて、厳しく正していくべきであろう。決

して『大人が悪いんだ』で片付けるだけで済まされるものでは無い。



 では、原因は何なのか、一言で言えば、【戦後教育の間違い】ということに尽きると思

う。そして、その教育を誤らせたのは【誰なのか?】

 それは、大東亜戦争のあとに、日本に駐留してから始めた占領政策に始まり今日まで続

いているアメリカの戦略と、それに便乗してきた、いわゆる共産系勢力(ここで言う共産

系とは現在表立って存在を誇示している共産党に限定するものではない。これらの勢力地

図はそれぞれ、いろんなカタチで、かなり、入り組んでいるようであり、僕としてはどの

ような形態を保持しているかをここで問題にする気はない。僕がここで言う共産系とは、

現実としては実現する筈のない共産思想を、さも、もっともらしく、耳障りの良い言葉

で、日本人を誤った方向へ導く為の方便につかう者どもと、世の中を理解し得ていないの

に、理屈の構築だけのみに走っているだけの頭でっかちな子供っぽい人々、これら【二

者】を念頭に於いている)どもの【弛まぬ努力の賜物(勿論、皮肉の表現です)】だと、

僕は断定する。

 

 アメリカは、大東亜戦争に於いて、日本の【ちから】というものに驚愕し、冷静に分析

し、それまでの国体力を甦らせない為に、徹底的に精神力の弱体化に努め、日本人が【背

骨としてきた精神的支柱】の全てを否定するという戦略に徹した

 その為に、戦前の天皇制・憲法・教育・家制度等を廃止し、大東亜戦争の全てを悪一色

に染め上げる為の広報・流布にあらゆる手立てを講じ、スポーツ・スクリーン(映像、音

楽等)・セックスなど【娯楽】に溺れさす為のアメリカ文化の刷り込みを行なった。

 これら、日本人精神弱体化政策、いわゆる『3R5D3S政策』と『ウオー・ギルト・

インフォメーション・プログラム』等により、日本人の【こころの中】に【誤った意識】

を植え続けたのである。

 そして、前述したが、このアメリカの策略上で利用され、後にはその立場に乗り続けた

【勢力ども(いわゆる文化人や、マスコミや、左派系勢力)】が撒き散らしてきたのが、

平和・自由・平等・権利という耳障りだけの良い言葉であり、およそ、3代に渡り、見事

に、日本人の【こころ】を捻じ曲げてくることとなったのである。

 

 
 結果、当然ながら、正しい敬語を使えない世代が出現してきたことは、何等、不思議な

ことではない。

 
 

 あとひとつ、ニュース項目に於いて、全国一斉学力テストについてとりあげていたが、

そのなかでも、頓珍漢としか思えないコメントを述べていた。全国99パーセントの学校

が参加し、公立では、愛知県の犬山市だけが、「子供を過当な競争に駆り立てるべきでは

ない」という理由で、不参加であったのだが、この犬山市の態度を容認するコメントを報

じていたが、現在の日本に於いて、競争の必用のない社会というものが、一体全体、どこ

に存在しているというのか、せいぜい、中央から地方にいたるまでの、役所ぐらいだけで

はないか。はたして、やつらは、国民全てを公務員にでもするつもりなのか。(そんな

に、進歩することを放棄した、だらけた国民を創り上げたいのか)

  

  『何か、ヘン じゃないですか?今の日本』これが、僕の主張の【根っこ】である。


  いわゆる進歩的文化人と称するものどもや、一部のマスメディアども、そして、ある

政党等なども、一様に、【変】であると主張しているのだが、【片腹痛いわ】汝等の思惑

どおりになってきてるだけであり、願ったり、叶ったりな筈であろうが。


  
          どの口で、その台詞が言えるのか、嘘つきどもが。

 人間なんて(ここでは、敢て【なんて】という表現を使う。)そんなに、大した者じゃ無いと思う。
 
 
 矛盾(本能と理性)を【一体】に併せ持った不完全で、お馬鹿な生命体です。これは、地球上の今現在

のさまざまな事象、そして過去の人間の歩みを注視すれば明らかです。だからといって、僕は、決して、

人間の理性を否定するものではないし、勿論、正義を尊び、倫理感が優先された行動によって、人類の

生命活動が営まれることを希求するものです。


 然し、先に記したが、いかんせん、全ての人間が、常に理性を働かせ、倫理に則り、正義の行動を

常に為さ無いことは、現実として明らかなことと思う。全ての人間が、理性ある行動を執れるのならば、

【真の共産主義‐地球国家】が成立していることだろう。ところが、文明を開花させた人類が延々と5千

有余年歩んできた軌跡のなかに、そのような理想国家が形成された歴史を見出すことは出来無い。

 人は、性差・立場・時代・環境・資質・宗教(環境に含められるかもしれない)に於いてさまざまな思

考をするものであり、たいがいが、それぞれに、己の利益と信条を優先して行動するものであろう。この

世界には、多種多様な人がいる。【人物】と認められるひともいれば、程度はさまざまだが、【愚か者】

も少なくは無い。自分の利益の為には平気で他人を騙す【嘘つき】・自分の気に入らなければ直ぐに暴力

を行使する【ちんぴら】・保身の為には自分が正義と思っている信条を簡単に曲げてしまう【いくじな

し】・人として守らねばならない倫理感をすててしまった【キチガイ】・自分の信ずることだけに固執す

る【妄信者】等々、いろんな人間が多様な程度で【正の部分と邪の部分】を併せ持って生きている。己の

利益・正義と信じていても、他のものにとっての信条に基づいた利益と合致しないことは珍しい事ではな

い。自爆テロと呼ばれる者たちもこの部類に含まれるのでは無いだろうか?
 
 
  【争いが有する異常さがますます明瞭になってきます.そして,戦争状態にないありがたさ,思想と言論の自由の大切さ,日本国憲法のすばらしさ,を私は再認識するのです】


 と言う意見をあるページで拝見したのだが、『このような【倫理的思考】が出来るのは【対する非情な

事実】を目にすることで、初めて認識出来る』ということが言えるのではないだろうか。

  【健康・命・平和・自由・水・空気・自然などの有り難さ】は【それら】が欠乏するという事態に遭

遇した時に、危機に瀕した時に、初めて【それら】の大切さを実感したという事例も多々あることと思う。

  〔僕自身、病を患ったとき、命を落としそうな事故を起こした時、ちんぴらとの争いに遭遇した時、

刑務所に収監された時(いや、これだけはまだ実体験してしないが)学生時代に真夏のクラブ活動の練習

中に水分補給を制限されたとき、溺れそうになった時、都会の喧騒の中で一日中過ごした時に、それらの

大切さを改めて実感した経験がある〕

 
 殊更、人間はお馬鹿な生命体である。ついつい、考え違いを起こして愚行を働いてしまう危険性を持

っているのだ、という事実を認識することが必用であると思う。

 
 【日本国憲法のすばらしさ,を私は再認識するのです】と記事の終わりに在るが、このような【愚か

な、不完全な、自分勝手な人間というもの】がさまざまな国の為政者となっているという事実もあること

に目を向けた時、【丸腰になることを宣言している憲法】を、ただ【素晴らしい】と言っていたのでは、

結果として、自国の崩壊を望んでしまうことに他ならないのではないだろうかと考える。

 
 
 人間はいつまでも同じ過ちを繰り返し続ける愚かな生命体なのではないだろうか。【命】を創りたもう

た【おおいなる意思】(所詮、人間などでは知り得ることが叶わない存在)はその過程を観察しているだ

けなのかな?人間の存在理由とは所詮、そういうことなのかもしれないな、と最近、僕は考えている。

(勿論、その観察の理由・目的も、人間が知り得る術は無いのだろうとも思う)

だからといって、決して、ニヒリズム思想を推奨して、【なにも努力しないで良いのだ】と主張するも

のでは無い。何を為すべきかを考える時に、理想論だけに執着するのではなく、矛盾ある人間が、矛盾あ

る世界を営んでいる事実を踏まえてから、スタートすべきであるのだと思う。決して【平和憲法と呼称さ

れているもの】を守ってさえいれば、自国の平和が保たれる訳では無い筈である。

 
 
 社会(世界的規模に於いて)はさまざまな矛盾を包括して流れている。理想を追求することは大切な

ことではあるが、理想を抱いているだけで、望むものが叶えられる筈もない。そうであれば、この五千有

余年の間に、とっくに【世界国家の樹立】というものは、すでに実現されている筈である。理想を追い求

める事は必用だが、先ずは現実を認識してから、考え、行動するべきと考える。

 
 先に引用した記事に【現在の日本国憲法が非現実的とならない情勢を,外交努力,国連への積極的な参加などによって維持して欲しいと願っています】という文節もあったが、

ここに主張されていることはおそらく、かなり高い確立で不可能と考える。世界各国いかなる国に於いて

も、【今の日本国憲法を真似よう】と思うところがあるだろうか、おそらく、皆無であろうと僕は考え

る。


「日本国憲法のすばらしさ,を私は再認識するのです.」とあったが、僕は素晴らしい憲法だとは思

わない。(その理由を詳しく書き出せば、又、長くなるので、今回は省くが)

 
 
 どこかの国の馬鹿首相が「人の命は地球よりも重い」などと軽はずみな、発言をしていたと思うが、

[人の命は【尊いもの】ではあるが、そんなに【重いもの】では無いのではなかろうか]これも現実と歴

史を鑑みれば、明白なことと言えよう。いかに、数限りなく【理不尽にも抹殺されてきた命】が、これま

でにあったことだろう。(人間自身と大自然の仕業によって)


  
 つまるところ、この世は無上なものと言えるのであろう。そのような、この世界に【生】を授けられて

存在することになったのであれば【命】消えるまでは、己が出来うる限りの生き方をするしかないのでは

ないだろうか・・・。

     
     
        人間なんてそんなに、大した者じゃ無いと思う。

        だから、みんな、それぞれに、必死に生きて行くのであろう。

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権利

       私は妻からよく指摘を受ける。「あなたの意見は極論過ぎる」と、

      妻は何故かしらこんな私と一緒になったのが不思議なほど融通のきくひとである。

 

 【子供に権利は無い】  「なんて非人道的な事を言うんだ」という反論が沸き起こりそうな〔もの言

い〕かとは思う。そう思いながらも、この表現を取り消そうとは思わない。

 【権利】とは何なのか?辞書には〔ある物事を行う資格・ある利益を主張し、それを受ける力〕 〔対

義語−義務〕とある。同じように【資格】は〔あることをするのに必要な身分・地位−必要条件〕とあ

る。【義務】が対義語となっていて、その意味として〔法律上・道徳上においてなすべきこと〕とあり、

【責任】の意味として〔なすべき任務・義務、結果に対して負うべき責め〕と表記されている。

 堅苦しい記述を列記したが、ひらたく言えば【権利】とは〈自分のしたいことを主張し、要求出来る身

分・条件〉ということになるのであろう。

 ひとは千差万別と言われるように、さまざまな考え方をするものであり、いろんな環境のなかで立場・

身分・年代・性差等々によって〈自分がしたいこともさまざま〉である。自由社会だからといって、自分

がしたいことを言い出せばきりがなく、皆がそれを押し通そうとすればいたるところで衝突が沸き起こる

のは間違いの無いところである。当然、対義語として規定されている【義務及び責任】というものが必要

とされる訳である。

 
 つまり、【権利】を主張し、要求するならば自分の言動によって結果として現れた事象に対しては、そ

の責めを負わねばならないのであり、【権利】には【義務】という 制限 が掛けられねばならない。

 
 【義務を守り、責任を果たせないもの】には、【権利】が認めらるべきでは無い筈である。

 
 【ひと】が暮らす社会に於いて、【精神的・経済的に自立】できていなければ【義務】を果たすことも

できなければ、【責任】を負うことも出来ない訳であり、誰かのもとで【精神的・経済的に依存】してい

る者には【権利】が認められなくて当然であろう。

 
 いわゆる、人道主義を唱えたり、ヒューマニストやモラリストを語る[輩共]は、やたらと[権利・自

由・平等]などという抽象的な言葉を振りかざすことに躍起になろうとするが、そのようなことをほざく

のは、秩序ある社会を翻弄して乱したいだけか、脳みそに単なる理屈だけを詰め込んだ無知な愚か者であ

ることは明白といえよう。

 
 【子供に権利は無い】ここでいう子供を規定するにあたり、年齢を定めるものではない。社会に於いて

精神的・経済的に自立していて義務と責任を果たせる【ちから】を身につけているかどうかである。

 昨今の日本国には10代で、【ちから】を持っているものもいれば、20、30、40、50、60代

でも悲しいかな、【ちから】無きものが存在しているという現状が現れて来ていると言わざるを得ない。

 
 重要法案である、国民投票法案への権利年齢を20歳にするか18歳にするかで自民党と民主党の間で

争っているが、本来ならばそこで対立する前に16歳ぐらいで投票権を与えられることが出来る人間を造

り出せる教育が確立されていて然るべきだったのである。

 
 今の、日本国にはあまりにも【権利】を主張出来る資格のある【おとな】が減りつつあり、それは、ひ

とえに、【誤った教育】が家庭と学校そして地域と社会に於いて、半世紀以上に亘って為されてきた弊害

によるものである、と言えるのではないだろうか。

        
       [子供の権利を尊重しましょう]などと馬鹿げた、たわごとに引きずられて…。



 

 

 

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拾ってきちゃった



 
 あんまり、かわいいので、ついつい、拾ってきちゃいました。

 

    
      マウスの操作で、しっぽ、ぱたぱたしたり、上を向いたり、下を向いたり・・・・




          のどを、ごろごろさせるのよ。ニャ〜って、鳴くのよ・・・・・




  捨て猫みたいだから、良かったら、みなさんも、転載して、かわいがってあげて♡♡♡




転載元転載元: 飛行機←シミュレーター.

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