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『何か、ヘン じゃないですか?今の日本』昔がすべて良かったというつもりは無い。でも、今より、日本人と呼べる人間がいた筈である。

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 2007年・昭和82年。今から20年前、昭和62年。その2年前、昭和60年6月ひとつの法律が公布された。【男女雇用機会均等法】この年の前後ぐらいに【亭主元気で留守がいい】なるCMがブラウン管に登場するようになった。20年前ということは、その年に生まれた子供は成人式を迎えることとなる。

 福島瑞穂・辻本清美・田島よう子・阿部知子、僕は彼女達が嫌いである。(辻本が選挙区にしている区域に住んでいることが悔しい。かといってローンが残っているので今の時点で簡単に引っ越す訳にもいかない。)

何故僕は彼女達が嫌いなのだろう。容姿が自分の好みでないから、、、いいやそうではない。どちらかと言えば福島瑞穂(捨民倒党首就任前の)なんかは容姿においては好みのほうである。(就任後はどんどん醜くなってきているが。)

       脈絡のない文節を羅列して僕はなにを書きたいのか

 上記の方々は一般に言われるジェンダーフリー論者やらフェミニスト論者やらという肩書きをひけらかし、いっけん正論のような戯言をのたまいながら、やれ権利だの、やれ自由だの、女性の立場向上だのと声高に主張し続けてきた人達である。これらのはしりといえるのか【中ピ連】なぞも存在していた。これらは俗に言う革新系といわれる勢力より派生し、いまもちょっと見には耳障りのいい【自由・平等・権利・平和】という馬鹿の一つ覚えを唱え続けている。

 かのじょら(かれら もいるだろうが)のたゆまない努力・研鑽が身を結び、(正常な国民であれば誰しも望みなどしていないことではあるが)結果としてもたらされたものは何であったか?

 [何かへんじゃないですか?今の日本]これは僕のブログにおけるテーマである。昨今、おそらく大多数の平均的日本人はこの思いを抱いているのではないだろうか。ならばそうなってしまった原因はいったい何なのであろうか。

       そう、今回僕が書きたいのはこれである。

非難の嵐を浴び、罵倒の渦に呑み込まれることを怖れずに、誤解されること覚悟して、極端な物言いではあると知りつつも、ひとつの結論を記したい。『このような崩れつつある日本を生み出したのは  おんなたち  である。』(これは女性だけに責任の矛先を向けようと言うのではない。勿論、おとこども にもおおきな責任があることは当然であり、その責めから逃れられるものではないことは承知している。)

 決して女性を非難し、敵対しようということではない。当たり前に僕は女の人が好きだし、むしろ、女の人の偉大さを熟知したうえでの発言である。女の人無しに人類が存続出来得る筈もないことは、人が死から逃れられないことと同じように、この地球上に於いては絶対的と言える真実である。これらのことが解かっていながら、道理として踏まえていながら、何故『このような崩れつつある日本を生み出したのは  おんなたち  である。』という物言いをしたのか。

 女性には育児・教育に対して、男よりもはるかにおおきな影響力が存在すると思うのである。こう言うと「育児・教育は女だけの責任ではない。男もおおいに育児・教育に係わらねばならない。」というご指摘を受けることが多い。勿論である、子供を育てると言うことに対して両親がその責任を負うのは当然である。只、それは何もかも均等であるということでは無い筈である。特に幼少時に於いての子供には、絶大な母親の【影響力】が存在すると思うのである。かの神風特攻隊として散っていかれた方々のなかには、その瞬間に於いて「お母さん」と叫ばれたひとが多かったとお聞きしている。ことさら母親の存在というものが大きいことを明かしているところであると思う。

 その母親が、訳の解からない  やからども  に影響され、幼少時の子供に対して【自由・平等・権利・平和】という馬鹿の一つ覚えに基づいて【責任と我慢と義務と安全】の存在を示さずに(やからどもはこの【責任と我慢と義務と安全】を意図的に無視しようとする故。)接した結果、子供は偏りを持って成長してしまうこととなる。事実こうして成長した子供が大人に成り切れない親となり、さらに  やからども  の影響を受けやすくなった子供が成長して、なおさら大人に成り切れない親として子供を育てていくという繰り返しが為されてきた結果が、昨今の日本を創り出してしまったと言えると思うのである。又この記事の冒頭に記した(亭主元気で留守が良い)みたいな風潮に踊らされ(マスゴミどもが面白おかしく、そのことが時代に合っているんだみたいな風潮をいろんな記事・番組等で流布させてきた事実は否めないと思う。)夫の存在を否定・無視して父親の威厳を無くするような家庭を営むようになった場合は最悪であり、母親が反抗期になった子供に敵わなくなったとき(腕力的な面とこどもを溺愛しすぎてしまうという感情面の影響により。)子供を制する存在を自らが消し去ってしまったが為に、己を苦しめる結果に陥ってきたのではなかろうか。〈家庭内に強い(こわい)父親を存在させなくしてしまった為〉その結果、親でありながら親としての責任と義務をはたせない両親のもとで我儘放題の子供を創りだすことになってしまったのだと思う。

 家庭において母親は【子供が第一】という位置づけを絶対にするべきではない、【夫婦が第一】であるべきである。あまりにも父親を放ったらかしにして、子供に係り過ぎた母親が多く存在してしまったと言えるのではないだろうか。俗に言われる【過保護状態】に嵌まり込み過ぎたのだと言えるのではないだろうか。親の保護下にあり自立していない子供に対して、むやみやたらとお金をかけ過ぎた母親が増えすぎたのではなかろうか。決して子供は母親の所有物ではないのである。自分の趣味で子供の衣服や所持品にお金をかけ過ぎることはその子供を我慢のきかない人間にするだけではないか。(ガキの分際でブランド品をねだり与えられてしまう、或いは手軽にバイトでものにするなどという現象には疑問を持つべきだと思う。)

 僕達が小学校低学年頃には、生まれ育ったところがかなりの田舎であったということもあったのであろうが、まだまだ充分な食事に恵まれない家庭がかなり存在していたのだが、徐々に所得倍増計画などの流れのなかで、1960年から1980年あたりの20有余年の間にめざましく豊かな生活を供することが出来るようになった。そのようななかで今振り返って考えたとき、女性の地位向上とか社会進出が叫ばれ出したことや同級生の女子達の大学進学率が高まっていったのが僕達の世代前後からぐらいであったと思われる。高等知識を身につけることは望ましいことではあるが、そこにはあのいわゆる人権派といわれる やから がつけ入るチャンスが増えるというデメリットが潜んでいた。かれらの思想はいっけん耳障りが良く理想論のように聞こえることもあり、矛盾だらけを包括しながら進んでいる現実というものを考慮して把握出来ていない、いわゆる理屈だけで物事を判断してしまう世代に強い影響力を行使することとなった。

 おかげで同級生のなかに、人権派・男女同権派を名乗る やから  がほざいているようなことを得意げに主張する女子達が、僕に向かって討論をふっかけてくるということがたびたびあった。時が経ち、30半ば長男が2歳ぐらいの頃同窓会の席で彼女らと話した時、彼女らは得意げに自分がどれだけ子供に係っているかをとうとうと話していた。僕は『じぶんら(関西弁で話し相手のことをこのように呼称する)母親がそこまで子供に係りきって世話をやき過ぎることは子供にとって良いことやないんちゃうか?子供が甘うなるで。』と言ったのですが、『あんたんとこはまだ子供が小さいし、子供に必要なことが解かってないんよ、子供が小学校に入ってから解かるわよ。』と言われたが、勿論、今現在まで彼女らの言葉を理解することは無い。

 1970年あたり以降の日本では、経済面に於いての成長を確かなものとしながら(オイルショックやバブル崩壊などがあったとはいえ、ほとんどの国民が充分に満たされた生活をおくれるようになってきたことは事実であると思う。僕のようなものでも普通に働いて充分に普通の生活をすることができている。欲を言えばきりがない。僕が子供であった時代と違って、今日・明日食うものに困っている家庭はそう多くない状態であろう。)そのなかで子供達は与えられることが普通になりすぎて、《あって当たり前》になってしまい、【我慢という躾け】の抜け落ちた子供となり、精神面においても自分をコントロールできない人間を数多く生み出すことになってしまった。

 1980年頃であったろうか、中山美穂が男言葉で喋り捲る〔まいどお騒がせします〕という番組や〔金曜日の妻達〕(番組名は若干性格ではないかもしれない)というドラマが人気をはくしていたように思う。これらが世相に与えた悪影響{【女性のあり方】【家庭のあり方】を覆してしまった}と、前述したいわゆる〈左系ども〉の先導によってどんどん【おとことおんなの垣根】を粉砕し続け、前述したような【家庭と子供】の誕生が促されたことと思う。

 記事の冒頭に記した連中や(左系のやつら)銭の為なら何でも在りのTVを初めとするマスゴミどもが、日本に強い影響力を持つ米国の文化の一部だけを巧妙に利用しながら、日本人の女性を巧みにミスリードしつづけてきた結果、国を担って立つ子供達の成長に大きな影響力のある【日本人としての母親の在り方】を変えてしまったことと、やはり左系の日教組と文部省等が【日本における正しい学校教育】を歪めてしまったことで、【日本において在り得てはいけない家庭と学校の二大教育環境】が誕生し、これらの教育環境の下に育った子供達は当然大人に成り切れないまま成長して子供をつくり、さらに大人に成り切れない人間を育て上げてしまうという悪循環が今の【在りえてはいけない日本】を創りだしてしまったのだと思う。

 しかし、ここで一番反省しなければいけないのは  おとこ  であろう。日米安保の下【国を守り、育てる】という一番大事なことに注視せず、ただ経済の繁栄・拡大のみに突っ走り、【家庭における日本人としての父親】を放置し続けてきたことが全ての原因である。

 家庭内において、堅実でしっかりした、そしてなによりもお父さんを第一に考えるお母さんが【父親】を操りながら、お父さんは操られていることを解かりながらお母さんに感謝しながらも【母親】に迎合してしまうことなく、父親と母親が互いに【仲良く】それぞれの【役割】(おとことおんなは違うのである。何もかも同じにしようなどというのは、明らかに自然の摂理に則ったものでは無い。)を果たしながら家庭を営むことが本道ではないか。

 いまこそ、【日本男児・大和撫子としての目覚め】のもとに日本の建て直しを計らねば、やがて中国の思惑通りに東アジア・西太平洋域は覇権国家(共産一党独裁の下に於いては、たとえ今は自由主義経済を取り入れ民主化を装おうとはしていても、その求めるところは決して人民が尊重される国家像に行き着くものではない。)中国の治めるところとなり、それこそ中国がさきにほざいていたごとく日本国を取り込んで、日本国消滅ということになりかねない。

 万が一そうなってしまっては、大東亜戦争で日本国の未来を信じて亡くなられた方々の意に背くこととなってしまうのではないか。

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