|
私は妻からよく指摘を受ける。「あなたの意見は極論過ぎる」と、
妻は何故かしらこんな私と一緒になったのが不思議なほど融通のきくひとである。
【子供に権利は無い】 「なんて非人道的な事を言うんだ」という反論が沸き起こりそうな〔もの言
い〕かとは思う。そう思いながらも、この表現を取り消そうとは思わない。
【権利】とは何なのか?辞書には〔ある物事を行う資格・ある利益を主張し、それを受ける力〕 〔対
義語−義務〕とある。同じように【資格】は〔あることをするのに必要な身分・地位−必要条件〕とあ
る。【義務】が対義語となっていて、その意味として〔法律上・道徳上においてなすべきこと〕とあり、
【責任】の意味として〔なすべき任務・義務、結果に対して負うべき責め〕と表記されている。
堅苦しい記述を列記したが、ひらたく言えば【権利】とは〈自分のしたいことを主張し、要求出来る身
分・条件〉ということになるのであろう。
ひとは千差万別と言われるように、さまざまな考え方をするものであり、いろんな環境のなかで立場・
身分・年代・性差等々によって〈自分がしたいこともさまざま〉である。自由社会だからといって、自分
がしたいことを言い出せばきりがなく、皆がそれを押し通そうとすればいたるところで衝突が沸き起こる
のは間違いの無いところである。当然、対義語として規定されている【義務及び責任】というものが必要
とされる訳である。
つまり、【権利】を主張し、要求するならば自分の言動によって結果として現れた事象に対しては、そ
の責めを負わねばならないのであり、【権利】には【義務】という 制限 が掛けられねばならない。
【義務を守り、責任を果たせないもの】には、【権利】が認めらるべきでは無い筈である。
【ひと】が暮らす社会に於いて、【精神的・経済的に自立】できていなければ【義務】を果たすことも
できなければ、【責任】を負うことも出来ない訳であり、誰かのもとで【精神的・経済的に依存】してい
る者には【権利】が認められなくて当然であろう。
いわゆる、人道主義を唱えたり、ヒューマニストやモラリストを語る[輩共]は、やたらと[権利・自
由・平等]などという抽象的な言葉を振りかざすことに躍起になろうとするが、そのようなことをほざく
のは、秩序ある社会を翻弄して乱したいだけか、脳みそに単なる理屈だけを詰め込んだ無知な愚か者であ
ることは明白といえよう。
【子供に権利は無い】ここでいう子供を規定するにあたり、年齢を定めるものではない。社会に於いて
精神的・経済的に自立していて義務と責任を果たせる【ちから】を身につけているかどうかである。
昨今の日本国には10代で、【ちから】を持っているものもいれば、20、30、40、50、60代
でも悲しいかな、【ちから】無きものが存在しているという現状が現れて来ていると言わざるを得ない。
重要法案である、国民投票法案への権利年齢を20歳にするか18歳にするかで自民党と民主党の間で
争っているが、本来ならばそこで対立する前に16歳ぐらいで投票権を与えられることが出来る人間を造
り出せる教育が確立されていて然るべきだったのである。
今の、日本国にはあまりにも【権利】を主張出来る資格のある【おとな】が減りつつあり、それは、ひ
とえに、【誤った教育】が家庭と学校そして地域と社会に於いて、半世紀以上に亘って為されてきた弊害
によるものである、と言えるのではないだろうか。
[子供の権利を尊重しましょう]などと馬鹿げた、たわごとに引きずられて…。
|