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『何か、ヘン じゃないですか?今の日本』昔がすべて良かったというつもりは無い。でも、今より、日本人と呼べる人間がいた筈である。

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公平? 平等?
 
人間の生存するこの地球上に、
 
そんなもん、あるんかいな?
 
人間なんて、(敢えて、《なんて》という言葉で書くけど)
 
公平? 平等? ほんまに、ソレって在りえるん?
 
在りえへんがな、ほんまのところ。
 
公平と平等と平和なんてコトバを声高々に叫び続けて半世紀以上(戦後という意味を込めて) が経ち、
 
66年の月日を重ねた・・・今、 
 
より良き景色(少なくとも日本国の国勢として)が現わされてきたと言えるのであろうか?
 
 
勝者米国の思惑と、その米国に対し競合しようとした共産主義
二者の都合で刷り込まれてきた人間一個人としての権利主張 
その結果、 
日本国は素敵な国に成り得たと言えるのか?
 
権利、それは、さまざまな立場と想いによって
 
無限に主張され続けるものであり、
 
そうした中で、公平・平等というものを定義することなど、
 
いったい、誰が定めて明言できるというのか。
 
つくづく、人間なんて、やっかいな生き物としてこの地球上に生きさせて貰っているだけの存在であり、宇宙観念・地球意志の中に於いては、
殊更特別な存在として有るわけでは無い。
 
何かの意志によっての事か、単なる偶然の産物としてなのかは定かでは無いが、
知能・思考力が備わった人間は、
某かの勘違いを起してしまったように思える。
 
人間は一生物・一生命体であり、
自然の中の個体である。
 
無駄な働きをさせすぎてはいないか、せっかく備わった知能に。
 
この地球と地球を包括している宇宙に於いて、
 
生来抱え込んでいる矛盾(生命体としての本能と知能によって身に付けた理性)を併せ持っている人間とその人間の集合体に於いて、
 
公平と平等は在り得ない、各々権利の主張を続ける人間界のなかには。
 
元来、矛盾を包括している人間が形成している社会に於いて、全てが綺麗事で片付くものでは無い。
 
今、暴力団の根絶が謳われているようだが、
 
確かに、暴力団(朝鮮や部落が多数を占めている団体)は在るべきでは無いが、
 
《やくざ》の存在を無くすことは出来ないし、必要なものとして在り続けても良いし、あるべきであろう。
 
人は、
悩みあい、葛藤し合い、争い合い、集い合い、暮らし続けて来て、
僅かの時間(宇宙規模に於いて計ったときに、この表現を当てるべきであろう)を繋げてきたが、
 
生きることに対しての基本とされる部分に関しての確かな成長を、
明確に出来る者など、一体、特定することが出来るのか、
いや、在るべく筈も無い。
 
仏陀以上の論を説き明かし、実践しえた者など。
 
 
 
 
 

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