ここから本文です
『何か、ヘン じゃないですか?今の日本』昔がすべて良かったというつもりは無い。でも、今より、日本人と呼べる人間がいた筈である。

書庫無題

記事検索
検索

主張

 何故?共産党(本当は 狂 惨 倒 だと私は思う)なんて組織が存在出来るのだろう。共産主義なんて

思想をどうして抱くことが出来るのだろう。単に言葉の組み合わせを行う上で想像するだけに限っては在

りうるのかもしれないが、現実に於いて人間というものが存続していくうえで、絶対に成り立つところで

は有り得ない。基本的に全てにおいて(平等)ということがどうして在りうるなどと想定できるのであろ

う。 ひ と はすべてにおいて基本的に〔違い〕を有しているものである、よく世間では(人に差を在ら

しめてはいけない。)と言う こ と ば がさまざまな時・人・場所で発せられることがあり、(違いを認

めても差をつけるべきではない。)と言われることもあり、ちょっと見にはそれは正しいように思われる

こともあるようだが、厳然たる事実として〔差異〕は存在し、人は差別されもするし、差別してしまうお

それもある も の である。

 昨今、いじめ の報道が巷にあふれてきているが、なんら確固たる良識・信念を有しないマスコミは

「いじめることはいけないことです。人を思いやる気持ちを持ちましょう。いじめを受けている人は助け

を求めましょう。」などと馬鹿のひとつ覚えを垂れ流しているが、それだけで解決を見れるはずがない。

 人は、他を差別してしまう愚かな言動をやってしまう部分があることを否定出来はしない。ならば、そ

のなかで、悩み、苦しみ、生きる術(すべ)を養っていけるように導くことが重要なのだと思う。

 理想だけを空念仏するだけで生きていけるなら、なんの労苦も要しない。それで地球上の営みが保たれ

ていけるのならば、神は人間をこの世に存在させることはなかったのだと思う。さまざまな矛盾をはらん

で現実は動いているのである。[そのなかで人間の在り方を模索する修行をつんでいくことが人間の生き

る意味なのだ。]と僕は考える。

 どうして権利を主張することだけに奔走するだけで、さまざまな違いや差のある人間が共同生活を営ん

でいくことができようか。冷静な判断力に則ってみれば、歴史上においても現実社会においても共産主義

というものなどが成り立たないことはあきらかである。

(現存している中国・北朝鮮・ロシア・キム.デジュン・ノ.ムヒョン政権下の韓国等は共産主義政権を語る独裁帝国主義に他ならないことは正常な判断力をもってすれば事実明白であろう。)

 いまの日本をおかしくしてきた大きな悪因は、いたずらに(平等と平和)と言う耳障りのよい空念仏を

唱えてきた輩が、日本の復興・成長期においてあらゆるところでのさばってしまった(特に教育界、公職

員界での蔓延が最悪の因子である。)ところに依るものと言える。

開くトラックバック(1)

日本人として今

「日本人はぼけている」先日TVドラマで(若い日本人女性がアメリカの刑務所に収監されて・・・)という内容の番組のなかで主人公が他国の受刑者に指摘されているシーンがありました。主人公はそのようななかで日本人として本来備えている【情】の部分で刑期を過ごし、出所時点でみんなのこころを捉えるようになった。というエンディングでまとめられていました。

 戦後60年の刻を経済の発展を中心に国の歩みを進めてきた(それは好むと好まざるとに拘わらず日米安保条約に頼ることで邁進することが出来たわけだが)結果、ひところ前まで言われていた『日本人は平和と水は只だと思っている』の言葉に象徴されるように、国を維持していく上で世界中の全ての国が基本としている【わが身】を守る事を お ざ な り として過ごしてしまった。

 結果、国民ひとり、ひとりはむろんのこと霞ヶ関・永田町の歴代構成員までもが緊張感を失ってきたことは逃れようの無い事実である。

 【武士道は死ぬことと見つけたり】【この世に絶対と言えることは、いずれあなたに確実に死が訪れる事を除いては何一つない】という言葉に示されるように、人間の真摯な営みに於いて【死】というものを自覚すること無しに【生】を充足することは出来はしない。安全の確保を二の次にしていては真剣な生活の営みにぼけてしまうのも当然ということが出来る。

 世界の国々に於いて《世界平和》というものは、極く一部の(気違い)を除いては万人の希望するところであるのは間違いのないことと思う。しかしあらゆる風土・歴史・感性においてさまざまな歩みをそれぞれに重ねてきた住民が暮らす各々の国が完全に同じ価値基準を持ち得る事は現実としては実現不可能と言わざるを得ない。((地球上の全ての国が一つにまとまる事があるとすれば、地球人と同じような脳力を持った生命体(俗に言う宇宙人という者が存在していた場合)が地球に対して侵略してきた場合のみであろうと思われる。))

 実際、殆どの国々は自国の利益を先ず第一として行動しているのであって、為にお互いが利権をめぐって衝突を引き起こし、世界の中で実際の現象として現代においても武力紛争が勃発しているのである。武力衝突を起こさないまでも外交と言う争いは常に全世界の国々の間で展開されているのである。外交が(国同士の仲良し関係を築く為のものである)などと言っているのはそれこそ日本の能無し・根性無しの我が国外務省と、本心とかけ離れた奇麗事を並べ立てているだけの大嘘つきの社民党と共産党に他ならない。

 自国民が気違いのリーダーが独裁している野蛮国に拉致されても長きに亘って何等問題視も行動もしなかった外務省と、拉致なんかあの国が行う筈が無いと言い張っていた社会党・又この政党はかの国をパラダイスなどと喧伝したこともあるのだからなんとも情けない限りである。

 こうして自国の安全を確保することから長きに亘り遠ざかり、経済的に恵まれるようになり、食べる事つまり生きる為の最低限の行為に苦慮する必要の無くなった日本人が次第に平和ボケてきたのも無理からぬことなのかもしれない。しかもその間、精神的支えを維持する為の教育面においても日本人が従来もっていた良き部分も全て蔑ろにしてきてしまったのだから。(これは内、外 両因に依る結果として引き起こされてしまった訳だが)

 このような日本に今必要とされるものは、確かな精神的礎そして長く日本人に受け継がれてきた日本人の こ こ ろ を見直すことだと思う。

 

sa15nnobitaさん。(あなたが私より年長者だということが判ったからにはそのことに対しての礼はつくすべきだと思いますので、先ずはあの礼を失した表現にて挑戦的な書き込みを記したことに対してのお詫びを申し上げます。)
 あなたのページのコメント欄に書き込むには枠が狭すぎるので、ここにまとめることに致します。願わくばあなたがこのページを訪れてくれることを期待して下記に私の反論を記したいと思います。

 あなたがどういう人で何を目的としてあのような記事を書いているのか私には理解できません。私はあのような内容の記事を信用しませんし、非常に疑問を感じます。又あのような発言には憤りを抱くほうであり、性格的に私は気が短く攻撃的な性格であり、読んだ時に思ったことは、妄想にかられた狂信的な私より若造なのだろうと思い、作者の反応を期待してあのように確かに無礼で挑戦的なコメントを残した次第です。期待通りあなたからの反論を受取ることが出来たところで 今 又 あなたからの答えを得たいが為にこの記事を記すことと致します。
 
 あなたはあの記事によって何をなさりたいのでしょうか?ただ聖母マリアを信じ、それにすがりつく人を来る大災害から救おうとするのですか?それとも過去にあったノストラダムスの予言だかなんだか解らない ただ 人心を不安に陥れることで世間を騒がせて世の中の注目を浴びることを目指しているのでしょうか?

 私は前の記事にも記しましたが、神の存在は信じますが現在の既成宗教団体を信ずるものではありません。キリスト教という既存宗教(そのなかでもいろんな宗派があるようですが、興味が無いので詳しくは知りません)が説かれる基本的な(隣人を愛せよ)みたいな教えに異論を唱えるつもりは在りませんが、復活だの、予言だの又それらが世の中に不安を巻き起こすようなことが並べ立てられるようになると、いったいぜんたいその宗教は何を目指しているのかと強い疑問を抱いてしまいます。
 
 未来に何が起こるのか?ひょっとしたら決まっているのかもしれませんが、所詮人間ごときにそれが解る筈も無く、解らないから ひ と は自分達の人生が終焉を迎えるまで限りある(生)を真剣に一生懸命生きているのだし、これまでにもいろんな間違いを犯しながらもなんとか真剣に一生懸命存続してきたのだと思います。

 あなたは(来たるべく大災害に被災する事無く助かりたいと思う人はマリアさまを信じて言う事を聞いておすがりしなさい)みたいなことを仰っているようですが、正義の神であるものが自分の言う事を聞くものだけをお助けになるのですか?それではマリアのエゴの行使にしか過ぎないではないですか。マリアが本当に正義を解っている神であるならば誰が正しい人間であるのか判っている筈ですから、マリアを信じていようがいまいがその本当に正しい者を助けるのが筋というものではないのでしょうか

 無知で浅はかな私信ですが、人間なんて私が思う本当の神からすればとるに足らない存在だと思います。神の意思によりある程度の整理が必要だとの判断が下されることは起こり得るのではないかとは思います。そのときに整理された者は(非道い表現かとは思いますが)運 が無かっただけに過ぎないのだと思います。過去にはいくらでもそのような歴史があったことと思います。(善良で何の罪も無い人が歴史の流れの中で犠牲になってしまったという事実)勿論私がその時に整理されるなかに含まれた時、それは私に運が無かっただけのことでありその覚悟は持っているつもりです。

 所詮、にんげんにすぎないだけの者が神の名を語るなんてその人間の お ご り ・わ が ま ま 身 勝 手 ・わ る ふ ざ け であり、神への冒涜だと思います。

宗教についての私見

 私は俗に言う無宗教論者です。現在の日本に於いて存在しているさまざまな団体等が主張している教義など全く信じる事はありません。でも、神の存在を信じない訳ではありません。この宇宙において、たかだかの人間が及びもつかないおおきな ち か ら があることを否定するものではありません。手塚治虫先生が著書(火の鳥)で描いておられましたが、この果てしなき無限とも思える宇宙を存続させている【エネルギー】というものは確かに  あ  る。 しかし一体それが何であるのか?所詮人間ごときに理解出来得るものではなく、故に畏れと敬いの お も い を込めて私はそれを神と呼びます。

 さて一般的に現存している現代日本の宗教家のなかで、果たして真に宗教家と言える人物がどれほど存在しているのでしょうか。(全く居ない事は無いようですが) また、キリスト教にしろ仏教にしろ、それらの信者となっている人達の内、どれだけのひとが真剣に宗教というものを自分が生きていく上での糧としているのでしょうか。

 私の知る限り(狭い範囲での話になってしまいますが)先ず、日本の坊主達の大半にその宗教家として認められるような人物は数少ないと言い切ることができると思います。かなりのクソ坊主達は自分達が努力して得た訳ではなく、単に世襲制のもとに譲り受けた財産を、仏教という名の下に己の営利の為に営んでいるだけの輩のなんと多いことか。かりにも宗教家を名乗るのならば、物質的・経済的の面に於いては、高みを求める事は二の次にする覚悟無くして勤まるものでは無い筈です。

 私は関西在住で暫く京都に居住していたこともあり、夜の仕事の経験もあるのですが、京都の祇園に於いてどれだけのクソ坊主が享楽にうつつをぬかしているかを少なからず見聞きしてきました。又、知り合いの坊主達にも営利のみを目的としている奴らを見てきています。

 大体、葬式や法事においてお経を唱え、戒名(これも字句を変えることで、なんら根拠のない無法の値段設定をしていることは滅茶苦茶としか言いようが無い。)をつけて、適当なしかもまとまった税金のかからない金銭を受け取る営業手段など、ひとの不幸や弱みに付け込む姿は暴力団と変わらない、と言うのはちょっと言いすぎかもしれないが、近い所ではあると思います。

 本来、お釈迦様(ゴータマ・シッダルタ)が説かれた教えというものは、矛盾に満ちたそして人間の力だけではどうする事も出来ない苦難の多い人生を、いかに充実した自分の人生として生き抜いて行くべきかを、ご自身の優れた洞察力と修行の結果に於いて悟られた真理「人生諸行無常」を基として説かれた、いわば哲学に近いものであったと私は理解しています。

 たいがいの宗派の葬式に於いて唱える代表的な仏教経典《般若心経》が何を説いているかを解っているひとが一般の中でどれだけいることでしょう?なにも死後の世界(極楽浄土)への行き方を説明しているものではありません。要約すれば、「この世は常にうつろいいくものであり、絶対と言い切れる事など何一つ無いのだから、何ものにもとらわれないこころ(執着しない)を持って人生を生きるべきである。」という 生 き 方 が書かれているのであって、葬儀の式典で死者に手向けるようなものでは無いものです。

 本来、どのような教義を唱えるかは色々あって然るべきだとしても、要は人間がいかに人生を送っていくかの道標を示すべきかが宗教の目的であり、決してそれらの組織の維持、営利、繁栄、拡大を第一義目的とするようなことがあってはならない筈であり、教義が主張する正義の基に争いを引き起こし、他を非難し、虐げるようなことを認めるようなものは、絶対に宗教という名称を冠するべきではない筈です。

反論歓迎

 今の日本において国の借金800兆円という途方もない、普通では実感することの出来ない数字(これはある意味災害と捉えることが出来ると思う)を国民が背負うことになった原因は、勿論庶民の責任(あまりにも無関心すぎたという)はあるが、一番は公務員の出鱈目さに尽きる。

 基本的にかれらに欠けているものは[責任を取る]という観念の欠如と言える。かれらの し ご と には利益(基本的には金銭面において、さらには地域・国家の施設面・文化面等において)を生み出すという事象は存在しない。かれらは つ か う 事(一般業務は勿論のこと、自分達の権利を追求し獲得する事、自分達の保身の為に立法権を行使する事)が仕事である。かれらの日々は公僕としての意識の基でけっして過ごしているのではなく、自分達の保身のみを目的としている輩が多い。(勿論全てとは言わない。なかにはまっとうなかたもいらっしゃるとは思うが)

  かれらは国の職員でありながら、その実 なんにつけても国に対して真っ向から反対だけを唱え続ける〔えせ共産主義、えせ社会主義(真の共産主義、社会主義というものは現存しているなかには認められない)〕等が運営する〈労組〉の組合員である。

 すべての公務員組織には大きな力を持っている〈労組〉が存在し、これらはばかげたとしかいいようのない主義のもと利己主義だけに凝り固まった、うわべだけにおいてきれいごとの理屈だけを並べ立てているだけの連中が組織し、自分達の権利の主張のみに奔走している.

 これらの連中は、あわよくばジャンパー姿で小太りでサングラスをかけて頭部の薄くなった飛行機ぎらいのおっさんが収めている国か、若しくは 自国民を大量に抹殺しても、我が国が理想の正義の国だと言っているような幾つかの国をモデルとして日本を運営しようと考えているらしい。

 古い話になってしまうが、国労と私鉄労組という組織は自分達の権利の確保の為に、公共性ということになんら配慮することなく、どんなに大勢の人に迷惑をかけようが毎年のようにストライキを行っていた。かれらにあるのは自分達の利益のみである。

 このような公務員の許されない幾多の罪の詳細についての検討は土曜日の朝にみのもんたが司会をしている(朝ズバ)や、最近いくつかのTV局が特集をくんで行ってくれている。

 公務員のかたで正常な人は別として、一般適な公務員の反論をお待ちします。

情け
情け
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン

みんなの更新記事