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5/4(水)国民の祝日 晴れ 病棟拘束
1:00起床,ドック総括x1。秋田医報「個人情報保護」関連記事校正に呻吟。3:00療養病棟で入院患者興奮し暴れているとの連絡あり、3:30病院、病棟対応その他、何とか落ち着く。6:30回診その他。8:45救急カンファ、4人で検討。9:30帰宅。Vnなど、若干微睡む。午後は自宅でずっと病院と医師会関連の業務消化、週刊アキタ、すこやかさん、医報関連の作文・校正作業。20:30就眠。
極東の一小国日本 視点を変えた地理教育、地図教育も必要だ
欧米では日本・中国・朝鮮半島・シベリア東部をまとめて極東と称する。
私はしばらくの間、何で日本は極東なんだ? 何かバカにされた呼ばれ方の様な気がする。アメリカの方がホンとは極東ではないのか?と言う疑問を中学生の頃まで持ってきた。そのルーツは小・中学校等の教科書や図書室とかに貼られていた世界地図の影響が大きい。あの、メルカトール図法によって描かれた、日本を左右の中心点においた地図しかなかったからである。
幸い、私が育った家の応接間には、新しもの好きの、医師であった祖父が購入した直径が40cmほどの地球儀が置いてあった。子供の頃はこれが地球をより実物に即して作った地図のようなものなんて知りもせず、クルクル回るのが面白くて良く回して遊んだものだ。お陰で軸受けのあたりがすり減ってガタが来た。時にはホルダーから外して座敷の畳の上で転がして遊んでいたものである。
そのうちに、地球儀の意味も分かってきて、壁に貼られた地図ではイギリス、カナダやアメリカなんかはすごく遠い国に見えたが、地球儀で上から見れば意外と近いモンだ・・・と言うような驚き、大きな領土のソ連邦など地球儀で見ればそうではないんだ、と言った発見等を楽しんでいた時期もあった。しかし、やはり頭に入っている基本的な地球のイメージはメルカトール図法の地図であった。諸外国のことを考えるとき第一の拠り所は形として見える地図であり、今でもどうしても日本を中心に置いた地図を頭に描いて考えてしまう。要するに、インプリントされたようなものである。
ところが、カナダ、ヨーロッパに旅したとき、最早日本を中心においたあの地図は見ることはなく、全てがヨーロッパを中心に置いた地図だけ。そこには日本は右端の小さな、小国でしかない。これは当然であるが、私にとってはカルチャーショックであった。
どんな地図を見ながら育ったか、これは国際感覚の形成にもいろいろ影響するのではないだろうか。欧米人は小さな時からこの地図を見ながら育ち、国際感覚・世界観が形成されていると言うことになる。であれば、日本人の世界観とは異なって当然・・と言うことになる。それは、教育上大きな意味を持つのではないだろうか。
果たしてオーストラリアでどんなのが公式の地図なのだろうか??見たことがないので何とも言えないが、上下逆さま何じゃないか??と思う。
私はこれからの教育の中で、各国の世界地図を資料にした教育の機会があって良いように思う。
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