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			<title>www.mfukuda.com福田の雑記帖</title>
			<description>徒然なるままに・・・= タイトル =</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>www.mfukuda.com福田の雑記帖</title>
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		<item>
			<title>URL変更のお知らせ</title>
			<description>福田の雑記帖は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://blog.goo.ne.jp/mfukuda514/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blog.goo.ne.jp/mfukuda514/&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
に移転いたしました</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku/14398861.html</link>
			<pubDate>Tue, 25 Oct 2005 06:36:23 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>逆説：未来は変えられない、過去は変えられる だから、どんどん変えよう</title>
			<description>　一般的には「過去は変えることが出来ないが未来は変えられる」と言われている。私は逆だと思う。過去は変えられるのだ。ただし、カルテの改竄とか、そんな過去の事実をねじ曲げる様な、あるいはこれに類したことを言っているのではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　過去を変えることは、事実を変えるのではなく、その評価を変える事を指す。だから、私どもの勉強とか過去の研究とかは全て過去を変えるためにやっていることである。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　私は、人からいろいろな相談を受けた場合に常套的に、「例え、何であっても、無かったよりは良かったじゃないですか」と言う。このルーツ、本音は、今回のこの経験は現時点では如何に辛く悲惨であっても、何とか現状を乗り切ることができれば、必ず活かすことが出来るし、そうするべきなのだ、と言う考え方である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　未来は変えられない。例え選択を変えたとしても変えたことにはならない。未来は過去からの連続性で必然的に決まってくるのだ。例え、多くの選択肢のある中でどれを選択したとしても、その選択によって生きる道が大幅に変わったとしても、未来を変えたことにはならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　不安神経症という病気では、まだ　先のことで何も解らないことをいろいろ考えて朧気な概念を作り上げ、それを否定的に解釈し不安になり落ち込み、時にパニック状態にも陥る。まともなヒトから見れば、取り越し苦労をしてもしょうがないと割り切ることはある程度出来るのだが、正常とそうでない領域がはっきりしていないから誰でもそんな状態になる得る可能性はある。その様なときに私は「未来は変えられない、過去は変えられる」と割り切ることにしている。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku/14220296.html</link>
			<pubDate>Sun, 23 Oct 2005 09:30:50 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>犬山方面への私用旅行（4） 日本モンキーパーク（愛知県犬山市）終</title>
			<description>　日本モンキーパークの設立に尽力しされた京都大学霊長類研究所河合雅雄教授は、数年前に犬山を去り郷里の兵庫に戻られ、そこでヒトと自然の博物館名誉館長、丹波の森公園長、丹波の森大学長とかを務めながら、90歳ほどになられた今でもなおかくしゃくと仕事をされている、と言う。その話を聞きながら、その時も私は人間に備わっている「望郷の念」とはいかに強いものかと感心してしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　河合氏がかつてNHKのラジオ番組に登場した時に、「サル学を学ぶことは人間を学ぶことである」と述べていたことが記憶に残っている。学問途中で戦争に招集され厳しい前線での戦争体験、殺しあいを経験し、無事帰国した動物学者達の一部は何故かサル学の研究の方に興味、視点を移した、と言う。 戦争の最中、彼らの脳裏には何故ヒトは戦争するのか？  と言う疑問が激しく沸いてきたのだ、と言う。死の恐怖におびえながら何故自分はここで銃を構えていなければならないのかと考え，感じるのは当然のことなのだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　動物たちの世界には、チンパンジーの一部を除けば殆ど同類集団同士の勢力争い、すなわち戦争に類似した行為は見られないことから「人間とは何か？」「何故殺しあいをするのか？」と言うことの追求の対象としてサルを選ぶのだ、と言っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私も興味を持ってサルたちを観察してきた。毎日毎日病める人間を相手に仕事をしてきていると本当に「人間とは何なのか？」「人間は何故こんなに不安が強いのか？」「人間は何故健康や命にこんなにこだわるのか？」という疑問を持つ。何か得られるものはないかと思って園内を回っていた。不安や健康についての疑問は解けることはなかったが、 見ると園内の一角に檻があってその看板に「これがヒトです」と書いてある。周囲に何人かが居て多少気後れはしたが、そこで記念のスナップを一枚撮った。いい年をしていい気なモンであるが、この檻はたぶん河合教授の発想そのもの？、と感じたからである。私のバカさ加減を見ていた人たちの何人かが次々といろんなポーズで写真を撮っていた。なんだか解らないが、これが人間というものなのだ、と素直に認めよう。時間を得てもっともっと勉強したい分野である。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku/14119869.html</link>
			<pubDate>Sat, 22 Oct 2005 05:32:08 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>犬山方面への私用旅行（5）新潟大学46年卒同級会（2）新潟中越地震</title>
			<description>　長岡在住のお二人から中越地震のことが報告という形でじっくりと述べられ、これは圧巻であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　新潟県中越地震は言うまでもなく平成16年（2004年）10月23日17時56分に、新潟県中部深さ約13kmを震源とする大地震で、ブリタニカ年鑑のデータで見ると、マグニチュード6.8、最大震度7、避難者約10万人、住宅損壊約9万棟、被害額約3兆円超えで、地域社会への深刻な打撃は「阪神・淡路大震災」にも匹敵するとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私は迂闊にもこの地震についてはあまり深く知らなかった。地域の被災状況、新幹線の脱線、幼児救出のニュース等は新聞等で見てはいたが、多忙な業務の中深い関心を持っていたとは言えない。比較的多額（？）の義捐金は病院の募金を通じて送ったものの、どちらかというと対岸の火事的感覚でいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　お二人のうち一人は長岡日赤の副院長であり、一人は耳鼻咽喉科医院院長である。住民としての立場からと組織の管理者として、医療従事者としての立場から実態を述べてくれたが、それを聞きながらあまり関心を向けていなかった自身を深く恥じ入った。&lt;br /&gt;
　特にライフラインが立たれた状態での医療の維持の問題、自らの生活の不便さ、悲惨さは約一年を経過した今だからこそ静かに語ることが出来たのかもしれない。&lt;br /&gt;
　本震による被害はさることながら頻発する大型の余震は心底から恐怖であり、住宅の中で休息・睡眠を取ることも不安で出来ず、車の中で眠ってみたがそれも耐え難く、最終的には住宅の中に眠るための場所だけは何とか確保したとのことである。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　救援物資、ボランティアなどによるマンパワーは比較的短時間に供給されたが、電気、ガス、水道の復旧までの不便さは大変なもので、特に排泄物の処理の問題、入浴出来ない不便さは何ともし難いものであったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　お二人の話の中でよく出てきた言葉は「TVでご覧になったでしょうが・・・」であったが、実は私は殆ど見ていない。これも拙いことで情報として仕入れておくべきだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今回、私は一人の生活者としてだけでなく、病院管理者として無関心でいてはならない重大ごとだと認識をあらたにして聞いていた。秋田で同様のことが生じたら、特に厳冬期間中であったら私どもは当面何をすべきなのか？？&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　長岡日赤だけでなく被災された周辺の医療機関でも今回の地震の総括などまとめるであろうから是非とも手に入れて勉強したいものだと思う。また、新潟県中越地震に関する資料集等も購入しようと思っている。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku/14024382.html</link>
			<pubDate>Fri, 21 Oct 2005 06:02:08 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>犬山方面への私用旅行（5）新潟大学46年卒同級会（1）</title>
			<description>　昨年、開催の前日まで順調に企画が進み、私共も準備万端の状態まで行きながら台風の急接近で中止になった新潟大学46年卒同級会が、去る10月9日名鉄犬山ホテルで開催された。私は新潟、長岡の会に次いで3回目の出席である。家内は私より数回多く出席している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日中にはゴルフ大会が催され、夕方からの同級会である。ゴルフは私共夫婦にとっては全く知識もない世界だが、聞くところ殆どがやるらしい。&lt;br /&gt;
　ゴルフの実際の出席者は不明であるが、夜の交歓会は出席者19人と少なかった。しかし、丁度良い規模と思われる会で、誰かがスピーチしていてもみんなが集中して聞いて居れるし、気軽に質問したり、笑えたり、しみじみと共感も出来た。卒後34年振りに会うメンバーも数人居て、懐かしく、楽しい時間が過ごせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私どもの同級生は4年ほど前に一名だけ胃ガン？で欠けたが、ほぼ全員生きているらしい、珍しいクラスである。だから、香典用の積み立て金も遣い道がなくて○百万円もたまっているとのこと。次にこの積み立ての恩恵を授かるのは誰かな、もしかしたら私かな？、と思ってしまう。今回は中越地震の見舞い金としても役だったらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　出席者全員が一言ずつコメントを述べたが、内容的に大別すると4群に分けられた。まずは長岡在住のメンバーから中越地震のことが報告という形でじっくりと述べられ、これは住民として聴いても病院管理者の立場からも圧巻であった。次はやはり全員年だから健康面のことなど、聞いていてとても他人事と思えない内容である。さらに人生観の変遷など。もう一つは聞いていて全く分からないゴルフの腕自慢の話であった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku/13929068.html</link>
			<pubDate>Thu, 20 Oct 2005 06:04:01 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>ある患者の弁「先生、これでも診察代を払うんですか？？」</title>
			<description>　本日夜半、長女・長男が家内の見舞いがてら急遽帰省した。&lt;br /&gt;
  長女の弁「数日前から口内炎が7つも出て痛いのよ」と。「へー、気の毒にね。いろいろストレスがあるためなのだろうからね。」と私の返事。しばし無言の後「私はね、別に優しい言葉をかけて欲しくて言ったのではないのよ」と言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　3週間ほど前、まかないの石井さんが転倒して腰を強打しかなり辛そうだった。帰宅直後の私に「これこれ・・・で腰が痛くて大変・・大変」と訴える。彼女の話は一般的に長くて結論がなかなか出ない。私は言葉を遮って「足でもしびれるのかい？そうでなかったら早く帰って寝たら？」と答えた。しばし無言の後「受診しなくて良いかしら」と言う。「早く帰って寝たら？」と同じ答え。会話はつながらず終了となったが、彼女はその後私に内緒で内科医院、整形外科医院を受診しているらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　家族からの不調の訴えに関しては私の返事はいつも素っ気ない。言った方はガックリくるらしい。時間が解決する程度の場合には放置が一番と思っているからだが、言う方は何らかの対策を求めての発言である。だから互いに思惑にズレがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これが家庭内、家族内の対話だから良いのだが、診察室ではトラブルの原因になる。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ある救急時間帯での診療の時、高齢の男性患者が隣の外科系診察室を訪れた。診察医は整形以外の若手のある外科医師。患者「腰が急にいたくなって辛くて来ました」。外科医師「湿布あげますから家で安静にして明日整形外科を受診してください。お大事に」。患者「そうですか。湿布は家に行けばありますから要りません。出がけに家内がまったく同じことを言ってました。先生、こんな程度でも診察代金を支払うんでしょうか？？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　高齢の方はガッカリしたような口調で、静かに述べた。当然である。むしろ怒らないで淡々と述べたところに患者としての本音があるのだ。医療機関にわざわざタクシーで遠方から来たのに何も治療をしてくれないのか、この若い医師には患者の気持ちが分からないのか？と言う抗議である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　医師と患者は他人同士であり短時間では互いに理解など出来ないと割り切るべき。互いに思惑は異なって当然。だからこそ医師は診察の際、「何かご希望はありますか？」と言うような言葉を掛けてズレを調整する必要がある。&lt;br /&gt;
　一方的に自分の判断を述べるだけでは、どんな正しいことを言っても相手は満足しない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku/13830640.html</link>
			<pubDate>Wed, 19 Oct 2005 05:35:39 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>犬山方面への私用旅行（4） 日本モンキーパーク（愛知県犬山市）続</title>
			<description>　日本モンキーパークは今朝のNHKラジオによると本日が会館記念日な様である。私はこのパークはモンキーだけの施設かと思っていたが、全施設の2/3はサルと直接関連のない、大型の、よくある遊園地であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　会場に近づくと丘の上に大阪万博の「太陽の塔」か？と思われるモニュメントが聳えているが、これは「若い太陽の塔」といって、同じ岡本太郎の作品で、大阪万博の「太陽の塔」の１年前の1969年に、このパークのシンボルとして設置されたものと言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本モンキーパークの公式HPによると『世界で唯一のサルだけの動物園で、サル類に関する総合的な調査研究、野生ニホンザルの適正な保護繁殖を目的に設立され国内・外とも高い評価を博しているとのこと。日本国内、アジア、アフリカ、中南米等から集められた73種類、600頭ほどが飼育されている。最大のはローランドゴリラで体重は200Kgほどにもなると言うし、最小のは上着のポケットに入れて帰れそうな、どちらかと言えばネズミやリスに似たサルもいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　サルは、不思議と、見ていて飽きないのはやっぱり人間に似てい手同じような仕草や行動をするからであろう。興味深かったのはサルの骨格の標本。各種のサルの骨格が陳列されているが種類によってずいぶん異なる。夜行性のサルは目が大きく発達しているが、頭蓋骨で見ると眼窩が異様に巨大であり、片方の眼窩のサイズが脳のサイズより遙かに大きく、驚く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　当日は連休と言うこともあって子供連れの若いカップルで混雑していた。モンキーを十分見たことも一つの成果であったが、これだけの若者達、大勢のはしゃぎ回る子供達の間に混じっての数時間は、何年も経験したことのない懐かしい時間でもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　みんなサルを見に来ているのだろうが、サルの方からも結構人に近づき「今日はいろいろなサルが来ているワイ」といった感じで興味深そうにじっと目を合わせて見続けるサルもいる。どっちが主役なのか分からない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　パークを訪れた翌日は急ぎ秋田に帰ってまたヒトを相手にする現実に戻ったが、何となく気が楽になった。片意地を張るなんて無駄なことだね。今回猿から十分教わりましたよ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku/13732181.html</link>
			<pubDate>Tue, 18 Oct 2005 06:29:16 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>自伝 母と自分を語る（8） 母は自らの意思で衰弱死した</title>
			<description>　その後の母は治療行為を一切受け付けなくなった。説得はしても同意は得られない。それでも組合総合病院のスタッフ達はいろいろ治療を試みてくれた。介護のレベルは受け入れてくれたが治療行為は困難であった。&lt;br /&gt;
　主治医である家内もいろいろ機会を作っては全身状態の維持のための方策を考えたが、服薬も拒否、摂食も拒否、点滴も拒否であった。ある夜私が持参した寿司の一部を美味しげに口にしたことがあったが、栄養補給にはほど遠い量で、それ以降は一切口を開かなかった。私が入れた中心静脈栄養葉のカテーテルも数時間後には抜かれてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私は迷いに迷ったが、母の好きなようにさせる方針をとった。治療行為などは全て本人の受け入れる範囲のみとした。実際には殆ど何も出来なかった。やがて肝不全の進行と共に黄疸は一層強くなり、意識状態も全身状態も悪化した。排泄のためのトイレ移動はもとより、ベットサイドに置いたポータブルへの移動すらハタから見ていて辛そうであったが本人は何としてでも移動しようと強い意志を見せた。見かねて尿道カテーテルを留置したが、これも短時間に自己抜去した。やがて意識状態の悪化と共に母の精神活動は乏しくなり、治療行為も可能な状態となったが、私はあえて方針を変えさせず、最小限の補液のみとした。数日後母は静かに息を引き取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　死後、家内の執刀で病理解剖を行った。実質臓器のほぼ全てに多数の嚢胞が見られ、特に肝臓は大部分が嚢胞で置き換わっていたような状況であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私は母の死去当初、これで本当に母は楽になったのだ、と大きな開放感、満足感を味わった。実際に大きな悲しみに襲われたのは死後一ヶ月も経って、身辺の整理もかなり進んだころからであった。彼女の人生は一体何だったのか？、私や長男は彼女の人生にとって一体何だったのか？、私が最後にとった治療方針は果たして正しかったのか？・・等々、しばらくの間私は苛まれることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　彼女が時折示した生活態度、死を目前としての姿勢、これらに私は異常性を感じてならない。彼女の異常性の一部は私にも立派に備わっていると感じるし、私はそれにはいたく満足している。彼女が64歳で死去したことにも意味はあるのだ、と感じている。&lt;br /&gt;
　母の生き様は今ある私にも、今後の私も、私が死を迎える際にも、陰となり表となり、おそらく私に影響し続けるだろう。亡き母にはいつも感謝している。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku/13628526.html</link>
			<pubDate>Mon, 17 Oct 2005 06:17:08 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>2005年秋田県・メイヨークリニック国際医療シンポジウム（3）私の質問内容</title>
			<description>　川嶋先生、貴重なお話ありがとうございました。私は米国の医療事情を聴いたり読んだりしても、どうして理解出来ないのが医療制度、保険制度のことです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
  先進的医療を担う臨床医、一般大衆、米国医師会の方々は自国の医療制度に関してどう考えているのか、お教え下さい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　●米国は、高度の最新の医療の分野などで世界をリードし発展させてきたこと、同様にメイヨークリニックも高水準の医療、教育、研究を行っていることはよく解りましたが、そのような先進的医療の恩恵は国民は普く享受出来ない医療保険制度のように感じられます。その実態はいかがでしょうか。また、この点について特に大規模病院の臨床医は、医療倫理の面からどのようにとらえているものでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　●米国では健康保険未加入者が都市部では30%にも達するいるといわれ、いろいろな悲劇も生んでいます。米国は個々人の人権が主張され、また、尊重される国と感じておりますが、一般大衆はこの差別が大きい医療保険制度についてどのように考えているのでしょうか。クリントンが皆保険制度を叫んだときに、大衆は国の統制を受ける事を嫌い、現状の方を選択したのでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　●米国の医療は我々から見れば著しく不平等に見えますが、この不平等こそが米国では平等なのかもしれません。その場合、誰しもが持っている命の大切さ、そのことに最も敏感であるべきと思われる医師集団である米国医師会は医療を受けたくとも受けられない現状をどう考えているのでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　時間の関係で残念ながら充分討論できず、明快なお答えは得られなかった。懇親会への出席を勧められたが、1時間も進行が遅れていたために私は充電が必要な状態で、急ぎ帰宅した。しかし、出席すべきであった、と反省した。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku/13537045.html</link>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 06:26:32 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>2005年秋田県・メイヨークリニック国際医療シンポジウム（2）非常識な地元の演者達</title>
			<description>　「病める人に必要なのは、真に思いやりのある心遣いなのです」The best interest of the patient is the only interest to be considered（William J.Mayo,MD 1861-1939）。実に素晴らしい言葉である。この精神がクリニックでは脈々と生きていると言うが、3000人の医師、4万人に及ぶ職員に対する院内の教育はどうなっているのか、知りたいものである。私どもの病院は500人ほどの職員数であるが、創業の精神は徐々に薄れつつある様に思われ、医療従事者としての倫理観の向上・維持教育のあり様は病院運営上で懸案の一つである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   10月13日のシンポジウムではメイヨークリニックから招聘したお二人の教授の講演の前に8人の演者による視察報告・部会報告がなされた。彼ら全体に与えら得た時間は40分、すなわち一人5分である。しかし、何処で展開された報告は内容は別にして時間的には非常識きわまるものであり、各人の立派な報告書は予め配布されているにもかかわらず10-15分も時間を占拠した。私は呆れかえり聴く意欲を喪失、微睡むこととなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　お二人の教授の講演は素晴らしいものであった。&lt;br /&gt;
　●Robert L.Fryeメイヨークリニック内科学教授は「メイヨークリニックにおける患者中心の医療」と題して創業から現在に至るまでのクリニックの足跡、医療倫理等の院内教育の話し、等について講演した。最後の言葉は「患者が求めるものこそ、最も大切なことなのです」と結んだ。同時通訳付きで私にもかなりの部分理解できた。&lt;br /&gt;
　●川嶋　明メイヨークリニック放射線科学教授は「米国に於ける医学医療の現状と課題」と題して米国の医療の光と影について講演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　何れも大幅な時間の遅れを意識しての講演となり、わざわざお出でになったのに、実にお気の毒であった。私は川嶋教授の講演に対してフロアから意見を述べ、質問する機会を与えられていたが、時間の関係で用意した質問の一部しかできなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　あまり非常識な演者に対しては、司会者は警告を発するとか、マイクの電源を切るなどの強権が必要である。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinkisakusei_kotosinosinsaku/13537006.html</link>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 06:25:04 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		</channel>
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