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立場が猫をつくる?

友人から子猫をもらってほしいと頼まれた。
とはいえ,家にはすでに15歳と5歳の2匹の猫がいて,
今までの経験から,新参猫を受け入れるのは,
猫にとってなかなかむずかしいということを実感している。

最初に猫を飼った時(すでに故猫),家人が昼間は出掛けてしまい,
いたいけな子猫1匹ではさびしかろうと,もう1匹,猫を飼うことにしたが…。
これが大失敗だった。
新参猫が横を通るたび,何をしたわけでもないのに,先住猫は「シャー!!!」と鬼のような顔で怒る。
そんなことが3か月ほど続き,
2匹の猫がだした結論は,相手を空気だと思う,ということのようだった。
微妙な距離感を保ち,寒い時だけ(たぶん毛布だと思い込んで)くっついて眠る。そんな感じ。

3匹目の猫は,大雨が続く中,
哀れな声で「ミャーミャー」鳴きながら家の周りをうろうろしていたのをかわいそうに思い,
3日かけて捕獲した。
この時は,先住猫が10歳と13歳という高齢猫(人間の年に換算すると54歳と68歳)だったので,
子猫の元気さについていけず,勝手にさせておくということで均衡が保たれているようだった。
また,その鳴き声がなんとも人間的で,人間も子猫に操られてしまった感があり,
みんなに甘やかされて,非常にわがままな猫になってしまった。
まさに我が家の女王様状態。そこへ4匹目の子猫が来ることになった。
女王様は,御年5歳。人間だと35歳。気力,体力ともに充実の年齢だ。
絶対,無理と断ろうと思っていたが,お宅が最後と頼み込まれ,もらうことになってしまった。

6月のおわり,小さな黒サビの女の子がやって来た。
ところがこの新参猫,弾丸のように空を駆け,ゴムマリのように弾み,からだを丸め毛を逆立てて
女王様に果敢に立ち向かっていく。
女王様も負けてはおらず,約3週間,騒々しい毎日が続き,これはダメだと思い始めたころ,
女王様の態度が変わった。

お気に入りのおもちゃを取られても,餌のお皿に顔を突っ込まれても,
前足をそろえ,目を細めて静かにたたずんでいる。
「えらいね」と声をかけると顔をあげて小さくため息をつく。
以前だったら,「チビなんだからちょっとはがまんしてあげなさいよ。」などと意見しようもんなら,
「ざけんじゃないわよ! なんで私ががまんしなくちゃいけないのよ!!!」
とばかりにうなられたのに。まことに聞き分けのよいやさしい猫になったのだ。
「あんたも猫ができてきたよね」と,毎日思いきりほめている。


猫と一緒にするな! とお怒りの声も聞こえてきそうだが,人の世界も似たようなものかな。
会社でもいろいろだ。人の異動があったり,担当の変更があったり。
新しい状況に思い切って身を投じ,もがいたとしても,
それが自身の成長,新しい世界を開くことにつながるかもしれない。
まさに「立場が人をつくる」だ。猫に負けてはいられない。

信州なかのバラまつり

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530日より,中野市の一本木公園でバラまつりが開催されています。
今年で22回目を数え,中野市の一大イベントになりました。
一本木公園には,かつて私が通った中野小学校の西校舎が移築復元されており,
バラまつりが始まる前から懐かしい場所でした。
そんなこともあり,毎年必ず出かけています。
 
私はバラが好きで,自宅の玄関横にも大輪の白のツルバラが植えてあります。
今年はあたたかく,いつもよりうんと花が早かったので30日,初日に行ってきました。
といっても毎年のことなので,夕方,そろそろすいたかなと思う頃だったのですが,
おかげでめずらしい場面に出くわしました。
なんと,平原綾香さんがテレビの生中継でバラの植樹にみえたのです。
 
その日は,中野市合併10周年記念 晋平・辰之メモリアルと銘打った
中野市出身の久石譲のお嬢さんの麻衣さんと平原綾香さんのコンサートがあり,
チケットを取れなかった私はとっても残念な気分だったのですが,
まさか一本木公園で平原綾香さんに会えるとは。
ずいぶん涼しくなり,小雨がぱらついていましたが
「バラのソフトクリーム」をなめながら一部始終を見てきました。
 
もちろん,バラも十分楽しんできました。
色,形,香り。園内では,様々なバラが妍を競っています。
原種は地味ですが,人々に愛されたからこそ,こんなに多様なバラが生まれたのでしょう。
信州なかのバラまつりは621まで開催されています。
これから盛りを迎える品種もあると思いますので,ぜひ,足を運んでみてください。
 
平原綾香さんが植えたバラは,
「カラー・オブ・ジュピター」というイングリッシュローズだそうです。
(写真のバラは「ジュリア」。私の好きなバラです。)

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3月に児童書を1冊発行しました。信教出版にとっては,約10年ぶりの児童書です。
すでにホームページでご紹介していますので,読んでくださった方もいらっしゃることと思います。
駒ヶ根の古田切の交差点で,飼い主の女性と10年間,
子どもたちの登校を見守り続けたレオという一匹の犬の物語です。

レオのことを知ったのは,新聞の記事でした。
記事に目がいったのは,私が動物好きだったからかもしれません。
なんだかとってもあたたかい気持ちになり,いいお話ができそうな気がしました。
思い切って,飼い主の川端さんに連絡したところ,出版をご承諾いただくことができました。
新聞記時を読んで1か月ほどたっていましたが,
あとからお聞きするとベストなタイミングだったようです。
新聞記事が出た直後,東京の放送局から取材の申し込みがあったそうですが,
ちょうど川端さんのお宅が忙しい最中で,断ってしまったとのことでした。
でも,その情報が系列のラジオ局に流れ,長野では視聴できませんでしたが,
毎週日曜日の朝の「ハートデリバリー」という番組で薬師丸ひろ子さんが
レオと川端さんと子どもたちのことを紹介してくださったそうです。
また,私が伺った直後,やはり本にしたいという申し出があったと聞いています。。


お話を紡いでくださった長井理佳さんは,
長野県読書感想文コンクールの課題図書になった『黒ねこ亭でお茶を』の作者で,
ほんわかとしたやさしいお話を書かれる方です。そのほか作詞も手がけていらっしゃいます。
挿絵を描いてくださった小林葉子さんは,飯田市在住の方で
信教生活教科書の挿絵や,とうげの旗の表紙,挿絵,その他の単行本でも活躍されています。
生き生きした子どもたちをあたたかいタッチで描いてくださいます。

お話の内容は……。
レオと子どもたち,そして飼い主の川端さん。(お話の中では早希さん)
丁寧に綴られた毎日に自然と心がほころんでいくでしょう。

動物が好きな方もそうでない方も,子どもも大人も,
日々の様々なできごとに疲れてしまった時,読んでほしい1冊です。


みちのくの仏像

東京の国立博物館で開催されている,「みちのくの仏像」展に行ってきた。
お目当ては,山形本山慈恩寺の十二神将。その中の四体がやって来るという。

慈恩寺が好きで何度か通っている。
きっかけは,東京への出張の折,新幹線の中にあった「トランヴェール」という雑誌を見たことだ。
「トランヴェール」は,JR東日本の新幹線車内サービス誌で,
東日本の文化,風土を紹介しており,何年か前に慈恩寺を特集していた。
そこに掲載されていた枯れた感じの建物,神秘的な仏像,そして毎年5月5日に行われる一子相伝の舞楽。
東北にこんなすごいところがあったんだと思った。
矢も盾もたまらず,5月5日の舞楽披露に合わせて慈恩寺に行くことにした。
慈恩寺は,その建物も仏像も,舞楽もすばらしく,それ以来,何度か通うことになった。

さて,国立博物館にやってきた十二神将だが,
透明なケースに納められ,照明を当てられ,慈恩寺に安置されていた時とは,趣が違った。
いつもは持っていない,(たぶん展覧会用の)新しい持物(じぶつ)を持ち,彩色もよく見えて,
往時の姿により近いものだったのだと思う。赤い皮膚や,甲冑の模様がはっきり見て取れた。

今回の展覧会は,言うまでもなく3.11からの復興を祈る意味もある。
「みちのくの仏像」展と合わせて「3.11大津波と文化財の再生」展も開催され,
大きな被害を受けた文化財再生への,この4年間の取り組みが紹介されていた。
不思議なことだが,仏像というと,奈良,京都と思い込んでいる節がある。
もちろん,長いこと政治の中心で富も人も集まっていた場所だから,
優れた寺社,仏像がたくさんあるのだが,
人がいる限り,どこにでも祈りはあるのだと思う。
お目当ての十二神将は,天部に属する薬師如来を守護する武神であるから,
穏やかという仏ではないが,
3.11の災害を経て,なお穏やかで慈愛に満ちた仏像も展示され,
仏像1体1体に手を合わせながら鑑賞している人がいた。

それぞれの土地で人々の心のよりどころとなった仏様が,日本中にいるのだろう。
新年度を控え,あわただしい毎日が続いているが,
「みちのくの仏像」たちに囲まれ,しばし,ゆったりと穏やかな心持ちになれた。

天のやさしい心

毎週,月曜日の信濃毎日新聞文化欄のコラム「知・究・学」に掲載されている,
信大繊維学部助教授の森山徹先生の「生き物たちの心のかたち」という文章を
楽しく読ませていただいている。

今まで,少し前に話題になったダイオウグソクムシとか,
聞いたことのないミナミコメツキガニ,おなじみのダンゴムシなど,
およそ意思の疎通を想像できないような生き物にも,
感情とか心といえるようなものがあるのではないかということを,
さまざまな実験をとおして示してくれた。
なんとなく,以前,担当していた生活科の中で時々であった,
子どもたちの「コイさんこんにちは」「チューリップさんがうれしそう」
という気持ちに通じるものがあるようで,わかるような気がするが,
(私は,こういった考え方が好きです。)
人によっては,何をばかなことを,と思う人もいるのだと思う。

今日の紙面では,心の有無を論じる相手が「石」になっていた。
石を割り出す熟練者が,「石を割った」というより,「石が割れてくれた」と思うことに注目して,
割り出す人と割れた石との間に
何らかのコミュニケーションのようなものが成立しているのではないかというのだ。

ここのところ,様々な災害があちこちで起こっている。
いつもと何かが違っているような気がする。
人は,自分こそが世界の中心だと思っているのかもしれないが,
森羅万象,あらゆるものに「心(意思)」があると謙虚に思った方がいいだろう。


信教出版は,平成27年度新学期を目指し,最後の追い込み中。
時たまの大雪は,「たまには早く帰りなよ。」という,
天のやさしい「心」のような気がする。


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