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どうしてこれ程に傍若無人でいられるのか? その感覚に大きく疑問を感じます。
「急いでいる人がいたら、先に行かせますか?」 と聞いたとします。
「はい、道を譲ります。」 なんて答える人が殆どではないだろうか? では実際の所は?
小用で国道を運転する森羅。何処からとも無く緊急車両のサイレンの音が。通常、カーステレオなど掛けない森羅は、車外の音も良く、聞こえます。慌てて周囲を見遣り… おお、後方からの接近だ! この国道、片側二車線で森羅は追い越し車線を走行中。中央分離の植え込みがあるので、どうやって救急車を先に行かせるか考えながら、流れから外れない様に注意しての走行。早く先に行かせて落ち着きたいよ〜 なんて思う所。
緊急車両接近に気付いて尚、なかなか一般車両をやり越せないのか道を譲るに至らないまま数百メートル先の信号のある交差点まで。ヤキモキしました。が、この交差点では停止線から二台目になる事が出来、右側には右折レーン。そのスペースを進行して貰う為に、車線の枠を左側にハンドルを切り、右側には余裕を。やっと進行スペースが取れた救急車、数台後ろから一般車両を抜いて、森羅の横を通り過ぎました。はぁ〜、良かった! その後、サッサと先を急いで視界から消えて行くんだろうと思いきや…
救急車、交差点で停まっています!! ええ? 救急車って路上での優先順位は一番高いはずなのになぜ?? 赤信号で停まる森羅の目の前は4t トラックで視界が遮られています。そして左右に伸びている交差の道から交差点に進入している車は一部が遮られている森羅の視界には確認できません。進行を邪魔する車両は無い所で、何故停まる必要があるのか? とても不可解で、緊急車両には先に行って貰いたい思いからイライラを感じていました。すると…
この交差点から200mも離れていない所に高校の校門が一つあります。折しも下校時間。電車通学の高校生は、校門を出て、国道を横ぎり、駅を目指すルートを使います。そうなんです、下校の高校生が横断歩道を横切って行く姿が見られたんです! 4人ほどの少年少女が取り立てて慌てる風も無く救急車の前を横切って… 全く呆れました、その傍若無人ぶりには。少年少女が進行方向の妨げで無くなったのを待って、救急車はやっと前進、サイレンと共に視界から消えて行きました。
なぁ〜んて忌々しき事なのでしょう! 得も言えぬ怒りが込み上げましたわ、森羅。帰宅後、制服から最寄りの高校の生徒である事は判ったので、お電話を。こんな事、一介の教師に申し入れる事ではありませんので、管理職を指名させて頂きましたわ。ところが時間外ともあり、トップ1とトップ2は不在だそうで。その代りに電話口に出たのは生活指導担当の教師。カクカク云々と状況を伝えたところ、指導の至らぬ点として謝罪の言葉がありました。それと同時に… 「実は私の目の前で、救急車の前を横切った生徒を二回ほど見ているんですよ…」 との激白。はぁぁ??
救急車を留める行為をした少年少女たち、一見してなんらトラブルを起こしそうな雰囲気ではありませんでした。むしろ極々 “一般的” と言える出で立ちで。反社会的な行為をしたいのではなく、純粋に “気が付かなかった” とのシナリオらしい。いと嘆かわしきや〜!! 恐らくこの少年少女に緊急車両の優先順位を尋ねれば、躊躇なく一番である事を答えるのでしょう。が、その知識と現実には大きな開きが。この一件の事情を尋ねたら、何の躊躇いも無く 「救急車がいる事をしりませんでした〜!」 とでも答えるのでしょうね。
何故、少年少女はこんあ傍若無人が出来てしまうのでしょう? 考えが足りないからなのでしょうか? 森羅が推測するのは、観察力が著しく低いと言う事ではないかと。では観察力を高めるにはどうしたら良いのか? これも難しい質問です。森羅の中にも確固たる答えは見出せません。が、もし、この少年少女たちの家族が救急車で運ばれる過去があったら? もし、彼ら自身が救急搬送を経験していたのなら? 例えば保護者が運転する車の中で、運転手である保護者が緊急車両に慌てて道を譲った際にそれを肯定する言葉を子供に掛けていたら?
この一件を目撃した際、サクランが同乗者でした。ハンドルを握りながら、そしてブレーキペダルを踏んだままの森羅が 「なんで救急車が止まっているのさ??」 ってイライラしながら言っているのを聞きました。そして事も無げに救急車の前を横切る少年少女の姿を見て森羅は激高、「救急車の前を横切るな!」 と車内で叫んだのを聞いたのもサクラン。一件が終わっても尚、自宅まで車を走らせる森羅は文句節でワーワー騒いでいたのを聞いていたのもサクラン。そしてサクランには、同じ事をしない様に言い聞かせて。だからと言ってサクランが二の枚を踏まないとは言い切りません。が、森羅が不義をマナー違反と言っていた姿は、サクランの中でいつか対処法としてのアドヴァイスに変わってくれると思います。
その翌日、遅れ馳せではありますが、キンシコウにも一件を話し、路上では緊急車両を優先にする事を再確認させました。この一件で知ったのは、件の少年少女と直接の面識はないけれど、彼らを間接的に支えている大人の一人であり、彼らの無頓着は気付かせない大人たち (森羅も含む) の指導不足であり、森羅自身が関係ないと言い切って良くは無いと考えさせられた事です。とっさの事にベストの判断が出来るかは分かりません。また、そう言った光景に出くわす約束もありません。でも、普段から身近な子供たちに伝える事は出来ると思うのです。
昨今の子供たちは、我々の子供時代に比べて経験値が著しく低いのではないでしょうか? 人と上手にやって行く為のユーモアとか子供らしい愛らしさとか真っ直ぐさ、そう言った物を余り感じません。そして実際の所、子供たちはそう言ったスキルを身に付けなくとも学校生活は送れます。また、家庭内では色々と保護者が手を掛けてあげたなら、自らの力で考えて判断しなくとも生活して行けますよね。
微々たる力ですが、子供たちには知っている対処法が全てでは無い事を分かって貰いたいと働き掛けて行きたいなと思います。そして学校や一般的な生活の中では触れる事が無いかも知れない経験をもっともっとさせてあげたいと思います。何が出来るのか分かりませんが、まずは子供たちの間に入って行く事を始めましょうかね。
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大津のイジメと言い、最近の子供ってどうしたんでしょう? この調子で行くと、日本もニューヨークのスラム街のようになるんだろうなァ〜〜〜 文科省って一体、何やってるの? 教育委員会って機能してない・・・・
この前、聞いた話では、クラス内にイジメがあったら、担任の先生の人事考課ってマイナスなるんですって。 だからイジメがあっても隠すそうです。本来はイジメを早期発見して、それを対処したって言うとこが評価の対象になるんですけどね。 これ、全国の教育委員会の方針。 こんなんだから、救急車走って来ても、知らん顔をする連中が増えるんです。
2012/7/15(日) 午前 9:31
車より人の方が優先と言う意識なのでしょうか・・
道路交通法・緊急車両優先の事は常識と思いがちですが今の子供たちにはその事を身につくほど指導はしていないのではないでしょうか?
自動車免許取得の法規で緊急車両優先、一般車停止、し緊急車両通行に支障がないよう車道を開ける等事柄を学びますが、中高校生は、その様な事をいつの間にか知る程度でなのではないかと思います。
今の世の中、子供中心どちらかと云うと学習中心、甘やかしが子供を社会常識のない子に育てているのかも知れません。
ご指摘の事はお説の通りでその処置についても適切と思います。
学校、警察が共に交通道徳について子供達の身につくまで時間をさいて指導すべきだと思います。
あるいは、新羅さんのように保護者が機会を捉えて
子供に教えるベキでしょう。さくらんちゃん勉強になりましたね!一生身につき忘れないでしょう!
人間社会人と言う文字の通り支え合い助け合う心情や行動を取れるような大人にそだって欲しいものです。ポチ!
2012/7/15(日) 午後 8:51 [ ブルー ]
気付かないではすまされない事態を教えてあげないと。
2012/7/18(水) 午前 8:28
今晩は
想像力の欠如というか、アンビュランスに一刻を
争う重病者が搬送中である、一分一秒が生死を分
けるという、早く行かせて上げようとという思い
が想起出来ないのね。他人を思い遣る心が無いの
ね。悲しいですね。
2012/7/18(水) 午後 9:36
nazonazoさま> はい、先生たちの考査、受け持ちの児童が全国レベルのコンクールで賞を貰えば上がるし、保護者からのマイナスご意見が山の様に教育委員会に寄せられたら下がりますし。イジメ問題は先生たちも避けたい物のようです。確かに問題が発生するクラスって、家庭内の問題を学校内まで引きずって、気持ちの処理が出来ない子のケアを怠ると起きやすい問題です。その点より、先生方の考査に影響するのも納得です。とは言え、考査を考えて隠蔽する姑息な人も…
時間を見て子供たちが通う学校には、緊急車両の優先に関して何かの機会にインスパイアして下さるようにお願いして来ました。少しでも周囲を観察して気付ける子供が育って行ってくれたら…と願うばかりです。
2012/7/20(金) 午前 2:24 [ 森羅・bang-show ]
ブルー様> 色んな事において、子供たちは経験不足であると思わざるを得ません。調べ物をするのなら、図書館などで本を取り出し、1ページ毎に読み進み、必要な情報を得る方法を取るのではなく、インターネットで検索―― 携帯電話が無いからと、電話を貸して貰うお願いをする事も考え付かずに携帯電話の必要性を訴える―― 雨が降っているから車で送って欲しいと、カッパを着るだとか傘をさすだとかの考えなし―― 便利な世の中の楽な生活ぶりの大人を見て、便利な物が無かったら何もできないと決めて掛かってしまう姿はよく見かけます。Aプランがダメなら、Bプランに移行するって発想も無ければ、バックアップのプランを考えるって事も…
出し抜く事が出来るなら、それで頭角を現そうと言うバブル時代のギラギラは、現代の子供たちにはとても時代遅れな事の様に感じます。
緊急車両の接近と逸早く感知し、ベストの対応が出来る様に、文字通り学習 (学校での教育カリキュラムに取り込む) しないとダメなのかも… 知れませんね。 (哀)
2012/7/20(金) 午前 2:32 [ 森羅・bang-show ]
ぎゃおす様>はい、一度、その子達が一刻を争う事態で救急車で搬送されたら身に染みるでしょうね。
恐らく核家族化の余波で、自宅に救急車のお世話になり易いお年頃の方がいない事、祖父母が居ても離れた所で無いと救急車搬送の臨場感が判らないのでしょうね。
ホント、気付かないでは済まされませんよね! って、もし、森羅が横断歩道のすぐ手前で停車していたら、降車して怒鳴っていましたわ、きっと。で、襟首捕まえて、その横にある消防署に連れ込み、学校側を呼び出し、ひとしきり説教をかまして差し上げていたかと。 (笑) え? それって救急搬送されるより嫌な事かもって? でも判らせるためには、強い勢いで臨まないと、どこ吹く風になりそうですわ。 (ため息)
2012/7/20(金) 午前 2:38 [ 森羅・bang-show ]
buginnoseさま> 緊急車両が優先なのは、問われたら、そうだと答えるでしょうね、頭では分かっているでしょうから。が、実際の現場となると、サランラップの芯を二本、双眼鏡の様に目の前に宛がったように自分の意識が向く部分しか認識できないってのが現状ではないかと推測します。周囲へ注意を向けるってトレーニングが出来ていないからだと思います。指示待ち症候群で過保護で転ぶ前に保護されて来たなら、あり得る姿かと。
嘆かわしい現実ですが、目を瞑らず、微々たる力でも改善できる方向を模索して行くしかないのだろうなぁ〜と思う所です。
2012/7/20(金) 午前 2:42 [ 森羅・bang-show ]
そこって、校門の前でしょ。
校長以下、教頭や学年主任、果ては担任に至る
まで、教育者として欠格者ですね。単に、教科書
の内容だけ教えて居れば良いと考えているのだろ
うか。公衆道徳を教育する役目も負っていると思
いますが、無責任です。
2012/8/15(水) 午後 4:29
baginnoseさま> 校門を出て大よそ100m程の所の国道の交差点です。
聞いたところでは、学校側が指導していないと言うより、指導しているけれど十分に伝わっていないと言う現状の様で。それは伝える側に改善の余地があるのか、伝えられる側の意識が低すぎるのか… が功側は、少なからず改善させる努力をしていると嘆きながらおっしゃられていたので、森羅は額面通りに受け止めたいと思いましたわ。
結果としては、“不十分” と言わざるを得ません。しかし、公衆道徳、森羅が子供の頃は学校が教えるより、各家庭で親が祖父母が教えていたかと。まずは家庭ありき。それが昔ほどに知恵や知識が次世代への伝達が上手に行っていない―― この点にも改善されるべきポイントが大きくあるかと…
2012/8/27(月) 午前 2:20 [ 森羅・bang-show ]