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春は色々と行事が多かったりしますね。年度始まりと言うのは何かと調整や慣らし等が必要だったり。職場では新人歓迎会やお花見とかで人間関係の構築が図られるかと。学校関係だと、人間関係構築のお手伝い行事が遠足だったりしますね。サクランは遠足と言う事で。中学校に入ったキンシコウは一日だけの行事ではなく、オリエンテーションとして合宿が予定されていました。がぁ、なぁんで初のテスト週間中に合宿するのかなぁ… (ーー;) ま、現在、キンシコウは人生初のテスト週間というものを体験中。これはこれで別のお話と言う事で。 (^m^)
麗らかな春の日、森羅は用事で “都会” に出掛けました。用事を済ませ、電車に乗り込もうとホームに立った森羅でした。そのホーム、ワサワサ・ザワザワとちょっと賑やかで。それもそのはず、ホームには黄色の帽子を被った団体が。森羅の胸の高さの身長の人間が背中にはリュックサック、頭には黄色の帽子―― これは見るからに小学校の遠足風景ですね。このサクランより幾分低めの身長の団体の中に、際立って背が高く見えてリュックを背中にしている人物が、察するに引率の先生でしょうか。ヒヨコちゃんの群れ、社会認識も発展途上、電車内をどんな様子で過ごすのでしょうね。 (^−^)
ちょっと興味が募る森羅、見るでも無し見ないでも無しの風情で眺めていました。電車は進行方向に対しての横揺れと共に走り始めて、黄色の帽子も風が吹いたかの様に揺れて。大人は釣り皮とかに届くから良いですよね。背の低いヒヨコちゃんたちは壁か車内のポールしか捕まる所がなく、その体を支えられる車内のパーツも限られていて。踏ん張る事で凌ぐしかない様子。その中の一人が、電車の揺れで倒れてしまいそうな点を引率の先生に申し出たようです。それに応える先生の話で森羅の耳に届いた言葉は、「我慢する」でした。
我慢…?? 我慢って、我を抑えて耐え忍ぶって事ですよね? 苦しさや・辛さ・痛さ・寒さ・悔しさとか快適とは言えない事を堪えるって事ですよね? う〜ん… 微妙…
我慢と言うものを強いられた人間って、往々にして胸に溜めるものがありますよね。自己の意思と反して、外部からの圧力に屈した形の場合、“堪えた“ って自覚は芽生えましょう。引き換え、同じ我慢でも自主的だった場合は、本人の意思は損なわれず、外部からの圧力は無し。これは自己コントロールの一種ですから問題無いと致します。
我慢って言葉、割にネガティブな響きを持つ事が多いと思います。電車の揺れを耐える努力はネガティブな事?? 決してネガティブな事柄ではないのでしょうが、ヒヨコちゃん達の心にはネガティブに響いたのでは?と思わずには居られません。もし、これが、「倒れない様に踏ん張る努力をしてみましょう!」 「足を開いて立って、転ばないようにしましょう。」 「どうしたら転び難いと思う?」とかってポジティヴな方向の提案をしていたなら、ヒヨコちゃん達もポジティヴに転ばない努力をしたのだろうと思います。もしくは 「転ばないコンテストの最中ですよ〜! みんな頑張ってね♪」なんて先生が言ったなら、俄然、ヒヨコちゃん達はポジティヴ度をググっと上げたでしょうね。他には 「ならば、先生に掴まっちゃう?」 なんて言えば、先生の温かさをヒヨコちゃん達は感じたでしょうね。
正直、どちらの言葉でも結果としてヒヨコちゃん達が揺れに耐えられたら良いんですよね。その結果を導き出すのに、己を曲げさせる言葉を掛けるか、己を伸ばさせる言葉を掛けるかで受け止め方の違いは生まれちゃいますよね。
仔細な事なのでしょうが、こんな先生の働き掛けの違いで、甥っ子AD君の昔のクラスメートは堪え切れない!と当時の担任の先生にプチっとした造反した事があるそうです。一度決めた事を簡単には変更できないAD君の動きを、担任の先生はクラスメートに 「我慢しなさい」 と納めさせて来たのだそうです。回数が多くなるにつれ、クラスメートたちには自分達が後回しにされている感じが募った結果の様です。もし、先生が我慢と言う言葉の代わりに、「理解する努力をしてみないか?」と声掛けをしていたなら、造反も、裏に回ってAD君への腹いせも防げたのかも知れません。
キンシコウのアンポンタン振り、サクランの我儘態度に日々、振り回されている森羅でありますが、我慢と言う言葉は辞書にありません。子供たちが小さい頃、預かってくれる先がなかったので、どこに行くのでも連れて行き、子供と離れる事などなく過ごした森羅。時に自分だけで好きなように動きたいなぁ〜と思う節はありましたが、踏ん張りどころだぁ!と自分を鼓舞させて切り抜けました。それは自分への挑戦で、「こんな事で音を上げたら情けないぞ!」 なるモノでした。「子育てって大変でしょ?」 と共感と労わりをもって声を掛けて下さる人は沢山いました。自分のキャパシティにリミットがあると思いたくない森羅、「皆さんが通って来た道ですから、頑張ります!」 と笑顔で応えましたわ。 我慢と言う言葉を使って、自分の信条を表していたら、きっと日々の全てが我慢の色に染まってしまい、精神的な成長どころか気持ちが腐って行く方向にあったのかも。我慢はしないが努力とチャレンジはする―― 改めて自分のあり方を考えちゃいました。
と言う事で、我慢せずに子供たちのオイタには、力いっぱい叱ってやるもんね〜♪ (^Д^)グワハハハ!
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