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ふと、駅で見つけたチラシに「オオッ
と声を上げ、急いで京都へGO〜
オディロン・ルドン(1840-1916)は、
20歳過ぎころより興味を覚えた画家デス。
それに加え、中学生の頃より大好きなエドヴァルト・ムンク(1863-1944)、
不思議な幻想的色合いのギュスターヴ・モロー(1826-1898)、
タヒチの風や熱風を感じるポール・ゴーギャン(1848-1903)といった
好みの画家のリトグラフや油絵を楽しみました。
図録によると
「内容を簡単に述べれば、ルドンを中心とする世紀末象徴主義の展覧会」
であり、出品作品はすべて岐阜県美術館の所蔵品だそうデス。
時間が無い中駆け抜けたので、絵自体観れたのはたった40分程度でしたが、
どうしても行きたかったのでGO〜。
平日の午前やったため観客も少なめで
のんびり自分のペースで観れて嬉しかったとデス。
特にルドンの画家としての画歴の変遷が見れて、おもろかったとデス。
初期の木版画やリトグラフの黒から
円熟期に花咲いたパステルカラーや油絵の見事な色彩の華やかさは
これがホンマに同じ人間の手から生み出された作品なんやろかー?
って思うほどに劇的デス。
「象徴主義は何よりも先行する自然主義に対する反動である。
象徴主義は、事物を忠実に描写するのではなく、理想的観念的世界を
文字言語や造形言語で喚起しようとする運動である」
と図録には書かれていマス。
なんか難しいコトゆーてはるけど、以下の絵を観たらなんとのー解る気が。
だって、どー観ても、眼に見えてる世界とは違うやんW
現実の眼に見えるものに重点を置くのではなくして、
心に広がる、心に見えるものを描く。
“ほんとうに大切なものは、目に見えない”と書かれていた
小説家:アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子様』。
童話作家の金子みすゞの詩、‘海とかもめ’の一節にあるように、
「・・・空は青いと知ってます、
雪は白いと知ってます。
みんな見てます、知ってます
けれどもそれもうそかしら」
を思い出しました。
エー美術展に行けて、嬉しかったとデスはい
図録とルドンとムンクとモローの本を買って急いでウホウホと帰り、
午後から出勤。しばらくして
「今日の蛙さんは、頭のネジが一本抜け落ちてるみたいですね
「なんだか変ですよ
と笑われました:汗
以下は美術館で展示されていた絵デス。
オディロン・ルドン
‘蜘蛛’→
←‘神秘的な対話’
‘エドガー・ポーに
〜Ⅰ.目は奇妙な気球のように無限に向かう〜’↓
■黒の本質■
・・・黒を大事にしなければならない。黒は何ものにもけがされることがない。
黒は眼を楽しませてくれるわけではないし、肉感性を目覚めさせてくれるものでもない。
黒は、パレットやプリズムの美しい色以上に精神の活動家なのだ。
『オディロン・ルドン【自作を語る画集】夢のなかで』八坂書房より抜粋
(『私自身に』より抜粋された言葉)
ギュスターヴ・モロー画 ‘ピエタ’
「あなたは神を信じますか?・・・私は神だけを信じています。
・・・私は自分に見えないものだけを信じ、私が感得するものだけを信じています」
『ギュスターヴ・モロー〜絵の具で書かれたデカダン文学〜』六耀社出版より抜粋
(『モローとその弟子たち展』カタログ、江原順訳)
ポール・ゴーギャン画 ‘彼女は死霊のことを考えている’ ‘マドンナ’→
■芸術と自然■
芸術は自然と対立するものである。
芸術作品はただ人間の内部だけから生まれる。
ー芸術は、人間の神経ー心臓ー頭脳ー目を通して形づくられた映像の姿なのである。
芸術とは人間の結晶への衝動である。
自然は、そこから芸術が養分をとる永遠に偉大な王国である。
自然はただ単に目に見えるだけのものではないーそれはまた
魂の内的な映像であり目の裏側の映像である。
『エドヴァルト・ムンク【自作を語る画文集】生のフリーズ』八坂書房より抜粋
(1907−08 ベルリン時代の日記) |
☆美術
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その画家は物語を持っている。
絵の具が付着しただけのキャンバスは、しかしそっと語りだす。
時を越えて、目の前で彼ら 人々や物は動き出す。
涙が止まらない絵がある。
笑いが止まらない絵がある。
たましいが救われ、空高く舞い上がり、全てを開放する絵画がある。
雄弁にモノを語る物を 私は永遠に知らない。
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兵庫県立美術館で行われている
スイス発〜知られざるヨーロピアン・モダンの殿堂〜
ザ・コレクション・ヴィンタートゥール展
に行ってきた。
〜以下、公式ホームページの紹介文より〜
スイスの小都市ヴィンタートゥールは、
資産家たちが数多くの美術作品を集めた優れた文化都市として知られます。
なかでも町の中核施設ヴィンタートゥール美術館は、
ヨーロッパ近現代の美術を一望できる良質なコレクションを誇ります。
本展は、これまで国外でまとめて展示されることのなかったこの作品群を
初めて大規模に紹介するものです。
ファン・ゴッホやルノワール、ピカソら巨匠の名品に加え、
ホードラーやジャコメッティなど、スイスおよびドイツ美術の優品も並べ、
近代美術のダイナミックな展開を幅広い視野から展観します。
出品作品90点はすべて日本初公開です。
第1章 フランス近代Ⅰ:ドラクロワから印象派まで
ドラクロワ、コロー、ドーミエ、モネ、ピサロ、シスレー、ルノワールなど
第2章 フランス近代Ⅱ:印象派以後の時代
ゴッホ、ルドンなど
第3章 ドイツとスイスの近代絵画
リーバーマン、コリント、ホードラー、アンカーなど
第4章 ナビ派から20世紀へ
ドニ、ボナール、ヴュイヤール
第5章 ヴァロットンとスイスの具象絵画
ヴァロットンほか
第6章 20世紀Ⅰ:表現主義的傾向
カンディンスキー、クレー、ココシュカ、ベックマンなど
第7章 20世紀Ⅱ:キュビスムから抽象へ
ピカソ、ブラック、レジェら
第8章 20世紀Ⅲ:素朴派から新たなリアリズムへ
アンリ・ルソー、ジャコメッティ、モランディまで
公式ホームページ
一番観たかったのはオディロン・ルドン
他、摩訶不思議?な近代のんもありWW
ルドンはやっぱ、パワーがあった。
彼の展覧会、来んかなー・・・・・・。
1時間しか無かったのでさら〜っと観ただけやったけど、
そこそこヒトも居て
皆さんが関心を持ってはることが分かってなんとなく嬉しかった。
そんで嬉しいグッズ・ショップで土産のハンカチや葉書など買い求め、
さて選びに選んだ美術書を手にレジに並んでびっくり。
たった、3,000円ちょっとが払えず恥をかいた・・・。
財布に、金入れるん、忘れてた。。。。嗚呼
平謝りして本を手放し、も一度会計してもらい、
1,300円払って、帰りの運賃を確保。
なんでいつも金払うまで気がつかんよ?じぶん。
欲しかった。。。ルドンの本。。。
次回必ずっつ!!! |
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ポスター使用の絵は‘聖アントニウスの誘惑’1556年
JR京都駅の隣にある伊勢丹7階にある、美術館「えき」KYOTOで開催中。
うっかり行ったら今日、日曜やってんねW
結構なヒトでよ〜は観れんかったけど、
内容はぐー
ブリューゲルといえば有名なんは‘バベルの塔’ね。
そんで今回は版画のホー。
しかしてこれ、440年前の作品・・・って。
どーよこれ
7つの罪源の‘傲慢’
‘大きな魚は小さな魚を食う’
ってそりゃそーだろよ。
「なんちゅー摩訶不思議ー
あまりの細かさに目が点ー・・・
って思いながら
ヒトに酔ってフラフラと会場を後にしよったとデスけんどW
おもろい世界でした
好きやね〜こゆのん。
公式ホームページ
16世紀ネーデルランドのもっとも偉大な画家である。
1551年、アントワープの聖ルカ組合に親方として登録後、イタリアに滞在した。
帰国後、アントワープで国際的な版画店を営むヒエロニムス・コックの許で、
1555年から版画の下絵素描を数多く製作した。
1563年にブリュッセルに移住し、師ピーテル・クック・ヴァン・アールストの娘マイケンと結婚。
1569年、同地で病死する。
主題と作風
1559年頃から油彩画の製作に専念。
大気感の溢れる風景表現、活気ある民衆文化の百科全書的な再現、深い省察による人間の道徳批判などは、
当時のハプスブルグ家の為政者や人文主義者たちから高い評価を得た。
さらに美術史上、初めて農民の世界を親近感のある眼差しで高い芸術性の対象とした。
版画と油彩画
ブリューゲルの版画作品と油彩画の相互関連性はきわめて重要である。
版画での合成風景、主題を賑わす「づくし」的手法、多数の人物が登場する広場構図、
民衆の日常生活の導入などがモニュメンタルな油彩画の中で昇華した。
逆に農民の労働を描いた油彩画が後年の版画《春》《夏》のイメージ源となった作例もある。
ネーデルランド絵画史におけるブリューゲルの役割は計り知れない。
その芸術は彼の二人の息子、孫、ひ孫たちだけでなく、
ポスト・ブリューゲルの画家たちによって継承された。
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埼玉に行くんで、他に何か観れるもんは無いか?と調べたら
丁度さいたまスーパーアリーナの近くにある埼玉近代美術館で、
大好きなアンドリュー・ワイエスの企画展が始まってたので行ってきた。
埼玉県立美術館
企画展の公式サイト
アンドリュー・ワイエス展
〜オルソン・ハウスの物語〜
2010.9.25〜12.12
アメリカの国民的画家、ワイエスは、
生まれ故郷のペンシルヴェニア州チャッズフォードとメイン州クッシングの地で、
アメリカの原風景とそこで暮らす身近な人々を描き続けた。
とくに‘クリスティーナの世界’(1948)は傑作として有名。
このクリスティーナと弟のアルヴァロが住んだオルソン・ハウスは、
もっとも重要なモチーフとしておよそ30年にわたって描き続けられた。
今回、埼玉県朝霞市の「丸沼芸術の森」が所有する約200点の水彩・素描による
「オルソン・シリーズ」の全貌を紹介する最初で最後の機会らしい。
ワイエスは大学生の頃から好きで、
卒業して最初に買った分厚い画集を現在も大事に持っている。
今回は、原点ともいうべき鉛筆やインクなどの素描を数多く観れ、
その確かなデッサンの中にやはりワイエスの筆遣いを垣間見たようで
とても嬉しかった。
出口のところにオルソン・ハウスの実際の映像と思われるものが流れていた。
この現実の、ほんのそこいらにある物々たちは、映像で観る限り
特に惹かれるものでは無かった。
しかしワイエスは、その物々が生活の中に溶けて放つ固有の美に目を向けた。
アメリカの農村・文化が放つ、日常の、美。
とても静かな気持ちになれた今企画展。
丁度訪れて見ることが出来て本当に良かった。
以下は今企画とは違う、個人的に好きなワイエスの絵の数々。
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“イメージの魔術師”と呼ばれるエロール・ル・カイン。 |


