つれづれなるままに 〜じゃいあんと・けるぷにくるまれて〜

パソコン壊れ、放置してました。弟にもらって久しぶりにブログと思ったけれど、仕方を忘れています・・・

☆詩

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

  樹下の二人


――みちのくの安達が原の二本松松の根かたに人立てる見ゆ――

あれが阿多多羅山(あたたらやま)、
あの光るのが阿武隈川。

かうやつて言葉すくなに坐つてゐると、
うつとりねむるやうな頭の中に、
ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。
この大きな冬のはじめの野山の中に、
あなたと二人静かに燃えて手を組んでゐるよろこびを、
下を見てゐるあの白い雲にかくすのは止しませう。

あなたは不思議な仙丹(せんたん)を魂の壺にくゆらせて、
ああ、何といふ幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか、
ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、
ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。
無限の境に烟るものこそ、
こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、
こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を注いでくれる、
むしろ魔もののやうに捉(とら)へがたい
妙に変幻するものですね。

あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。

ここはあなたの生れたふるさと、
あの小さな白壁の点点があなたのうちの酒庫(さかぐら)。
それでは足をのびのびと投げ出して、
このがらんと晴れ渡つた北国(きたぐに)の木の香に満ちた空気を吸はう。
あなたそのもののやうなこのひいやりと快い、
すんなりと弾力ある雰囲気に肌を洗はう。
私は又あした遠く去る、
あの無頼の都、混沌たる愛憎の渦の中へ、
私の恐れる、しかも執着深いあの人間喜劇のただ中へ。
ここはあなたの生れたふるさと、
この不思議な別箇の肉身を生んだ天地。
まだ松風が吹いてゐます、
もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を教へて下さい。

あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。


                                        大正12・3





初めて読んだのは、中学校の国語の教科書だったと思う。
最初のくだりでもう好きになった。

   あれが阿多多羅山、
   あの光るのが阿武隈川。



私が持っている詩集は昭和59年のものだ。
引越しの度に必ず持ってきて、大切に本棚にしまうのだった。
よく手にしたこともあって
黄色どころか茶色に変色したページにボロボロの表紙で、
最初に智恵子の切り抜き絵が2ページあるのだが、
その1枚は外れてしまっている。
失くさないように、折れないように、いつもそっと挟んでおく。
新しいものを求めようなどとはついぞ思わないのだった。
これが好きなのだ。
このボロボロの一冊が、私の心と手に馴染むのだった。



私が精神を患ったヒトに初めて逢ったのは小学の低学年の時だった。

友人が住む地区に、それらしいヒトが住んでいた。
よく道理の分からない小学2年生だった自分には、
目が合うと追いかけてくる恐ろしいが不可思議なヒトだった。
彼はいつもボロをまとっていてたが、その地区にご両親と住んでいたのだった。

『智恵子抄』を初めて読んだ時、私は智恵子にデジャヴのように親近感を覚えた。
「この感覚、知っている・・・」と彼女をどこかしら近しく思えたのだった。
千恵子は統合失調症(以前は精神分裂病といった)だったが
光太郎は、台風の中で舞う木の葉のように彼女に途方に暮れながらも
智恵子を途中から“ヒト”として、いや、“それ以上の存在”として仰ぎ見ていたように思える。
そんな風にこの本と出逢ったコトが、私のそれ以後の人生観に少なからず影響を残したと思える。


   
  人生遠視

足もとから鳥がたつ
自分の妻が狂気する
自分の着物がぼろになる
照尺距離三千メートル
ああこの鉄砲は長すぎる


                                        昭和10・1




  風にのる智恵子

狂つた智恵子は口をきかない
ただ尾長や千鳥と相図する
防風林の丘つづき
いちめんの松の花粉は黄いろく流れ
五月晴(さつきばれ)の風に九十九里の浜はけむる
智恵子の浴衣(ゆかた)が松にかくれ又あらはれ
白い砂には松露がある
わたしは松露をひろひながら
ゆつくり智恵子のあとをおふ
尾長や千鳥が智恵子の友だち
もう人間であることをやめた智恵子に
恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
智恵子飛ぶ


                                        昭和10・4




  千鳥と遊ぶ智恵子

人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の
砂にすわつて智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
砂に小さな趾(あし)あとをつけて
千鳥が智恵子に寄つて来る。
口の中でいつでも何か言つてる智恵子が
両手をあげてよびかへす。
ちい、ちい、ちい――
両手の貝を千鳥がねだる。
智恵子はそれをぱらぱら投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向うへ行つてしまつた智恵子の
うしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽す。


                                        昭和12・7



  値(あ)ひがたき智恵子

智恵子は見えないものを見、
聞えないものを聞く。

智恵子は行けないところへ行き、
出来ないことを為(す)る。

智恵子は現身(うつしみ)のわたしを見ず、
わたしのうしろのわたしに焦がれる。

智恵子はくるしみの重さを今はすてて、
限りない荒漠の美意識圏にさまよひ出た。

わたしをよぶ声をしきりにきくが、
智恵子はもう人間界の切符を持たない。


                                        昭和12・7


この詩集で心に残る大好きな詩は沢山ある。
でも一番と言えば、やはりこれだろうか。



  レモン哀歌

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉(のど)に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう


                                        昭和14・3



高村光太郎は、智恵子によって真に“生きるヒト”になったと思えるのだった。
このふたりはそんな“運命の出会い”のヒトなんだなと感じるのだった。


Chopin fantasie-impromptu by Bunin
http://jp.youtube.com/watch?v=w0m6uOdW-LI&feature=related




持っている本 および詩を抜粋した本

『智恵子抄』高村光太郎:著 新潮文庫
『芸術・夢紀行シリーズ1 智恵子抄アルバム』北川太一:監修、高村規:写真 芳賀書店

開く トラックバック(2)

全1ページ

[1]


.
まめ助
まめ助
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事