働き方改革のような講演会に行きましたら、私の生き方は、どうやら今風に言えばフリーランスというらしいです。これは自分が選びとった生き方というよりは、他に無かったというか、そういう方向に流されたというべきなのでしょう。

 フリーランスとして成功者と言えるかどうか、まぁ、四十年近くフリーランスが出来たという意味だけみれば成功者なのかもしれませんし、他からお呼びがかからなかったという意味では、不本意というか、社会的にどこまで認められたかは微妙なところです。

 まぁそれでも個人でやっているにしては、お客になってくれた方々のお陰ではありますが、異様なほど高度な所で仕事をさせていただくことが出来た、他で展開する流通論みたいな世界で、いっぱしの物言いが出来るという意味では奇跡みたいなところがあります。

 関係の深かったシンクタンクの研究者達と比べても、収入や身分の不安定、仕事が無い恐怖に苛まれてはいましたが、雑用をほとんどせずに、調査研究に没頭できた、それも最先端に近いところで仕事をしたという非常に恵まれたところがありました。
 アルバイトで雇っていた大学院生たちが羨むようなところがありました。

 でもまぁ、事業としての発展性とか、組織作りをする、人を育てるという要素が小さい事は、年をとってきて以降は、それでも大変だったか?? まぁ、そうも言えないか。年がら年中、もう終わりかもしれないと追い詰められていたという意味では同じだったかなぁ・・・。

 他人様に比べて経済的には恵まれないものであり、幸福とは縁遠いものでしたが、幸運であり、何よりも自分の好きを貫き通した人生と言えるかもしれないかなぁ・・・分かりませんが。

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家族のぬくもり

  ふと気付いた。家族のぬくもりを感じる時間は、もう後、わずかしかない事を。

 兄がいるとは言っても、これまでのことから言えば、母親に対するそれとは大きく異なり、そして日常的に顔を合わせるどころか、年に一度も期待し難い間柄になるのは間違いない。

 家族のぬくもりを言葉を交わさなくなってきている現状においても、眼だけで語りかけてくるものは非常に大きなものがあります。

 もうそう長くは無い。それが胸に響く。介護の大変さを超えて、この時間をどのように過ごすのか、それを考え始めました。
 もはや食もほとんど進まなくなってきており、車椅子での移動も困難であって、紅葉の美しさを見ることも難しい。してやれることはほとんどなくなっています。

 苦痛が、ほとんど無いのが救いではありますが、この時間をどのように生きるのか。それは母の問題でもあると同時に私の問題でもあります。

 私の家は、皆、ひどく冷静というか感情に流される事のない家族で、父が死んだ時にすら、家族の誰も涙を流すことはありませんでした。母が死んでも涙を流すかどうかは、なってみなければわからない。多分、流さないのでは。
 家族のぬくもりという意味では、よそ様のそれとは大きく異なるものですが、それでも何か通じあうものがあって、家族だから分かる信頼というか、頷きあう、笑みを交わすがあり、それが暖かみとして返ってくるのです。

 昨日も病室で母が腕を伸ばして手を握る、握り返す。母は何もしゃべれないけれど、眼でものを言う感覚があります。しかしこういうものも、もうすぐ消えていくのだろうという予感の中にあります。
 そしてこういう仲の間柄がやがて消失し、絶対的な孤立の中で、後、何十年かの時間が流れていくのだという思いが縛り付けてくる。

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中国・韓国

 たまたま中国や朝鮮半島の講演会を聞く機会があったので、そんな話を。

 中国の話は最近の中国のベンチャーというか、大きく伸びて世界的に知られるようになった企業群に対して、日本では何故、こういうベンチャーが育たないのかという問題設定の下に、日本在住の中国人研究者の話でした。
 また、朝鮮半島については、北朝鮮が門戸開放される期待感から、大きなマーケットチャンスに、日本として如何にして取り組むべきか、という、まぁ、よくある我が国らしい話です。

 中国の話は最近の米中経済戦争の話はありません。ちらっと触れてはいましたが、話題にできないものでした。中国が誇るベンチャーはすべてアメリカのGoogle,Faceboookなどのコピー企業です。唯一、自転車のシェアをするシェアサイクルofoでしょうか。

 これらのベンチャーを中国は抱え、日本にはない、衰退する日本を印象付けようとするもので、講演者の態度は中国の傲慢さが伝わってくるものでした。
 しかいこれらの若い企業群は、中国共産党の丸抱えのベンチャーであり、アメリカからの進出をとことん妨害し遮断してのベンチャーでしかないことを演者は分かっていないようでもありましたし、分かっていても口に出せないものなのでしょう。

 日本の戦後のベンチャーであったソニーやホンダとはまったく意味が違い、酷く脆弱なものでしかありません。中国は凄いなんてことは聞いていた人達の何人が思ったことでしょうか。

 朝鮮半島の話の方は、相変わらず日本の金が頼りの話で、北に資源があるという幻想をふりまくものでしたし、労働の質も高いのだという根拠のない話であり、たとえ解放されたからと言って、中国のように経済発展するという夢想は、勝手に夢みていればというレベルのものでしかありませんでした。

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