表情

 統合失調症の人々の多くは表情に乏しい場合が少なくありません。表情が普通の人のように笑ったり、リラックスしたり、緊張したり、様々に変わるのに比べると、ごく普通に見える場合でも特徴的です。鈍重さを感じることが少なくありません。

 でもまぁ、オヤっという感じで、あぁいう表情をする時があるのだと気づかされる時があります。この間もそんな感じの時がありました。

 いつもは項垂れて机に誰とも話をすることも無く、じーと座っているか、うろうろと室内の同じ場所を往復しているかだけで、何時間も過ごしている人がいます。こういう人は彼だけではなく、何人かいますが、こういう人が複数いるという状況もあります。

 基本的に私は放っておくし、他のスタッフも声かけはしても、ほとんど効果がないので私と同じように放っておく形になります。あまり体調が良くないのだろうなぁ・・と思うくらいで、スタッフから妄想の中にあるらしい話を聞く事もあります。

 彼は例によって大テーブルに座っていたのですが、彼と少し離れた場所で私と他の利用者の間で、車関連の話題で盛り上がっていた時に、彼が話題の中に入ってきて、自分の車の免許やら、事故の話を語り始めました。
 彼が話をしたのを初めて聞いたことと、話題の中で笑った事で、こういう顔をする時があるのだという新たな発見がありました。多分、こういう顔を持っている事を医師も知らないし、ここのスタッフも見かけていないのではないかと思います。

 話はごくごく普通であり、活舌が悪い人もいるのですが、彼はまったく普通でした。多分、コミュニケーションというよりは、自分の発言できる話題があって、自己表明に近い感じであったのでしょう。それにしても心の病の持つ奥深さを感じさせるものでした。

この記事に

トランプ批判

 日本のゴミも酷いけれど、アメさんのゴミも相当なものです。トランプ大統領も大変だと同情もしたくなります。オバマとは大違いです。

 いかにゴミは恣意的なものであり、偏向していることが海の向こう側からみていると、よく分かりますが、皆さんは多分に、日本のゴミの報道を受けて、トランプは酷いと思っているのではないでしょうか。
 言葉尻を掴んで捻くり回す、元から気に食わないから、ともかく些細なことを拡大して貶める。まったく日本で起きている事と同じです。本当に、それが本当に問題なのかです。

 日本がそうであるように、実はゴミとは無関係にタンタンと進んでいる事の方が重要なのでしょう。で、大変残念な事に日本の事はまだ分かりますが、アメリカで何が起きているのかは全然、分からない事です。ある種のパヨク退治という側面も否定できませんが・・・・。

 トランプの支持者はゴミの総攻撃に近い状況の中でも、ほとんど影響を与えていないのではないかと思うのです。ゴミがまたやっている、多分、そんな感じです。ゴミがこれからどうなっていくか、ゴミの連中のほとんどは何も考えていないでしょう。しかし、行政の中心にいる人々は様々な事を考えているでしょう。それが恐怖だからこそ、政権を叩いているという、もっとも既得権益を守ろうとしている人々こそがゴミなのでしょう。

 アメリカの衰退・終焉を語る人々は多いですが、ゴミそのものが崩壊した後にどのような世界が出現してくるかは、なかなかの難問です。

この記事に

旅行

 リタイアした後に旅行に出る、国内・海外ともにですが、見ている感じ、子供たちが海外に住んでいる場合のような一部の人達を除くと、そう多くないように見えます。

 年寄りというと、相当な数、海外に旅行する様なイメージもありますし、特に女性は多いように思えるかもしれませんが、そんなにありません。こんなもんなんだという感じがあります。
 勿論、ボランティアをするような人達ですから、まったくいないということではなく、それこそ海外での支援活動的なことのために定期的に来訪する形の人もいます。

 見ている感じでは、リタイアする前の50代くらいの方が、特に女性は盛んに海外に旅行する場合が多いようです。お金や体力の問題もあるのでしょう。旺盛な好奇心、食べ物やブランド品、体験的な何かをかきたてているのでしょう。

 私ですか? 自分で企画して行こうという意欲も無いので、誰か誘ってくれないかな、くらいですが、これまた当たり前のように、そんな人間はおりません。まぁ、行くとしたら東南アジアか南米くらいでしょうか・・。でも多分、行く事はないだろうと。

 国内は私の場合は行き尽くしていますので、残るは離島くらいなので、こちらも行く気配はありません。ボランティア絡みで京都とか、名古屋あたりに行こうかという気分はあるのですが、お金の問題もあるし、さて・・・。
 他の老人達にしても、お土産の様子を見ると、さほど活発に旅行している雰囲気はありません。温泉地にも、あまり行かないようです。
 介護とは言わなくても、面倒を看なくてはならないという話も無い訳じゃないですが、そういう人でも、強く旅行に行きたいと標榜する人はいません。

 何だかんだ意欲が落ちているのでしょう。親しくしている人の場合でも、奥さんが行きたがるので、ということでも年に1,2回くらいでしょうか。
 まぁ、考えてみれば、旅行でお金を使い果たして生活を切り詰めている、あるいはどこかに行きたいのでお金を貯めているという年寄りなんていないですから、こんなものなんでしょう。

 年寄りと旅行を結び付けるのは、バスでの集団旅行や駅で年寄りが集まって、どこかに出かける様子が目につくからなんでしょう。

この記事に

[ すべて表示 ]


.


みんなの更新記事