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死にたいと語る事

 NHK教育のハートネットTVの再放送を見ていたら、8月31日の放送だったらしく、子供たちの「死にたい」というメッセージについての特集をやっておりました。

 三人ほどの若い子たちのメッセージが紹介されていたのですが、それほどの切迫感のあるメッセージではありませんでした。TVですし、予め一月は間があいている話ですから、当然過ぎる選択なのでしょう。

 何となく学校に行きたくないが高じて死にたいという話やら、虐めの当事者でも無く、近くの傍観者でありながら、止めもしないし、煽りもしないながらこんな世の中嫌だな・・、もう一人は成績不振から高校を中退して人生に絶望している話とか、そんなものであったようです。

 お爺さんである私から見ると、昔と何も変わらないことにある意味では驚きます。こんなことは特別珍しくも何ともない。死にたいという感情も、ごく普通にあったものです。それがこういう形でマスゴミに取り上げられ、社会問題化して行くのは、何なのだろうかと、私なんかは考えてしまいます。

 昔の子は強かったからとか、子供が沢山いて、子供は子供なりの世界があったとか、今のようにギスギスしていなかったとか、余裕があったとか、他に選択肢が沢山あったから、そんなことを言う積りはありません。

 むしろ子供たちが死に惹きつかれて行くところが、今という時代に特徴的であるように感じます。死をテーマとして浮かび上がらせ、その方向に組み立ていく。関心がそこに向いている。これを自殺という形ではなく逆転する様な価値観が存在しないのでしょう。
 かつてのように人として立派に生きる事、社会のために自身を奉げるような生き方が消失している事が大きいのでしょう。

 福祉の現場では、人に感謝される仕事をしたい、困っている人、苦しんでいる人を助けたいなどの理由を若い人が言う場合が少なくありません。ある種の違和感を感じてしまう事が多く、そんな綺麗事なんかと思ってしまうのですが、これらも何か共通するものがあるのかもしれないと思ったりします。

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