スキルス胃がん闘病記!!命つながって・・♪シンシア

2005年6月末、胃の全摘後4年3ヶ月経過。肺転移し、ケア・病院に引っ越しました!

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大変ご無沙汰しております。シンシア三男です。
式を終え、皆様にお礼を申し上げさせて頂きたく、一度更新しなければと
思いつつも 一年が経とうとしていました。
 
このブログで沢山の温かいコメントを下さった皆様、また式などで実際に
お会いし励まして頂いた皆様、本当に有難うございました。コメントは全
拝読させて頂き、とても励まされました。家族もメルを含め全員、元
にやっております。
 
近況をご報告申し上げますと、先日 一周忌の法要と納骨を終えました。
ですので、母は現在、福岡市の筥崎宮のすぐ近くにあります、「恵光院」
というお寺に居ます。ご住職のご対応も大変親切で、とても居心地の良
いお寺にめぐり合うことが出来て本当に良かったと お寺に行く度に父と
話しています。
もしよろしければお気軽にお越し下さい。またその際、母が使用していた
YAHOOメールアドレスまでご連絡頂けましたら、都合のつく限り、お付
き合いしたいと思っております。
 
 
私事ですが、ブログは残させて頂きますが この更新で最後にさせて頂き
ます。
しかし、沢山の方々が訪問していただいている現状を見るに、闘病につい
て今でも色々と考えさせられます。そこであくまで一つの参考になればと
思い、母の闘病生活について、思ったことを書きます。
 
母が余命半年と宣告されたにも関わらず、長く生きることができたのは、
母の前向きな性格と運が良かったからだと思います。また私たち 見守る
家族側も、支援するのが母であったので頑張れたのだと思います。
闘病には、何といっても周りの支援が重要だと思います。支援といっても、
一緒に美味しいご飯を食べたり、世間話や昔のことなどたわいのない話
したり…。その点 母は身近に家族やこのブログを含めた友人方がいた
で幸運でした。
また、母は前向きな性格だったので、抗がん剤や病状などといった治療
に関するあらゆることを熱心に調べ、時には行いたい治療方法を主治医
に意見していました。そういった姿勢を私たち家族も陰ながら見ていたの
で、母の為ならと頑張れたのでしょう。もし母が「もうどうでもいい」などと
闘病に対して消極的だったならば、正直なところ 違う結果になっていた
と思います。その点 私たち家族は幸運でした。
 
そしてこのブログも母が長生きすることができた、大きな要因の一つだ
思います。
母はこのブログを通して、沢山の方々と出会うことができ、それが考え
られないほどの力になったと思います。本当に有難うございました。
 
もしかすると「母の分も頑張らないと」と気負われている方もいらっしゃ
るかもしれませんが、母はこの4年半という残された人生を全うしきった
と私は思っていますので、真に母の為になるには 自分の人生を自
の分だけしっかりと全うして幸せになることではないかと考えています。
そう考えると、自分自身、クヨクヨしている時間も惜しくなるといいますか
これからも前向きにいきたいと思えるようになりました。
 
最後となりますが、何気ない話できつい時でも元気付けて頂いた方々、
闘病という同じ状況におかれながらも励まして頂いた方々、残りの人生
を全うされて先に旅立たれた方々、温かく見守って頂いた方々、最高の
治療を行って頂いた主治医のO先生、看護師さんの方等、
様に心から 大変感謝しております。こんなにも大変良くして頂き、
母は本当に幸せ者だったなぁと思います。私たち家族もその幸せそうな
母をみることが出来て良かったです。
本当に、有難うございました!
 
シンシア三男より
 

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