NZの思い出

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NZの思い出2

NZの思い出2

 NZの思い出がだんだん私の中で薄れていきます。もう10年も前のことなので当然と言えば、当然のことですが、、今回は以前作成したHPから転記して、再度、思い出を紐解いてみます。

以下は、私が滞在したNZの町での過ごし方や様子です。

1)ウエリントン
 NZの首都ウエリントン、私が最初に滞在した町で語学学校に通い4週間ホームステイをしました(日本で予約しました)。近代的な町並みで、 街中には日本車も結構走ってます。イギリス連邦だったことから、車は右側通行で違和感もありません。泊めていただいた家庭は元教師の方でNZ の文化や生活様式を教えていただきました。初めて、海外で長期滞在するなら、ホームステイはいいですよ。


2)ネイピア
 ウエリントンから電車で移動しました。ネイピアは日本人にとっても馴染みがある町です。 某大手製紙会社のティッシュペーパーの名前の由来になった(?)町です。 海岸沿いの町で果樹や園芸が盛んです。海の色はクリームグリーン色で一日海を眺めていても飽きないほど美しい景色が広がってます。 私が滞在した場所はシュタイナー理論を実践した知的障害者自立支援の組織に9ヶ月間お世話になりました。シュタイナー学校の先生、ソーシャルワーカーや生活を支援する人たちとの貴重な体験を共有できました。この期間の経験が後に私自身が社会福祉の道に進むきっかけの一つになりました。


3)ワンガヌイ
 ネイピアからはバスで移動し、途中オハクネと言う町でYHAで数日間滞在後、ワンガヌイへ移動しました。ワンガヌイは北島西海岸にある町です。西海岸地域は地理的条件から雨が多く、私の滞在期間の半分は雨でした。 一般家庭で留守番とお手伝いで2週間泊めていただきました。泊めていただいた前日の夕方、私が泊まっていたBP(安宿)にその家の主人が迎えに来てくれました。 夕食をご馳走になり、翌日から家族旅行に出かけるため1週間留守番という仕事が私に与えられました。 ちょっと日本では考えられないですよね。見ず知らず人に夕食ご馳走して、翌日から家を1週間預けるなんて。 文化の違いなのでしょう。でも、NZでは日本人は結構信頼されているようです。ちなに彼の職業は弁護士、妻は学校の理事長の様な職業でした。その家の庭は1.5haあり、牛が3頭いました。牛は庭の草を食べてくれるので飼っているとのことでした。


4)クライストチャーチ
 ワンガヌイからウエリントンへヒッチハイクで乗せてもらった車でで移動し、フェリーでピクトンへ移動しました。その後、途中はホエールウオッチで有名なカイコウラで一休みし、クライストチャーチへ移動しました。南島最大の町、クライストチャーチ。ガーデンシティと言われ、緑に囲まれた美しい観光の町です。 ポリテクニック(日本での専門学校、大学をたした様な学校)の農業学校で6ヶ月間農場の管理をしながらお世話になりました。 学校は町の中心部に近く、平日の仕事は午前中のみでした。平日の午後や休日は全くの自由時間でした。 日本語を学んでいる学生と語学教育交換したり、市内のカルチャースクールで園芸教室に参加(無料)したり、 現地で知り合った友達とリトルトンやアカロアまでドライブしました。また、NZ の車とバイクの免許を取得しました。クリスマス休暇で校長先生がエイベルタスマンへ行かれたので、家や庭の芝生管理をしながら2週間留守番しました。


5)インバカーギル
 最後は南島南端の町、インバカーギル。途中、南島の代表的な観光地であるダニーデン、クイーンズタウン、アカロア、テアナウやマウントクックなどにも滞在しました。インバカーギルには世界最南端のファーストフード店であるマクドナルドがあります(私も食べました)。滞在したYHA(ユースホステル)で羊農家のエクスチェンジ(軽労働と無料宿泊の交換)の情報が載っていたので早速電話したら、すぐ来ていいとの返事で1週間お世話になりました。 NZと言えば羊を想像しますよね。その方は運送業が本業で、趣味で羊を買ってました。規模は7haに200頭ほど飼ってました。これで趣味とは驚きでした。仲間の酪農家を紹介していただき、さらに1週間お世話になった。 200haに700頭ほどの乳牛を放牧しながら飼われていた。4輪のファームバイクに乗って牛を移動したり、ラビットシューティングに行ったりと貴重な体験ができました。とにかくスケールが違います。

 以上が私が印象に残っているNZの5都市です。滞在期間中はNZを最低1周はしましたので、パイヒア、オークランド、ロトルア、キズボーンなどの北島の観光もしました。

 今度(将来)は妻や子供たちと一緒に旅行したいと思います。

NZの思い出

NZの思い出

 私は大学院を卒業し、5年6か月農薬会社の試験場で働いた後、30歳でNZへ行きました。一度海外で生活してみたい、との願望がありました。英語圏の国で、治安も安定している、農業の盛んな国がいいかということで、NZに行くことにしました。1年間滞在しましたが、今ではすべてがいい思い出になっています。以前のことですが、印象に残った出来事や体験を今後書いていこうと思っています。

 今回はまず、NZについてお金について書きます。お互いの国の状況にもよりますが、交換レートの変動があります。当時は75円がNZの1ドルがレートで比較的円安の状況でした(おそらく60円ぐらいが通常か?)。交換レートは4つの国の比率が記載されていることが多く、米国ドル、オーストラリアドル、英国ポンドと並び日本の円が表示されていました。また、日本の硬貨や紙幣にない、2ドル、20ドルがあるので、とても便利だと感じましたし、使用頻度も高かったと思います。当時はまだ、日本では2000円札も流通していませんでしたし(今でも流通してませんが、)。それとその当時私は支払のほとんどが現金払いでしたが、NZではカードでの支払いがかなり普及していました。私はBNZ(Bank of New Zealand)で口座を開設し、キャッシュカードを作りました。このカードはスーパーマーケット等の支払いにも使用でき、当時はカルチャーショックを受けました。24時間キャッシュコーナーが町のあちこちに開設されていたりと、当時の日本ではあまりなかったと記憶しています(今では当たり前かも?)。
 人口当たりのインターネットの普及率も当時は世界で上位にランクされており、農業国のイメージのあった国とはかなり違っていました。

 

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