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魂のすごい力の引き出し方  神岡健先生の記事♪  高橋信次師
から引用させていただきました   上江洲義秀先生の記事♪
         
 高血圧にならない世界最高のお塩はこちら  すべての記事を表示



神我が光る7つのメッセージ      神岡健先生の記事♪  

 2007年の夏、私は旅行で千葉県の美しい海辺の町を訪れていました。この時、とても知りたい事が湧いてきて、宇宙の創造主に祈って訊いてみました。

 実はその直前から、私は瞑想中に神様に祈ると、頭の中にかすかな息の声で答えが聞こえてくるようになっていたのです。
 全てが当たる訳ではありませんが、序章で触れた3.11東日本大震災のリーディングも、このサイキックな聴覚で日付を知り得たものです。

「人間が生きていく上で最も大切な事は何でしょう?どうか教えてください」
 こう祈った時、まるで訊かれるのを待っていたかの様に即座に、
「7つあります」という声が脳内に聞こえてきたのです!

 その後、立て続けにスラスラと頭の中の言葉が続き、時々それを万年筆で神に書き留める手がついていけない程のスピードで淀みなく聞こえてきました。聞き取れなくて困っている時は、同じ言葉がテープレコーダーの様に繰り返し聞こえてきました。

 これが私の妄想や想像の産物ではない事は明らかでした。
読み返して思わずうなってしまうほど深遠な真理が書かれており、自分で読んでみて唖然としました。

 これは現代を生きる私達への創造主からのメッセージだと思いました。これらの意味をよく味わい、実行なさるなら、きっと神我がとても強く大きくなるでしょう。

7つあります。

◆一つ目は、神への愛です。
 神を愛することほど大切なことはありません。神はあなたを創った愛の光であり、命の大本です。
 これなくしてあなたは生きている事は出来ません。神はあなたが考えている以上にあなたを愛しています。だからあなたも神を愛しなさい。


◆二つ目は、奉仕すること。
 奉仕は体を使って、頭を使って、神の愛の現れである全てのものに何かをすることです。神があなたを創ったのですから、あなたも神に何かをしなければなりません。神への愛を奉仕によって表さなければなりません。

 あなたが何かを大切にすることは、神を大切にすることです。神への愛を体で表して下さい。そうすれば、神はあなたをもっと愛するでしょう


◆三つ目は、生き物を殺さないこと。
 生き物は神が創った愛の現れです。あなたが生き物を殺すならば、自然の環境はあなたを懲らしめるでしょう。


◆4つ目は、真実を語ること。
 真実を語る人は神に仕える人です。神は真理だからです。真実の言葉は神の光です。真実を語らない人が神を愛することは出来ません。


◆五つ目は、心を手なずけること。
 心を手なずけることは困難なことですが、大事なことです。心がなければ何も出来ません。心を調和的な方向に手なずけることです。
 
 心を手なずけることは欲望を抑えることです。欲望があまりにも大きければ肝心なことがわかりません。欲望を抑えるにはどうしたらいいでしょう。

 欲望を抑えるには神に祈ることです。そうすれば完全に抑えることが出来ます。神は欲望を消滅させることが出来ます。神の力があれば可能なのです。神に祈ることが大切です。


◆六つ目は、肉体に執着しないこと。
 肉体に執着すると、肝心な神との関係がわからなくなります。肉体は必ず無くなります。神との関係は体より上です。神こそが体を与えた大本です。体が滅びた後、神との関係が残ります。神との関係は永遠に残ります。


◆七つ目は、全ての行いを神に捧げること。
 あなたが神だとしたら、あなたは何を人間に求めますか?あなたが神なら、あなたが創った全てのものを大切に思うはずです。

 あなたが何かを大切にすることは、神を大切にすることです。あなたが目にする全てのものは神ですから、神に全ての行いを捧げなさい。



神我が強く光る「光の祈り」

 ある日わたしは神様に祈って、誰でも宇宙の創造主に太くつながる事ができる祈りの言葉を教えて下さいとお願いしました。そして脳内に聞こえてきたのが、次にご紹介する「光の祈り」です。

 これはどんな宗教の方も唱える事ができるユニバーサルなマントラです。 これを受信した時、「七回唱えてください」という声も聞こえました。七は”完全”を表す数字です。実はこの祈りで奇跡のような事がよく起こるのです。

 この言葉を紙に書き留め、最初に声を出して唱えてみた時、遠い宇宙の中心になる途方もない強い光の源と私の神我が、太くてタイトな一直線の光のロープのようなものでグググッと繋がり、私の神我が光に満ちてきたのです。
 そういう経験は初めてでしたので非常に驚きました。皆様もぜひ心を込めて唱えてみて下さい。


「光の祈り」

神の光につながります
真理の光につながります
神と私は一つになり
神の光に包まれます
神に全てを委ねます

(七回唱えます)


 特に重大なヒーリング・セッションの前などは108回、あるいはそれを数セット捧げて頂き、あらかじめ魂の中に ”光の貯金” を作っておいて下さるようクライアントの方にお願いしています。

  ”光の貯金” は本来見えない所で善行や奉仕を重ねると魂の中に自然に出来るもの(※いわゆる”徳”)です。これが沢山ある人は、いざという時に天の助けがありますし、ヒーリングの効果を決定的に強めてもくれます。

「光の祈り」は深い神我から唱えましょう。我欲や期待を込めて唱えてしまうと、かえって自我を強めてシナリオを悪くしてしまいます。

 唱える前にハートの神我の意識になると意図してしばらく心を静め、最も深く静かな内面から言葉通りのことを思って捧げましょう。

 ある日クライアントの方から「父が肺炎で入院し、危篤な状況です」と電話で伺い、私は「お父様のために光の祈りを毎日108回唱えてあげて下さい、良いシナリオになれば良いことがあるかもしれません」とお勧めしました。

 その結果本当に熱心に唱えて下さり、奇跡が起こりました。ご本人様の感謝のお手紙をご紹介しましょう。


体験談 「光の祈り」で父が重症肺炎から生還

 神岡先生には平成25年度からお世話になっております。それ以来先生に教えて頂いた「光の祈り」を毎日唱えておりました。8月中に83歳の私の父が肺炎になり、約40度の熱が10日間続き、肺の機能も低下し、とうとう人工呼吸器をつける事になりました。

 医療関係従事者である親戚の人からは、「良くなることはないだろう」と言われ、私も覚悟しておりました。

 ただ、今まで本当にお世話になった父に、娘として出来る限りの事はしたいと思い、今までの感謝の気持ちを込め、毎日108回の「光の祈り」を父に唱えました。もし亡くなったとしても、高い霊界に行けますようにという思いを込めて……。

 この祈りを毎日唱えているうちに、神様に、父の肺の機能が戻り自発呼吸が出来るようになること、また、心臓の不整脈が整うこと、また、腎臓の機能も回復すること、そして意識も完全に戻ることを具体的に祈っていました。

 すると、三週間経った頃から、肺の機能が回復し始めて、人工呼吸器からの酸素濃度も少しずつ減ってきて、四週間経った頃には人工呼吸器が必要なくなるくらいに肺の機能が回復し、不整脈も殆ど消え、腎臓の機能も回復し、意識も完全に戻りました。

10月の上旬に一般病棟に移った父を見舞った時に、そばにいらした看護師さんが。「奇跡だと思います。すごい生命力でした」と言って下さいました。

 本当に神様の力はすごいと思いました。また、「光の祈り」はすごい力だと思いました。神様に、そして「光の祈り」に心より感謝致します。

 本当にありがとうございました。また、光の祈りを教えて下さった神岡先生にも心から感謝致します。神は愛であり、その神に委ねることの素晴らしさを体験させて頂けたこと、幸せです。


もう一つ素晴らしい体験談をご紹介しましょう。

体験談 「光の祈り」でハムスターの腫瘍が消滅

 今は寿命でなくなりましたが、飼っていたハムスターの片方の類袋に大きな腫瘍ができ、動物病院で手術するか悩んでいた頃、私の手の平の中でハムスターを覆い、光の祈りを出来る限り祈りました。

 そうしたら翌日、ポンポンに膨れ上がっていた腫瘍が消えてぺったんこになり、しかも以前より元気に走り回っていたのです。

 家族みんなが驚きました。二年が寿命と言われているハムスターですが、その後も元気に約三年近くまで生きました。光の祈りの素晴らしさを実感した出来事でした。

 人は誰でも心の深い所には神様の一部としての神聖な創造パワーを持っています。神様とつながることでそれを引き出し、欲望(=陽)や恐れ(=陰)のシナリオを遠ざけ、愛と感謝(=中庸)のシナリオを強めてくれるのが、この祈りの驚異的な力の秘密なのです。

 苦しんでいる人の為に真剣に祈れば、相手の魂にも光が灯り、その人のシナリオも良いものに変えてしまう場合がよくあります。


食前の祈り

 次の言葉は私がサイキックな聴覚で受け取った食前のお祈りの言葉です。玄米を浸水させる時に唱えています。これを神我で真剣に唱えると金色の光が来て、食べ物についたカルマ、暗いオーラを浄化して頂けます。


神の体であるこの食べ物を神に捧げます
私の中の神に捧げます
神により この食べ物は浄(きよ)くなり
私の心と体を浄くします
この食べ物を神に捧げます


唱える方の魂の光の強さ次第で、農産物の生産者や料理人さんのカルマが邪気として付いているのも浄化されます。浄められた食べ物の明るいオーラが神我にスーッと入っていきます。どんな宗教の方でも唱える事が出来ます。

 手を合わせても合わせなくてもよいのですが、合わせた方がパワフルな結果を生み出しますし、声を出した方が強い作用があります。

「あの人が入れたお茶は、なんだか美味しい」と思った事はありませんか?
料理もお茶も、魂の大きい方が作ったり入れたりすると、同じように作っても美味しくなります。

 それは作り手の魂の光が食べ物を自然に浄化し、雑味やカドの取れた深い味に変えるからです。実は、お祈りをしなくても自然にそういう事はある程度起こっているのです。



魂を大きくする方法     神岡健さんの記事

 この世の全てが神さまです。生き物はもちろん、無生物も全て大切にし、ムダにしないように扱わなければ、神さまとの関係を損ねて魂の光が弱くなってしまうのです。

 では、「全ての行いを神に捧げる」とは、具体的にどうすることなのでしょう。
 この言葉は比喩的な表現ではありません。読んで字のごとく、そのままなのです。「全ての行いを」「神に」「捧げる」、それを素直に実行することです。

「全ての行い」といったら本当に「全ての行い」です

 例えば、学校の授業の予習や復習をこれから始めるとします。その時、漫然と初めないで、まず「この勉強を神に捧げます」と、一言祈るのです。出来れば声に出して。

「この仕事を神に捧げます」「運転を神に捧げます」「調理を神に捧げます」「入浴を神に捧げます《こう祈って温泉に入ると陽にならず、出た後湯あたりしません。湯あたりは陽の反動なのです》」

「掃除を神に捧げます」という具合に、何をする場合も心の中でそう祈ってから取りかかりましょう。

 この「◯◯を神に捧げます」という祈りは、生理的にも良い変化をもたらすことを期待出来るだけでなく、霊界に数多く存在するいろいろなシナリオの中から神さまの調和的な中庸のシナリオを選び取りやすくしてくれます。

 最後にとても大事な点ですが、全ての喜びも神さまに捧げるということです。喜びは”陽”の感情であり、個人化した自分という存在の生存が確保されることで味わう一時的なワクワクした感情です。

 何かを手に入れた時、何かを達成した時、人は飛び上がって喜びます。しかしその後で、必ず”陰”がやってきます。苦しいこと、悲しいこと、つらいことがやってきます。

 ですから、良いことがあった時は嬉しい気持ちが完全になくなるまで神さまに感謝の祈りを捧げましょう。
 感謝は中庸であり、完全に感謝し尽くすと反動による”陰”がやって来ませんので、浮き沈みのない平安な道を歩むことが出来ます。



魂とは何か
魂の光(中庸のエネルギー)   神岡健さんの記事

 私のサイキック感覚では、人間の魂の光は胸にあります。(※覚者知花敏彦先生と同じですね) この「魂の光」の中心は、咽(のど)の下の首の付根にある深い凹みの「天突」というツボから5〜6センチ下にあります。

「魂の光」は温かく、明るくて、ふんわりとした優しい感触のエネルギーです。ビリビリした「影」のエネルギーやねっとりした重い「陽」のエネルギーとは違って、中庸の軽くてニュートラルな安定したエネルギーです。

「魂の光」は、全体としてはマユに似た横長の楕円球体をしています。より詳しく視れば、クォークのようなまん丸い球体が、螺旋状の軌道を描いて運行しており、その軌道が全体としてマユのような輪郭をなしています。

 男性の魂は、霊視で視た中性子と同じ構造をしており、女性の魂は、霊視で視た陽子と同じ構造をしています。

心が利他的な人は「魂の光」が大きく、運行しているクォークのスピン速度を運行速度が速い(※周波数が高い・波動が高い)のですが、利己的な人は「魂の光」が小さく、クォークのスピン速度も遅い※波動が低い)のです。

 後に第六章でお話するアセンションの際、魂の光の小さい人は、アセンション後の宇宙の高い波動に同調できず、移行ができないのです。

 その「魂の光」の中に、「神我」の姿があります。神我の意識は、神聖な愛や良心、理性といった個人化した神の意識です。魂の光は、脳の前頭葉とオーラ的に繋がっています。神我の意識は、前頭葉に情報や指令を与えているのです。

 胸の光から前頭葉に来る神我の意識は、動物的な要求を超えた二元らしい高度な意識です。ですから、胸の魂の光が弱く小さい人は、前頭葉も光のエネルギーが乏しく、暗く冷たいのです。

 人間の場合、当図にはその人の高次元霊界での上位存在(ハイ・ビーイング)の魂の光が宿り、それから来る光が胸の魂を外側から包んでいて、二重構造の光の玉になっています。

 ちなみに、動物は頭に魂の光があり、なんと、その中には人間の姿の故人化した神様が映っています。動物も私たち人間と全く同様、神様が個別化している存在なのです。
うちの猫達も、動物の姿をしているけれども、実は神様・・・』
これを発見した時、もう本当に驚いて唖然としてしまいました。

 ただし、一部の例外を除き、通常の動物には高次霊界の上位存在はなく、人間のような二重構造の魂ではありません。

 
魂の光こそ幸福感の正体

 自我意識があると、他者のエゴと衝突して怒りを感じますが、祈りや奉仕や瞑想などの霊性修行で神我を強め、自我意識を浄化していくに従い、創造主の意識に近づいていきます。その結果、世界の分離という幻想から開放され、他者の自我意識に触れても、それを”無限の自己”の一部ととらえ、受け入れて包み込む境地になっていけるのです。(自他一体感・全一の意識)

 その時、善対悪、光対闇という二元世界を超越し、全てを包摂して対立を超えた境地に至ることができるでしょう。
 これが、昔中国の老子が説いた、”無為自然”という境地ではないでしょうか。霊視では、老子は宇宙の創造主の化身の一人でした。

 誰もが幸福を願っています。幸せになりたくない人はいません。でも改めて考えてみると、幸せというものは一体何でしょう。それは、人によって違うから一概には言えないのでは、という方もいらっしゃるでしょう。

 確かに、歌手になって歌を人々に聴いてもらうことが幸せと考える人もいれば、主婦として夫を支えたり、子供を立派に育て上げることが幸せだと思う人もいます。

 たまたま、ビジネスでお金を沢山稼いで豊かな暮らしをすることが幸せだと考える人もいれば、人に何かを与えて喜ばれることが幸せだと考える人もいます。

 しかし、サイキックな観察からすると、幸福感に満たされている人のオーラの状態は、同じように明るく輝いています。人によって個性にあった千差万別の生き方やプロセスがあることはもちろんですが、そうして色々なプロセスをえた結果として、魂の光が強く大きく輝き、オーラ(特に第四オーラ)

 全体が明るく、波動の高いエネルギーを放っている---そういった人が幸福なのであり、それこそは神様の神聖な光のエネルギーが魂やオーラに豊かに届いて輝いている状態なのです。

 ところで、幸福と似ていながら、それと全く非なるものがあります。それは、自我意識で分離された個としての存在がいっそう確保された刹那に味わえる束の間の強い興奮(陽)のことです。簡単に言えば、「楽しい」という感情です。

 人は楽しさを求めてやみません。例えば、沢山のお金が貰えた時、ゲームや賭け事や仕事で他社に勝った時、美味しいものを食べた時、立派な家を建てた時・・・。そういう時に個としての自己の存在が一層確保され、強い興奮と換気を味わうのです。多くの人がそれを幸福だと考えています。

 しかし、それらを手にすれば、次に失う恐れ(陰)が必ず待っています。宇宙の法則により、陽は陰を呼び、陰は陽を呼ぶからです。お金は使えばなくなりますし、勝負はいつか負ける時が来ます。美味しいものもいつも食べていれば飽きますし、成人病になります。

 家は数十年で建て替えが必要になります。高収入でイケメンだった夫も不況で解雇されたり、老いて中年太りになります。それはちょうど、灼熱の砂漠の地平線の彼方に浮かぶ蜃気楼のオアシスを追いかける様に儚(はかな)いものです。

 真の幸福は、そういった目に見えるものではありません。何かを得たり、楽しいという感情でもありません。むしろ、それらと無縁なものなのです。

 それらを超越した、静かで満ち足りた不変の至福の境地、すべての人が同じ愛なる神の現れであるという一体感
※全一感・自他一体感・神我一体の境地・全ては自分、全ては神)。

 自分もまた不変の愛(※神一元・愛一元・光一元・愛そのもの光そのもの)であるという絶対的認識。それが真の幸福であり、中庸の境地(※悟りの境地)なのです。どれだけ自我意識を減らして源魂が神様(神我)に近づけたか魂の成長が生まれてきたの真の目的幸福はそれ次第です



魂を大きくする方法
正しい人の祈りはパワフル

 神様は、神様を信じる正しい人の祈りを喜び、これを叶えてくださいます。神様の存在を否定する人や信じようとしない人、あるいは神様の分身である他者を助けようとしない人の願いを、もしあなたが神様なら叶えてあげたいでしょうか。

 神様も、やはりご自分を信じ神様を愛して大切にする人や、他人に奉仕する慈しみ深い人、他人を傷つけない人嘘をつかない誠実な人の祈りをよしとされ、喜んで願いを聞いてくださるのです。

 多くの方をヒーリングしてきて、心底そう思います。見えない所で人助けをコツコツと頑張っている人をヒーリングする場合は、神様から浄化の光が大量にやって来て、強い邪気や思いカルマでもドンドン浄化して頂けます。

 ところが、神様の存在を信じない人や疑う人、批判的な人
あるいは言葉遣いや態度の悪い人などは、私がいくらヒーリングをしても浄化の光が神様からやって来ませんので、殆どオーラの浄化ができません。


正しい祈りは神我から湧き出る

 神様は正しい祈りや願いを喜び、これを叶えてくださいます。というよりむしろ、正しい祈りは私達の魂の光(神我キリスト)から出てくるものですから、そうした祈りや願いは、そもそも神様の側からそうした結果を私たちに与えたい、体験させたいと願っていらっしゃるということなのです。

 今これを書いていて、「そのとおりです」という神様の強い肯定のお言葉が脳内にテレパシーで聞こえてきました。

 神様を熱心に求める祈り、自分の使命や義務を遂行して人々に貢献したいという正しい祈り、自分をダメにする悪習慣や悪い生活と決別したいと願う切なる祈り、他人の幸福や成長を心から願う愛に溢れた利他的な祈り、

 執着や心配を手放して全てを神さまに委ねる勇気を求める祈りなども、神様はとてもお喜びになり、無限にお力を与えてくださいます。

 正しい祈りは全て、祈る人の魂の光(神我)の中心から発する光のエネルギーとして視えます。私のヒーリングセッションでは、最後にそのヒーリングやガイダンスへの感謝のお祈りをクライアントの方がご自身にも捧げて頂くのですが、

 心から感謝の祈りを捧げて頂くと、その人の魂の真ん中から光のエネルギーが出て神さまへ届くのが私のメンタル・スクリーンの中に視えます。そうやって神様に届いた光は、その人の未来のライフ・レコードの上に調和的なシナリオを創設していきます。

 一方、自我意識から出る自己中心的な祈りは、魂の光を覆う外側の自我意識の層からエネルギーが出ていき、その人の未来のライフ・レコードに影のシナリオや陽のシナリオを強める結果になります。


最も大切な祈り---神様を求める祈り

 ある時私は、『人間にとってどのような祈りが最も大切なのでしょうか』と、神様に伺いました。それは、神様を求める祈りだそうです。魂を大きく光らせて、調和的で平和な人生のシナリオに帰るには、生涯を通じて愛なる神様を求め続けることが大切です。

 人間が神様に近づくほど、神様は人間に近づいてくださいます。まるで鏡のようです。神様は、どんな人にも常にご自分のもとへ帰ってきてほしいと強く願っていらっしゃるのですが、人間の方が自我意識によって光を遮られており、神様を忘れてしまっているのです。

 自我意識は、動物時代の古い過去生から積み重ねてきた恐れや怒り、執着、その他諸々の強い感情です。この自我意識という厚い雲が誰にでも沢山あるため、私たち人間の側が、それらをかき分けて神様に到達しようと※努力しない限り、神様のもとに自動的に帰っていくことはできません。
(※神我に目覚める瞑想法王瞑想がベリーグッド♪)

「私は神様の存在を感じたことがないから、神様は存在しないと思う」と言う人は、考え方が逆です。本当は神様を求めないから神様の存在を感じることができないだけなのです。

 ちょっとやそっと祈って何も感じないからと言って、「神様なんてやっぱりいない」と断じないで下さい。水滴でさえ、何百年、何千年も一か所の岩の上に落ち続ければ、やがて岩に穴を開けます。それくらい不屈の心で神様を求め続けましょう。

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