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植芝盛平先生の知られざる裏エピソードをご紹介♪
山本光輝先生の「さとり実践呼吸書法」に興味深くかなり珍しいエピソードがありましたので、ご紹介させて頂きます。
神人一体の境地に到達された達人でも、思わぬ弱点?があったという風なお話でございます。詳しくは本文を見て頂くとして、
無心の境地にまで到達した、超一流の熟練した猟師さんの無意識での発射では、どうも神人でも対応が難しいみたいであります。
猟銃で無心の境地まで到達された相手ですから、ある意味、超サイヤ人VS超サイヤ人といった意味付けに近いかも知れませんね。
逆に、素直に相手の力量をしっかり把握して、その名人の銃撃の対応できるかを正確に把握する事が出来る事自体が、さすが!植芝盛平先生♪素晴らしいな〜♪って思いました。
神人の自然体ならではの研ぎ澄まされた判断力といった感じでしょうか。
では過去記事の内容と絡めて御覧下さいませ♪
「さとり実践呼吸書法」17P、62〜64P からの引用ですが…♪
合気道開祖・植芝盛平師
この呼吸書法が成立するには、合気道という日本武道との出会いなくしてはあり得ませんので、合気道に関することを少し書きます。
植芝盛平開祖は、「合気道は禊(みそぎ)わざじゃ」と言われます。
それは、生まれてから今日までに身に付けてしまった人間のアカを、綺麗にするために行うものだという意味です。
権力や物・金への欲望や執着を捨て、人が大自然と融合一体となった時に、人為的ではない無限の力が発揮され、自然に相手が倒れ、敵という存在もなくなるというのです。
人の体からムダな動きを取り、思想的なムダも取り、人間本来の清らかな魂そのものになった時に、無限のエネルギーが発揮される。
禊(みそぎ)というのは、「魂のゴミ」を取り去ることなのだと、その時初めて教わりました。
植芝盛平開祖の神業
合気道というものは、人間の立ち居振る舞いの全てに関わって、体の動きのムダを取り、同時に思想的なムダを取っていくと書きました。
そして素直できれいな魂そのものになった時に、
人間の本当の無限なるエネルギーが出てくると言われています。
名誉欲、権力欲、金銭欲などの欲望で包み込まれてしまっている本来の魂のまわりが綺麗に磨かれると、魂そのものの力が発揮されるのです。
しかもその力は無限だといいます。それが実際に現れた例として、開祖・植芝盛平という神人が存在したと私は思っています。
これは有名な話ですが、日本の軍隊が絶大な力を誇っていた戦前の事です。開祖が日頃の話の中で、「わしには鉄砲の弾も当たらぬよ」と言われた事が、軍人に聞き咎められました。
「そんなことを言う武道家がいるなら、我々軍人の沽券に関わる。それなら実際にやってみようじゃないか」と呼び出されてしまいました。
そして射撃のうまい五人の兵士を呼び、対決させたのです。
三十メートルほどの距離に開祖を立たせて、五人の射的手が鉄砲で狙いを定めて撃つという条件です。
「撃て!」という号令のもと、兵士たちが引き金を引いた瞬間、一人の兵士はその場に倒され、四人の兵士は誰もいない空間に弾を打ったということです。これには、立ち会っていた軍の将校たちも度肝を抜かれたといいます。
そして次の話が何とも示唆的なのですが、こうした評判を聞いた名人といわれる猟師が、「それじゃあ、自分が銃で勝負してみよう」と言ったそうです。
けれども開祖は、「いやわしはその人にはかなわない」と断ったというのです。
猟師というのは、いつ出てくるかわからない獲物を狙い、無意識に近い感覚で銃を撃つので、それでは撃たれてしまうと言われたそうです。
この話は、開祖を知る上で大変興味深いことだと思います。
撃とうと意識する人間にはある種の欲望があるので、これを開祖が瞬間的に感知し、体を難なく瞬間的に移動せしめるというのですから、まさに神業といえましょう。
また開祖は、十人くらいに円陣を組ませ、杖や木銃を持たせて、自分はその真ん中にいて、一斉に突かせるという事もされました。
しかし突かれた瞬間に、開祖は背後に入ってしまい、杖や木銃を持った者はみんな将棋倒しのように倒れてしまうのです。
これは、私もしばしば実際に道場で見せて頂きました。まさに神業としか言いようがありません。
私は、このような人間の限りない能力の一端を、実際に目にする事が出来たのを大変幸福だと思っています。
それが現実に存在した人なのですから、修業によってここまで魂と肉体を禊いで、そしてアカを取り去っていけば、
その境地に達するのではないかという希望を与えてくれます。 http://www1.vecceed.ne.jp/~kyusei/sub46.htm からの引用ですが…♪
植芝先生の神秘力
植芝先生というと、いまだに話題にされるのが、純粋な武術の技の他に、ある種、神懸り的な力を持っていたかどうかということです。 私は側にお仕えして、先生の一挙手一投足を見てきたわけですが、その上で言わせてもらえば、先生には確かに神懸り的な力がありました。 先生は大本教の熱心な信者でした。そのせいかどうかは分かりませんが、時々我々には理解できない感覚を発揮していたことは事実なのです。 そんなことは迷信だと思われる方もいらっしゃるでしょうが、私は実際にいくつかの出来事に遭遇していますので、それを紹介してみましょう。
先生は月に一度、京都にいって指導されていたのですが、そのお供として私をよく連れていってくれました。今のように新幹線などありませんから、汽車にゴトゴト揺られながら、十時間以上もかかって大阪に向かうのです。 先生はいつも鉄扇を持ち歩いています。何でも武田惣角先生から頂いたものなのだそうです。 汽車に乗ると、先生がその鉄扇を私に預けてこういうのです。
「ワシに隙があったら、いつでもこれで殴ってきなはれ。もし殴れたら、あんたに十段をやろう」そして、お年寄りらしく、座席の上に正座して、そのまま眠り込んでしまいました。 寝息をうかがっていますと、本当に先生は眠っているようです。 しめしめ、と私は思いました。今ならいくら先生でも気づかないでしょう。いつでも殴っていいといわれたのだから、眠っていても関係ないはずです。 これで十段はもらった、と思って私が今まさに鉄扇を打ち込もうとしたとき、先生がカット目を開きました。私はびっくりして、ピタリと動きが止まってしまいました。 先生は微笑みながら、「今、夢の中に神さんが現れてな、塩田が叩くぞ、塩田が叩くぞ、と教えてくださったんじゃ」そんなことをいってまた眠りにつくのです。
私は何度かやってみましたが、やはりどんな時でも先生は気づくのです。本当に不思議だと思いました。また、こんなこともありました。
私たち内弟子は、夜は道場に布団を敷いて寝ることになっていました。 先生は奥の部屋でお休みになります。ある夜のことです。 私がいい気持ちで眠っていると、いきなり奥の部屋の戸がバーンと開いて、先生が木剣を片手に真っ暗な道場へ飛び出してきました。そして、暗闇の中で「キエーッ」という気合と共に、先生が何かに向かって木剣を斬りつけました。
何事が起こったのかわけが分からず、私たち内弟子がおっとり刀で灯りをつけると、仁王立ちになった先生の足元に、首の飛んだネズミの死体が転がっていました。 「ばかモーン!」 先生の雷が落ちました。 「ネズミが神さんのお供えをかじっとるというのに、神棚の前で寝ていた君達が、なんで気がつかんのじゃ!」 つまり先生は、隣の部屋で寝ていたのに、道場の神棚のお供えをネズミがかじっているのに気づき、飛び出して来て、木剣でネズミの首をハネたと云うわけなのです。 私たちがそれに気づかなかったからと先生は怒っているのですが、そんなことを言われても、私たちに分かるはずがありません。烈火のごとく怒った先生を前にして、私たちはただ頭をかくばかりでした。 拳銃の一斉射撃をかわす 不思議といえば、極め付きの出来事をお話ししましょう。これも私が実際にこの目で見たことです。 あるとき、陸軍の砲兵官の方が、軍の関係者を九人ばかりつれて植芝道場にやってきました。合気道という素晴らしい武道があるから見学しろ、というわけです。 その時いっしょに来た人達というのは鉄砲の検査官でした。検査官というのは、作ったばかりの鉄砲を実際に撃ってみて、銃身が右に曲がってるとか左に曲がってるとかを判断する人達なのです。 射撃の腕前はオリンピック級で、私が見せてもらったときも本当に百発百中なのでびっくりしました。
そういう人達を前にして演舞を行った植芝先生が、その時「ワシには鉄砲は当たらんのや」といってしまったのです。 確かに植芝先生は、蒙古で馬賊と闘ったときに鉄砲の弾をよけたと聞いていましたが、しかしこの時は相手がいけません。検査官の人達はプライドを傷付けられて、すっかり怒ってしまいました。
「本当にあたりませんか」 彼らが先生に詰め寄ります。」 「ああ、当たらん」 「じゃあ、試していいですか」 「けっこうや」 売り言葉に買い言葉です。その場で何月何日に大久保の射撃場で鉄砲の的になる、という誓約書を書かされ、拇印まで押すはめになってしまいました。 しかもその写しを軍の裁判所のようなところへ持っていって、確認までしてもらうという念のいれようです。これで植芝先生は撃たれて死んでも、文句が言えないようになってしまいました。
さてその当日、先方から迎えが来て、大久保の射撃場へと植芝先生を連れていきました。お供は私と湯川さんの二人です。 奥さんが大変心配されて、やめるように懇願したのですが、先生は、「いや、大丈夫。あんなもん当たらんよ」とのんきなものです。
私と湯川さんも顔を寄せ合って、「こりゃ葬式を用意しといた方がいいんじゃないか」などと相談していたくらいです。 射撃場に着くと、もっと大変なことが私たちを待っていました。私はてっきり、一人の人が先生を撃つと思っていたら、なんと六人がかりというのです。 用いた銃はピストルでした。ピストルの有効射程距離が25メートルだそうです。射撃場ではその距離に人間の形をした的が置かれています。 しかし、その時は人形の代わりに、植芝先生が的の位置に立つことになりました。そして、こちらの方で、六人の検査官がピストルを構えました。 25メートルというと相当の距離です。あんなところから先生はいったいどうするというのだろう、と私は息を呑んで見守っていました。 「1,2,3」で、六つの銃口が一斉に火を吹きました。砂ぼこりがもうもうと舞いあがったかと思うと、次の瞬間、六人の内の一人が宙に舞ったのです。 なんということでしょう。先生がいつの間にか六人の後ろに立って、ニコニコ笑っているではありませんか。 狐につままれたような気分とはこのことです。いったい何が起こったのか、私にはまったく理解できませんでした。 私ばかりではありません。その場にいた誰もが、ただ驚くばかりで言葉を失っています。
納得できない様子の六人の検査官が、もう一度やらせてくれと申しでました。先生は、「かまわんよ」と、いたって涼しい顔です。 もう一度、六つの銃口が先生に向かって火を吹きました。と、今度は端っこの人が投げられて宙に舞ったのです。先生はまたもや、何時の間にか後ろに立っていました。 私は茫然となってしまいました。今度こそ何が起こるか見極めてやろうと目をこらしていたのですが、結局、先生の動きが何一つ見えなかったからです。 立っている先生に向かって六つのピストルの引き金が引かれた。そこまでは分かっています。とことが、次の瞬間にはもう、先生は25メートルの距離を移動して、人一人を投げ飛ばしているのです。 これはもう、まぎれもなく神技としか思えません。首を傾けるだけの軍の関係者を後にして、先生は意気揚々と引き揚げたのでした。 黄金の玉が飛んでくる 帰りしな、私は先生に「いったいどうやったんですか」と尋ねました。 それに対する先生の答は、次のようなものでした。
彼らがピストルの引き金を引こうとすると、黄金の玉のような光が飛んでくる。弾はその後から来るから、避けるのは何でもない。 それに、六人同時に撃ってるつもりでも、一度には出てこない。必ずバラバラだから、一番先に来るやつのところに行けばいいのだ、と。
「金の光は、ビューンとすごい音がするんだよ」と先生はおっしゃってました。 音がしたときに走り出すんだそうです。その時はまるで忍者のような、腰をかがめて小走りに走るような格好になるそうです。それで飛び込んでいって、後から弾が来たときにはもう半分くらい中に入っているのです。 先生は、金の光が来てから弾が届くまですごい時間があるというんですが、見ている方にとっては、まさに一瞬にしかすぎません。先生が間合いを詰めるのは、全く見えないわけです。 「ワシはこの世に必要だから、植芝は生かしとかなきゃいかん、と神様の御告げがあった。ワシのミソギはまだ終わってないから、死なんのや、神様からもうこの世に必要ないといわれたときに、ワシは昇天するんじゃ」 先生はそんなふうに納得していたようですが、私たちにはどういうことだか理解できません。こんな話をしても皆さんには信じられないかも知れませんが、こういう不思議なことは実際にあるものなのです。 明るい心 五井昌久講話集4のからの引用ですが…♪
合気道の植芝盛平先生
この間、うちの(※白光真宏会の)人達が合気道の植芝盛平先生の所へ行ってきたんです。合気道の植芝盛平先生といえば有名な人です。その時の植芝先生の話もやっぱり私と同じなんです。
「人間というものは宇宙なんだ(宇宙生命あるのみ)、みんな宇宙なんだ(我即宇宙・全ては宇宙生命の現れ)、何故皆さんは宇宙(無限宇宙)だっていうことが分からないのかなあ・・」というんですね。
「自分は宇宙なんだ(宇宙即我)、光り輝いているものなんだ(光一元)、全知全能なんだ(我生命なり)」というんです。それで植芝先生はちゃんとそれを実証するわけです。
若い人たちが木刀でパッと打ってくると、どうやったかわからないけれど、皆すっ飛んじゃう。いくら力でもって若い者が押さえつけても、大木のようにびくともしない。
五尺ぐらいの人ですよ。それが頭を一寸ふるとみんなすっ飛んでします。
「自分に千人かかって来ても、何人かかって来ても、自分は負けることはない。自分に敵はいない」というんだ。すごいね、それを実際にやるんだから。そういう人がいるということは、実に有り難いと思うんですよ。
大の男もちょっと指で押さえられたら動けない、というんでしょう。みんな見て来たんですね。力を出せば出すほど動けなくなっちゃう。
何故、力を出せば出すほど動けないかというと、向こうはやっつけようと思う力です。こっちは宇宙でしょう。もう肉体にいないんですよ。
いくらぶとうとしても、肉体はそこに見えているけれど、実は居ないんです。業の中にいないんです。神の中に入っちゃってるんです。ぶたれるというのは業の波でしょう。業があるからぶたれるんです。
業がない、神の中に入っちゃっているから、いくらぶったってダメですよ。次元が違うんだから。片方は三次元(自我・個我)で一生懸命ぶってくるのに、片方は無限次元(宇宙我)の所にいるから、手が届かない。
ぶとうと力を入れれば入れるほど、自分の力で飛んでいっちゃう。
植芝先生は私の事を分かっていて、私もそういう人だというんです。私はまだ立廻りをやったことがないから、人をすっ飛ばすかどうか知らないですよ。
けれど、向こうから悪い人が来る、会いたくない人が来れば、そのまま合わない。来るのがわかるから逃げることがいくらでも出来ます。だから宗教的には同じです。武道じゃ知りませんよ、私は武道家じゃないから。
業の世界を超える
やっぱり業の世界をこえてなければダメですよ。それを私は教えているんですよ、植芝先生も教えているんです。
業の世界というのは争いの世界、相対的な世界です。敵があるんです。自分があって人があるんです(分離意識)。自分と人が違うのです。自分と人が別々なんです。別々(自我)ですから敵になるでしょう。
利害関係では敵になる。自分と人とが神さまのみ名において、神さまのいのちにおいて1つ(全一体感・真我)であるとするならば、敵はないでしょう。
この間、斎藤秀雄さんの話を聞いて、とても関心しました。それは、斎藤さんが毎朝お祈りをするんです。そして私の直霊から色んな講義を聞いて起きるんです。
或る朝、ひょっと新聞を見た。そしたら矢野という巡査を殺した人がいました。新聞じゃ悪いことをすると、”さん”を無くし、悪いことをしない時は、”さん”とか何とか付いているんですね。
私は付けておきましょう。巡査を殺した矢野さんの記事が出ていた。その途端、斎藤さんは、ああ矢野さんの守護霊さん申し訳ございません、
矢野さんが悪いことをしてすみいませんって、矢野さんになり替わって、守護霊さんにお詫びしちゃったんです。これは大変なことなのよ。
私は聞いていて涙が出たんです。あーあ、斎藤さんこんなに偉くなったかと思って、私は嬉しかったんです。私のところに来てから偉くなったんですからね(笑) ここにいますからね(笑)。
これは出来ないことなんですよ。ああこの○○がこんなことをして・・・なんて普通思いますよ。
ところが、新聞を見た時、矢野さんの守護霊さん申し訳ありません、と神さまにお詫びする気持ちというのは、自分と矢野さんという人を一つに見たんです。
矢野さんの命と自分の命と全く一つ(全一体感・全ては自分)になったから、ああ申し訳ありません、と言うんですよ。そういう気持ちに、ここにいる人だけでもなれば、世界平和になります。
そういう気持ちにするために世界平和の祈りをやっているんですよ。
(※世界平和の祈りで植芝先生の様な宇宙と一体化した覚者へ♪
![]() )「世界人類が平和でありますように」という祈り言葉は、1955年に白光真宏会の創始者 五井昌久先生によって提唱されました。
世界人類が平和でありますように 日本(にっぽん)が平和でありますように 私達(わたくしたち)の天命が完(まっと)うされますように 守護霊(しゅごれい)様ありがとうございます 守護神(しゅごじん)様ありがとうございます |

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