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天上界がついに明かした《秘密日本史》最終章 もう隠さないモーゼとイエスの国
から引用させていただきました
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創造主の存在を現代人はおぼろげなものとして、忘れているのです。古代人や昔の人は天上界とコミュニケーションを取ってきたのです。
日本では「巫」と書きます。海外では天上界と通信ができる人のことを椅イスラエル人(ビト)といいます。中東のイスラエルとは違います。水晶人間ともシャーマンともいいます。
現在でも本物のシャーマンは高級意識体(全知全能の知恵者)や精霊(高級意識体)と会話が出来るのです。
人間で悟った覚者はテレパシー、以心伝心で、高級意識体と会話が出来るのです。
神は唯一神といいます。創造主のみが万象万物を造り、万象万物の内にエネルギーとして、命として留まっているのです。
全知全能の智恵、不死不滅、久遠(くおん)の存在、無限大の生命エネルギーそのものの存在であることを、アトランティス人や古事記を記述した人々は知っていました。
創造主が原子と電子とそこに働く法則を創ったのです。
神とは原子と電子に働くその法則そのもののことなのですが、宗教と人間の概念が神を捏造してしまったのです。
今の仏教、キリスト教、イスラム教その他の宗教も偽物、偽(いつわ)りしか教えません。釈迦もイエスも宇宙の真理、宇宙の法則を説いたのですが、当時の弟子達が、科学的に理解することが出来なかったのです。
現在残された様々な宗教の教えでは、世界の平和も進化も成し遂げる事は出来ません。
創造主は森羅万象を創造しました。物質の創造は完璧な創造の原理、創造の法則、100%の再現性を持った宇宙の法則を創り上げる事により、この宇宙と自然界は存在し続けているのです。
モーゼは3200年前に活躍した人物です。創造主はモーゼに十戒を授けました。そしてシナイ山の麓(ふもと)に柴に炎として出現して、モーゼにその存在を見せたのです。
モーゼは炎に向かって問います。「あなたは誰ですか?」
答え「私は調和です。バイブレーションでもあります。
モーゼは答えの意味が分からずもう一度問います。「あなたは誰ですか?」答え「私は有りて有る者です」。
イエスの弟子がイエスに問います。「神とは何ですか?」
答え「神とは有りて有る者、全ての全てです」。
有りて有る者とは、再現率100%の創造の法則のことです。これを宇宙科学と言っています。現代科学の最先端は量子力学と言われています。
観察が主流です。目で見てるもの、物質が対象です。しかし原子も電子も目で見ることは出来ません。エネルギーも見えません。電気を見た人間は1人もいません。法則(神)はもっと見ることが出来ないのです。
法則こそが真理で、(宇宙)科学なのです。現代は物理学と化学が全盛です。物質は見えないもの、原子と電子の結合の結果で存在するものです。
結果である物質をいくら分析しても原因がわからないのです。血液分析して肝臓の数値が悪いことが解っても、その原因は解らないのです。
原子と電子に働く※法則を知らないと、科学になっていないのです。
創造主はモーゼに、私は創造の原理です。有りて有る者を創った原因の法則そのものが父であると私ですと伝えたのです。
(※創造主・神=宇宙法則・愛と調和・無限大の愛・宇宙エネルギー)
創造主は初めから存在していました。無限大の光の宇宙エネルギーの存在です。これを宇宙生命とも宇宙意識ともいいます。
1人では寂しいので、自分の分身を創ることにしました「光あれ!」と意識します。
すると原子と電子が無数に生まれたのです。この原子+と電子−がペアで完全バランスすると中心の±のゼロ、中性となります。
この中性の場から2つの光の回転運動が始まります。回転は円ですから無限軌道運動となります。
この回転の速さは一秒間に1兆8600億回転、自然界で一番早い回転数となります。この回転で振動が発生します。
これを波長、波動といい、光の周波数でもあります。自然界で一番速くて、精妙な波動です。
+と−の完全調和により光の回転運動が始まり、これが波動となります。
創造主はこの原理が私であると語ったのです。
この回転運動を無限大∞と呼び、西欧ではメビウスの輪、日本ではアカシビの回転と呼びます。
この現象を「瓢箪(ひょうたん)から駒」と呼んでいます。瓢箪の形で光の2つの回転運動が始まります。
この1兆8600億回転/秒で原子と電子を結合させ、電子の数を増やしていきますから、様々な元素、物質が創造されていくのです。
創造主はモーゼに、無限大の光の回転運動は原子と電子、陽と陰が完全に調和、バランスを取ると始まり、物を創造するから、私は調和、バイブレーションで、有りて有るものですと告げたのです。
モーゼの像は、このアカシビの回転、瓢箪からコマを示す瓢箪を持っているのです。と同時に数々の軌跡を起こしたモーゼの杖を持っているのです。
創造主様からのメッセージ♪からの引用ですが……♫
【知花敏彦】全知全能の世界からのメッセージ 神は全ての創造主
1988年6月2日の知花敏彦さんの講話の記録です。創造主が直接知花敏彦氏の肉体にオーバーシャドウして語りかけるという世界でも稀な貴重な記録です。
神は全ての創造主なのです。
神様は、木をお創りになり、金魚をお創りになり、海をお創りになり、山をお創りになり、そしてその中に、ご自身が宿っていらっしゃるのです。
そして空気の中にも、水の中にも、私達の中にも、動物の中にも、全てを創造して、その全ての中に、私がおる事を知りなさい。全てが私である神ならば、あなた方は、全てを愛さなければならないのではないでしょうか。
今、あなたは、久遠という私の身体の中に、私の中に居るのです。昔から居った所なのです。ただ、あなたが、神とあなたは別々だ、人間と神とは別々だというように、様々な妄信家や狂信家、盲の指導者に、先入観を植え付けられているだけなのです。
それは、真実ではありません。そうであったのならば、神は無限者ではあり得ないのです。全知全能でも、あり得ないのです。全知全能の神である私が、無限者である私が、どうして別々にものを創るのでしょう。
私の中において、内において、全てのものを、私は創造しました。そして、創ったものになる、創ったものを現すには、創ったそのものに、私がならなくてはならないのです。
信仰というものには、浅い信仰と深い信仰がございます。私は深遠なる、深い心の奥底に、留まっているのです。浅い心で、私を受け止める事は出来ません。
だから、心の底から、精神を尽くし、力を尽くし、魂を尽くし、
「自分自身の中に、今、現に現れておられるのは、神だ。現に今、私の中に働いておられるのは、神だ。もうこれ以上の事は、どこにも無い」という、強い信仰を持つ事です。
私を心の底から、底の底から、精神を尽くし、全ての全力を尽くして、私を信じて、受け入れる事です。その時、私は、皆さんと共に居ります。
そこには何があるのか、調和があるのみなのです。愛あるのみなのです。智慧あるのみ、力あるのみなのです。そして、久遠あるのみなのです。破壊も、終わりも、初めも無い、初めからあった素晴らしいものがございます。
あなた方が、この世に存在している目的は、真の自分を探しだす事なのです。自分を掘り下げて、掘り下げて行くと、何に至ると思いますか?
神に到達するのです。自分が神であった事を、知るのです。
それが、神に到達した終着駅なのです。
神の他には何も無かった、全ては神がお創りになった。全ては神の中に存在し、そして創られた物の中には全て、神が留まっておられた。何処を見ても、神しかおられない、今の自分がおる所も、生きている所も即、久遠のホーム(家)である事が解ります。
私と一体なった時、世の光となります。
あなたが常に愛であれば、あなたの周囲の人々全部が、あなたによって利益をもたらされます。良い気持ちになり、救いとなります。
解るでしょうか、愛ある人に、皆、寄ってくるのです。そして皆さん方は、愛でもって人々を幸せにするのです。あなたがその救い主である愛なのです。
その愛は、皆さん一人ひとりの中に、その神なる、創り主である神の本質本源を、持たせております。これが、皆さんが知らなければならない、私なのです。
私は神であり、愛であり、愛は神なのです。
その神が、皆さんの中に留まっている、無限の愛なのです。その愛を通じて、初めて皆さん方は、私の元におる事が出来るのです。
イエスは、言われました。
「むやみやたらに、我が名を呼んではならん。我が御心を行う者が、兄弟姉妹である」と言われたのです。
御心を行う者とは、愛を行う者という意味なのです。愛し合う事、神は愛であると言っているのです。愛は神であり、神は愛である、その神の愛の御心に生きない者が、どうして私という愛の王国に住む事ができるでしょう。
愛の王国に住むには、あなた方が、この地上界で、愛というものにならなくてはなりません。愛を実践していなければならないのです。あなたはどんな障害、妨害を加える者にも、あなたは、許し、愛する事が出来るでしょう。
イエスは、自分に石を投げ、唾をかけ、罵る者さえも、愛されたのです。あるいは、自分の肉体の身を滅ぼす者さえも、愛されたのです。であるが故に、愛の王国に入る事ができたのです。
イエスは、愛そのものに生きられたのです。どんなに唾をかけられようが、貶されようが、罵られようが、石を投げられようが、彼らを許し、彼らを愛されたのです。 お互いに愛し合っている者同士は、どんな悪人でも愛し合います。真の愛とは、あなたにマイナスになる人でも許し、愛する事なのです。お互いを許し合い、愛し合う事なのです。
私の元に来るためには、この世で一人だって好き嫌いがあってはなりません。なぜなら一人でも、私であるからです。私が創った者であり、その中に私が居るからです。
神は全ての創り主、全てを創って、全てのものに、ご自身を宿しております。
あなたが隣人を嫌うなら、私を嫌っているのです。私を嫌う者は、私から嫌われます。私を愛する者は、私から愛されます。全ては私なのですから。
私は、人間だけに居るのではなくて、金魚一匹の中にも、居るのです。
金魚一匹も、私という神が創って、私という神が今、生きているのです。私の愛の現れなのです。智慧の現れです。力の現れです。あなたは何処を見ても、私を見なければならないのです。
外に木がございます。木も、神が創造しました。そして、そこに私が居ります。現に生きております。私が木の中に生きていなければ、木の存在はありません。私は第一原因者である神自身なのです。
無限です。そして偉大なのです。
私は、目に見えないその粒子の中にも、微粒子の中にもおるのです。
私は、至る所におります。であるが故に、無限者なのです。無限なのです。完全なのです。 イエスは、愛そのものでした。誰も憎まず、すべてを許しました。そして愛しました。そのような状態になって初めて、あなたはイエスと共に住む事が出来るのです。
私の教えを守っている者を、喜びます。守って、愛する事です。愛する事です。許す事です。あなたは、お互いを許すべし、愛すべしと、示したではないでしょうか。
仏教であれば、仏陀もその通りであります。仏陀は、慈悲に生きた方です。慈悲心そのものなのです。仏陀の教えは、慈悲なのです。
その慈悲に生きてこそ、仏陀を信じている者なのです。
一番大事なのは、愛の実践です。愛し合う事です。全てを許し合う事です。
許して下さい。許し合えたらあなたは、許されるのです。あなたが許さなければ、あなたも許されません。
まず、自分の罪を許して貰いたかったら、人々の罪を許しなさい。そしたら、自ずから、あなたの罪は許されます。あなたは、人の罪を裁きながら、あなたの罪だけを免れたいと思うのを止めなさい。
あなたが人を裁かず、怒らず、謗らず、嫉妬をしなかったら、あなたは誰からも、怒りも、裁きも受けません。全ての人の罪を、許してあげなさい。
そうすれば、あなたは全てから、許されます。私、神から許されます。 神の心は、愛です。私に生きるという事は、私を信ずるという事は、愛に生きるという事です。
どうか皆さん方の日常生活での、愛の実践のあらん事を、お祈りしながら、今日の「神は、全ての創造主であり、神は、一体を支配する。そして、愛そのものである」という事の、ご説明を終わらせて頂きます。 追求の輪 るいネット 様から引用させて頂きました♪
「言葉が現象化する」と言うと、多くの場合、誤解されている部分があるようです。「こうなりたい。ああなりたいと口に出して言うと、それが実現する」という誤解です。
「言葉が現象化する」というのは、たとえば、神社仏閣に行って、良縁祈願というものをお願いしたとします。
「いい人と出会わせてください。いい人と結婚したいのです。素敵な人と出会わせてください」と100回お願いをしたとします。
そうすると、その言葉をまた言いたくなるように現象化します。
つまり、いい人や素敵な人にはなかなか出会わない、という現象が起きるのです。同じように「商売繁盛をお願いします」と千回行ったとします。
千回それを言ったことによって、また同じ言葉を千回言いたくなるように現象がセットされます。
「言ったとおりの言葉をまた言いたくなるように、言った数と同じ数だけまた言いたくなるように、宇宙では現象化が始まる」というものです。
聖書の中にこんな言葉があります。
「はじめに言葉ありき。言葉は神とともにあり。言葉は神なりき」
「言葉は現象化する」という宇宙の大法則を述べたもののような気がします。それも、その言葉を言ったらその言葉が実現する、というものではないと思います。
「言葉が現象化する」というのは、「その言葉をまた言いたくなるように現象がセットされる」というふうに、私の認識の中ではとらえられました。
これは神社仏閣に行ってお願いごとをする、そういうことを要求するということが、ほとんど意味をなしていないということにもつながっています。
では「言葉が現象化する」、つまり「その言った言葉をまた言いたくなるように現象がセットされる」のであれば、最も効率の良い言葉は何でしょう。
たとえば「うれしい」という言葉を一年間に千回言ったとします。
そうすると、その「うれしい」という言葉をまた千回言いたくなるように、来年は現象がセットされます。
「楽しい」という言葉を二千回言ったとします。
その「楽しい」という言葉をまた二千回言いたくなるように現象がセットされます。
「幸せ」という言葉を年間三千回言ったとします。
その「幸せ」という言葉を年間三千回言いたくなるように現象がセットされます。
一番効率の良い言葉は、「ありがとう」「ありがとうございます」です。
「ありがとう」「ありがとうございます」という言葉を年間一万回言ったとします。
そうすると来年「ありがとう」「ありがとうございます」という言葉を、また一万回言いたくなるような現象がセットされ、次々に降ってくるのです。
「うれしい」「楽しい」「幸せ」、そして「ありがとう」という言葉を、何千回何万回と宇宙に向かって言ったとすると、その言葉を同じ数だけ言いたくなるように宇宙の現象がセットされます。
そして、「うれしい」「楽しい」「幸せ」「ありがとう」と言いたくなるような現象が降ってくる(現象化・具現化する)のですが、それがどんなことであるのかはわかりません。
だから楽しいのです。面白いのです。
そして、ワクワクします。ドキドキします。
このワクワク感、ドキドキ感というのは、何にも代えがたい面白さであり楽しさです。
『運命好転十二条』五月書房
毎日の生活の中で、「うれしい」「楽しい」「幸せ」「ありがとう」 という言葉をたくさん使ったほうがいいですよ、と言うと、「うれしい」ことも、「楽しい」ことも、「幸せ」なことも、「ありがとう 」というようなこともそんなに無いから言えない、と言う人がいる。
そして、愚痴や泣き言や、不平不満や文句や悪口ばかりを言っている。
愚痴や泣き言や不平不満を言っている人は、また来年も、愚痴や泣き言や不平不満を言う人生を歩む。
「言葉が現象化する」
これは、商売も、病気も、トラブル、困難もみな同じだ。
今、病気であっても、 「うれしい」「楽しい」「幸せ」「ありがとう」 という言葉を多用する人はいる。
「うれしい」「楽しい」「幸せ」「ありがとう」 といつも言っている人の周りは、明るくて、あたたかい空気が流れていて、笑顔がたえない。
だから、人が周りに集まる。
反対に、愚痴や泣き言や、不平不満や文句や悪口ばかりを言っている人の周りには、暗くて、冷たい空気が流れていて、不機嫌なオーラがただよっている。だから、人がどんどん離れていく。
人生においては、「言葉が現象化する」の本当の意味を知る必要がある。
永久保存版♬知花敏彦さんの神我に目覚める♫瞑想の極意♪白色同胞団♪神我と自我の詳しい説明♪悟りとは何か♪ から一部抜粋ですが……♪●自我・偽我 =表現者、原因である父なる神を忘れている状態(放蕩息子の状態)神理を知らない状態・自分の力で生きていると思って迷っている状態、肉体の己を自分と思っている我、分離感・分離意識で個別化された表現を別個の存在と認識している我・肉の感化、五感の感化を真実と錯覚している我・迷いの影、幻、幻想(マイヤー)・自己保存、自我我欲の心
●真の自己(真我)=父なる神と常に一体の境地・全一の意識・神我キリスト、全ては自分、全ては我、全ては神、全てを愛する我に目覚めた状態・神我キリストによって生かされている事を自覚して実感している我・私が生きているのではない、なるほど一つの生命である神が生きていらっしゃる、中身は全て神、全ての知恵と力は神から与えられている、神の中身は神、全ての全ては本質的には神、神のみが生きてらっしゃるんだなと悟った我・神一元・愛一元・我神なり、神は生命(霊)なり、我も生命(霊)なりの自覚・宇宙即我、我即大霊の境地、キリスト意識・高我・実在・全てを愛し全てを許す境地・慈悲と愛・あなた即私・私即あなた・宇宙エネルギー即自分・無限即我・我即実在・不変不動の絶対なる実在・普遍なる宇宙・無限者・宇宙神
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