sioの遠吠え

ROSSANAのsioが贈る狼の遠吠え

ゴーグルの中の瞳が微笑った

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 社会人になってからもオートバイは手元にあった。
シングルエンジンのSRX。それなりに手も加え、
峠などでも中型ぐらいには負けない速さを身に付けていた。
良く曲がり、見た目も洗練されていて、これならば長く付き合えるのではないかと思っていたが、
やはり飽き性の僕は2年ぐらいで熱が冷め、歯の治療代の為に売ることに何の躊躇もなかった。

 きっとどんなバイクも僕を満足させてはくれないだろうと諦めていたが、
彼女に思わぬ形で再会をしてからというもの僕の中で何かが変わった。

 僕は小さな営業所の所長代理をしていた。
ある日、42社あるグループ本社が総力を挙げ2000年に向けてのイベントを立ち上げるべく
プロジェクトチームを結成するという通達が流れた。
このチームに入るには面接などの試験を要し、狭き門なのは承知していたが、
僕は今の地位を捨ててでもこのプロジェクトに参加し自分自身を向上させたいと思った。
試験を受け合格し僕はこのチームの一員となった。
役員を除くと選抜された人数はたった4名で、よく受かったものだと自分を誉めていた。
実力主義のこのチームでは取り柄がなければいられない。
僕の武器は美術のセンスと感性で勝負した。
それまでに培った上っ面だけの営業トークや知識はさっさとゴミ箱に捨てた。

 新たなスタートを象徴する形あるものが欲しい自分自身への褒美を手に入れたいと、
子供の頃から憧れていたカワサキ750RS・Z2を探そうと決心した。
 雑誌などの広告に載るZは確かにキレイだし、自社の宣伝なのだから悪い事は載っていない。
間違いなく若い頃なら飛びつくのだろうが、
大人の猜疑心が働き参考程度にしか見ないでおいた。
 子供の頃、通学路にあったバイク屋にも何度か訪れたがZは見当たらなかった。
Z1はまだ高値で、国内販売のみだったZ2は希少になっていたのだ。

 しかしZを手に入れるなら小学4年生の頃にZ2と遭遇したこの老舗でと頑ななまでに思っていた。
メカの方から「近々、入荷するかもしれない」と聞き、
伊勢に住む従兄弟にその都度チェックするよう頼んだ。
 もうZは諦め、今だ新車で残る80年代一番印象に残る、
スズキのGSX1100Sを買ってしまおうかと思っている矢先、従兄弟からの電話が鳴った。

 「ターシくん、Z2あったよ!!」

 家内に相談すれば、家と去年買ったばかりの車のローンが済んでいないのにと反対するだろう。
しかしこれを逃せばこんなチャンスはもう無い。
ありったけのヘソクリの20万と印鑑を持ってバイク屋に急いだ。

 表通りから少し中に入るとこの店はある。前にはスクーターがワンサカ並び、
お世辞にも広いとはいいがたい店構えでただの街のバイク屋だ。
スクーターに紛れ普段見かけない一台の火の玉カラーのZ1が歩道に置かれていた。
聞けばメカニックのものだという。
Zを所有しているメカがいる店ならば、きっと購入後も丁寧に扱ってくれるだろうとほくそえんでいた。

 従兄弟が2階を指差し、そこにZ2はあった。
威風堂々としたスタイルと新車かと見違えるようなタンクとフレーム。
聞けば腰上のO.H.済みでフレームは再塗装済み、
前のオーナーがかなり部品を変えていたのだという。
その場で飛び上がりそうな嬉しさを堪え、
そっけなく「あれ下さい」と店員に伝えた。ローンの手続きを済ませ、
家に帰り家内に事後報告をし、こっぴどく叱られていたが心は有頂天のままだった。

 納車を急がせたある秋の平日、閉店間際に店に訪れた。
狭い店内からZ2が運び出された。アップハンドルを確かめ、驚くほど前にあるステップに足を乗せ、
4つのマフラーが奏でる排気音に酔い、少年の日の僕の夢はこうして長い年月をかけここに叶ったのだ。

 僕はその週末、以前リョウと出会った松阪のビルへと赴いた。ビル自体はまだあるものの、
カフェもなくなり、以前の洗練された面影は既に失われていた。
あのマスターも行方知れずだ。街の風景も変わってしまった。
きっと彼女もここを訪れ落胆したことだろう。無理も無いもう20年近く経っているのだ。
僕は自分と彼女の残像を探していたがもう80年代のあの頃には戻れない。
軽くアクセルを吹かしそこから志摩に向けて走った。
かつて彼女のSRと走った道筋を。
 

 今でもカフェスタイルのSRを見かけると僕は胸が熱くなり彼女ではないかと思ってしまう。
走る仲間は変わったが、あの頃彼女と行った場所に僕は時々訪れる。
いつか偶然少し翳りのある微笑と、ハスキーなそれでいて柔らかい声に会いたいと思うからだ。

 きっと彼女は今でもキレイだろう。僕を見て彼女はどう言うだろう。
お互い年を取ったねなんて会話をするのだろうか。
 昔のようにZ2を見て「私も好きよ」と言ってくれるだろうか。
 未だ手に残るハルシオンのゴーグルを彼女に渡さなければいけない。
たぶん彼女はこれを見て「相変わらずかっこつけのロマンティストね」と笑うだろう。
 そして今度は僕から彼女に別れ際きっとこう言うんだ。

 「いつか何処かの道の上で」と。    

                                       終

 真野中学校のすぐ横に彼女の住むさくらが丘団地がある。
僕は大通りにGPzを停め、歩いて家を捜す。
ある2階建ての家の住所を何度も確認し呼び鈴を鳴らす。
中からは老婆が出てきた。門越しに話を始めた。

 「良子さんはいらっしゃいますか?僕は三重県のバイク友達です」
 少し沈黙の後「あぁターシさんですよね。まぁどうぞお入りになって下さい」

 中に入ると老人の家独特の匂いと装飾が目立つ。
かなり年季の入った黒革のソファに座り、お茶を頂く。

 「いい子だっだんだよ〜」と言う言葉の続きから僕は奈落の底に落とされた。

 老婆つまり亡くなった彼の母親によれば、去年の夏までは確かにここに住んでいたらしいが、
上京している親戚の者達が遺産目当てだと罵り彼女を追い払ったのだそうだ。
暫くは近くのアパートに暮らしていたらしいが、同年10月頃、
町内にある勤務先のO酒造も辞め、彼女がオートバイでフェリーに乗る姿を近所の人が目撃したらしい。

 老婆は彼とその父親を奉った仏壇から、
彼女宛に僕が出した封を開けていない手紙を、何通か持って来て拝むように僕に何度も謝った。
僕はただ黙ってテーブルに置かれた自分が出した10通ほどの手紙を見つめていた。
 老婆の静止も聞かず僕はこの家を後にした。

 彼女を見放したこの老婆も佐渡もとても憎かった。
辺りは既に夕映えを向かえ、真野湾は夕焼け色に赤く染まっていた。
彼女のいないこの島にいても何の意味のない。再び小木港からフェリーに乗った。
オートバイで海を渡るのは僕しかいなかった。

 この時、彼女に会えなかったショックと疲労でGPzは、
ただの旅の道具としか見れなくなってしまった。
 その後も各地を回ったが、手放すまで感情移入することはなかった。
音楽をやっていた時と同じように熱が冷めしらけてしまっていた。
 所詮僕にはオートバイなぞ、つまらない四輪と同じくただの家電と同一なんだと、
甲板の上で佐渡の灯りを見ながら思っていた。
徐にライダースのポケットから読まれなかった手紙を出して破り、
日本海に飛ばした。あっという間に手紙は黒い海と闇に消えた。
 所々高速を使い朝には自分の部屋に着いてそれから泥のように眠った。
丸一日ベットにいて気が付けば次の日の朝になっていた。
 ひょっとして彼女は三重に帰ってきているのじゃないかと思った僕は、
彼女と訪れた場所などを汲まなく捜した。
しかし彼女が以前勤めていたブティックは既に無くなっていたし、
住んでいたアパートの大家に聞いても所在は掴めなかった。


 学生は単位というものを取らないと卒業できない。
この2年間遊び呆けていて殆どの単位を取得していなかった僕は、
 「先輩!一緒に卒業しましょうね。落第なんて許さないから!」と言う、
同じ敷地にある短大に通う高校時代の後輩の女の子の強い勧めで講義に出るようになっていた。
少しづつリョウの記憶は薄れて、僕は後輩のこの子と付き合うようになった。
バイクも二人で乗ったりしたり、
バイク仲間と北海道にも行ったりしたが、以前のようにストイックにバイクを好きにはなれず、
やはり道具としてしか感じられなかった。
それに少し気の強い強引な後輩のこの子と将来の約束をしてしまったので、
少年だった自分を捨て大人に成ろうと必死だった。

 それから僕は普通のサラリーマンになり、
普通の人が望む結婚をし家も建て子供が生まれ、
それなりに気の効いたスポーツカーやマニアックな外車なども手に入れ、
社会人として充実した日々を送っていた。
 子供達も大きくなりごく一般的な家庭人に漏れず、
僕もワゴンタイプの1BOX車を買い、30を超えた僕は良いパパを演じていた。

 ある春の週末、僕はワゴンに家族を乗せて志摩をドライブしていた。
童謡が流れる車内で子供達がはしゃぐ。
トイレの為、立寄ったコンビニに一台の品川ナンバーのSRが停まっていた。
似非カフェレーサーブームも去り、
今やアメリカンブーム真っ盛りの世の中に遅れた奴もいるもんだと車内から呆然と眺めていた。
家族はコンビニの中でお菓子だアイスだとはしゃいでなかなか出てこない。

 しかしなかなかイジったSRだ。ノートンタイプのロングアルミタンクに、
赤いパイプがアイポイントのマンクスタイプのシート。
キャブはFCRにアルミのファンネルが付き、
シリンダーブロックはノーマルよりも一回り大きいビックボア。
 フロントブレーキはブラックに塗られたブレンボのフローティングで
ホイルはエクセルアルミリムだ。前後ともショートフェンダーが付く。

 無論、ハンドルはマグラセパハンでバックステップはペイトンプレイス、
アールズだろうか黒いオイルクーラーは縦付けされていて、スタデンもNHK製らしい黒いものだ。
スイングアームもアルミでサスはオーリンズのプギーバック無しだ。
バッテリーレスになっているようでWMのアルミケースが鎮座する。

 スミスのホワイトメーターにルーカスタイプのヘッドライト。
そこにマンクス風のメーターバイザーが付く。ウインカーはCB72タイプ。
 マフラーはきっとワンオフなんだろうステンレス製の抜けのよさそうなサイレンサー付きだ。
手曲げらしいエキパイはただのファッションライダーではないと主張するが如くかなり変色している。

 車を降りて前や後ろを見て回る。キレイだけれど乗っている感の強いSRということを感じた。
何故か乗り込まれているオートバイには独特の雰囲気があるもんだ。
このSRにはそれがある。

 不意に家内に呼ばれ店内に入る。
すると同時に黒いアライのSZメットを被ったライダーとすれ違った。
その後、あの懐かしい柑橘系のオーデコロンが辺りに漂った。
家内の用事を手早く済ませ、慌てて店外に出る。
長身のライダーはキックを下ろしデカい単気筒独特のエキゾーストを奏でている。
スモークシールドで顔が良く解らないが女性であることは間違いない。
近づいて「リョウ?」と声をかけるとライダーは此方を向き、僕の肩を軽く叩き、

 「ターシ、いつか何処かの道の上でね」

 そう言い残すと親指を立て軽くウイリーをして去っていった。
店から出てきた子供達が服を引っ張っていたが、僕はただ呆然と立ち竦んでいた。
 家内が怪訝そうな顔で「知り合いなの?」と訊ねた。

 「古い僕のバイクの師匠に似てたんだよ」

 言い終えた時、サングラスの中の目は少し潤んでいたかもしれない。
彼女に家族ボケした間抜け顔を見せてしまった自分を呪った。

 彼女がいなくなってからの僕は、
つまらない四輪を手に入れ先輩の奨めで音楽の世界に戻っていた。
しかしオリジナルがやりたい僕と、あくまでもコピーに拘る先輩達と折り合いが悪くなりFXも返上し、
自分でメンバーを探し、社会人の人達と【NERVOUS】というバンドを組み、
名古屋などでライブをしていた。FXのクラッチを握っていた左手は、
フェンダーのテレキャスのネックを握り、苦悩する血を吐くように吠えていた。
ステージを下りれば適当に女を漁り、特定のステディを持つことを拒み続けた。

 バイクも譲ってもらったRG50を足代わりにしている程度で、
ライブがない日は大学の友人達と車で各地を回りナンパした女の数を競い、
普通のつまらない大学生になろうとしていた。
 リョウが恐れていたように時代はバイクにレーサーを求めていった。
街には革ツナギで買い物をするようなバカ共とメーカーの広告宣伝車のようなバイクが溢れ、
鉄よりもアルミ合金のフレームが持て囃され一年ごとに見る見るバイクはその姿を変えていった。
世に言うバイクブームの到来だった。

 そんな時代に流されずカワサキは空冷4発を捨てずレプリカとは縁遠いGPzにて他社を追撃していた。
音楽にも束の間の遊びの女にも飽き飽きしていた20歳になった僕は、
もう一度オートバイの世界に戻りたいと思っていた。

 リョウからはシーズンごと手紙が届いていた。
佐渡での生活や大佐渡スカイラインの様子や、新潟市内でSRのチューニングをしている事など、
相変わらずオートバイとの暮らしを続けている事を伝えてくれていた。
しかし夏に大佐渡スカイラインでのSRとのツーショット写真が同封された手紙を最後に、
秋、冬と手紙が送られてこなくなった。とうとう出会いから2年目の春。
彼女からの手紙が届くことはなかった。

 アルバイトで貯めた金と二度と音楽の世界には戻らぬと心に決めて、
数本あったギターを始末してシルバーのGPzを手に入れた。
大型のフェアリングが付いたバイクに乗ろうと思ったのは、
佐渡までの長い道程と北海道を夢見ていたからだ。
住所を頼りに僕は彼女の元へと旅の準備に取り掛かった。
 量販店で安く仕入れた黒のジェットヘルメットに開閉式のシールドを付けた。
首には彼女のハルシオンのゴーグルをぶら下げて彼女と同じWのライダースを纏い、
足元はレッドウイングのリングブーツをジーンズの中にしまう。
寝袋やキャンピング道具を父親から借りて装備は万全だ。
オートバイの整備を松阪では有名な頑固ジジイのメグロ商会で診てもらい、夜に三重を離れた。

 慣れない土地におもむく時僕は夜旅立つことを好んだ。夜道は空いているし、
三重以外にはコンビニエンスストアもあり、ある意味安心感が多かったからだ。
名古屋から松本まで19号を走り、ここからひたすら148号線を進む。
日本海に出た時には寒さと疲労でくたくたになっていた。
ここから8号線を北上し直江津港に向かった。
佐渡汽船のフェリーに転げるように乗り込み、約三時間船旅となった。

 深夜の走行の疲れもあってか船はかなり揺れたが爆睡していた。
小木港に到着して国道350号線を北上し佐渡市真野町へと向かう。
きっと平日だからと勤務先かもしれないので暫く走ろうと思い大佐渡スカイラインの入口を捜す。
金井町にそれはあり、一部自衛隊が管理する道路を通る。
道はお世辞にもいいとは言いがたい。
コンクリートの路面でデコボコしている頂上には展望台があり、ほっと一息つく。
ここからは島の北へと抜けるコースだ。
さっきのコンクリート道とは打って変わり快適なアスファルトの道だ。
路面はやはり悪いのだが、S字コーナーの連続で気が抜けないが走破感が満喫できる。
90度に曲がるコーナーもあり終点は佐渡金山がある。

 相川町に出る。ここから少し進むと尖閣湾水族館があり、
イカが大量に泳ぐ姿を楽しんだ。尖閣湾から真野湾に下り彼女の住む家へと向かう。
胸は高鳴り、僕は再会に胸をときめかせていた。

 その日から彼女が旅立つ日まで僕は彼女の部屋で過す事になった。
彼女は仕事を辞め、旅立つ日まで彼と走った場所を辿るとのことで、
僕もついていく事を許された。

 国道23号を北上して岐阜県へと抜ける国道258号線を進む。
別名大桑道路と呼ばれるこの道は交通量も多いが、充分な道幅でのんびり走れる。
道から右に逸れて木曽三川公園で休憩をとる。
揖斐川、長良川、木曽川の中洲にある公園には沢山のライダーが集まっている。
ここで彼女手作りのおむすびを頬張り、
もう一度258号線に戻り養老の滝を横目に見ながら関が原に到着し、
伊吹山ドライブウェイを登る。山頂に近づくにつれ寒さが堪えたが、
彼女との残された時間を心に刻みたい忘れまいと必死に彼女の後を追う。
霧の為何も見えない山頂からすぐ引き返し、岐阜方面へと進み岐阜羽島に出る。
ここから長良川と揖斐川の間の堤防を走る。所々ダートコースな為、
冷や冷やしながら僕はFXににしがみ付くが、
同じダンロップTT100なのに、大きな砂煙を上げ猛然と彼女は進んでいく。
砂煙の向こうに木曽三川タワーがぼんやり見えた。
お昼前に立寄ったこの場所に再びオートバイを停めた。

 「まるでメリーゴーランドみたいでしょ?」彼女がいたづらっぽく笑う。
 「悪い。ちょっとくたびれたよ」
 無理もないダートをFXで走るなんて思ってもいなかった。こけなかったのが不思議なぐらいだ。

 「だらしないわね、しっかりなさい」彼女は笑いながら僕のお尻を叩き、
 「ニーグリップがちゃんとできないから恐いのよ。
  大股開きがかっこいいと勘違いしちゃいない?乗れていなくちゃ滑稽なだけよ」
 と、彼女は手厳しい。
 先輩諸兄からオートバイは大股で乗るのがカッコイイと教えられてきた僕には手痛い一言だった。

 彼女は精神論も取り混ぜたオートバイのイロハを僕に教えようと必死だった。

 「いい?オートバイを好きになるってことに楽とか便利ということは含まれないものなの。
  利便性を求めるなら車のほうがいいわ。
  与えられた環境を全て受け止めてこそ一人前のライダーといえるわ。」
 「でも新型の排気量が大きいほうが長距離では優位だし、
  フェアリングの付いているバイクもあるじゃない?あれは利便性といえるんじゃないかな?」
 「そんなオートバイに乗って御覧なさい、家電と同じよ。
  より便利なものを求めて次から次に使い捨てするに決まっているわ。
  不完全なものだから、五体を使って動かさないといけない人間本位の乗物だから、
  オートバイは楽しいものなの」
 「でも雨の日に走るのって億劫だなぁ〜バイクも汚れるし」
 「雨を楽しむことよ。楽しめるように最低の準備が必要よ。
  オートバイだけじゃなく装備にも気を配らなきゃ。
  何もバイク用品に限らず工夫する知恵を身に付けなさい。」
 そんなやりとりを交えて、部屋に帰れば明日訪れるルートを話し合う。

 「高速道路を使えば早くいけるのに」
 「高速は単なる点から点の移動手段に過ぎないわ。景色を楽しめないし、
  季節感も味わえないわね。ターシはすぐ便利な方に逃げているわ。
  よくって、わたしが考えるオートバイの舞台はあくまで一般道よ。
  それと時間を気にしすぎるのも良くないわ。オートバイに必要なガソリンさえあればいいのよ。
  おなかが減ったら食べて、夜が来たら寝るのよ。時間に囚われてしまってはダメなの」

 「ロングツーリングで大切な事って何だろう?」
 「わたしはこう考えるわ。事前の神経質までのオートバイの整備と、
  思いがけないアクシデントに対する装備、体調を整える事としっかりとしたコース取り。
  あとは必ず生還するという強い意志かな?」
 「装備はどんなものが具体的に必要なのかな?」
 「ケーブル類や燈火類やプラグやパンク修理剤は必要ね。
  あとは車載工具と針金やテープ類はあったほうがいいわ」

 「ほかには?」
 「雨具ね。これは防寒用にもなるしね。キャンプするならテントと寝袋も必要ね」
 「今まで一番遠くに行ったところは何処?」
 「彼と北海道に行ったわ。道南から道東、稚内から道央に入って最後は小樽まで足を伸ばしたっけ。
  いい思い出だわ」
 「北海道かぁ僕も必ず行くよ」
 「そうね、きっとロングツーリングの醍醐味を味わえるでしょうね」

 幾日か日は過ぎ、彼女の出発の日の朝を向かえた。
春の麗らかな日差しと爽やかな風が吹いている。僕は約束どおりついて行かない。
未練たらしく子供っぽい姿を彼女には見せたくはない。笑って見送ろうと心に決めていた。
 荷物を積んだ車が消えて空っぽの部屋に残されたものは、
彼女のオーデコロンの香りだけだった。
SRには振り分けバッグとスポーツバッグが括りつけてある。
彼女はいつものスタイルだったが、AGVのヘルメットにはライトグレーのシールドを付けていた。
彼女は僕に住所の書かれた紙とゴーグルを渡した。

 「手紙書くわね」
 「僕も書くよ」
 「じゃ行くわね」
 「気をつけてね。無理しちゃダメだよ」
 「わたしを誰だと思っているの。心配ないわ」

 そう言って笑い、キックを踏み下ろし、朝の街にSRの鼓動が響き渡る。
 彼女に近づき声をかけようにも気の効いた言葉が見つからない。
ただ呆然と立ち竦む僕に、不意に彼女の右手が僕の首を引き寄せる。

 「走っていればまた逢う事ができるわ。いつか何処かの道の上でね」

 スモークシールドで彼女の表情はよく見えない。
手を離しあっけなく右手を上げて大通りを左手に曲がった。
走って追い駆け大通りに出た。二車線の道にはキャブトンマフラーの叩く音しか聞こえない。
彼女の姿は涙で滲みぼんやり霞がかかっていた。

 鵜方まで同じ道を辿り、パールロードに入る。
一つ目の料金所を潜れば右手眼下に海が広がり穏やかな太平洋が横たわる。
高速コーナーが多く、ハンドリングの良さと高回転の伸びも手伝ってFXは元気に走ることが出来る。
ある意味この道はDOHC4気筒の真骨頂を発揮できるスペシャルステージだ。
ハイな気分のまま鳥羽展望台で軽く食事を取る。

 ほぼ円形のレストランの窓からさっき見ていた穏やかな外海を楽しめる。
ここからは殆どが下り道でブラインドコーナーもいくつかあるテクニカルコースだが、
慣れてしまえば走りやすい道だ。

 ブラジル丸が浮かぶ鳥羽の駅前を抜け、二見を抜けて23号線に出る。
松阪に着く頃にはもう夜になっていた。

 松阪では珍しいイタリア料理の専門店で夕食を取ることにした。
魚の形をしたボトルに入るペッシビーノというワインと、
とても一人前とは思えないほどの大皿パスタのアマトリチャーナを一皿注文し、
たっぷりの生クリームに漬かった果実が入るフルーツサラダをデザートにした。
お互いがグラスを持ちワインで乾杯をした。

 「なにに乾杯をしましょうか?」
 「僕の夢が叶った日に」
 「私はあなたが想うほどの女じゃなくてよ」
 「いいえ。何もかもが僕の理想だ」
 「まぁ悪い気はしないわね。いいわ。乾杯」

 ワインも程よく進み酔いも手伝って付合ってほしいと告げると、
それまで明るく笑っていた彼女の顔が少し翳った。

 「このままいいバイク友達でいいじゃない?」

 そういうと彼女は黙り込み、僕はといえばフルーツサラダを黙々と食べ店を出た。
しかしこれでお別れするのはなんとも寂しい。

 「どこかで飲みなおそうよ」
 「だったら私の部屋に行きましょう」
 「はい・・・じゃなくウン!」

 夢のようで地面から浮いている気分になった。
 彼女の部屋は1DKで大きいとはいえないが、生活感があまり感じられない。
びっくりするほど何もない。全体的に淡いブルーで統一され、
目立つのはただベットとソファーと間接照明ぐらいのものだ。
よほど収納がうまいのだろう。こりゃ僕の部屋には連れて行けないなと頭をかいた。

 壁には部屋にマッチしたピカソの青の時代のものと思われるポスターが額に入っている。
ピカソといえばキュービリズム以降のものを連想させ、
普通の人は若き日の苦悩する頃のピカソの絵をあまり知りはしない。
彼女が差し出すバーボンのフォアローゼスをロックで舐めながら、
幼き日、巨匠の展示がある度名古屋、大阪、京都等に足を運び、
ゴッホやゴーギャン、マチスやピカソなどの印象派が好きになったことや、
取り分け幼い頃から青の時代のピカソが好きで、
高校の頃辺りからゴッホのまるで動き出しそうで鬼気迫る橙色が好きになってきたことを彼女に告げた。

 「親御さんはあなに無限の可能性があることを教えたかったのね」
 「何故、絵の話で親が出てくるの?」
 「普通の親は絵が好きってだけではそこまで教えられないものよ。あなたは大切に育てられたのね」
 「いや、父親は僕に厳しかったよ」
 「それは深い愛情の上積みよ。ごめんなさい、マスターから貴方の秘密を聞いていたの」

 そういえば同じ伊勢生まれのマスターには幼い頃からの僕の病状を伝えていたことを思い出した。

 「じゃあのカフェには」
 「行っているわ。3時の休憩はいつもターシと同じ席に座りオートバイを眺めるのが日課なのよ」
 「そこでマスターに?」
 「そう。ターシがわたしを見てオートバイの免許を取りに行く事や、
  あなたが二十歳になることを恐れている事も」
 「別に恐れちゃいないさ。やらなければいけないことを消化できない苛立ちだけさ」

 悔しさ紛れにガラステーブルの上にグラスを強く置いた。

 「聞いて、この部屋は元々わたしの部屋ではないの。今はわたしのものだけど」
 「どういうこと?」
 「ここはわたしの彼の部屋で、あのオートバイも彼のものだったの」
 「だった?」
 「そう彼もターシと同じ病気で去年逝ったわ」
 「じゃ癌?」
 「白血病だったのよ。オートバイの乗り方も彼に教わったわ。
  今日話したことも全て彼からの受け売りよ」
 「何故僕に話してくれたの?」
 「何故かしらね。貴方の中に彼を見たからかな?彼も青の時代のピカソが好きだった。
  人に認められない苦悩の日々の絵が」
 「死んでしまったら無なんだよ。リョウは過去に縛られず新しい自分を見つけたほうがいい」
 「いいえ。わたしは過去を旅する女なのよ。
  近々、ここを引き払って彼の生まれ故郷に住む事を決めたの」
 「場所は何処なの?」
 「日本海の佐渡よ」
 「行ってどうなるんだよ」
 「彼の親御さんの面倒を見るのよ。彼は一人っ子だったから。そして彼の思い出と暮らすの」
 「親御さんは迷惑だと思うし、リョウの親だってそんなことは望んでいないと思うな」
 「でも自分の人生でしょ。やりたいようにするわ。ターシが今もがいている様に」
 「でも、僕はリョウが好きなんだよ」
 「ごめんね。でも今の貴方じゃ誰も幸せにはできないわ。自分のことで精一杯なのが解るもの。
  人に心を許さなければ、上辺だけの関係では生きていけないものよ」
 「でもこうして死を見つめ暮らしてきたんだよ今まで。僕の苦しみは僕しか解らないさ」
 「彼も同じだったわ。打ち明ける事もせず急に倒れたの。悔しかったし、
  どうして今まで話してくれなかったのかって怨みもしたわ」
 「彼は同情されたくなかったんだと思うな。僕も同じだし」
 「違うわ。彼はわたしに心配かけさせたくなかったのよ。
  そう信じているわ。だからターシの気持ちには応えてあげられない」

 そう言いながらも僕の手を彼女は強く握った。
 
 「いつか自分の病気を克服できたと確信して、自分のバイクを手に入れたら逢いに行っていいかい?」
 「ええ、いいわ。待っているわ。その時にはきっと島のおばちゃんになっているだろうけどね」
 「いつか必ず行くよ」
 「じゃこれをあなたに預けておくわ」
 「これは?」
 「そうよ。ハルシオンのゴーグル。これはわたしが買ったものよ。これを預かっておいて」

 彼女のヘルメットにいつもついていたゴーグルは思っていたより重かった。

 「出発はいつなの?」
 「もう殆どの荷物は送ってあるの。後はオートバイとわたしの身体だけってとこね。
  来月の末に旅立つつもりよ」
 「ひとりは寂しいだろうから途中まで見送りがてらついて行くよ」
 「いいえ、わたしはいつも独りじゃないの。
  あのオートバイは彼が仕立てて原型を留めてない彼の分身なの。だからいつもタンデムなのよ」

 僕の手からゴーグルを奪い、顔につけてブーンとおどける彼女の目は笑っていたが、
僕には悲しい微笑に見えた。
 そのまま二人は寄り添い、僕は彼女のベットで朝を迎えた。

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