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社会人になってからもオートバイは手元にあった。
シングルエンジンのSRX。それなりに手も加え、
峠などでも中型ぐらいには負けない速さを身に付けていた。
良く曲がり、見た目も洗練されていて、これならば長く付き合えるのではないかと思っていたが、
やはり飽き性の僕は2年ぐらいで熱が冷め、歯の治療代の為に売ることに何の躊躇もなかった。
きっとどんなバイクも僕を満足させてはくれないだろうと諦めていたが、
彼女に思わぬ形で再会をしてからというもの僕の中で何かが変わった。
僕は小さな営業所の所長代理をしていた。
ある日、42社あるグループ本社が総力を挙げ2000年に向けてのイベントを立ち上げるべく
プロジェクトチームを結成するという通達が流れた。
このチームに入るには面接などの試験を要し、狭き門なのは承知していたが、
僕は今の地位を捨ててでもこのプロジェクトに参加し自分自身を向上させたいと思った。
試験を受け合格し僕はこのチームの一員となった。
役員を除くと選抜された人数はたった4名で、よく受かったものだと自分を誉めていた。
実力主義のこのチームでは取り柄がなければいられない。
僕の武器は美術のセンスと感性で勝負した。
それまでに培った上っ面だけの営業トークや知識はさっさとゴミ箱に捨てた。
新たなスタートを象徴する形あるものが欲しい自分自身への褒美を手に入れたいと、
子供の頃から憧れていたカワサキ750RS・Z2を探そうと決心した。
雑誌などの広告に載るZは確かにキレイだし、自社の宣伝なのだから悪い事は載っていない。
間違いなく若い頃なら飛びつくのだろうが、
大人の猜疑心が働き参考程度にしか見ないでおいた。
子供の頃、通学路にあったバイク屋にも何度か訪れたがZは見当たらなかった。
Z1はまだ高値で、国内販売のみだったZ2は希少になっていたのだ。
しかしZを手に入れるなら小学4年生の頃にZ2と遭遇したこの老舗でと頑ななまでに思っていた。
メカの方から「近々、入荷するかもしれない」と聞き、
伊勢に住む従兄弟にその都度チェックするよう頼んだ。
もうZは諦め、今だ新車で残る80年代一番印象に残る、
スズキのGSX1100Sを買ってしまおうかと思っている矢先、従兄弟からの電話が鳴った。
「ターシくん、Z2あったよ!!」
家内に相談すれば、家と去年買ったばかりの車のローンが済んでいないのにと反対するだろう。
しかしこれを逃せばこんなチャンスはもう無い。
ありったけのヘソクリの20万と印鑑を持ってバイク屋に急いだ。
表通りから少し中に入るとこの店はある。前にはスクーターがワンサカ並び、
お世辞にも広いとはいいがたい店構えでただの街のバイク屋だ。
スクーターに紛れ普段見かけない一台の火の玉カラーのZ1が歩道に置かれていた。
聞けばメカニックのものだという。
Zを所有しているメカがいる店ならば、きっと購入後も丁寧に扱ってくれるだろうとほくそえんでいた。
従兄弟が2階を指差し、そこにZ2はあった。
威風堂々としたスタイルと新車かと見違えるようなタンクとフレーム。
聞けば腰上のO.H.済みでフレームは再塗装済み、
前のオーナーがかなり部品を変えていたのだという。
その場で飛び上がりそうな嬉しさを堪え、
そっけなく「あれ下さい」と店員に伝えた。ローンの手続きを済ませ、
家に帰り家内に事後報告をし、こっぴどく叱られていたが心は有頂天のままだった。
納車を急がせたある秋の平日、閉店間際に店に訪れた。
狭い店内からZ2が運び出された。アップハンドルを確かめ、驚くほど前にあるステップに足を乗せ、
4つのマフラーが奏でる排気音に酔い、少年の日の僕の夢はこうして長い年月をかけここに叶ったのだ。
僕はその週末、以前リョウと出会った松阪のビルへと赴いた。ビル自体はまだあるものの、
カフェもなくなり、以前の洗練された面影は既に失われていた。
あのマスターも行方知れずだ。街の風景も変わってしまった。
きっと彼女もここを訪れ落胆したことだろう。無理も無いもう20年近く経っているのだ。
僕は自分と彼女の残像を探していたがもう80年代のあの頃には戻れない。
軽くアクセルを吹かしそこから志摩に向けて走った。
かつて彼女のSRと走った道筋を。
今でもカフェスタイルのSRを見かけると僕は胸が熱くなり彼女ではないかと思ってしまう。
走る仲間は変わったが、あの頃彼女と行った場所に僕は時々訪れる。
いつか偶然少し翳りのある微笑と、ハスキーなそれでいて柔らかい声に会いたいと思うからだ。
きっと彼女は今でもキレイだろう。僕を見て彼女はどう言うだろう。
お互い年を取ったねなんて会話をするのだろうか。
昔のようにZ2を見て「私も好きよ」と言ってくれるだろうか。
未だ手に残るハルシオンのゴーグルを彼女に渡さなければいけない。
たぶん彼女はこれを見て「相変わらずかっこつけのロマンティストね」と笑うだろう。
そして今度は僕から彼女に別れ際きっとこう言うんだ。
「いつか何処かの道の上で」と。
終
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