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2004年10月24日(日)
休日の一日。
どうしても、妻の行動が気になる。
妄想でなければ、妻はほとんど一日中携帯での連絡を怠ってない。
6時半、目覚ましが鳴った。
今日は長男がサッカーの試合、次男が模擬試験があり、朝から忙しい。
しばらくまどろんでいると、2回目の目覚ましが鳴った。
僕がベッドから身を起こすと、妻が目を開けて「あ、いいよ。私起きるから」と言った。
僕が「いい」と声をかけ、振り返って妻に覆い被さりキスをしようとすると、妻は口を真一文字に結んで顔をしかめた。
舌を入れるような濃密なキスは、妻が酔ったとき以外は望むべくもない。
妻は、僕との性的接触をなんとか避けようとしている。
僕は、台所で朝食作りを始めた。
妻は、起きてこない。
妻が起きたのは、次男が起き出してしばらくしてからだ。
おそらく夫がベッドを離れてからの、彼氏への短いおはようメールの時間。
次男が出かけ、長男が出かけて間もなくして、妻は寝室に下りていく。
8時5分。
妻はひとり、寝室から出てこない。
返信を確認して、また短いメールを打っていたのだろうか?
僕は、洗濯物を曇り空の下に干す。
ひとしきり終わってから、煙草をすう。
次男の布団を干すか、迷う。
雲は厚い。
庭に陽は差していない。
妻に確認しようと思う。
というか、それを口実に妻が寝室で何をしているか確認をしようとする。
もし、妻が携帯を隠すような素振りがあれば、静かに「隠さなくて良いよ」と告げようと思う。
午後2時までは子ども達は帰って来ない。
夫婦でゆっくり、お互いのことを話すには格好の機会かも知れない。
「好きな男がいるんでしょ?」
「隠さなくて良いよ」
「見せろとは言わない」
「そうやって、こそこそ隠している姿をみるのが嫌なんだ」。
そう落ち着いて告げようと、心を決める。
妻は、黙り込むかも知れない。
しらばっくれるかも知れない。
それでも今日は、自分が前から気が付いていたことを告げよう。
どうせ暗証番号の壁を突破できない限り、シークレットモードに守られた秘密のメールは覗くことも出来ないのだ。
妻が、予防的に全部を削除しても仕方ない。
僕が妻の秘密を知っていて、ずっと知らんぷりをしているのだという事実を、妻にわかってもらう必要がある。
僕は、寝室に下りていった。
妻は、ベッドの背に上半身を起こし携帯をいじっている。
僕が入っていっても、慌てた素振りもない。
僕は画面を確認するために、妻の横に身を横たえた。
ケータイの画面は、いつものゲーム画面だ。
肩すかしを食らった形で、僕の決意はみるみる萎えていった。
おそらく、今は相手の返事待ちの時間なのだ。
その間、妻はこうしてゲームをして、レスポンス待ちということだろう。
「布団どうしようかと思って。たいして晴れてないし」
妻は画面から目を離さず、親指を忙しく動かしたまま
「私やるから、いいわよ」と答える。
何も話すことは、無い。
僕はベッドを離れ、ひとりリビングに戻る。
8時27分、妻は帳尻を合わすようにリビングに上がってくる。
次男の部屋の布団のカバーを剥がし、洗濯機をまわす一方で、布団を庭に干す。
定期連絡時間の9時が近づく。
案の定、妻は8時57分、また寝室に下りていく。
それから、9時35分まで上がって来なかった。
僕はリビングのソファで横になり、ぼんやりテレビで新潟の地震の模様を伝える番組をボーと見ていた。
妻は、丁度真下でメールを打っている。
9時35分、妻はリビングに何事もなかったかのように上がってくる。
僕がぼんやり観ているテレビを、一緒に見始めた。
テレビは、新潟の地震の様子を刻々と伝えている。
本来のお笑いバラエティの時間が、被災地のレポートになっている。
「いつもの番組は無し?」
妻は、今まで寝室にひとりでいた事を取り繕うように、僕に尋ねる。
「一応番組の枠内ではあるんだけどね。すぐに報道スタジオに切り替わっちゃった」
僕は暢気に答えた。
テレビはありがたい。
映っている映像の内容を問わず、視ている者の関心を集中させてくれる。
余計なことを、考えなくて良い。
頭が、どんどん馬鹿になっていくのがわかる。
色んな刺激的な映像に鈍感になっていくし、多少の事では驚かなくなる。
もっと刺激的な映像が飛び込んでくるのではないかと、続きを期待していても、実は大したこと無いのが常だが。
テレビはまた、視ている者同士、何も会話を交わさなくても不自然にならない。
没コミュニケーションの夫婦にとっても、時間と場所を共有できる。
この3年半ほど、僕と妻は、子どもがいる時以外は殆ど会話を交わしていない。
それでも寝るとき以外は、大抵同じリビングにいた。
同じ部屋で、同じ映像と音響を聞き、低俗なお笑いにもお互い笑わず、ひたすら時間が漫然と過ぎるのを待っていたのだ。
その緊張に耐え難いので、妻はナンバークイズにはまり、僕はくだらない小説の類を読み続けていた。
妻がケータイをいじり始めて、状況は一変した。
テレビをぼんやり視ている夫のそばで、妻はケータイをいじり、ゲームをしている。
僕がソファでうたた寝に入り、ふと気付くと妻はいない。
あるいは、僕がテレビを視ている間に、ケータイを手にして静かに階下に下りていく。
そして3〜40分戻って来ない。
戻ってくる時には、それとなく僕の顔色を伺っている。
最近は当たり前のように、戻ってきて黙って煙草を吸う事が多いが。
僕は気付かぬ振りをして、妻の演出に合わせて、二言三言テレビの内容を教えたりするのだ。
テレビが無かったら、そんな会話も無いままだったろう。
11時、突然電話が鳴った。
妻が出ると、どうやらNTTドコモかららしい。
昨日、直接郵便受けにダイレクトメールがあったばかりだ。
「何、これ?」と妻は言っていた。
月々の請求書送付を断っている顧客に対してのみ送る、ダイレクトメールのようだった。
受話器を持ちながら妻は「ええ、いえ、特に問題はないですけど」と応対している。
「ああ、ちょっと家の中では電波が入りにくくて困ってますけど」
担当者から、受信状況を問われたのだろう。
他社のケータイに比べて、確かにドコモだけが電波が入りにくい。
息子らのケータイは室内でどこでも入るのに、妻のケータイだけ窓際に行かないと、アンテナが立たず圏外になってしまう。
「そう圏外になっちゃうんです。まあ、自分なりに工夫してますけど」
担当者から、「受信出来なくてお困りになることもあるのでは?」とでも尋ねられたのだろう。
ケータイを持っていても、受信が出来ないのでは意味が無い。
そうか…。
そういうことか。
自宅のマンション室内で電波が入りにくいから、妻は工夫してるのだ。
それがこまめに、人目を避けてひとり寝室に下りる理由か。
リビングに居座っている夫の前で、いちいち窓際に寄ってケータイをいじっていては余りにも目立つ。
いつ、メールが届くかわからない。
返信が遅れると、「レスポンスが無い」と相手が拗ねてしまう。
それで、ほぼ1〜2時間おきに階下に下り、センターに問い合わせ、着信があると返事のメールを打っているのだ。
なんと涙ぐましい努力をしていることか。
いじましい。
そんなにしてまで、連絡を絶やしたくないのか。
妻の甘美な秘密の時間は、計算され尽くした意識的な嘘の上に成り立っているのだ。
しばらくテレビを一緒に眺めていたが、僕の方から昼食に出かけることを提案した。
街道沿いのベーカリーレストラン「サンマルク」から、再三登録会員向けのダイレクトメールが届いていた。
息子らが帰宅するのは、早くても午後2時。
ただ漠然と、夫婦だけで顔を突き合わせているには長かった。
真意はともかく、僕と出かけたいと妻は言ってたし、たまにはふたりだけの外食があっても良かろう。
家の中で何もしないでダラダラと過ごすことは、妻の不穏状態の再燃を来すという経験則も働いていた。
11時50分、車に乗って妻とサンマルクに食事に行った。
車の中でも、レストランでも、たいしたことは話さなかった。
街道が少し渋滞している理由、レストランのメニューのこと、妻の職場関係のこと、皆ごくごく日常のことだ。
この機会に、もっとふたりの関係を話題にすべきであったかも知れない。
僕がケータイを持つことについて話した、先日のような会話。
ここ1〜2年、口論になることを避けるために、お互いが触れないできた話題。
話したいこと、伝えたいこと、告げたいことが、お互いにある筈なのに。
たくさん呑み込んできてしまった言葉が、ある筈なのに。
だが、それは僕だけなのだろうか?
妻はケータイを通して気持ちを伝え合う相手を得たことで、もう僕とはそれほど向き合う必要性は感じてないのだろうか。
正面から生身で向き合わないケータイだからこそ、発することのできる言葉はあるだろう。
「好き」とか「愛してる」とか「愛されたい」とか。
僕たち夫婦の間では、久しく交わされた事のない言葉達…。
メールの言葉は、上滑りしやすい。
生身の関係が無くても、いくらでも体裁の良い言葉が出てくる。
直接相手だけに届く、閉じた関係を形成する。
本当はそれぞれが、自分の生活する世界を逃れられないのに、特殊な秘密の世界を形成する。
発信者と受信者の間にだけ生じる、共犯関係…。
お互いの生活が侵犯されることもなく、お互いの人生に責任を負うこともない。
だからこそ、安心して退行して甘えられ、他者には聞かせられないような言葉も与え合える関係。
ケータイは、新しい人間関係を創った。
そうしたコミュニケーションごっこに、僕の妻もはまってしまっているのだ。
(つづく)
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