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僕は、家を出る準備を始めた。
結婚して、24年。
妻と息子たちとの生活に、ピリオドを打つ。
荷物を整理しなければならなかった。
自分ひとりの生活を、始めるために。
自分が家を出ると言っても、私物は少なかった。
家財道具や電化製品は、僕ひとりものは、ほとんどなかった。
この家で、僕自身の名義もの。
車と自転車、デスク、本棚、本と衣類、それだけだ。
当たり前ではあるけれど、ちょっと唖然とした。
24年間の僕の生活、なんだったんだ?
家にあるものは、みんな家族みんなのもの。
自分ひとりものなんて、ほとんど何もなかった。
テレビや冷蔵庫、洗濯機はいうまでもなく。
ラジカセやプリンター、電動歯ブラシまで、僕ひとりのものではない。
☆
不動産屋でちらしをもらった、宅急便に電話をした。
単身赴任用のシングルパックでも、引っ越しは可能だと思ったので。
家に、見積もり担当者が来た。
家具が少しでもあると、やはり2トン車が必要らしかった。
中小20個の段ボール箱をもらった。
上着等の衣類は、ハンガーに掛けたまま運ぶ箱が4個。
毎日夜、少しずつ、準備をしていった。
段ボールを組み立て、衣類を畳んで入れていった。
段ボール箱は、目立たぬよう、寝室と和室に積んでいった。
息子たちの目に触れて、暗澹たる気持ちにはさせたくなかった。
妻は、日々増えていく段ボール箱を見ていた。
そして、何も言わなかった。
食器や調理道具も、余計にあるものは持っていくことにした。
戴き物や景品でもらった物、少し分けてもらおうと思った。
「これ、持っていっちゃって、いいかな?」
「どうぞ…」
僕は妻に尋ね、妻はすべて「どうぞ…」と答えた。
妻は目線を落とし、口数少なくなっていった。
☆
独身時代のアルバムは、すべて段ボールに片づけた。
問題は、家族で撮りためてきた、膨大な写真とアルバムだった。
子どもが生まれてから、たくさん写真を撮った。
長男と次男を撮った、古いビデオテープも大量にあった。
誰もいない部屋で、ひとり、アルバムを開いた。
妻と子どもらとの笑顔の写真が、たくさんあった。
ほとんど多くは、僕が撮ったものだ。
だから、僕自身が写っているものは少ない。
でも、家族一緒に写っているものも、多かった。
妻とふたり、身を寄せている、笑顔の写真もあった。
24年間の家族の写真。
かけがえのない、家族の一瞬一瞬が、そこにあった。
僕の妻、長男、次男、そして僕。
4人の家族の肖像…。
夫婦の結婚式、子どもの出生、保育園、小学校、中学校…。
家族の旅行、箱根、軽井沢、沖縄、ディズニーランド…。
涙がぽろぽろとこぼれてきた。
熱くこぼれる涙を、どうすることもできなかった。
家族の写真を選ぶことなど、できなかった。
僕は泣きながら、ただただ、アルバムをめくっていた。
結局、ほんの数枚、写真を持っていくことにした。
家を出る夫が、父親が黙って持ち去る、数枚の写真…。
かけがえのない家族の一瞬…。
二度と戻ることのない時間…。
家を出る。
家族を失う。
僕が、一番守りたかったはずのものなのに…。
僕は、何もできなかった…。
【つづく】
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『岸辺のアルバム』
2011/8/23(火) 午後 8:08 [ MEME ]