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僕は示談書案を作成した。
こんなの書いたことは、もちろんない。
何を参考してよいかも、わからなかった。
だから、自分流に作成した。
できるだけ、客観的に書こうと努力した。
なんとなく、様式はこんな感じかな、と真似てみた。
何時間も、かかった。
慰謝料の金額は、ネットで調べた。
自分の感情は、すべて押し込めて、作成した。
一度、案文を夜中に、君に見せた。
君は読んで、ため息をついた。
「慰謝料の金額、結構だわね」
「それが、日本全国の平均額だよ」
「300万円くらいかと思ってた」
「条件により変わるよ」
「そうなの?」
「婚姻期間、所得額、不貞行為の回数、そのほか条件がいくつかある」
「そう…いいんじゃない」
「これで、正式なものを作る」
「私は、どうなるの?」
「どうって?最初から家を出るつもりだったんでしょ?」
「住むところ、探さなきゃダメね?」
「彼とは、暮らさないの?」
「それは、なさそうね」
「そうだろうね。ひとり暮らしだね」
「……」
君は、深いため息をつく。
頭を抱えて、テーブルにうつ伏す。
恋の夢から醒め、現実が君を飲み込んでいく。
君には言わなかったけど、そのあと少し文案を変えた。
君は、気付いたろうか?
ほんの少しね、変えたんだよ。
どうでも、いい点ではあるけれど。
でも、僕たち夫婦にとっては、とても大事な点だ。
サインをする前に、君はまた全部読んだ。
彼にも全部読んでもらって、サインした。
でも、気付かなかったね。
君は、気付かなかった。
最初の案文との、ほんのちょっとの違い。
三人は、サインをし、はんこを押した。
それぞれ、各1通を保管することにした。
あとは、離婚届を出せば、僕たちの夫婦関係は消滅する。
☆
示談書
龍(以下、甲)は、妻・H(以下、乙)とその愛人・M(以下、丙)両者の不貞行為(民法第709条ならびに710条に定める不法行為)に関して、以下の示談書を作成し、乙・丙に対して慰謝料を請求する。
乙・丙は、以下の記載内容を認め、慰謝料の請求に応じることとし、以下の署名・押印する。
本示談書に示した請求内容が、乙・丙によって誠意をもって果たされない時には、甲は乙・丙を相手取り管轄する裁判所に提訴することができる。
本示談書を三通作成し、甲・乙・丙それぞれが内容を了解した証に署名・押印し、各自で保管することとする。
2011年(平成23年)4月10日
甲:氏名(自署) 実印
生年月日
現住所
乙:氏名(自署) 実印
生年月日
現住所
丙:氏名(自署) 実印
生年月日
現住所
1.事実経過
2010年12月末頃より、丙は乙に夫があることを知りながら、親密な好意を抱き個人的接触を求めた。乙もこれに応じ丙に好意を抱き、両者は人目を忍んで密会を重ねるようになった。
2010年12月28日以降、2011年3月16日に至るまで、乙と丙は週に1回から5回、計28回にわたり密会を繰り返している。
この間、2011年1月22日に国分寺のラブホテル「ラフェスタ」において肉体関係を結んで以降、同年3月12日に至るまで新宿、国分寺、狭山湖、所沢インター、箱根ヶ崎周辺等のラブホテルで、計7回の性交渉を繰り返している。
両者の密会の際には、甲の所有する自家用車プリウスを使用して、乙が丙に運転させてラブホテルに入るなどしたことが9回、また、乙と丙が平日の勤務後の夜に示し合わせ、丙の勤務する職場の公用車セレナを使用して密会するなどが8回あり、車中で抱き合いキスすることなどの事実もある。
同様の行為は、国分寺のカラオケ店内においても行われた。
夫・甲は、妻の度重なる休日の単独長時間外出と、深夜23時から未明1時半に至る帰宅に不信を抱き、妻の密会記録を記した手帳を発見したことから興信所に相談・依頼した。
2月10日以降、調査員が乙を追尾することによって、乙・丙の密会と不貞行為の事実が明らかとなった。
これらの真実は、甲に著しい精神的苦痛を及ぼし、不眠と食欲不振、下痢を主症状とする抑鬱状態に陥り、甲の体重は1ヶ月間で5キロ減少した。
3月19日以降、甲は事実関係の告白を乙に求め、当初乙は頑強に事実を否認し続けたものの、裁判で表沙汰になり丙に迷惑が及ぶことを恐れ、3月27日未明に一切の事実を甲に告白した。
同日午後、甲の職場個室を乙・丙が訪れ、三者で面談し、乙・丙はこれまでの事実関係を認めるとともに、丙は口頭で甲に謝罪し、慰謝料請求を含む示談書の取り交わしに合意した。
2.慰謝料
乙・丙の肉体関係を含む不貞行為の事実は、甲に著しい精神的苦痛をもたらし、甲の日常業務に甚大な悪影響を及ぼすとともに、甲・乙の24年間に及ぶ婚姻関係の破綻をもたらし、息子2名を含む家庭の崩壊を招いた。
甲は、乙・丙それぞれに対して、精神的損害賠償として不倫の慰謝料を請求する。
請求の額については、以下の事項を勘案し、本邦における平均的妥当な金額を提示する。
甲が依頼した興信所の調査費用(調査に伴う車両代等の実費を含め1,307,250円也)については、甲が自己負担し、乙・丙に請求しない。
なお、以下の金額提示に乙・丙が合意できない場合には、甲は本件を裁判所に提起し公正な金額を争うこととなる。
(1)甲に対して乙が支払うべき離婚慰謝料
甲・乙の婚姻年数(24年間)と夫婦関係(直近の約半年間、ほぼ家庭内別居状態にあった事実)、有責配偶者である乙の年収(約500万円)、乙と丙の不倫交際の期間(3ヶ月未満)と肉体関係の回数(計7回)を勘案し、次の通りとする。
金4,376,800円
(2)甲に対して丙が支払うべき不倫慰謝料
乙・丙の不倫交際期間(3ヶ月未満)と肉体関係の回数(計7回)、有責配偶者の浮気相手への虚偽事実の有無(乙が既婚者であることを丙は熟知しており、虚偽はない)、請求される側の丙の年収(約500万円)、不倫を原因とする既婚者側の離婚、甲と乙の夫婦関係(直近の約半年間、ほぼ家庭内別居状態にあった事実)などを勘案し、次の通りとする。
金1,493,920円
(3)慰謝料支払いの期限と方法
甲・乙・丙が本示談書内容に合意し、同席して署名・押印を取り交わした後、1週間以内に、乙・丙は上記金額を甲の下記の銀行口座に振り込むこととする。なお、領収証書は特に発行しない。
みずほ銀行 ○○支店(普通)○○○○○○○○ 名義人:龍
3.本示談書を取り交わし、慰謝料の支払いがなされて以降の、甲・乙・丙の三者の関係については、以下の通り定める。
(1)甲と乙は、婚姻関係を解消し、協議離婚手続きを早期に進める。家族・親族への説明等、両者の責任に於いて虚偽なく誠実に行うこととする。
(2)甲と乙の財産分与については、別に協議し、公正に処理を行う。
両者共有名義の不動産、夫婦共有の物品等については、誠実に話し合いを行う。
(3)甲と乙との協議離婚成立に伴い、両者の現住所自宅マンションにおける同居関係は可能な限り早期に解消し、別に居を定め生活することとする。
(4)甲と乙それぞれの、子どもとの関係は一切制限を加えない。
それぞれ親子としての関係は持続し、自由に面会できることとする。
(5)乙と丙の今後の交際について、甲は制限を加えない。
今後、乙と丙が交際を継続し、同居、婚姻等の関係に至っても、甲は関知しない。
(6)甲は乙・丙に対して、今後これ以上の慰謝料等損害賠償請求は一切行わない。
本示談書の取り交わしと慰謝料支払いをもって、三者間に遺恨を残さない。
(7)甲・乙・丙の三者の間で争われる事実があれば、誠実に協議する姿勢を保つ。
三者で解決できない事柄があれば、裁判所への提訴を否定するものではない。
以上
甲:捨印
乙:捨印
丙:捨印
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