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六白金星、今年は最高の運気の年だとか?ほんまかいな?

映画と読書

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2週間ぶりのオフの日曜日。

体はバテバテだけど、映画を観に行った。

『愛を読むひと』が公開されたから…。





原作者シュリンクが、自伝的小説『朗読者』を出したのが1995年。

日本語版が出たのが2000年。

僕の手元にある新潮社版が、発行2ヶ月で、もう第7刷。

世界中で300万部が発行され、静かなベストセラーになっていた。





その頃、僕の仕事は、かつてないくらいに多忙を極めていた。

病院での日常業務に加えて、いくつかの組織を同時にまわしていた。

1200名参加の3日連続の大会を、東京で準備し運営を指揮していた。

ホテルに泊まり込み、帰宅しない日もあった。

妻との関係は、決定的な決裂に向かっていた。

とても、疲れていた。

そんな時期に、本屋で手にとった『朗読者』。

その後、ある女性と僕を結びつけていく『朗読者』。

哀しい想い出のつまった、この映画を、どうしても観ておきたかった。





映画と小説は、違う。

原作は、15歳から、四半世紀の「僕」を通して語られる。

映画では、1995年からの回想という形だけど、原作には無い。

映画では、きっと再生と次世代への希望を、メッセージとして盛り込みたかったのだろう。

映画では、どうしても原作の細かいシーンが省かれてしまう。

原作で記されている「僕」の想いが語られないと、わかりにくいエピソードもある。

でも、ほぼ原作を尊重して、ストーリーはなぞられていた。

アカデミー賞最優秀主演女優賞を射止めた、ケイト・ウィンスレットは良かった。

『タイタニック』の女の子は、ひとりの女として、歴史と向き合っていた。





ストーリーについては、触れない。

できれば、やはり自分で観て欲しいから…。

でも、これは決して甘いラブストーリーではない。

戦争の記憶が影を落とす、過去の原罪と赦しの物語。

傷つきながらも、ひとりの女を愛し続けた、ひとりの男の物語。

原作でも、映画でも語られた、主人公ハンナの言葉…。

「あなたなら、どうしましたか?」

誰も答えられない、哀しい問いかけだ。

誰も答えられないから、悲しい結末が待っている…。





残念だったのは、ヤフー等での観た人のコメント。

確かに、わかりにくいエピソードはあったかも知れないけど。

観る人が、恋愛映画を期待していて、戸惑ったのかも知れないけど。

『愛を読むひと』という邦題が、イメージギャップを産んでしまったのかも知れないけど。

あまりにも幼い、表面的なコメントが多すぎて。

感想は人それぞれでいいけど、もう少しきちんと、映画を受けとめて欲しかった。

ひとが生きていく上で背負う、哀しみに目を向けて欲しかった。





あ、R12指定映画です。

濃厚シーンが連続の前半は、ちょっとドキドキ。

息子さんや娘さんと行ったら、目のやり場に困るかも。

(^_^)

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午前4時のつぶやき

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また、ソファで居眠り。

テレビは砂嵐。

雨の音かと思ってた。

F1モナコグランプリ、終わってたし。





夜更かし、良くない。

どうしても思考、ネガティブになるし。

わかってるんだけどね。

いつか、朝方にできるかな?





昨日で宿題、二つ終えた。

といっても、GW明け締め切りだった奴。

あと、今月末までに三つ。

今週が勝負だな。





教員になって2年目。

だいぶ、先生らしくなってきたかな?

緊張しないで、話せるようになったし。

言葉を、きちんと伝えられるように、少しはなった。





『重力ピエロ』を観た。

どんな家族にも、ストーリーがある。

時を経ても、癒されぬことがある。

でも、その記憶が、家族。





加瀬亮って、いいよね。

冴えない、あの雰囲気、好きだな。

小日向文世も、好きだな。

僕も「死ぬことは、怖くない」って言えるかな?





早く観てみたいのは『愛を読むひと』。

短いCMだけで、目頭が熱くなってしまう。

昔読んだ、原作『朗読者』が蘇ってくる。

あるひとの、記憶とともに。





逢いたいひとがいる。

逢いたいひとと、逢えたらいいね。

それは、とても幸せなこと。

生きる時間は、限られているから。





もう、4時だ。

寝なきゃ。

明日も、仕事だ。

あと4時間後には、出勤だぜ!





おやすみ。

いつも、ありがとう。

ここに来てくれて。

おやすみなさい。

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映画『その日のまえに』は大林宣彦監督の作品だ。

原作者、重松清の作品じゃない。

実に、大林ワールド、炸裂!って感じ。

まったく、これは別の、映像作品。



たぶん、評価はハッキリ分かれるだろうね。



重松清の原作を読んで、期待して観に行った人は、戸惑うだろうし…。

今時あり得ない、実にわざとらしい、合成画像を多用していたり…。

過去と現在と、イメージとリアルが、交錯していたり…。



でも、家に帰ってから、もう一度原作に目を通して見ると、わかる。

実に、これは、原作に忠実に作られた、映像世界なのだと。



市川森一は、原作通りのセリフを、南原清隆や永作博美に語らせている。

宮沢賢治のイメージも、たしかに原作に数行だけ、出て来てる。

大林監督というフィルターを通すと、こんなにも豊かな映像の世界が拡がるんだ…。



じわっ、じわっ、と感情が押し寄せてくる。

僕は、結局、ポケットティッシュ、ひとつ使い切ってしまった。

遺された手紙を開くシーンでは、涙が止まらなくなってしまった…。



そして、繰り返し、頭の中でリフレインされる、かすかなセロの響き…。

原田夏希の唄う、宮沢賢治…。



♪あめゆじゆとてちてけんじゃ

あめゆじゆとてちてけんじゃ〜♪


やさしく、悲しく、そっとしみわたる、『永訣の朝』…。




もし、自分の余命宣告をされたら…。

行ってみたいところは、たくさんあるけど…。

会っておきたいひとは、たくさんいるけど…。



その日が来る前に…。

もう一度、花巻には行っておこうかなと…。

宮沢賢治に、会いに行ってこようかなと…。

くらむぼんを、聴きながら…。

世界が滅ぶ時…

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前の記事の続き、という訳じゃないけど。

もしも、世界が終わりを迎えようとしていたら…。





最近公開されていた『ハプニング』は、そういうテーマの映画。

ある日、ニューヨークでバタバタと人が死んでいく。

自殺という、とても不可解な死に方で。

映画は、冒頭から人が死んでいくシーンの連続。

なんの原因でそうなったかも、まるでわからないまま。

テロかウィルスか、様々な憶測が飛び交いながら、人々は街を離れて逃げる。

でも、どんどん、その輪は拡がっていき、逃げ惑う人々も死んでいく。




荒唐無稽だけど、ここで原因として設定されていることは、全くあり得ないことではない。

動物も植物も、他の種を死滅させて、自分の種を残すことを、生きる目的にしている。

いわゆるパニック映画には違いないし、R12指定だから、ギョッとする場面もある。

でも、不思議なことに、危機迫るBGMもなく、とても静かなパニック映画。

『シックス・センス』の監督だからって、大きなどんでん返しがある訳でもない。

静かに、静かに、人々が次々と自ら命を絶っていき、道は死体だらけ…。

街中の公園、郊外の住宅街、田舎の田園風景…。

緑の風渡る、美しい風景の中を、どこへともなく逃げていく主人公たち。

生きようとして、ただ、生きようと、宛もなく逃げ惑う…。

逃げるのを止めた時、一陣の風が彼らを包む…。





昔読んだネビル・シュートの『渚にて』(創元SF文庫)を思い出した。

(映画にもなっているけど、原作とは随分違う)

核で放射能汚染された霧が、徐々に世界中をおおっていく。

人々は、南へ南へと逃げ惑うが、逃げ場所などない。

静かに押し寄せる霧に包まれ、人々は静かに死んでいく。

静寂があたりを包んでいく。

ラストシーンは、主人公達が辿り着いたオーストラリアの海岸。

波打ち寄せる渚も霧に包まれ、車のクラクションがずっと鳴り響く…。






もうひとつ、松本清張の『神と野獣の日』。

推理小説の清張には珍しい、SF小説。

アメリカ本土から、たまたま誤射された核ミサイルが、まっすぐに東京に向かう。

今のように迎撃ミサイルがある時代設定ではないから、どうしようもない。

日本政府は、数時間後の着弾時刻を国民に知らせ、ヘリで首都圏を離れる。

逃げ惑う人々、渋滞で車は進まない、略奪と強姦が始まり、阿鼻叫喚地獄と化していく。

家の中で家族と抱き合う人々、教会で祈りを捧げる人々…。

正確に、ミサイルは東京に着弾…、ところが不発…。

人々は呆然とし、その後に歓喜し、見ず知らぬ者同士が肩を抱き合う。

でも、その時、東の空に、近づいてくるもう一発のミサイルが…。






『ハプニング』も『渚にて』も『神と野獣の日』も、みんなSF。

でも、今や、どれも、荒唐無稽なあり得ないことではない。

もし、世界が、人類が死滅する時を迎えたら…。




でも、やっぱり、リンゴは植えないよね…?






そもそも、なんで、こんな記事、書いてるの、…僕は?

なんでだろう?

よく、わからん…。

(-_-;)





※ 画像は『ハプニング』の1シーン。
  
  ワールドカップ・アジア最終予選、対バーレン戦を見つめつつ…。

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もし…。

もし、明日、地球が滅ぶとしたら…。

あなたは、どうしますか?



家族と一緒に過ごす?

すべてを捨てて、恋しいひとに逢いに行く?

どこも安全ではないけど、とりあえず逃げる?

仲間と一緒に、呑めや歌えやの大騒ぎをする?

教会や神社で、神様に、ただひたすらに祈る?

何もしないで、いつもと変わらぬ日常生活を送る?



たぶん人によって、答えはさまざま…。

国や文化や宗教によっても、対処の仕方はさまざま。



究極の選択だよね。

死ぬことがわかっていて、最後に残された、生き方の選択。

自分ひとりが死ぬなら、ともかく…。

あらゆる人と、世界がなくなるんだから。

僕だったら、どうするだろう?




もう亡くなって随分になるけど、作家の開高健は、こんな風に綴っている。



「明日、地球が滅ぶとしても、

今日、あなたは、リンゴを植える」



正確には、ちょっと違う言葉だったかも知れない。

でも…、なんという、答えだろう…?



もう、滅んでしまうことが明らかな地球の大地に、木を植えるとは…。

それは、生きる者が最後に遺す、希望のシンボルなんだろうか…?

でも、なんで、リンゴなんだ?

アダムとイブの人類創世に、後を託すということなのか…?

そもそも、なんで「わたし」じゃなくて「あなた」なの…?

読んだ「あなた」に、開高健は何を伝えたかったの…?



謎だらけだけど、とても印象に残ってしまっている言葉です。



「明日、地球が滅ぶとしても、

今日、あなたは、リンゴを植える」




「明日、地球が滅ぶとしても、

今日、あなたは、リンゴを植える」




僕は、おだやかな笑みを浮かべて、リンゴの木を植えられるだろうか…?

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