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僕が昔勤めていた企業は某分野では国内規模で3〜5番目だと自称していた。
3番目だと自称する企業はほかにも2〜3社あり競争は激烈であった。
そんな競争の中では企業方針に逆らう組合員は企業の敵と標的であった。
ある年の年末闘争(ボーナス)の時地元紙に大きく妥結の記事が掲載された。
一般の組合員には未だ妥結方向さえ知らされていない闘争中の出来事である。
当然新聞報道は確定の事実である,いかに御用組合かであるか判る事実だ。
またある時、作業が集中し深夜長時間勤務が必要になった職場があった。
組合に対しそんな勤務は労使協定に違反するから断ると組合員は訴えた。
会社の説得があり組合は判断は個人に任せると組合員を突き放した。
会社側の個別説得の前に、首覚悟で反対できる個人はほとんど存在しない。
個別説得の後組合との話?で反対する人は存在しないと会社に協力した。
この事件は僕に大きな疑問を残し結論として出てきた言葉が次行である。
「個人は組織を無視できない」が「組織は個人を無視できる(する)」なのだ。
僕の組織嫌いが決定的になった事件であった。
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脱サラの理由
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本の帯に書かれた「私も彼らと同じように振る舞った可能性が」を問い直す。
脱サラを決意した理由は様々あるが組織の中では自分を見失うと感じた。
エピソードその1 交通事故目撃
出勤途中交通事故を見かけた、数人が駆け寄り救急や警察の手配が始まった。
たぶん5〜15分もあれば片づくだろうが無視して出勤していた。
15分かかれば遅刻は確実だ、遅刻すれば競争に負けるかもしれない。
そうです僕自身の能力は必死で頑張っても付いて行くのがやっとだった。
エピソードその2 給料査定
会社勤めでバブルの頃には労組もあり賃金交渉で毎年昇給していた。
数千人規模の企業だが賃上げの原資は限られている、
昇給額はあったが同僚との比較では月100円の差でも年間1200円差になる。
ボーナスと合わせれば1500円〜2000円差その額で負けまいと争っている。
勿論高評価を獲得すれば差は1万〜5万円になる可能性も大いにある。
そんな争いが日常の出来事の中で平静を装いながら水面下で続いている。
能力のない僕としては人間性を捨てないと競争についていくことは困難だ。
もちろん企業の中で競争に参加しなくても生活はできる可能性は大いにある。
競わせ利潤追求と発展を目指す企業体質の中で競争に不参加は敗北だ。
負けるのは構わなかったがほかの世界もあるのではないかと退職した。
退職して35年ほど経ち苦労も多かったが選択は間違いではなかった。
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