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			<title>弘法大師(空海）の秘宝を追え(別館）</title>
			<description>弘法大師が残した宝とは何か？それを求めて捜しませんか？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>弘法大師(空海）の秘宝を追え(別館）</title>
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			<description>弘法大師が残した宝とは何か？それを求めて捜しませんか？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki</link>
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		<item>
			<title>女人禁制の話</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;b&gt;仏教と「女人」（こういう書き方をすると&lt;br /&gt;
既に誤解されやすいですが）についてはいろいろ&lt;br /&gt;
誤解されていることが多いのでちょっと書きたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず「女人結界」については、現在残っているのが&lt;br /&gt;
女人結界だけなので、女性が差別されていると感じる方も&lt;br /&gt;
いるのではないかと思います。&lt;br /&gt;
ところが尼寺は男子が入ることが禁じられていましたので、&lt;br /&gt;
基本的には戒律上の問題です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり、異性が修行の妨げになるということです。&lt;br /&gt;
現在でも真言宗では行中は異性とは接しません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もう一つ女性が仏教で差別されているかどうかの問題があります。&lt;br /&gt;
確かに戒は僧が250戒に対し僧尼は348戒と多いですし、&lt;br /&gt;
女性は「五障」がある（梵天、帝釈天、仏などになれない）&lt;br /&gt;
といわれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このことを見ると確かに女性は差別されているように見えます。&lt;br /&gt;
ところが、日本ではあまり考えられていないことがあります。&lt;br /&gt;
それは輪廻の思想です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり、人間は死んでも直ぐに（49日間）何かに生まれ変わる&lt;br /&gt;
という考え方です。&lt;br /&gt;
次に生まれ変わるのは必ずしも人間とは限りませんので、&lt;br /&gt;
仏教の不殺生戒（生き物を殺してはいけない）もこれに&lt;br /&gt;
由来していると言われています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すなわち、男性として生まれてきているのは、前世までの行いに&lt;br /&gt;
よってたまたまそうなっているに過ぎないことになります。&lt;br /&gt;
女性についても他の生き物もそうです。&lt;br /&gt;
恐ろしく長い時間の中で考えた場合、今男か女かということは、&lt;br /&gt;
ほんの一瞬の出来事でしかありません。&lt;br /&gt;
ですから、女性差別とは考えられなかったのではないでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本館はこちら&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki/32296373.html</link>
			<pubDate>Wed, 19 Apr 2006 21:57:34 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>法然教団の行方</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;b&gt;法然上人の弟子の中には不思議な最後を遂げた人がいます。&lt;br /&gt;
法力房蓮生は「口から光を放ち、異臭が漂い音楽が聞こえ&lt;br /&gt;
紫雲がたなびき」といった最後を遂げ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
津戸三郎為守は早く阿弥陀仏が迎えにきてほしいと念仏を&lt;br /&gt;
唱えながら腹を切り内臓を切って捨てたが苦痛はなく&lt;br /&gt;
２ヶ月近く生きながらえた後に息絶えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これが事実とは考えがたいのですが、少なくともその当時は&lt;br /&gt;
これが事実と考えられる要素があった。&lt;br /&gt;
すなわち、法然教団はそのようなことが起きても不思議ではないと&lt;br /&gt;
思われる位の厳しい行をしていたのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、それゆえにか、法然教団が弾圧されます。&lt;br /&gt;
この話について梅原氏の指摘によれば直接の原因とされる&lt;br /&gt;
安楽・住蓮事件については冤罪とのことです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、その根底にあったのは「女犯と肉食」と&lt;br /&gt;
「選択念仏」の問題です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「女犯と肉食」については、法然上人がそれを認めていたわけ&lt;br /&gt;
ではありませんが、法然教団につながる者の中に一部の&lt;br /&gt;
不心得もの（現在ではそういえなくなっていますが）&lt;br /&gt;
がいたようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
法然上人はたとえそのようなものであっても、&lt;br /&gt;
極楽に往生できると考えて黙認していたのでしょう。&lt;br /&gt;
ところが、それが標的になったようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この話について「女犯と肉食」についてはどれ位重い罪か、&lt;br /&gt;
私にははっきり言ってよく分かりません。&lt;br /&gt;
しかし、現在でも大峰山のみ残る「女人結界」&lt;br /&gt;
（かつては日本の霊山のほとんどにありました）と&lt;br /&gt;
関係があることは確かです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki/32115918.html</link>
			<pubDate>Mon, 17 Apr 2006 22:29:26 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>法然上人の実像</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;b&gt;法然上人は不思議な夢を見ています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは極楽の観想の夢です。つまり、法然上人は自らが否定した観仏を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
完成させていたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
研究者の中にこの体験を否定する人がいるそうですが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
否定すべきものではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
法然上人は明らかに観仏にも通達していたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにもかかわらず、法然上人は念仏にこだわったのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、法然上人は上西門院、後白河法皇、九条兼実といった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天皇・貴族に戒を授ける一方で庶民にも説法を行っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「一百四十五箇条問答」「にんにくや肉を食べても７日たったら仏事を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
してもよいか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とか「子供を生んで百日の間は神や仏にお参りするのを&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はばかったほうがよいとおもわれますがどうですか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
などの素朴な疑問に丁寧に答えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは現代の僧侶にとっても多いに参考になるもので、法然上人の&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暖かい人柄がしのばれる僧侶のあるべき姿を示したものともいえます&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki/32006085.html</link>
			<pubDate>Sun, 16 Apr 2006 20:42:55 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>易行の道</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;b&gt;昨日の続きです。何故易行なのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これはまず行というものを理解しなければいけません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところで、私は30過ぎてから、仏門に入りました。別に実家がお寺というわけではありませんので、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何で？とよく理由を聞かれます。でもよく分かりません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あえて言わしてもらえれば、俗には「行きがかり上」仏教的には「仏縁」があったと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
言うことでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり、自分の意思よりも、何か他の力によって引かれていたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何のためにこの話をしたかというと、実は行も同じなのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
行も自分の力で行うというよりも、何か別の力に導かれて行うものなのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ですから、傍から見るよりも大変ではありませんし、楽しく感じることさえあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
法然上人も大変なことをしているという感じは無く、むしろ行を楽しんでいたのではないでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうでなければ、毎日6万回の念仏を続けることは出来ないのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
　&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki/31800926.html</link>
			<pubDate>Fri, 14 Apr 2006 15:07:39 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>法然上人と行</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;b&gt;法然上人は比叡山で師である叡空上人と激しく対立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まずは戒体についての考え方である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戒体というのは戒を授かった時、その授かった人の中に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生まれるもののことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後に浄土教団が破戒を理由にして弾圧されたことを考えると&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かなり重要かとも思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、問題であったのは観仏と念仏のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在では念仏といえば、「南無阿弥陀仏」と唱えることであるが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時はそうではなく「仏を念ずること」でありその中心は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「仏を観想すること」であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この「仏を観想すること」は大変な行である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極楽浄土をありありと思い浮かべなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは極めて難しいので口で南無阿弥陀仏と唱えるように法然上人は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主張したのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところで、法然上人は比叡山を去ったあとどのような行をしていたか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
じつは毎日６万回、死期が近づいたら７万回の念仏というすざましい行を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
していたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いったいどれ位の時間がかかるのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は虚空蔵菩薩の真言を毎日２万回唱える行をしたことがありますが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それですら平均１２時間位かかっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
虚空蔵菩薩の真言のほうが念仏より長いことを割り引いても&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これより短いとは思えません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏教書には法然上人は易行の道を開いたといわれていますが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
普通の人にとっては苦行とは思えても、とても易行とはいえないと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
思われます。ところが、これは易行なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki/31694110.html</link>
			<pubDate>Thu, 13 Apr 2006 13:49:23 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>鎌倉仏教論</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;b&gt;鎌倉仏教を開いた祖師のなかで親鸞聖人（浄土真宗）と&lt;br /&gt;
道元禅師（曹洞宗）の二人は最近流行で&lt;br /&gt;
書店へ行くとたくさん関係書籍があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに比べると法然上人（浄土宗）と栄西禅師（臨済宗）について&lt;br /&gt;
書いたものはあまりありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じ禅と浄土なのに何故でしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もともと鎌倉仏教は個人救済の傾向が強いのですが特に浄土真宗は&lt;br /&gt;
「阿弥陀如来に極楽往生を願う」曹洞宗は「座禅」と純化された思想&lt;br /&gt;
ですので現代人には分かりやすいのかも知れません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに対して法然上人は大原問答（京都の大原で&lt;br /&gt;
比叡山の僧相手に法論を行った）をしたり&lt;br /&gt;
「南無阿弥陀仏」をすすめながら受戒も行いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、栄西禅師は禅・密教・戒律の三宗兼学ということで&lt;br /&gt;
純粋な禅でないところが分かりにくと&lt;br /&gt;
おもわれているような気がします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親鸞聖人と道元禅師のお二人は思想的には純粋なところがあり、&lt;br /&gt;
行動も世間にへつらうことなく&lt;br /&gt;
宗教家としての生涯を全うされています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代ではそのあたりに共感を憶える方が多いのも理解できます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それ以前の宗派は南都六宗に加え真言・天台の二宗です。&lt;br /&gt;
南都六宗は学問宗で今の宗派とは&lt;br /&gt;
異なり学派とも言うべきもので、基本は大乗仏教です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大乗仏教というのも誤解されているようですが、仏教哲学をベースにして&lt;br /&gt;
菩薩行（他者を救う）を行い成仏をめざします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真言・天台もその仏教哲学の上に現世での成仏を目指す教えです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれも総合的に学・行を行う教えでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、登場したのが法然上人です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
法然上人の専修念仏の教えなくしては後の親鸞、道元、日蓮の&lt;br /&gt;
各祖師の教えは生まれなかったかも知れません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki/31574525.html</link>
			<pubDate>Wed, 12 Apr 2006 10:17:05 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>葬儀について2</title>
			<description>お布施はあくまでも気持ちの問題であるから、こちらが適当と思う金額を払えばよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのような意見もあるようですが、そのために嫌がらせをされることもあるようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
せっかくの葬儀が台無しになるようではあまりおすすめできません。ではどうしたらよいのでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
寺門興隆という雑誌の２００５年１０月号によると、葬祭業者の83,2％が葬儀の際の僧侶の手配を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは何を意味しているのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
葬儀の際のお布施が高いともいわれますが、葬祭業者はどのような基準で僧侶を選ぶのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
少なくとも葬祭業者を選ぶのと同じくらい僧侶を選ぶのは重要ですが、僧侶の選び方について&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
検討されているのは見たことがありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
葬儀の際に初めて僧侶と会うのでは、その時に詳しく条件について話し合うこともできません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あらかじめ信頼できる僧侶を決めておけば葬儀の際のトラブルについては回避&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
できるのではないでしょうか。　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki/31500305.html</link>
			<pubDate>Tue, 11 Apr 2006 16:56:56 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>葬儀について1</title>
			<description>一般の人が仏教でイメージするのは、葬式と先祖供養です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僧侶の対して質問されることの大半も仏教の教義よりも葬式と先祖供養に関することのほうが&lt;br /&gt;
多いようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところが、葬儀に関して葬祭業者との間にいろいろとトラブルもあるようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は僧侶との問題について扱いたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
葬儀業者については最近特にいろいろと関心をもたれているようですが、葬儀を取り仕切る&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僧侶についてはあまり関心を持たれていないのが現実です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この問題については従来からの習慣の上にあぐらを書き、積極的に宣伝(布教）に努めてこなかった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僧侶の側に大いに問題があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、葬儀を頼む側が関心を持たないまま葬儀の内容の検討なしに、葬送儀礼を行ってきたことが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
原因でもあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今もって僧侶に対するお布施が高いとか安いというような金額的な認識でしか捕らえられていない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方僧侶の側から見ますと葬儀に対するお布施は高いという意識はないようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方葬儀を頼む側からするとやはり高いと思われているようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この認識の違いはどこから来るのでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki/31313645.html</link>
			<pubDate>Sun, 09 Apr 2006 22:15:44 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>真言宗のお経は？</title>
			<description>先日仏壇の開眼法要（魂入れ）に行きました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その時その家のおばあさんに「あなたどこのお坊さん」と言われたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何故かというと「あなた（私）のお経が真言宗のお経と違う」からだそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戸惑ってしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのおばあさんは仏壇から真言宗の仏前勤行次第を取り出し「真言宗ではこういうお経を読むんです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
といいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が読んだのは理趣経というお経です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真言宗では僧侶は仏事には理趣経を読みますが、信者さんには般若心経や観音経を勧めて理趣経は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
勧めません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何故か分かりませんがそうなっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一つには理趣経を授かるために、僧侶は行（理趣経加行といいます）をしています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ですから簡単には教えないとも考えられますが、それだけとも思えません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局おばあさんには理解してもらえないままその家を後にしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki/31184058.html</link>
			<pubDate>Sat, 08 Apr 2006 14:17:17 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>四国遍路の話4</title>
			<description>最後に一つだけお話したいことがあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2回目の巡拝のとき、17番井戸寺の手前で猫が車に引かれて死んでいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よくある光景ですが、そのとき、感じたのです。その猫は私自身なんだと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は猫とさらにすべてのものとつながっているんだと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「六大無碍にして常に瑜伽なり四種曼荼羅おのおの離れず」を体感した瞬間です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時は真言宗の教義をしりませんでしたが、後で知って驚きました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は急いで猫を道端へ連れて行き穴を掘り始めました、土が固くなかなか掘れません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すると後ろから「あのうー」と声を掛けられました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
振り向くと一人の女性が「どうぞ、使ってください」と小さなスコップを差し出していました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わたしはそのスコップを使わせてもらい猫（自分）を葬りました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのあとも巡拝を続けましたがその時の意識はだんだん薄れていきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
四国巡拝が縁で僧侶になり行もしましたが、残念ながらその時が即身成仏に最も近づいた瞬間でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これからまた、努力していきたいと思っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本館はこちら&lt;br /&gt;
　　　　↓&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://plaza.rakuten.co.jp/totteiwakusyokyo/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://plaza.rakuten.co.jp/totteiwakusyokyo/&lt;/a&gt;　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/siraiyuuki/31100516.html</link>
			<pubDate>Fri, 07 Apr 2006 17:45:05 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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