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11月23日
JRウォーキング「門司港駅」に行きました。
門司港駅〜九州鉄道記念館〜三宣楼〜白野江植物公園(ゴール)=ヤロン白野江製塩工場(バス移動)=門司港駅(バス移動) コース距離6k
今回は博多駅〜門司港4枚切符を買い込み自由席ながら大分行きの特急白いソニックに乗り込みました。
車体のマークはカモメですが、ソニックとカモメ(長崎行き)は同じ車体、装備なのでどちらにも走っているようです。
自由席ですがあわてずともゆっくり座れました。
ソファーはふわふわ。
床はウッド。
車内販売もあり、さすが特急!
すっかりリッチな気分!
駅舎は、1914年(大正3年)1月に建築された木造駅舎でネオ・ルネッサンス様式と呼ばれる左右対称の外観デザインが特徴で駅舎としては全国で初めて国の重要文化財に指定されました。
今日はカメラを忘れました!
携帯の写真です。
携帯にしては噴水の水がよく撮れてる?
ゴールではバナナのプレゼント。
門司はバナナの叩き売り発祥の地です。
もみじが綺麗!
桜????
今日はお天気も悪く、日差しがない。
寒い中に桜の花が・・・・
ここでは毎週土日12時〜16時まで昼市が開かれているそうです。
足湯・バーベキュー・鮮魚販売・工場直産の塩・新海水などが販売されます。
この日はガレージセールとふぐ鍋・お弁当・魚の干物などが販売されてました。
ビールもたくさん氷水につけ込んであったのですが、さすがに寒い!
お弁当も植物園で食べてきたし・・・ふぐ鍋をご主人様と1杯を半分づつ食べるにとどまりました。
バスで門司港駅まで戻りレトロ地区へ。
レトロ地区では若い男女のコスプレ軍団が・・・
お店をブラブラ見てまわり、お腹一杯なので門司港名物焼きカレーを食べる事もなく・・・
小倉で特急白いソニックに乗り換え帰って来たのでした。
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ウォーキング
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11月20日
JRウォーキングで「羽犬塚駅」に行きました。
探し回ってやっと見つけたワールドマーチのウォーキングシューズ。
前回のウォーキングの時に靴の履き方が悪いと指摘され歩きにくいと感じてはいたんですが、きちんと足首で締められるシューズの購入です。
これで足が靴の中で動き回りません。
羽犬塚駅〜熊野神社〜久留米がすり工房巡り〜山しか〜水田天満宮(恋木神社)〜筑後市郷土資料館〜西吉田酒造〜筑後ふるさとブランド館〜羽犬塚駅 コース距離13k
しばらく来ない間にすっかり駅が様変わりしていました。
駅前には駐車場が沢山。駅の真上には鹿児島新幹線のレールが。
しかし新幹線、ここの駅は停車しないんですよね。
新幹線が出来ても在来線は残すとのJR方針でしたが、羽犬塚駅でこんなに多くの駐車場、利用者があるのかな・・・?
って地元の人に怒られるかな・・・?
ここでは羽犬伝説があり羽犬塚の地名の由来にもなっています。
ひとつは、昔この地に羽の生えたどう猛な犬がいたというもの。
「羽犬は旅人を襲ったり家畜を食い殺したりして住民から恐れられていた。天正15年(1587年)4月、天下統一をめざす豊臣秀吉は薩摩(さつま)の島津氏討伐のため九州に遠征、この時羽犬によって行く手を阻まれた。大軍を繰り出しやっとの思いでそれを退治した秀吉は、羽犬の賢さと強さに感心し、この犬のために塚をつくり丁寧に葬った」。
もうひとつは、九州遠征に羽が生えたように跳び回る犬を秀吉が連れて来たというもの。 「その犬は、この地で病気にかかり死んでしまった。大変かわいがっていた秀吉は悲しみに暮れ、それを見かねた家来たちは、その犬のために塚をつくり葬った」。
羽犬のお墓は、筑後市内宗岳寺の境内にあります。 他にも説があるようです。「犬追い物」で犠牲になった多くの犬の為に犬塚を建て、それが地名になったとの説などがあるようです。
ここの街は歩いていると幾つもの熊野神社に出会えました。
それだけ町々で大切に信仰されているって事なのでしょうね。
久富地区では毎年8月14日、 約360年前から伝わる伝統行事で盆引きがあります。
生前の悪行で地獄に落ちた亡者を、綱で引き上げ供養しようというもので、男の子たちが全身にすすを塗り、真っ黒にして、頭に荒縄のツノ、腰にミノをつけて町内を練り歩く行事です。 全身を真っ黒にした小学1年生から6年生までの約50人の子供達が参加して、長さ20メートル、 直径40センチの大綱を持って、観音堂から久富住宅まで往復3キロをワッショイ、ワッショイの掛け声で祭りを 盛り上げます。
ここから久留米がすり工房めぐりとなります。
久留米がすりは久留米藩の井上伝が考案した絣で、ここ筑後市も久留米藩だったんですね。
羽犬塚駅から工房めぐりのワゴン車が無料で巡回していました。
藍染から手織りで手間隙かかっているので仕方ないのでしょうが・・・。
端切れをつないでバックや洋服に仕立てるのも良いかもしれませんが・・・。
リメイク用の古着もありました。
古着だったら手が届きそうでしたが・・・・やっぱり今回も見るだけ〜〜〜。
この白と藍色からどんな模様が出来るのか想像もつきませんね。
こんな所で幕末の志士に出会えるとは思ってもいませんでした。
勤王家真木和泉守保臣が謹慎生活を過ごした家で、昭和43年水田天満宮から現在地に移築復元されたそうです。
真木和泉は文化10年、父21代久留米水天宮神職の家に生まれ幼くして22代神職を継ぎます。
水戸学に傾倒し久留米藩士として藩政改革に関与しますが、藩主有馬頼永の死後神職を解かれ蟄居を命じられ大鳥居信臣の一角に「梔子家」を建てます。それがこの家です。
親類を含めた一切の面会を禁止されたにもかかわらず筑前福岡藩士平野国臣、清河八郎など多くの青年らが慕い師弟教育を行いながら各地の情報を集めました。
文久2年(1862)薩摩藩島津久光の上京を好機と見て脱藩、薩摩を経て京都伏見に入り最初の寺田屋事件に遭遇、久留米へ送還となります。翌年藩命を受け久留米藩親兵を率いて上京、途中立ち寄った長州藩から信頼を得倒幕を進めようとしますが、会津藩と薩摩藩が結託し長州藩を追放した8月18日の政変により失脚、三条実美ら勤皇派公卿7人とともに長州へ退きます。
元治元年(1864)長州兵と共に浪士隊を率い上京、禁門の変(蛤御門の変)に山崎天王山陣地、久坂玄師・寺島忠三郎・宍戸左馬介・佐々木男也らと共に参戦敗退し、天王山で自害しました。享年52歳。
ここが水田天満宮。
ここの一角に「山しか」があったんですね。
紋が太宰府天満宮と同じで、それもそのはず菅原道真を祭神とする神社です。
やはり若いカップルや乙女たちが沢山見られました。
何の模様か判らなかったけど綺麗ですよね。
13kでちょっぴり疲れたけど、秋晴れの田園風景の中楽しく歩けました。
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11月14日
第10回福岡県ねんりんスポーツ・文化祭・ウォーキング交流会に参加してきました。
参加費300円
ウォーキング協会での参加は初めてです。
10時には出発式、準備運動・本日の最高年齢者の表彰式が行われました。
なんと80歳を越されたご婦人も参加!
しかもスタイルが良く、背筋もピンとしていらっしゃる!
クローバープラザ〜春日公園〜春日神社〜大牟田池の遊歩道〜白水大池公園1周〜クローバープラザまでの10kに挑戦です。
携帯で急撮影です。
しかも歩きながら思い切ってズームアップできませんでした。
雰囲気だけでも・・・・銀杏並木がすっかり黄色です。
ここでは毎年婿押し祭りが行われます(別名若水祭)。
前年中に結婚した新郎新婦を祝福する行事で、1月14日夜、45歳以下の氏子で組織された「三期組合」の人たちが中心となって行われています。
行事の流れは、午後7時15分の左義長(さぎちょう)への点火の後に、子どもたちによる樽(たる)の奪い合いが始まります。 続いて、花婿あいさつ、花嫁と花婿の盃など一連の「宿の行事」が行われ、その後花婿を含む氏子たちは裸になって神宮の前でおはらいを受け、神池(みいけ)を舞台に祭りのハイライトである勇壮な「樽せり」に突入します。
もみ合ううちに割られた樽の一片を手にした者は、これを神棚に供え、五穀豊饒(ごこくほうじょう)と開運を祈願します。
樽せりの後は春日川(牛頸(うしくび)川)へお汐井(おしおい)取りに行き、その帰る足でいっせいに拝殿に駆け上がって参拝し、花婿を中心に祝唄を唱和しながら、まるで“おしくらまんじゅう”のように拝殿の中でもみ合います。 その後一団は、左義長周辺へと駆け戻り、最後は神前に供えた「若水」を花婿に注ぎ祝福する。婿押しが終わると左義長の周りに集まり、手打ちをして一連の行事が終了します。
我が家も23年前春日市に越してきてからは、この春日神社を氏神様として毎年お正月には参拝します。
婿押し祭りは1度も見に行った事はありませんが・・・。
携帯からの写真で今一かも・・・・
しかし・・・・
今日のウォーキング、皆さん歩き慣れていらっしゃる・・・
ペースが速い!
ご主人様と二人ふうふう息を切らしながら最後について行きました。
後ろにはスタッフのアンカーが2人付いて来てくださいました。
「いえいえ、良いんですよご自分のペースで」
とは言って下さいましたが・・・・
あの最高齢の方からも随分離されております・・・・
で、思い切って聞いてみました。
「あの・・・いつもこんなに速いんですか・・・?」
「はい、いつもはもっと速いです!」
!!!いつもは10kで2時間のペースだそうです!!!
私のいつものペースは8kで1時間のペース!
なるほど、汗も出るし息も切れるはずだ!
でも、ふうふう言いながら無事完歩しましたよ。
完歩証!万歳!
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11月7日
JRウォーキングで黒崎駅に行きました。
黒崎駅〜桜屋跡〜一里塚跡〜国境石〜まつり起業祭八幡会場〜製鐵所工場見学〜八幡駅
コース距離8kmです。
今日はここから出発です。
黒崎駅は18歳の頃苦い思い出もあります。
そうです。ここの駅で失恋を経験しました。
高校生時代気になっていたひとつ年上の男の子。
彼が大学生で、私が就職したばかり。
わざわざ神埼駅から黒崎駅まで会いに来たのになんと、彼にはすでに同棲中の彼女がいたというショッキングな結末でした。
今でもその男の子とは友達なんですけどね。
でも紅葉にはまだまだですね。
ソニックが疾走します。
ソニックは博多〜大分を結ぶ883系の特急です。
ソニックには「白いソニック」もあります。
グレードはだんぜん白の方が上だと私は思います。
江戸時代、現在の戸畑区中原東から八幡東区高見にいたる地域と、八幡東区田代には多くの境石が建てられており、小倉藩と福岡藩の境界を明らかにしていたそうです。
起業祭、なんと明治34年官営八幡精錬所が作業開始を挙行したことに始まる祭りだそうで110年の歴史があるそうです。
祭りは3日間。
この日が最終日でした。
餃子3店舗分と生ビール!
お店によって味が随分違うものですね!
やっぱり餃子には生ビールが合う!
ここでは柳川のツル味噌と搗きたてお餅をお買い上げ。
前方にはスペースワールド。
20年前に一度来たきりだな〜・・・
工場入り口から長蛇の列でした。
残念ながら工場の中は撮影禁止。
この工場では鉄道のレールを製作していました。
高炉から真っ赤に焼けた鉄の棒が吐き出されます。
それを何度も圧延・冷却し鉄道レールに形作っていきます。
見学コースは厚いガラスで覆われていましたが、真っ赤に焼けた鉄が流れてくると、外からでもその熱気が伝わってきました。
どんぐりですね。
八幡駅に無事ゴールしたのが12時半頃。
博多駅まで戻り、駅で立ち食いラーメンで昼食をすませ帰って来たのでした。
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10月10日
JRウォーキングで佐賀駅に行きました。
長崎街道を歩くシュガーロードと「えびす」めぐりのタイトルでしたが、シュガーロードのイベントはなく、ひたすら「えびす」めぐりの歩きでした。
佐賀駅〜伊勢神社〜与賀神社〜佐賀城本丸御殿〜大隈記念館〜佐賀市歴史民俗館〜佐賀駅
走行距離10kmです。
春日駅〜佐賀駅まで普通運賃で910円。
ところが特急割引4枚切符博多駅〜佐賀駅を買うと1枚900円。
こちらの方が断然お得です。
と、いっても特急に乗る時間は鳥栖駅〜佐賀駅までの10分くらいなのですが。
有明海に生息するむつごろうのデザインですね。
鍋島直正は精錬方という科学技術の研究機関を創設し、鉄鋼、加工技術、大砲、蒸気機関、電信などの研究開発を行い、幕末期における最も近代化された藩の一つとなりました。
しかし一貫して当時の日本における産業革命を推進してきた佐賀藩は、日本有数の軍事力と技術力を誇ったが、中央政局に対しては姿勢を明確にすることなく、大政奉還、王政復古まで静観を続けたそうです。
幕末の動乱に佐賀藩が加わっていたらどんな風に歴史は変わって行ったんでしょうね。
幕府側か薩長側かどちらに加担したかによって違ってくるのでしょうが。
この精錬方には久留米出身の田中儀右衛門(からくり儀右衛門)も招かれ、蒸気船、電信機等の制作に係わっていたんだそうです。
ここには佐賀市で最も古い(約260年前)「えびす様」をご神体として祭ってありました。
今日出会った「えびす」さん。
全部貼り付けようとしたら容量オーバーしてしまいましたので止めました。
とにかく佐賀はえびすさんの数が日本一なのだそうです。
これだけの「えびす」さんに出会えたので、これから先良い事が沢山ありますように・・・。
お義父様宅にあった食器がほとんどですが、その他我が家の品も少々。
ほとんど10円で売りさばきたいと思っています。
近くの皆さん良かったら是非おいで下さい。
朝10時から販売開始です。
来てね〜〜〜〜〜〜!
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