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雁の天その2

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  ?H1>畳み皺その儘に懸け祭り旗

 村の秋祭りがあちこちに見られる。
 我が家の前の道路にも、祭りを知らせる幟旗が立てられた。
 年に1回の出番である。毎年大事におさめられていたのを
 取り出したものらしい。

80年の意義

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2011年は私にとって83歳になる年である。
すなわち、83年前の昭和 3年(戊辰)に生まれたのだ。

 一口に80年といっても、その間の世の移り変わりは大変なもがある。不況があり、戦争があり、神武景気があり、鍋底景気も味わった。
 私生活も、二度にわたり死線をさまよう病気にとりつかれたこともあった。10歳の時の腸チブス、50歳の時の肺結核だ。
 その間、仕事も、趣味もいろいろ経験してきたものだ。
もう新しいことは経験しないだろうと思えるくらい満喫した。
 80年という月日は、世の中さへも大きく変へている。
ことに、科学の発展は新しい世界を創生している。

 私が生まれたとき(昭和3年戊辰の年)に80歳だった人が生まれたのは、坂本竜馬が活躍していたころだ。戊辰といへば、思い当たる人もおおいいだろうが、幕末のあの戊辰戦争だ。それがわずか60年前に興っていたというのだから、その間の世の中の移り変わりの早さは目をみはるばかりだ。
 子供のころを思い出すと、蔵の中にはつい先年まで使っていた石油ランプがまだ使用可能の状態で蔵の中につりさげられていた。電気がついたからだ。その頃の電気は月契約で、10燭光の裸電球が1個がどこの家にも精一杯であった。いわゆる定額契約の電灯だったわけだ。コードの長さに制限があるのだが、1個の電球をひきまわして使っていたものだ。コードをかける釘が家のあちこちの鴨居に打ちつけてあった。
 夕食が終わるまでは台所に、食事がすんだら居間にとコードの届く範囲で牽きまわしたのだ。
 一家の主の居間になっている仏間には専用の電灯があった。
私たちの勉強も当然、これに左右され時間も場所も制約された。この状態は終戦の昭和20年(1945)代ころまで続いた。
 あれからもう60年が経った。
 次の60年はどう変化するのだろう。
 多分、支えあう意味の「人」という文字が「一」に変わっているかもしれない。

?H1>バスを待つ空に動かぬ秋の雲
?H1>あと何段数えつ登る秋遍路



?H1>山を出て籠の栗の実見せ合へり

 一緒に山に栗拾いに出かけたのでしたが、
 山を出るまで、戦果を確かめることもなかったのです。
 山にいる間は籠の中を見る暇もなく一生懸命でしたから。

天の川

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?H1>亡き友の星を探して天の川

 一番の親友が逝って一ケ月になろうとしています。星を見上げては
 友の星はどれだろうかと探しているのです。

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?H2>湯豆腐を取り出す箸を二本挿し

 今日は、尺八の所属する団体の亡年会でした。
 会食に先だって、今年締めくくりの勉強会をいたしましたが、
 講師を仰せつかり、全国コンクール優勝の同僚の演奏にかぶせて
 一時間ばかり一曲の解説をやらされました。
  後の一杯は美味しかったですが、もう、くたくたです。

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