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昔話

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浮き輪

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浮き輪にはいい思い出がない。

初めて買ってもらった浮き輪は101匹ワンちゃんがついた赤い浮き輪だった。
とても気に入っていたが、成長が早かった私はすぐに使えなくなった。

どうしても浮き輪が欲しかったので、道子におねだりして買ってもらったのは、
ミッキーマウスがついた浮き輪。
ロープも付いていてとても丈夫なもの。

裏にもれなく住所と氏名をでかでかと書かれた。
ビニールってさ、マジックが転写しちゃうの!
次の年使おうと思ったら、反対側に裏文字となって転写されてたわよ。

んで、浮き輪の思い出。

中学生の時、川に泳ぎに行ってて、浮き輪にお尻を入れたとたん流され始め、
「助けて〜」と叫びながら下流へ流され、淀みの部分で枯葉やゴミにまみれてくるくる回り、
従兄に救出された・・・・

その次の年の夏。
海に泳ぎに行き、またもや(やらなきゃいいのに)、浮き輪にお尻を入れてプカプカやってた。
そしたら波が来てぐるんと180度回転!

おしりが抜けない!!

水中でも外の笑い声が聞こえている。
必死で、とにかく必死で(鼻から水を飲みながら)、浮き輪をお尻からはずそうともがいてみる。
きっと水面には浮き輪からのぞくかわいらしい桃みたいに見えたに違いない。

やっとの思いでなんとか浮き輪を外し、

プハ〜〜〜〜ッ


と水面に出た瞬間、私の側頭部によその兄ちゃんのサーブボードがゴツンと当たった!
死んだかと思った!

兄ちゃんは「ゴメンゴメン!」と笑いながら行ってたが、だいたいそんなとこで
サーフィンするなよ!

怪我がなかったからよかったけどさ。

誰も助けてくれなかったのよ。
水中で聞いた笑い声、今でも忘れないわ(T_T)


2度も浮き輪で死にかけたって話、おしまい。

うっかり八兵衛

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 ↑ 筍の皮に包まれたおむすびをみると、うっかり八兵衛を連想してしまう。

 私が通っていた中学校は、茶園を所有しており、年に一度、生徒がその茶葉を摘み、
 売ったお金を生徒会費として使っていた。

 その茶摘みの日は給食の代わりにおやつがでる。
 イチゴポッキーと、キャラメルと、みかん、だったような覚えがある。

 当然、弁当は持参しなければならない。
 みんなは使い捨ての容器に入れたお弁当を持ってくるのだが、私は違っていた。

 我が家が貧乏なのは折にふれブログで記事にしてきたので、みなさんには周知のことだろう。
 道子は「使い捨てだから♡」といって、筍の皮に包んだおむすびと筍の皮でつつんだおかずを
 私に持たせたのである。

 今にして思えば、とってもエコだし、粋な感じもするが、当時中学生だった私は、とても恥ずかしかった。
 貧乏を露呈しているようで。
 
 ちょっと隠れて食べようと思っていたら、担任に見つかった。
 
 担任は「わー、味のある弁当やね〜。」と絶賛してくれたが、友人たちからは
 「うっかり八兵隊みたい」と言われてしまった。

 私が一番恐れていたキーワードを言われ、へこんでいるとこに、さらに追い打ちを掛ける事件が。

 箸が入っていなかったのだ。

 私の弁当に興味津津の担任がそれに気づき、「あ、箸は木の枝を使えってことやね!」と
 得意げにそこら辺の小枝を二本持ってきた。

 私はどうしてもその小枝でおかずを食べる気にはなれず、結局手づかみで食べた。

 家に帰って道子から弁当の感想を聞かれたので、「先生が感動しとった。」とだけ伝えた。

 
 筍の皮はばあちゃんが裏山で拾ってきてくれたものだったらしい。

 ばあちゃんが大好きだった私は、「恥ずかしい」と思ったことを後悔した(道子だったらしないのか?)

 大人になってからは好んで使うようになった。

 プラスチックの容器に入れるより、腐敗がしにくいし、なによりエコだし。

 市販されているものもあるが、5枚で500円ぐらいだった(高っ!)

 自分で拾いに行ったことはないので、今度は自分で拾いに行ってみようと思う。
 
 

 

北海道の思い出

看護学生にも修学旅行がある。

准看護師の学校のときは沖縄だった。

台風が来ていて店が閉まっていたり、友人が足を捻挫して外出できなかったりと
あまりいい思い出がない。


正看護師になるための学校のときの修学旅行の話をしよう。

歴代海外に行っていて、私たちの時も、香港、韓国など候補が上がる中、
高年齢層の私を含む仲間が「北海道じゃなきゃ、絶対にイヤ!」と駄々をこね、
積立金プラス2万円の手出しで北海道に決まった。

みんなの楽しみは酒を飲むこと。
ニッカウヰスキー工場の見学があり、みんなは試飲を楽しんだようだ(私は飲めないけど)。

石狩鍋に感動して、乳製品のおいしさを堪能した。

自由行動ではジンギスカンの食べ放題に行った。
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90分という時間はきっと短いと思った私たちは、まるで大食い大会のように無言で食べまくった。

おなかがいっぱいになって、ふと時計を見るとまだ20分しか経過していない。

みんなで、「時間配分間違えた・・・」といいつつもそれから5回はお代りをして食べた。

泊まったホテルが案外ゴージャスで温泉もあって超満足。

何種類も温泉がある浴場にみんなで入った。
誰も入っていない浴槽があったので、一人先に入って満足していると、
友人がやってきて、足を入れたとたん

アチッ!!


と言って、さながら熱湯コマーシャルのような機敏な動きで水をかけに行った。

私はかなりの熱風呂入りで、横に注意書きがあったらしい。
「ここの温度は高めです」みたいな。

別の友人は滑って転んで親指の爪がはがれ、歩いた後に血痕が残って他の人から怪しまれた。

扉の向こう側には家族風呂や、ちょっと泳げるぐらいの深めで広い滑り台付きの温泉もある。

そりゃあもう大はしゃぎで滑ったさ。

もともとタオルで前を隠して入るタイプではない私は、タオルを頭にターバン巻きして、

うっきゃっきゃーっ!!


と大はしゃぎで、大股開きで滑り台を楽しんでした。

他の入浴しているお客さんたちがちょっと引き気味にこちらを見ている。

あら、はしゃぎすぎかしら?

いや、じつはそこ、水着着用の場所だったらしい・・・

だってさ、ほかの浴場とつながってたんだもん、知らなかったんだもん。


のぼせるぐらい温泉を堪能してたのしかったけど。

朝から朝食を食べる場所にすごい種類の漬物が並んでいて、3回おかわりをしたので、
さすがに昼の石狩鍋は食べられなかった。



ちなみに2泊3日中、4回石狩鍋だった。

当時付き合っていた彼氏へのいやげものは当然これにした。
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観光するところがとても多くて、めっちゃ楽しかった。

生きているうちに絶対あと3回は行きたいと思っている。

カルピスはママの味

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私は子供のころから、よく鼻血を出していた。

あまりしょっちゅう出すものだから、道子が心配して耳鼻科に連れて行ったそうだ。

『年齢とともに出なくなりますよ。鼻の中の血管を焼くこともできますが』と言われ
ビビってしまい、『いや、焼きません!』と言って慌てて連れて帰ったらしい。

確かに出る頻度は減ったものの、思い返せば年に一度は出していたと思う。

小学生の時はプールの時間、バタ足の練習中に前を泳いでいた子の足が頭に当たり、
プールの中で流血し、騒ぎになった。

中学生の時は、テニスの試合中に出て、試合を中断した。

高校生のときは、修学旅行中、薬師寺でありがたい説教を聞いているときに。

成人してからは、当時付き合っていた彼氏とお化け屋敷に入ったとき、私の前方を歩いていた
おばけに驚いた彼の手が、力いっぱいグーの状態で鼻に当たった。
お化け屋敷から出たとき、両方の鼻から出血している私を見て、彼は『なんで?』と聞いたっけ。


それから、仕事中、申し送りを聞いてる時に、カルテの上にポタポタと赤いエヘン虫みたいなシミをつけた。

思い出したらきりがない。

鼻血にまつわる話なんて、絶対にいい思い出なんかないのだ。

その中でも一番覚えているのが、保育園の時のこと。

お昼寝から目覚めて、おやつの時間。
その日のおやつは飲み物だった。
アルマイトのコップに、先生が一人づつやかんから生ぬるいコーラス(カルピスではなかったと思う)を
入れてくれる。
寝汗をかいているから、ゴクゴク飲みたいが、ちょっとしかもらえないので、ちびちび飲んでいると、
すすってもすすっても、鼻水が出てくる。
いや、やはり鼻血だったのだ。
先生に自己申告して、ティッシュを詰めてもらう。
コーラスをちびちびのんでいたら、ティッシュににじんだ血がコップの中のコーラスに接触!
ジワーッと乳白色の水面に赤いスジが・・・・

『先生!』

と、大声で叫び、状況を伝えて、新しく鼻のティッシュを詰め替えてもらう。
そして新たにコーラスをもらうことに成功した私は、もう飲み終えた友達に対して
優越感にひたりながら、またちびちび飲んでいた。

もう、お察しの通り、またもや同じ状況になってしまったのだ。

『先生!!!』

と、また大声をあげる。

ティッシュは詰め替えてくれたが、さすがにコーラスは残っていなかったようだ。
ちびちび飲んだせいで、ほとんど味わえず、無残にも捨てられてしまい、とても悲しかった。


家に帰って道子に報告すると、道子は冷たいカルピスを作ってくれた。
あのころの道子はやさしかったなぁ・・・


今日はカルピスを飲みながら、ふと、そんなことを思い出したのだった。

手芸屋のおじさん2

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 かなり焦っている私の横で、手芸屋のおじさんはのんびりとした口調で
 『この近所に駐車場のあったかいな?』と言う。
 私が『この先の地下に降りるとこです』と答えると、

 『はっ?地下に駐車場やらなかばい!あんたどこに停めたとね!?』と
 おじさんの足取りもちょっと小走りになる。

 私が指差しながら『あそこです』と言うとおじさんは
はっ!!!

 と息を飲んで立ち止まった。
 そして小声で
あんた、ありゃ駐車場じゃなか・・・
ペーロンの舟ば入れる倉庫たい・・・

 と言って、ため息をつきながら歩き出した。
 
 そうだ、そう言えば私が停めた車の横にはペーロンの舟が置いてあった!

 おじさんは小走りになりながら
 『おじさんも出しきらんかもしれんばい・・・』と困惑しながらいっしょに地下へ。

 そして私から車の鍵を受け取ると
 『あんたは上で待っとかんね』と言い運転席に乗り込んだ。
 シートを思いっきり前に寄せ、おじさんはエンジンをかける。
 ゆっくりと坂を登り始めた。

 案の定クランクで何度も切り返している。
 おじさんの顔はとても真剣だ。
 きっとお酒は一気に抜けただろう。

 もう少し!もう少し!
 そう思っていると

キュルキュルキュルル〜ン

 という音ともに後ろのタイヤから黒鉛が上がり始めた。

 おじさんはこの危機的状況を乗り越えようと必死の形相。

 次の瞬間
ガリガリガリ、キーーーーーッ

 という車体と壁が接触しているであろう音とともに、車は道路で待つ私の元へ上がってきた。
 私の横に車を停め、運転席から降りてきたおじさんは、まるでヒーローのようだった。

 おじさんは喜ぶ私の横を通り過ぎ、後部座席側の車体を指差した。

『ごめんね、ちょこっと傷つけたばい。』

 そう言いながら、おじさんは自分の手につばをつけ、私の車体に擦り込んだ・・・・

 『いいんです、いいんです。出していただけただけで!本当にありがとうございました』

 私は深深と頭を下げ、ちょっと誇らしげなおじさんの後ろ姿を見送った。
 
 今にして思うと、明らかに他人の家の駐車場(正確には倉庫)なのに、
 なぜそこに私は停めたのだろう?
 
 それゆえ、JAFを呼ぶこともできず、飲酒している手芸屋のおじさん
 頼むことにしたんだと思う。
 
 タイヤは磨り減ったけど、
 車体もかなり傷ついたけど、
 車体におじさんの唾液がついたけど、

 でもでもでも、車を出せて本当によかった。

 本当に。

 おじさん、ありがとう。

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