古城の風景

戦国期の東日本の山城紹介

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田部原館

 田部原館は、南会津郡南会津町田島字田部原にある方形館で、町指定史跡です。田島を通る国121号線は、かっての会津西街道(下野街道)で、会津を訪れる際にたびたび通っていました。田島の鴫山城があることは知ってましたが、この地に館址が数多くなるとは知りませんでした。今回、南会津の只見・南郷・舘岩などを訪れた帰りに寄ってみました。
                                                 訪城日:2019.5.28  晴れ
イメージ 1館址へは、田島の市街より国121号を東進し、県道347号に入り約1.8km先で左折(館址案内表示有)すると、館址説明板が見えてきます。その手前に専用駐車場(2台駐車可)があります。





 田部原館跡は大川の流れに水無川が合流する地点にあり、北側及び西側は直接この両河川に接することで天然の要害となっている。
 東側の空堀は平面上幅11m、高さ2mの土塁が盛られている。南側の空堀は平面上幅10〜11m、土塁は高さ平均2.5mで北側へ曲がる箇所で一段と高く、物見台状となり南東隅では矢倉台ともみられている。イメージ 2
 この南東隅の矢倉台状から15m北寄り(東側土塁)は「く」の字に屈曲が見られる。横矢掛かりといわれる弓矢の攻撃をしやすくするためのものので、矢倉台との位置関係からみて、この方向での防御の重視が窺え、曲輪内へは南側から唯一の虎口が開かれている。
 館の構築については記録が残されていないが、田島の入り口に位置すること、方形館跡で単郭プランであること、大川・水無川に現れる河岸段丘上に位置することなどの特徴から、鎌倉期から室町期初頭頃の構築で、鴫山城創築以前もしくはその前後に築かれ、戦国期に及んで利用されたと推定される。創築期は水利と高知支配的要素が強く、戦国期では境目番所的な存在として用いられ続けたと考えられ。
 今日残存する遺構は保存状態も良好で、県内でも屈指の方形館跡である。
           昭和60年6月10日指定南会津町教育委員会
                      現地案内板よりイメージ 3

駐車場が、館址入口になります。


イメージ 4







駐車場から左手に少し進むと南側の虎口が見えてきます。イメージ 5

虎口に土橋がかかり、いくつかの石が見られ石積みだったようです。(上の写真に見えます。)イメージ 6






↓土橋の左右に           イメージ 7
  見える南空堀










北西端辺りからの郭内部。東西65m、南北75〜85m程の広さがあるようです。イメージ 8










イメージ 9虎口のある南側の土塁で、高2m程です。イメージ 10







郭内の中央部から西側にかけて、直線状の窪みが見られます。『中世城郭事典』では、「自然地形か、区画の堀(町は通路)であろう。」と。イメージ 11






北西端辺りからの郭内部。写真左が東土塁です。














イメージ 12上幅11mの東側の空堀です。説明板の「く」の字の屈曲があるとのことで、そのあたりを南側撮ったものですが、木があるためか確認できません。ですが、説明板のいうほどの効果のある折りとは思えません。イメージ 13







南東隅が幅広になり櫓台状といえるようです。



 平地における方形館址は、開発等で残存する遺跡があまりないのが現実です。当館は、遺構が良好に残り、この遺構が明確に見れるとても珍しい館址といえます。説明板も、まことに当を得た解説でとても参考になりました。近くの鴫山城などを訪れたついでに、ぜひ訪れていただきたい史跡だと思います。

参考文献

『中世城郭事典 Ⅰ』 村田修三編

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