古城の風景

戦国期の東日本の山城紹介

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宮本館

 宮本館は、南会津郡南会津町田島にある館址です。会津若松に訪れる際に、この田島辺りはよく通っていました。鴫山城へは麓しかまだ行っていませんで、一度は訪城したいと思っています。今回は、田島の居館跡である田部原館とこの宮本館を南郷経由で訪れてきました。                 訪城日:2019.5.28  晴れ
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 館址へは、田島市街の国121号よりまちの駅南会津ふるさと物産館を目指せば行けます。物産館の西側の田出宇賀神社が館址になります。駐車場は、神社にもあり、物産館の駐車場も利用できます。




イメージ 2 当館についての史料は、ほとんど伝わっていないため、館の創築年代、存続年代、築城者、また廃城の経緯など、確かなことはわかりません。ただ、戦国期には、鴫山城の出城として機能していたようで、長沼氏の四天王家の一つの室井氏が館主だったようです。天正18年の蒲生氏の会津入封を受け、長沼氏は伊達氏の家臣として米沢に去りますが、室井氏は田出宇賀神社の神官として当地に残ったようです。イメージ 3




田出宇賀神社です。熊野神社もあります。田出宇賀神社は、南山八郷の総鎮守で、国指定重要無形民俗文化財の田島祇園祭りが行われています。かなり由緒ある神社のようです。イメージ 4







神社本殿です。見た所では、単郭の館と思われますが、古絵図では三つの郭が描かれてるようです。それに元ずくと、神社本殿のこの辺りが主郭だったのかもしれません。奥の木々の辺りが西の郭となります。イメージ 5
神社本殿背後にある土塁です。どうも主郭は土塁が全周していたと思われます。

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本殿のある所から西に進みますと、いけに架かる橋があり、西の郭の入ります。イメージ 7

西の郭は現在庭園になっています。西側と南側に高3m程の土塁がしっかり残っています。イメージ 8








南側の土塁上からの西の郭です。
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西側土塁の中央部にある虎口です。縄張図では、食違い虎口のようですが、藪っているため確認できません。イメージ 10







外側からの虎口です。確認できていませんが、往時は土橋だったようです。イメージ 11


西堀です。イメージ 12









南堀です。


当館はね東側は神社で遺構はほぼありませんが、にしがわの土塁や堀は一見の価値があります。鴫山城・田部原館などとともに訪れていただきたい館址です。

参考文献
『東国の中世城郭』 中世城郭研究会

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