古城の風景

戦国期の東日本の山城紹介

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鎌田城―その弐ー

イメージ 10 登城口で、ダム駐車場(トイレ完備)から2〜3分の所にあります。
 登城口から比高120mほどの尾根上に出ます。ここまでは、緩い坂道といった感じで、登りに弱い身にとってはありがたいです。あと比高80mで主郭です。
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 尾根途中の堀切で、ここからが城域になりますかな。埋まっていましてどの程度の規模かちっと分かりません。
 
 
 上の写真の堀切から100mほど行きますと、当城最大の見どころである北西尾根の虎口部です。
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縄張図は、登城口にある説明板にあったものです。写真等で説明する際の郭の番号は、この縄張り図にあるものです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 北西尾根の虎口で、非常に巧妙で防御力に優れた虎口です。3本の堀切の間に枡形状の小郭を設けています。城道が、郭20では土橋を東側に設け、郭19へは西側からクランクして入るようしています。さらに郭20の土橋の正面に郭19が位置しており、上からの攻撃を意図しています。郭4下の堀切は、横堀と言ってもいい感じで、郭19を出る土橋の右手に土塁をもうけていますので、この堀切が武者隠なのかもしれません。
 この二つの小郭を馬出とする見方もあるようです。(『中世城郭事典2』)ですが、郭20に横矢をかける意図からすると、郭19は櫓台とし、郭20を馬出と見た方がいいのではないかと思います。
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 郭20に入る土橋から撮ったものです。土橋正面に郭19が見えます。土橋を渡る敵兵は、郭20と郭19からの攻撃を受けることになります。
 
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 郭20から郭19への土橋と郭19です。奥に郭4が見えます。郭20と郭19との高低差が分かるります。郭19へは、クランクの坂虎口といった感じです。この虎口部の全体を写真に撮れないのがとても残念です。
イメージ 4 郭19上の堀切(横堀)で、左手が郭4で、右手に土塁か設けられています。奥で右に折れて竪堀として下ります。かなり浅めの堀といった感じなので、武者隠でも使える感じです。イメージ 5
 
 
 
 
 
 
 
 郭19上の堀切を郭4の角から撮ったもので、少し土橋が分かりにくいですが、堀の様子が分かるかとは思います。
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 郭4の北側の虎口です。北西尾根から複雑な虎口を過ぎて主要部に入る虎口で、郭4を取り巻く土塁の一角を窪ませての平虎口のようです。
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 郭4で、南北に長い郭で北と東に土塁があります。北側の土塁は発掘調査で幅7mだったようです。
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主郭西側の堀切です。北西尾根からの城道が、郭4を通り、主郭西側の堀切(郭4より高い)に登り、この堀切を堀底道として、主郭南の虎口に繋がっていったと考えられます。
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主郭南の虎口です。郭4からの城道ですが、主郭背後の堀切が郭4よりかなり高い位置にあるのが気になります。この城道が、大手筋でいいのかな?
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 主郭で、主郭と郭3の間にある神社建設で破壊されているためか、いまいちよくわかりませんね。南中央に平虎口(上の写真)があり、周囲は土塁で囲まれていたと推定できようです。
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 郭3からの神社で、手前にあるのが土塁と堀(窪み)です。
 
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 郭7辺りから見た松川湖です。伊東から冷川峠への道がこの下を通っていたら、格好の監視地点だったのではないかと思えます。
 
 
 
 
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 南東尾根の虎口部です。郭の残存状況がいまいち分かりにくいのですが、赤線のようにして主要部に入ったのではないかと推定されます。二重横堀は、大規模で郭10下(二重横堀の上の段)の堀の上巾は12mもあります。
 
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 南東尾根にある二重横堀に架かる土橋と虎口です。ここは、地形に合わせた大規模な横堀を二重に設け、北側の斜面に横移動を遮断する竪堀を幾重にも設けている規模の大きい防御施設が設けられています。
 二重横堀の下段に架かる土橋は、かなりの斜面になっているのが分かるかと思います。虎口を入りますと、右にに折れて一段高い小郭に繋がるようで、虎口を守る櫓台的な感じで、ここに登って城内に入ったのではないかと邪推しました。
 
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 北東尾根を遮断する堀切です。以前に訪城した時には見ていない遺構です。上巾12mで堀切上の郭5からの高低差は10mほどはありました。
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堀切先の東斜面(郭16)ですが、なだらかな自然地形でしたが、駐屯地としては利用可能の地と思われのす。
 
 主郭に隣接する郭2や3は、神社建設などで遺構の確認が定かではありませんが、北西尾根や南東尾輪の虎口部の遺構は目を見張るものがあります。両尾根の地形に合わせた防御手段を巧みに構築している姿は、驚嘆します。で、どちらの尾根が大手かということです。冷川峠に向かう道が北西尾根先なのか、それとも南東尾根下にあるかによると思われますが、遺構の構えの姿からしますと南東尾根にある二重横堀の虎口が大手だったのではないかと感じます。

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