古城の風景

戦国期の東日本の山城紹介

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松江城ーその壱ー

 松江城は、別名千鳥城とも呼ばれ、松江市殿町にある比高20mほどの平山城です。以前といっても十数年も前に訪れたことがありましたが、今度寝台列車(サンライズ出雲)で出雲大社への旅のついイメージ 3でに訪れてみました。城址の隅々までの探訪とはなりませんでしたが、本丸周辺と堀川めぐりで満喫した松江城でした。
 
 
 
 
 
           訪城日:2013.9.27 晴れ     写真:「松江城研究1」より借用しています。 
史跡   松江城                               昭和9年5月1日国指定
 堀尾氏は豊臣秀吉、徳川家康に仕え、関ケ原の合戦で武功を立てた堀尾忠氏(堀尾吉晴とする説もある)は慶長5年(1600)出雲・壱岐両国24万石(23万5千石とする説もある)を与えられ、広瀬の富田城に入城した。
 しかし、富田城はその周辺を高い山に取り囲まれ大砲などを使う近代戦に不利であったことと、侍を住まわせるに広大な城下街を形成しなければならなかったことなどの理由からこの極楽寺山(亀田山とも言う)に城地を移した。
 築城工事は、慶長12年(1607)から足掛け5年を費やし慶長16年(1611)に一応の完成をみた。城地の広さは東西360m、南北560mあり、周囲に幅20〜30mの内濠をめぐらす。
 標高28.1mの頂上部に本丸を置き、荒神櫓をはじめ6か所の櫓とそれをつなぐ細長い多門がめぐっている。天守は本丸の東北隅に築かれている。二之丸は本丸の南側に一段低く隣接し御書院や御広間などがあった。本丸の東側の平地は二之丸下の段と呼ばれ藩士の扶持米などの米倉が立ち並んでいた。
 その外、本丸の周辺には腰曲輪、中曲輪、外曲輪、後曲輪があった。城山の南には三之丸(今の県庁付近)があり藩主の御殿があった。
 石垣用の石材は、松江市の東部、大海崎、福富地区の山麓から産出する安山岩(いわゆる大海崎石)が大量に使用され堀尾氏の家紋である分銅型などの刻印が認められる。
 城主は堀尾氏、京極氏と続くが、いずれも嗣子なく断絶した後、松平氏が十代続き一度の戦乱に巻き込まれることなく明治維新を迎えた。
 明治8年(1875)無用の長物と化した櫓や多門など多くの建物はことごとく壊されたが天守だけは旧藩士や豪農の懇願により保存されることになり山陰地方唯一の現存天守としてその威風堂々たる偉容を今も宍道湖畔に映し出している。            
                                  昭和55年3月 松江市教育委員会
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※上記の城地図は、本丸内ある現地説明板からのものです。
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 宿泊先が、宍道湖畔のホテルでしたので、南側からの紹介になります。本丸などのある主要部の南側に三之丸があり、二之丸とは千鳥橋(廊下橋)でつながっています。三之丸には御殿がありましたから、殿さまが千鳥足で渡ったなんて言うことから名がついたかどうかは?ですがね。現在は島根県庁の建物が立っています。
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 大手口に向かう時に見られるに二之丸東側の見事な高石垣と櫓・多門です。高石垣は高10mある打込ハギで、櫓・多門は南側から南櫓・中櫓・太鼓櫓で平成13年に復元されたものです。
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 大手口の大手木戸門跡で、城址碑や堀尾吉晴像もあります。ここに市営の大手門前駐車場があり、堀川遊覧船乗り場もあり便利です。
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 大手虎口前の馬溜です。ここ大手虎口が、大手門前に広大な前庭空間を設け、見るものを圧倒する構造になっています。これは、慶長期に築城された城郭の特徴の一形態といえるようです。
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 大手門跡です。説明板には、「江戸時代の絵図・文献史料によると、長さ8間(14.5m)幅3間半(6.4m)のしゃちほこをつけた大きな門」とあります。礎石も地下50cmi見つかっているようで、今あるのは復元展示のもののようですね。イメージ 8
 
 
 
 大手門を入ると二之丸下段の曲輪で結構な広さがあります。米倉などが立ち並ぶところだったようです。二之丸帯曲輪の石垣が、左手に見え、屏風折れになっています。
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二之丸下段から二之丸帯曲輪に向かう大手道で、見るものを圧倒します。道幅や左手の高石垣と太鼓櫓の景観は、権威と格式を意識した特別な登城路として設けられたものなのでしょう。
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 大手木戸門から二ノ門までの城道を図にしておきます。
 二之丸上の段に入る三ノ門跡です。本丸へは右に折れ二ノ門を過ぎ、さらに一ノ門をくぐらなくてはなりませんで、複雑な厳重な造りになっています。
 
 
 
 
 
 
 
 
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イメージ 11            三ノ門跡                            二ノ門跡
本丸や堀川周りは、その弐になります。
 
参考文献
「松江城研究1」  松江市教育委員会
「日本名城図鑑」  理工学社
 
 
 
 

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