古城の風景

戦国期の東日本の山城紹介

伊豆国

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伊豆の網代城・深根城

伊豆稲取温泉に行ったついでに廻ったところのいくつかです。
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網代城は、網代港を見下ろす三方を山に囲まれたところにあります。現在は、教安寺があります。城碑があるだけで、遺構は見当たりませんでした。
天正17年(1589)に房州の里見氏が攻めてきたようで、その時の城将は岡本善左エ門であったと伝わっているようです。城跡からの眺めは良く、熱海にかけての沿岸部の監視にもってこいの場所です。
しかし、この狭少の土地しかない網代では、さほどの人が住んでいたとは思えませんで、文明3年(1471)の記録にある伊豆松崎で戸数20人口127人、雲見で戸数7人口45人という記録がらしますと、戸数10前後、人口60人ほどですから、城を守る人も10人もいればよい方ですかね。
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深根城は、伊勢新九郎盛時(北条早雲)が明応2年(1493)に足柄茶々丸を攻撃し伊豆侵攻の仕上げに攻められた城といわれています。城址は民家が数軒建っていますので、立ち入ることはできません。城碑が県道沿いの端のところにあり、よく探しませんと見つかりません。(笑)
右の写真の道が古い道のようで、城道かと思われます。城址はその右手の小山です。
山内上杉氏の代官であると考えられる関戸播磨守吉信の居城の深根城に茶々丸が立て籠り、北条勢に攻められ敗死したのが明応7年(1498)8月のようです。このことにより伊勢新九郎盛時の伊豆征服がほぼ完了したといえるようです。

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今日、伊豆市の教育委員会に電話しまして、担当者の方より丁寧な説明をいただきました。それによりますと、「県の農村整備の一環で公園にする」とのことでした。近くの狩野城もそのような感じで、遊歩道など整備され訪城しやすくなっていますし、整備も控えめの感じで遺構も十分に残してのものでした。ここ大見城もそんな感じての公園化になるのではと思っています。
丸裸の城址は、とても珍しいです。一度訪城されまして500年前の城址をご覧になるのもこのGWの過ごし方かも?

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伊豆市の方からリンクをお願いされていまして、
それが狩野城なのですが、当HPの内容がひどく悪く、
更新せねばと考えていました。
そので、青天の昨日行ってきました。
そのついでに大見城の木々がばっさいされていることを
聞いていましたので、よってきました。
伐採もなみたいてのものでなく、全城域の木々がなくなっていました。
全城丸裸といった状態で、築城当時こんな感じだったんだろうと想像できる姿でした。

何の目的で伐採されたのか分かりませんが、一見の価値がありますよ。

以前に2回ほど訪城していましたが、その時は藪がひどく
主郭に到達するまで難儀させられましたが、今回はすんなりでした。
曲輪や竪堀もきれいに見れ、虎口の様子も定かでした。

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