古城の風景

戦国期の東日本の山城紹介

鳥取県

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

 3日目(4/2)午後からは、鳥取県西部の伯耆国に入りました。
 2日目の鳥取城と太閤ヶ平(歩行18000歩余)のきつい登り下りで筋肉痛にになっていてさらに鹿野城山頂部のきついこともあり、どのくらい行けるか不安でした。
イメージ 1
9.羽衣石城イメージ 2 湯梨浜町羽衣石
 「羽衣石」は、「うえし」と読むようです。海岸部からかなり山中に入りましたが、城址駐車場への案内がしっかりしてしていました。地元の整備か良いようで、駐車場完備でトイレもあります。主郭までのコースが15分と20分があり、15分→20分で行きました。ただ、駐車場から主郭までは比高160mで15分でちっと無理でした。
 城域がかなり広いのですが、主郭周辺の整備されたところしか行けませんでした。登城路のとちゅにある石垣などは見ごたえがあり、復興天守のある主郭も草が刈り取られ見やすく、主郭から張り出した主郭虎口などは他では見られないものでした。

イメージ 310. 田内城倉吉市巌城
 伯耆守護山名時氏が20年間在城したと伝えられますが、どうもそんな感じのしない城址でした。ここにも模擬櫓があり、どうもこの地域では、このようものを建てるが一般的な感じと受けました。







11.打吹山城 倉吉市倉吉イメージ 4
 倉吉市役所の南側の打吹公園が城址です。公園に観光用の駐車場が利用できます。公園からハイキングコースが整備されていますが、打吹山頂上まで1.5kmあり、緩い坂道が続き意外ときつい坂道でした。途中にある備前丸を経て主郭に至ります遺構としては残り方がいまいちでした。





4日目
12.槻下豪族居館 琴浦町槻下イメージ 5
 平地に立地する方形居館です。館内は竹藪に覆われていますが、規模の大きい空堀があり、虎口らしき窪地も見られます。









13.石井垣城 大山町石井垣イメージ 6
 非常に分かりにくい場所に城址があり、たどり着くのに一苦労しました。説明板のある所から入れるとありましたが、その説明板もなく、藪に覆われていました。ようやっと春日神社(城域の中にある)の南側に空堀(写真)を見つけたのが唯一の遺構でした。






14.尾高城 米子市尾高イメージ 7
 城址は、米子勤労総合福祉センター(愛称米子ハイツ)として整備されています。そのため駐車場も完備しています。本丸・二ノ丸は整備されていませんで入れませんでした。駐車場周辺の南大首郭・中の丸(写真)居館跡はみれました。郭間に空堀がまわり、土塁も一部復元(?)されています。





15.江美城 江府町江尾イメージ 8
  台地先端部を土橋を残して堀切で遮断しています。その土橋を渡ると主郭で北東隅(写真)に石積みを伴う櫓台が設けられていました。西側に堀切を挟んで西の郭・八幡丸郭があり、八幡丸郭に模擬櫓が立っています。模擬櫓を建てるのが好きなのか、よく見かけました。石積みは緒豊期に吉川氏によって整備されたもののようです。
写真左手に見える山は、大山です。
 



16.小松城 南部町金田イメージ 9
 比高30mほどの丘陵上にある。ほぼ単核の城ですが、広い主郭の三方にしっかりした規模の土塁と深い空堀が巡っています。駐車地点からほんの5分ほどで、この素晴らしい遺構がみられました。







17.米子城米子市久米町イメージ 10
 鳥取城と同じで、地下を通っていましたが訪れるのは初めてです。標高90mの湊山頂上部に築かれた本丸の総石垣は、圧巻でした。かつて、ここに5層の天守と4層の福天守が立っていたようです。帰りに内膳丸と登石垣を見てきました。






ここまでが、伯耆国です。



この記事に

開く コメント(0)

  山陰の因幡・伯耆・出雲に行ってきました。6泊7日になってしまいましたが、予定では石見国へも足を運び帰りがけに吉川氏のお城もみようと思っていました。ですが、石見に入るころはお天気が思わしくないので、予定を変更しました。最終日も小雨模様で、2つ予定していた山城も1つになってしまいました。ただ、中五日が好天に恵まれ予定していた城がほぼ回れたのは幸運でした。訪城時期:3月31日〜4月6日、走行距離1831km、燃費25.7kmでした。
 訪城した城址の位置を地図に示しておきます。番号は訪城順です。イメージ 1
初日、曇り→雨
1.波賀城 兵庫県宍粟市芳賀 イメージ 2
 中国道山崎ICから国29号北上して若桜鬼ヶ城に向かう途中、ふと山上に櫓らしき建物が目に入り、近くにあった城址表示版を見つけ訪城しました。標高は458mですが、城跡近くまで車で登れ、駐車場も完備していました。とても小さい山城ですが、石垣や櫓が復元されていて、発掘された石垣は天正年間以前の古い時代のもののようです。

若桜鬼ヶ城 麓までイメージ 3
 今回の遠征の目玉の一つであった、鬼ヶ城でしたが、登城口に雪が残り轍もないことから、車での登城はできないと判断しました。しかも、この地点から城址まで2.8kmあるので徒歩も無理と。さらに、雨が降ってきましたので、登城断念に至りました。この地域は、訪れるには4月中旬以降がよさそうです。



イメージ 42.河原城 鳥取市河原町谷一木
 雨になり、ここもたまたま通りかかった際に看板があり訪れました。
 秀吉の天正8年(1580)第一次鳥取城攻めの陣が置かれたという伝えがある所です。犬山城天守を模した展望台(模擬天守)が建てられています。発掘調査がされ、曲輪跡・堀切跡・掘っ立て柱の跡などが発見され、古城跡だったことがわかったようです。


3.天神山城 鳥取市湖山町南イメージ 5
 ここも、雨のため訪れやすいと思い行ったところです。高校の敷地内(?)にあるようですが、一般の見学者が自由に入れるようになっています。山名氏嫡流の本城で、比高15mで山等より低い丘の上に本郭を構えていたようです。室町守護の居館跡思った方がいいのでしょう
(写真は、丘上の本郭内の様子です。)



4.鳥取城 鳥取市東町イメージ 6
 以前に何度もこの近くを通っていましたが訪れることもありませんでした。今回は、鳥取城と太閤ヶ平を目玉の一つに入れていました。昨日の雨も上がり、曇り空でしたが、城めぐりには最高の日でした。城址の復元工事が行われ石垣などが整備それ近世城郭の偉容が再現されていました。幕末の構築された登石垣などもみられとても満足しました。背後の山上にある「山上ノ丸」へは比高210m登らなくなりません。


山上ノ丸イメージ 7
 地元の人がかなり頻繁に登ってこられるようで、以前に行った越後坂戸城でも見られ、地域に活用される城跡と思いました。当城は、近世では一城別郭の様相と思われますが、秀吉の攻めた鳥取城はこの山上ノ丸だったのでしょう。吉川経家は、どんな思いで切腹ししたのか思い果てません。毛利氏時代は土の城と思われますが、ここも池田氏の改修により石の城に代わっています。



5.太閤ヶ平 鳥取市東町イメージ 8
 「太閤ヶ平」は、「たいこうがなる」というようで、この地では郭のことを「なる」いっているようです。(三沢城でもみられる)太閤ヶ平は、鳥取城山ノ丸から東に1.5kmにあり、秀吉が鳥取城を兵糧攻めに際して築かれた陣城群の本陣です。織豊期の陣城としては規模が大きく、技巧的な陣城と思えます。(写真は、外側からの大手虎口です)
※鳥取城と太閤ヶ平の訪城の際には、、県教委発行のパンフ「鳥取城跡」があると便利です。私は鳥取市歴史博物館を訪れた時にいただきました。

 ここまでが1・2日目です。
 3日目も晴れで、8時すきに出発しました。
イメージ 96.防己尾城 鳥取市福井
 防己尾は、「つづらお」と読むようです。因幡守護山名氏の本拠天神山城の西方を守る出城で、湖山池を挟んだ対岸にあります公園化され駐車場も完備されて、訪城しやすかったです。主郭・3郭は整備されすぎて遺構はあまり残ってはいませんが、2郭は未整備で虎口・土橋・横堀(写真の箇所)きれいに残っていました。



イメージ 10
7.勝山城 鳥取市気高町勝見 
 ここも登城口に駐車場が完備しています。観音霊場になっていますので、そのための駐車場のようです。独立丘陵上に2つの郭を並べる造りで、2か所に畝状竪堀がみら
れます。






8.鹿野城 鳥取市鹿野町鹿野イメージ 11
 山上の土の城と麓の居館部に分かれています。麓の居館部は、天正年間に亀井氏の入封で石垣造りに作り替えられたと思われます。山上の頂上に天守台があります。








3日目の午前中で因幡の城めぐりが終わりました。午後から伯耆の城めぐりになります。
 


この記事に

開く コメント(0)

全1ページ

[1]


.


みんなの更新記事