ここから本文です
星屑シネマ
星の数ほどある、映画や本の話など。

書庫洋画・恋愛/青春

記事検索
検索

全23ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

フランシス・ハ(2012)

イメージ 1

タイトルの「FRANCESHA」は
アパートのポストのネームプレートに
FRANCESHALLADAYの名前が長くて入らず、折って入れたところ
FRANCESHA(フランシス・ハ)になったことから

ネームプレートに収めようと考えもせず名前を
それがフランシス27

タイトルもですが、(英語でなければ)まるでフランス映画(笑)
かなりヌーヴェルヴァーグの影響を感じる作風です

イメージ 2

ダンスカンパニーの研究生、フランシス(グレタ・ガーウィグ)と
キャリアウーマンのソフィー(ミッキー・サムナースティングの娘)は
大学からの親友で、ブルックリンのアパートをシェアしています

猫を飼って一緒に暮らそうと提案する彼氏と
「ソフィーと部屋を借りている」ことを理由に別れるフランシス
なのにソフィーは憧れのトライベッカにいい部屋が見つかったので
別の女友達とシェアするため引っ越すというのです

イメージ 3

そんなとき、税金の還付を受けたフランシスは
知り合いのレブ(アダム・ドライバー)を食事に呼び出します
大人の女の対応で「ここはおごるわ」
なのにカードは使えないし、ATMも見つからない
夜の街を必死に走りまわり、無様に転んでしまい
レブのアパートで怪我を手当てをしてもらいます


ここでレブとロマンスが生まれるのか?と思いきや、そうではなく(笑)

フランシスは大柄で老け顔で”こじらせ女”
いわゆる色気ゼロで、いいのか悪いのか
男から見て、ある意味”安全牌”タイプ

イメージ 4

そこでレブから、チャイナタウンの部屋を
ベンジー(マイケル・ジーゲン)と3人で
(もうひとりのルームメイトが出るので)シェアしよう持ち掛けられます


またレブとベンジーのほうも

女性ひとりでも同居してもいいと思える
自由でマイペース、疲れないタイプのメンズ(笑)


今日は「何もしなかった」と嘆くフランシスに

「僕は色々した、ベーグルサンド食べたし
 ネットでサングラスを3個買った
 充実している」と答えるベンジー

イメージ 5

そしてフランシスの愚痴に何度もUndatable」(非モテ)と呟く
Undatable」とは、日にちや時間を守れない人という意味から
デートの相手として失格、ふさわしくないという意味があるそうです

だけどダンサーの仕事を解雇され、家賃を払えなくなってしまう
田舎のサクラメントの家族の元に戻り、母校でバイトすることになります

そこで親友ソフィーとの再会
そして、友人をあてにして行ったものの、意味のないパリ2旅行

何をやっても、踏んだり蹴ったり
彷徨って、彷徨って、彷徨って
ふら、ふら、ふら
そしてついに妥協する

イメージ 6

それはお金のためだけだったのかも知れない
ダンスカンパニーの上司が誘ってくれた
気の乗らない事務振付の仕事

だけど、つまらなくて、最低と信じていたことが
やってみたらやりがいがあった、評価された
面倒な「こじらせ女子」が、やっと
自分の居場所を見つけることができたのです

フランシスのように、正直だけど不器用にしか生きれない
そんな人間はたくさんいると思います

だけど自分の独断だけが正しいわけじゃない
人生は一方通行ではないことを
この映画は教えてくれるでしょう



【開設】allcinemaより

 監督作「イカとクジラ」や共同脚本を手がけた「ライフ・アクアティック」「ファンタスティックMr.FOX」でのウェス・アンダーソンとのコラボなどで知られる俊英ノア・バームバック監督が、前作「ベン・スティラー 人生は最悪だ!」でヒロインに起用したグレタ・ガーウィグとのコラボで贈る青春コメディ。ニューヨークを舞台に、プロのモダンダンサーを夢見ながらもままならない日々を送る大人になりきれない27歳のヒロイン、フランシスが周囲の人々と織り成すほろ苦くもユーモラスな等身大の人間模様を、モノクロ映像で軽やかに綴る。
 ニューヨーク・ブルックリンで見習いモダンダンサーをする27歳のフランシス。親友のソフィーとルームシェアをして、それなりに楽しく毎日を送っていた。しかし、まだまだ若いつもりのフランシスに対し、周りはどんどん変わっていく。やがてダンサーとしての行き詰まりを痛感し、またいつしかソフィーとの同居も解消となり、ニューヨーク中を転々とするハメになるフランシスだったが…。

デイジー・ミラー(1974)

イメージ 1


原作は「ねじの回転」や「ある貴婦人の肖像」で有名な

ヘンリー・ジェイムズ

アメリカ人でありながら、晩年にイギリスに帰化するという経歴を持

1940年に発刊された本作は、日本でも多く読まれてきたそうです


イメージ 2

無邪気で天真爛漫な美女に振り回される

育ちのいいおぼっちゃんの話というのは

いかにも文学的ですが


時代が変わっても、世間を知らない男がたぶらかすのには

この手の女性がいちばん有効なのかも知れません

(例=英国王室)


イメージ 3

19世紀のスイス、ジュネーブの湖畔にあるホテルに

叔母に会いに来たアメリカ人の青年フレデリックは

同じアメリカ人の少年ランドルフ(かなりの悪ガキ)と知り合います


そしてランドルフの姉であるデイジー・ミラーの美しさに

すっかり魅せられてしまうのです


イメージ 4

デイジー・ミラーも男たちが自分の虜になることを知っていて

すぐ気が変わるし、自分勝手な行動ばかり、男たちを振り回します


上流社会の年配の女性たちは、そんな彼女の行動を

下品だ、ふしだらだ、軽率だと嘆きます


イメージ 5

だけど女性から見たらどんなに奔放でも

男性にしたら天真爛漫で無邪気なだけ(笑)


父親がアメリカに残り、母親と子どもたちだけが欧州住まいなのも

この面倒な母子と一緒に暮らすのが無理だから


イメージ 6

でも、カトリックとかそういう理由で離婚できない

そんなお金だけで何でも物事を解決してきた環境が

さらに子どもたちの性格を歪ませたのです


ちなみにいかにも解説みたいなこと書いていますが

原作は読んでいません(笑)


イメージ 7

フレデリックはデイジー・ミラーがイタリア人男性とデートするたび

ふたりの関係が気にかかり、婚約したのではないかと不安になる

周囲からいくら「別れなさい」と言われても

何とかデイジー・ミラーの力になろうとします


実際、デイジー・ミラーはイタリア人男性と

性愛的にまじりあってるわけでなく(キスはした)

ただ夜外出したり、にエスコートしてもらうだけ


イメージ 8

それもフレデリックが上流社会の味方にもついて

はっきりとした態度をとらないから

やさしいだけの男にも、女はイライラするのです


だけどあっけなくデイジー・ミラーは

マラリアに感染して死んでしまいます


イメージ 9

やっぱり私はイギリス文学(の映画化)が苦手だなあ

ジェーン・オースティンもだけど、新しい時代の女性像が

美貌がなければ恋愛が成立しない

そんなタイプの性格醜悪女にしか見えない

しかも会話で物語が成立していくので、お喋りがやかましい

でもこういう女性に嫌われる女性が、男性からモテるのは確かな真実


イメージ 10

ボグダノヴィッチ監督はシビルに相当惚れていたそうで(笑)
自己投影もあったのかも知れません
イメージ 1


原題は「FERRISBUELLER'S DAY OFF(フェリス・ビューラーの休日)

フェリス(マシュー・ブロデリック)は仮病を使って学校をサボる常習犯


その日の朝もフェリスに甘い両親を騙し

気の弱い同級生キャメロン(アラン・ラック)を誘い

恋人スローン(ミア・サラ)を呼び出します


イメージ 2

キャメロンを脅して、彼の父親が大切にしているフェラーリを盗み出し

シカゴの街に繰り出し、美術館や高級レストランでの食事やパレードを満喫

でもキャメロンだけが車が心配で楽しめない


イメージ 3

映画を見る年代とはとても大事なもので(笑)

あれほど爽やかに思えたマシュー・ブロデリックに

ご都合主義な展開に今ではイラっとくる


イメージ 4

フェリスを捕まえようとするルーニー校長決して悪の権化ではなく

教育者として当たり前の主張をしているだけ

(ジェフリー・ジョーンズの芸の細かさには笑えます)


イメージ 5

最後に車を大破させてしまったときも

キャメロンが自分で父親と対決すると主張できるようになったのは

フェリスのおかげかも知れないけれど


そこは父親との話し合いまで、きちんと描き切らなければいけません

自分の行動に責任をとらないまま終わらせてはだめです


イメージ 6

そうでなければ、変に真面目なシーンなど作らず

最後までハチャメチャに徹したほうが良かった(笑)


無名時代のチャーリー・シーンがなかなかの存在感で

フェリスの妹に言うセリフもいい


「兄貴はバレない それで憎い 問題は君だ そうだろ?

 彼のことを気にするより 自分を見直せよ」


イメージ 8

33年の時を経た今となっては
保護者気分にしかなれませんでしたが(笑)

80年代のポップな青春は確かにここにはあって


イメージ 7

湾岸戦争も、同時多発テロも、リーマンショックもまだなかった時代

みんなが力を合わせれば世界を救えるし、未来はもっと明るいと信じていた


そしてフェリスのように「たった一度の人生、楽しまなきゃ!」と

そう思っていたのは本当なのです



【解説】allcinemaより

快晴のシカゴ。サボりの常習犯である高校生フェリスはこの日、仮病でズル休みすることに。そして、彼の姉や校長をイラ立たせ校内も騒然とする中、フェリスは病欠している金持ちの親友キャメロンを誘い、車で街へと繰り出していく。さらにはフェリスのガールフレンドも学校から誘い出すことに成功。こうして3人は、パレードに飛び入りしてはロックを歌い踊るなど、休日を存分に楽しむのだった。だが一方、フェリスの自宅では、校長や姉がそれぞれフェリスの仮病を暴こうと待ち構え、まだ何も事情を知らない両親も帰宅しようとしていた…。
 コンピュータに強いエスケープ常習犯の高校生が、ある日仮病でズル休み。自分を捕まえようとする大人たちをスルリスルリとかわし、しかも最後まで逃げ切ってしまう運の良さと茶目っ気さが愉快。J・ヒューズならではの四の五の言わさぬ面白い作品。圧巻なのは、フェリスがパレードの山車に乗りビートルズの”ツイスト・アンド・シャウト”を歌うシーン。子供から大人まで年齢問わず、観た後にスカッとする青春映画だ。

開くトラックバック(1)

イメージ 1


オートクチュールの世界の華やかさ、絢爛な壮観

階段、扉、仕事場を行き来するパタンナーやお針子

主人公がが運転する車(ブリストル40

スリリングで強烈な圧倒的な画面の面白さ


美しい映像、音楽(レディオヘッドのジョニー・グリーンウッド)

主演者たちの声まで美しい


イメージ 2

この映画を称賛するというならば

こういう感じですが


はっきり言って、変態映画

この演出のねちっこさ(笑)


イメージ 3

自分にしか見せてくれない姿を愛する欲求というものは

誰しもが持っているだろうもので

数々の変態映画を語ってきた私ですが


「毒キノコプレイ」というのはさすがにお初()

うまく語れるでしょうか


イメージ 4

1950年代ロンドン

完璧でエゴイストな天才仕立屋

レイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)は
ある日、田舎のウェイトレスで働くアルマ(ビッキー・クリープス)と

出会い彼女を自らの高級衣装店に迎えます


美人でもないし、スタイルもよくない

しかしここで「衣装というのはすごいもの」ということを

私たちは見せつけられます

華やかな衣装を着せられ、レイノルズのミューズとなるアルマ


イメージ 5

しかし厳格で変化を嫌うレイノルズは

アルマの望む愛し方をしてくれない

そこでアルマがとった行動は「毒キノコ」をレイノルズに盛り

瀕死の状態になった彼を介抱し、愛を得るという方法です


レイノルズもその瞬間は仕事から解放されるのか

アルマに結婚を申し込み、やがて骨抜きにされていきます

このままではいけない、アルマを家から追い出そうと

姉のシリル(レスリー・マンヴィル)に相談するレイノルズ


イメージ 6

だけどそれとわかっていながら、アルマの作るオムレツを食べる

それはどんな幻覚を見せるのか


レイノルズはアルマの「毒キノコプレイ」から

逃れられない身体になってしまったのです


イメージ 7

問題は、そこに至るまでの過程で

これまでレイノルズが選んできた大勢のミューズと比べて
アルマの何が特別だったかが描かれていないので

まったく共感できない


最初は「母親とそっくりさん」が理由なのかと思ったけれど

そうでもなく()


イメージ 8

ヒロインが、ただの自己愛強と承認欲求が強い

メンハラ女にしか見えなかったのは残念

禁断への入口への、魔力も甘美さも感じられないただのブス


姉役のレスリー・マンヴィルは存在感があってよかったですね

冷たさと厳しさ、内面から滲み出る聡明さがかっこいい


イメージ 9

PT・アンダーソン監督、映像センスはすごいものをもっていると思うので

次は変態センス(と、女のセンス←こればかりは好み)の向上にも

さらなる期待をしたいと思います


そして、真面目にこの作品を見たムービーファンのみなさま

こんなレビューしてごめんなさい()




【解説】allcinemaより

「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」「ザ・マスター」の鬼才ポール・トーマス・アンダーソン監督が、本作を最後に俳優業からの引退を宣言しているダニエル・デイ=ルイスを主演に迎えて贈る愛憎ドラマ。オートクチュールの世界を舞台に、完璧主義の仕立て屋と、彼にミューズとして見初められた若い娘が、それぞれに相手の思い描く愛の形に振り回されていく中で辿る予測不能の展開をエレガントにして繊細かつスリリングに描き出す。共演はヴィッキー・クリープス、レスリー・マンヴィル。
 1950年代、ロンドン。レイノルズ・ウッドコックは妥協のない職人仕事で英国の高級婦人ファッション界の中心に君臨する天才的仕立て屋。そして神経質な彼が服のことに集中できるよう、雑事を一手に取り仕切るのが姉のシリル。ある日、レイノルズは若いウェイトレスのアルマに出会い、彼女を新しいミューズとして迎え入れる。彼女のモデルとしての“完璧な身体”に多くのインスピレーションをもらい、創作意欲をかき立てられるレイノルズ。しかしアルマは、レイノルズの単なるミューズという立場に甘んじる女ではなかった。そんなアルマの情熱的な愛情に、次第に厳格な生活のリズムが狂わされていくレイノルズだったが…。

イメージ 1

「人間の違いは、生まれてくる母親が違うだけ」

原作は黒人作家のジェームズ・ボールドウィン(1924~1987)
IfBeale Street Could Talk」(ビール・ストリートに口あらば)
死後も文学界に大きな影響を与え、存命なら間違いなくノーベル賞の
候補になっていたと言われているそうです

今でも「時代を超えて心打つ」と評され映画化にふさわしい作品

イメージ 2

しかしながら映画のほうは
(製作総指揮がブラット・ピットなのが関係あるのか、ないのか)
私の心のピンポイントを突いてくるものではありませんでした

「ムーンライト」(2016)もですが
バリー・ジェンキンス監督の描く純愛は
私には純潔すぎるのかもしれません


イメージ 3

1970年代のニューヨーク、19歳のティッシュ(キキ・レイン)と
22歳のファニー(ステファン・ジェームズ)は
幼い頃から硬い絆で結ばれ、愛し合うようになっていました
結婚前に、ふたりで暮らす部屋を探しています

ある日、ファニーはちょっとした理由から白人警官に目をつけられてしまい
レイプ犯の罪を擦り付けられ、刑務所に入れられてしまいます
そんな時ティッシュの妊娠が発覚

イメージ 4

ティッシュとその家族はファニーを助けようと奔走します
よくある展開ならば、その後は差別に打ち勝ち裁判に勝訴・・
になるはずですが

主人公の無実を最後まで証明できません

被害者女性生涯のほうも、自分たちと同じ境遇で蔑ろにされた
無実の人間を、犯罪者ににすることで
自分の受けた忘れたいのか



イメージ 5

特筆すべきはやはり母親役を演じたレジーナ・キングで
納得のアカデミー賞助演女優賞受賞

狂信的で、ティッシュを侮辱し呪いのような言葉を浴びせる
ファニーの母親に対して「生まれてくる子どもは、あなたの孫なのよ」
という冷静な態度

イメージ 6

無実の婿を救うため、単身プエルトリコへ乗り込み
被害者女性と会い、失敗したと嘆くリアクションも見事
母親の愛情のスケールの大きさと
いつまでも失わない女性らしさを感じます

そして、それにも劣らない存在感があるのが、もうひとり
チョイ役で登場した白人警官
イヤらしいですねえ、あんな顔は見るだけで虫唾が走ります

イメージ 7


エンドロールに流れるのは、アメリカ愛国歌MyCountry, 'Tis of Thee

”自由の大地、自由よ響け”という、現実と違う虚しさ

ハッピーエンドでもないし、カタルシスもない
でもどんなに絶望的でも揺ぎ無い愛はありました

衣装はお洒落(笑)
働く女性の参考にもなると思います

イメージ 8

ただやはり私の心のピンポイントを突いてこないのは
(製作総指揮がブラット・ピットが関係あるのか、ないのか)
人種差別やLGBTを描いた作品が、アカデミー賞など賞レースのための
流行に乗っているようにしか、感じないからかもしれません



【解説】シネマトゥデイより
第89回アカデミー賞作品賞受賞作『ムーンライト』などのバリー・ジェンキンス監督ジェイムズ・ボールドウィンの小説を映画化。『ムーンライト』でも組んだブラッド・ピットが製作総指揮に名を連ね、1970年代ニューヨークのハーレムで生活しているカップルの物語が描かれる。オーディションで選ばれたキキ・レインと、『栄光のランナー/1936ベルリン』などのステファン・ジェームズがカップルを演じる。
1970年代のニューヨーク。19歳のティッシュ(キキ・レイン)は、小さいころから一緒に育ってきたファニー(ステファン・ジェームズ)と愛し合い、彼との子供を妊娠する。幸せな毎日を送っていたある日、ファニーが身に覚えのない罪で逮捕されてしまう。彼を信じるティッシュと家族は、ファニーを助け出そうと力を注ぐ。






全23ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事