ここから本文です
星屑シネマ
星の数ほどある、映画や本の話など。

書庫洋画・名作/傑作

記事検索
検索

全32ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

人生模様(1952)

イメージ 1


原題は「O.HENRY'S FULL HOUSEO・ヘンリー劇場)

アメリカの短編小説家、O・ヘンリーの作品から代表作5作を選び
オムニバス形式で映画化したもの

各話をつなぐナレーションに迎えたのは
ノーベル賞(1962)作家のジョン・スタインベック

各話ともコンパクトなので、とにかく見やすい、わかりやすい
そして見終えたあとには「自分も善人になろう」と
誓ってしまいます(達成はしないがな 笑)

イメージ 2


1話 「警官と聖歌」監督:ヘンリー・コスター


紳士気取りのホームレス、ソーピイ(チャールズ・ロートン)は
酷寒の冬を留置場で過ごしたいため、ケチな泥棒に無銭飲食
若い女性につきまとい・・するにも関わらずなかなか逮捕されない

イメージ 3

ブレイク前のマリリン・モンローを拝めるのは、お得感いっぱい


2話 「クラリオン・コール新聞」監督:ヘンリー・ハサウェイ

刑事のバーニイは、殺人事件の犯人が
幼なじみのジョニー(リチャード・ウィドマーク)だと知り
逮捕しようとしますが、過去に多額の借金を
立て替えてもらった借りがありました

イメージ 4


手塚治虫の漫画でお馴染みの悪役「スカンク草井」は

このリチャード・ウィドマークがモデルなんだそうです(笑)

イメージ 5


3話 「最後の一葉」監督:ジーン・ネグレスコ

ジョアンナ(アン・バクスター)は、男に捨てられ
冬の極寒を彷徨って肺炎を患い、生きる希望を失っていました
そして窓の外の蔦の葉がすべて落ちたら自分も死ぬと思い込んでいます

イメージ 6

しかし嵐の夜が明けても最後の一葉は残っていました
それは、いつか傑作を書いてみせると豪語していた

売れない老画家のベアマンが書いたものでした

姉のスーザンはベアマンを「偉大な画家」と称えます


4話 「赤い酋長の身代金」監督:ハワード・ホークス

泥棒サム(フレッド・アレン)と相棒のビル(オスカー・レバント)は
金持ちの子ども誘拐して、身代金で稼ごうと計画します

これ絶対「ホームアローン」の元ネタですよね(笑)
間抜けな泥棒が、とんでもない悪ガキに振り回されて四苦八苦
身代金どころか、親元に帰ってくれて助かったというお話

イメージ 7

ちなみにお人好し顔の誘拐犯のひとり、オスカー・レバントは
実は人気クラシックピアニストなんだそうで(笑)
「巴里のアメリカ人」(1951)や「バンド・ワゴン」(1953)
主演して腕前を披露しています


5話「賢者の贈り物」監督:ヘンリー・キング

新婚のデラ(ジーン・クレイン)と、ジム(ファーリー・グレンジャー)は
クリスマスイブにお互いのプレゼントを交換しようと考えます

そして夫は、妻の長くて美しい髪が映える髪飾りを
妻は夫の家に受け継がれている大切な時計のバンドを選びます
だけど自由になるお金は、お互い小銭だけ

イメージ 8

やはり「賢者の贈り物」がラストを飾るのに相応しい
使いつくされた古いテーマだけど
本当に大切なのは”モノ”ではない
心”なんだと何度でも教えてくれます

プレゼントは無用になったけど、笑い出して抱き合う夫婦
ふたりはこのことを永遠の思い出として語り合うことでしょう

イメージ 9

そしてこの5つの作品に共通することは
貧しい人々を扱っているということ
どうしようもない貧困の中、人生の選択を迫られる

そんな苦しい時こそ大事なのは、思いやりであり
ユーモアであり、”粋なはからい”
決して貧困や不幸を、誰かのせいにはしないのです

しかも豪華なキャスト、豪華なスタッフ
こんな名作があったとは!

お薦めです




【解説】allcinemaより
短編小説の神様O・ヘンリーの代表作5篇を当時のFOXの一線級がオムニバスで映画化。第1話「警官と讚美歌」は、気位高い浮浪者が避寒対策に無銭飲食などをして留置所入りを目指すも、ことごとく失敗するという話で最後に皮肉な落ちがある。H・コスター演出で、主演のロートンがさすがにうまい。第2話「クラリオン・コール新聞」は刑事とギャング(ウィドマーク)の旧友同士の義理人情を描く、H・ハサウェイ作品で出来は凡庸。第3話、御存知「最後の一葉」は監督ネグレスコの美術センスが効いて乃第点。ヒロインにA・バクスター。4話目は「赤酋長の身代金」。大地主の息子を誘拐したら手のつけられぬイタズラ坊主でのしをつけて返す破目に……というホークス的ドタバタは空回り。で、第5話、言わずもがなの「賢者の贈り物」。貧しい若夫婦にF・グレンジャーとJ・クレインが扮し、やっぱり泣かせます。監督はH・キング。情話ものを得意とする人がまず結果を出した感がある(当たり前だよね)。

山河遥かなり(1947)

イメージ 1


原題は「THESEARCH」(検索)

邦題は杜甫の「春望」の最初の一句、国破れて山河在り

(敗戦で破壊されたが、自然の山や河は昔どおり残っているの意)

からと思われますが、映画の内容とはあっていません(笑)


中盤までは、記録映画ではないかしら?と思うくらい

米英軍の空襲によって荒廃した街でロケをした映像に

子どもたちの姿はかなりリアルで

当時のハリウッドでは、ジンネマンにしか

撮れなかった作品だと思います


イメージ 2

またウィーン生まれのジンネマンは

アウシュビッツで両親を亡くした過去があり


終盤はハリウッド好みの”アメリカだけが正義”的な

お約束の展開になっていくのは違和感がありますが

たった一枚のダチョウの写真に映っている鉄条網が

アウシュビッツ収容所を想起させるなど、簡潔な演出は見事で

センチメンタルだけで終わらせない力量はさすがなもの


イメージ 3

第二次世界大戦直後、米国占領下のドイツ
国連の児童保護収容所に送られてくる戦争孤児たち
収容所から救出されたり、浮浪児だったり、その状況はさまざま

そのなかにひとり、口の利けない少年がいました

唯一話せる言葉はドイツ語の「わからない」だけ


健康診断のため救急車に乗せられる保護収容所の子どもたち

だけれど戦時中、救急車はナチのガス室に使われていたため

子どもたちはパニックになり救急車から逃げだします

カレルと親友は追っ手を逃れて川に飛び込み、親友は溺死

カレルの帽子は流されてしまいました


イメージ 4

一方で、チェコスロヴァキア人の女性が

アウシュビッツではぐれた息子、カレルを探しています

手掛かりはお気に入りの手編みの帽子


ついに、ある保護収容所で

カレルと名乗るユダヤ人の少年を見つけますが、別人でした

少年は「口の利けない子」カレルの代わりに返事をしてなりすまし

(生きるためカトリック教徒を装い)聖歌隊に入っていたのです


イメージ 5

そして「口の利けない子」の記録から、カレルは溺死し

母親は遺品として帽子で帽子を受け取ります

ショックを受けている母親に保護収容所の職員は

元気になるまでここで働くように薦めます


月日が経っても、やっぱりカレルが死んだと諦めきれない

母親は再び息子を探す旅に出でるのです


イメージ 6

ここらへん、日本人にはかなりドツボな展開で(笑)

高畑勲×宮崎駿のテレビアニメ「世界名作シリーズ」も

かなりこの作品の影響を受けているような気がします


瓦礫の山に空腹で隠れていたカレルは

若いアメリカ兵のスティーヴンスン(モンゴメリー・クリフト)に保護され

英語を教わりながら徐々に心を開いていきます

そこでスティーヴンスンはカレルをアメリカに連れて行こうと考えます


イメージ 7

ここでヨーロッパ映画なら離れ離れになったまま

母親が野垂れ死ぬくらい不幸に終わるところですが(笑)

もちろんそうはなりません


記憶を取り戻したカレルは、無事母親と再会します

スティーヴンスンとの別れのシーンや、お涙頂戴のクサイ演出はなく

あっさりしたラストは、せめてものジンネマンの反抗だったのかな

(それでも泣けるんだけどね 笑)


イメージ 8

しかし、少年カレルを演じたイワン・ヤンドル(チェコの子役)は

高く演技を評価されたものの、そのため当時のチェコでは迫害され

アル中で40歳で死亡したそうです

ジンネマンは自伝の中で彼の起用を後悔したそうです

(アメリカ人の子役を使えばよかった、ということでしょうか)


戦い”がひとつも出てこないけれど、これも戦争映画

このような名作が忘れ去られてしまわないよう

もっと見る機会ができることを願います




【解説とあらすじ】KINENOTEより

スイス、チューリッヒのプレゼンス・フィルムがMGMに提供した1947年作品で、製作は「ジープの4人」のラザール・ベクスラー。事実に基づいてリヒアルト・シュヴァイツァ(ジープの4人)とダフィット・ヴェヒスラァが脚本を書き下ろし(48年アカデミー賞)、「地上より永遠に」のフレッド・ジンネマンが監督した。撮影のエミル・ベルナ、作曲のロバート・ブランは「ジープの4人」と同じスタフ。出演者は「地上より永遠に」のモンゴメリー・クリフト、舞台出のアリーン・マクマホン、「北の狼」のウェンデル・コーリー、メトロポリタン・オペラのスタア、ヤルミラ・ノヴォトナ、この映画のために発見されたチェコの少年イファン・ヤンドル(48年・アカデミー特別賞)、メァリイ・パットンらである。

2次大戦直後、アメリカ占領下のドイツ。この地の国連救済所にナチの収容所から救い出された一群の子供たちが送られて来た。かれらの中に何を聞かれてもドイツ語で「知らない」と答えるだけの少年がいた。彼はカレル・マリク(イファン・ヤンドル)といい、チェッコの幸福な家庭に育った。だがナチ占領下に家族は離散し、カレルも母のハンナ(ヤルミラ・ノヴォトナ)から無理やりに引きはなされた。カレルはその悲しみに心はうつろとなり、ついに喋ることも忘れてしまったのだ。特に休養を要するカレルらは、赤十字の病院車で特別収容所へ送られることになった。だがかれらは病院車に乗れば毒ガスで殺されるというナチ時代の経験で、恐怖にかられ途中脱走を計った。カレルはラオウルという少年と河に逃れ、ラオウルは溺死したが、カレルは帽子を流しただけで無事身をかくした。その頃、カレルの母ハンナは愛児をたずねてあてどもない旅を7ヶ月もつづけていた。夫も娘もナチに殺され、のこされた希望はカレルだけであった。一方、ひとり放浪するカレルは、アメリカ兵ラルフ・スティーヴンスン(モンゴメリー・クリフト)に拾われた。初めカレルは激しく抵抗したが、ラルフの温い世話で次第になついていった。愛児を探しあぐんだハンナは国連救済所を訪れ、そこの世話係マレイ夫人(アリーン・マクマホン)から河で発見されたというカレンの帽子を見せられ、気を失って倒れてしまった。カレルは次第に正常さをとり戻しラルフが根気よく英語を教えたので簡単な会話もできるようになった。そこへラルフと同居している兵隊フィッシャーの妻子が米国からやって来た。カレルはフィッシャー一家のむつまじい様子を見て、自分にも母がいたことを想い出し、一途におもいつめて母を探しに家をとび出した。だが翌日、探しに出たラルフはカレルを見つけ、母親は死んだのだといいふくめ、米国へ一緒に連れ帰る約束をした。ハンナはマレイ夫人たちの親切な介抱で元気をとり戻し、そこの子供たちの世話をしていたが、殆どのぞみがないと知りつつも再び愛児を探す旅に上らずにはいられなかった。ハンナが停車場へ向ったすぐ後に、カレルがラルフに伴われて救済所へやって来た。ラルフは明日帰国するので、カレルに渡米許可がおりるまで預ってもらうためだった。マレイ夫人はカレルを見て、ハンナの愛児であることを知り、停車場へ駆けつけた。列車は丁度出発した後だったが、大ぜい降り立った子供たちの列の中にハンナの姿があった。ハンナは悲惨な子供たちの姿を見て救済所に止まる決心をしたのだ。カレルが母親と無事再会できたことはいうまでもない。

オペラハット(1936)

イメージ 1

オスカー受賞のフランク・キャプラの佳作

原題は「Mr.Deeds Goes to Town」(ディーズ氏、都会へ行く)

原作はクラレンス・バディントン・ケランドによる

雑誌「アメリカン・マガジン」に

6回にわたって掲載された連載小説「OperaHat」(1935


物語はヴァーモント州の小さな田舎町で

グリーティング・カード用に詩を書いている主人公が

一度も会ったことのない叔父から千万ドルという遺産を譲られ

都会のニューヨークで様々な困難を解決していこうとするもの


なぜキャプラがタイトルを変更したか


イメージ 2

小説版の主人公にとってオペラ帽は

都会での生活を象徴するアイテムであり

オペラ劇場を再建するという部分がメインということ


そして問題が解決したときには、オペラハットの高さを変えて

感激を楽しむというハッピー・エンディングだそうです

(オペラハットには観劇の際後ろの観客の視界をさえぎらないよう

自由に伸縮できるバネ仕掛けがほどこされている)


イメージ 3

しかし時代は大恐慌後

goto town”には「街に行く」だけでなく

「成功する」「大金を使う」「羽目をはずす」という意味を持ち

キャプラのコミカルな中にも、社会的メッセージを訴えたい

そんな思いが伝わります


そしてキャプラの描く理想の人物像

それは社会主義思想や共産主義思想にも強く通じるものがあるのですが


イメージ 4

大戦前や戦後のアメリカでは、社会主義や共産主義に非常に寛大で

国民の共通の敵は「ナチス」やドイツ系の人々

ハリウッドでもあおりを受けたのが

チャップリンをはじめとする人々だったそうです


それでもやっぱりキャプラは名作

こればかりはたとえ国が、人種が、宗教が違っても

見終えたあとには温かい気持ちになるし

どんなに無力でも、自分の信じる正しいことをしようと

そう思うことができるのです


イメージ 5

ディーズ(ゲイリー・クーパー)を”シンデレラ・マン”と名付け

有給休暇のためだけに、特ダネを掴もうと色仕掛けで近づいた

美人記者ベイブ(ジーン・アーサー)


だけど純情素朴なディーズは、決して欲やお金に惑わされない

ベイブこそ理想の女性だと思い込んでしまいます


イメージ 6

誠実で愛のこもったプロポーズの詩を贈られ

ついに良心の呵責に耐えられなくなってしまったベイブ


だけどデイブの嘘がディーズにばれた後には

彼女の真実の言葉さえ、全て嘘にしか聞こえなくなるのです


イメージ 7


オープニングで流れる「ForHe's a Jolly Good Fellow(彼はいい人)が

いかにも主人公にぴったり

彼はいい人、彼はいい人、彼はいい人・・・


お人好しの田舎者の仕草を笑い、奇人とからかう都会人

だけどやがて自分たちが忘れていた、人間の美質に気づかされる 


イメージ 8

これは忙しい時や、苦しい時、気持ちの荒れているときこそ見てほしい

だってキャプラは、そういう人たちでも夢を見れるように

映画を作ったのだから




【解説】allcinemaより

 ヴァーモントの田舎町で油脂工場を営むディーズ氏のもとに、母の兄にあたる大富豪の遺産が転がり込む。ディーズはニューヨークにある彼の屋敷も手に入れるが、さっそく金目あての亡者どもが集まってきて大騒ぎに。女だてらに猛烈な取材ぶりで有名な新聞記者ベイブは行き倒れを装ってまでしてディーズに接近し、彼の記事を書くことに成功する。だがディーズは彼女が本性を隠しているとも知らずにベイブのことを愛し始めていた。そして、富豪の財産を狙う一味はディーズを罠に落とそうとよからぬ相談を始めていた……。キャプラらしいヒューマニズム溢れる人情喜劇。考え事をする時にはきまってのんびりチューバを吹くというのがクセになっているディーズ氏のキャラクターが抜群で、扮するG・クーパーの飄々とした演技も良い。アカデミー監督賞受賞。

自転車泥棒(1948)

イメージ 1

ヴィットリオ・デ・シーカネオレアリズモの名作

ネオレアリズモイタリアン・リアリズムとは

ノースター(素人俳優)主演でドキュメンタリー風な作品のこと


脚本は「靴みがき」(1946)「ウンボルトD(1952)

「終着駅」(1953)でも組んだチェーザレ・ザヴァッティーニ

代表作はやはり「ひまわり」(1970)でしょう


イメージ 2

そしてネオレアリズモのテーマといえば、やはり不運続き

何もかも失っても、それでも生きていく

ここでは、戦後まもない敗戦国イタリア


仕事もなく、今日生きていくことさえ難しい状況が

リアルに描かれています


イメージ 3

そんな中、運よく役所のポスター貼りの仕事にありつけたリッチ

しかしその仕事には自転車が必要だと言います


だけど自転車は金のため質屋に預けたまま

妻は家中にあるありったけのシーツを洗濯して質屋に持っていき

自転車と交換するのです


イメージ 4

その自転車が作業中に盗まれてしまう

(ポスターは、リタ・ヘイワースのドレス姿)

そこからは6歳になる愛息ブルーノに、親友たち

教会まで巻き込んでの自転車探し

ついには自暴自棄になり、幼い息子に八つ当たりしてしまいます


そのあとになけなしの持ち金で入る、ちょっと高級なレストランで

金持ち風の男の子と、ブルーノの対比がまた切ない


イメージ 5

夢や希望なんか持たないほうが、生きていくのに

都合がいいと訴えているようです


ついには不運の呪いを解くため、女占い師を頼ることになりますが

犯人は見つかったけれど、自転車は見つからない

ついには自転車を盗まれた自分が、誰かの自転車を盗んでしまう


イメージ 6

このようなウェットな描き方は、アメリカ映画では

あまり見られません

父親は誰よりも強く正しい存在であり、ヒーローだから


だけど本作では、惨めで救いようがないただのヘタレ

そんな父親でも息子は懸命に助けようとする

その純粋な愛は胸を打ちます

(子どもと動物にはヨワイ私・・・)


イメージ 7

そして盗んだ側にも、盗まれた側にもそれぞれ仲間がいて

本気で友人や弱い者を助けようとする


そんな家族や仲間同士の強い連帯意識がイタリアの底辺にはあって

これはある意味、マフィア的文化にも繋がっていると言えるでしょう


イメージ 8

最初から嘘などつかず、素直に仕事を断れば

こんな苦労はしなかったのに

誰にも迷惑をかけなかったのに


イマドキを賑わせている吉本興業の会見にちょっと似ていますね

所詮、時代や状況は変わっても人間の本質は変わらない


イメージ 9

さすが、デ・シーカ&ザヴァッティーニ

70年の歳月を超えても説得力の威力は衰えない


名作です




【解説】allcinemaより

敗戦国の戦後のどん底を痛感させるネオレアリズモの秀作。思想風土の差はあれ同じような経験をした日本の映画がこの時期、民主主義礼賛の御用映画ばかりだったことを考えれば、芸術の独立性を保った当時のイタリア映画人の気質は見習うべきものがある。長い失業の末、映画ポスター貼りの職を得たアントニオは、シーツを質に入れ、代わりに仕事に必要な自転車を請け出し、六歳の息子ブルーノを乗せ町を回るが、ふとした隙に自転車が盗まれてしまう。それなしでは職を失う彼は、無駄と承知で警察に行くが相手にされず、自力で探すことにするが、ようやく犯人に辿り着いたところで仲間の返り討ちに遭いかけ、思い余って今度は自分で自転車泥棒を働くが……。教訓的という以上に感動的なラストにはやはりハンカチが必要な、デ・シーカと脚本家C・ザバッティーニの「靴みがき」に続く、素人俳演を用いたアクチュアルな映画作りの試み。悲痛な前作より日本人好みには合うだろう。

開くトラックバック(1)

王様と私(1956)

イメージ 1

「エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ」

原題も「THEKING AND I


「王様と私」といえば、まず浮かび上がるのが

ロジャース&ハマースタインの名曲の数々

映画を知らない人でも、挿入歌「シャル・ウィ・ダンス」は

周防正行監督の「Shallwe ダンス?(1996)で日本でも有名になりました


イメージ 2

原作はアンナ・ハリエット・レオノーウェンズの自伝

「シャム宮廷のイギリス人教師」(1870)をもとに

マーガレット・ランドンが小説化した「アンナとシャム王」(1944)

実話がもとになっていたとは驚きです


1862年、未亡人のアンナ(30歳頃)はシャム(現在のタイ)に渡り

当時の国王ラーマ4世(50代後半)に謁見します


ラーマ4世は英語に堪能で西洋文化にも通じた知識人で

それまでの鎖国政策を改め、外国との自由貿易を考えており

アンナは王子、王女たちの家庭教師として雇われました


イメージ 3

アンナはのラーマ4世の宮廷で5年間教師として働き

彼女がシャムを離れた翌年の1868年、国王は亡くなり

チュラロンコン皇太子が15歳で即位します

(現在のタイ国、ワチラーロンコーン国王はラーマ10世にあたります)


映画のほうは、ひとことで言えば「異文化交流」(笑)

王様もアンナもどちらも頑固な性格で、主張を譲らない

だけど心の中では、相手の言ってることにも一理あると

次第にわかってきます


イメージ 4

シャム国は男性は半裸で、女性も裸足で暮らす暑い国

子どもたちもお妃たちも雪を知らず、水が凍ることも信じられません


アンナはイギリスから世界地図を取り寄せ

地球の北側には寒い国があること

国の偉大さとは、その国の土地の大きさではないことを教えます


イメージ 5

しかしまだまだ男尊女卑の封建主義社会

王様は最高権力者としての威厳を保ちつつ

子どもたちに科学や、思想や理想と違う現実を、どう学ばせるか


どうしたら西洋諸国と和平を結べるか悩みます


イメージ 6

王様を誰より知る第一王妃は、そのことをアンナに相談します

アンナは王様のプライドを尊重しつつ、イギリスとの外交も成功させ

ビルマから王様への貢ぎ物、タプティム(リタ・モレノ)と

その恋人ルンタを駆け落ちさせる手段を思いつくのです

イメージ 7

この「アンクルトムの小屋」のシャム版ミュージカルが実にお見事

エスニックな音楽に踊りに衣装、長く伸ばした爪

アンナの教えにより、王様は奴隷制について考え

ひとりの相手だけを愛する人間もいるのだということを理解します

(王様の蜜から蜜へ・・の見解も説得力あったけど 笑)


イメージ 8

しかしこれは、イギリスやアメリカの白人たちが求める

自分たちに都合のいいアジア人像の姿

事実、「微笑みの国」とも呼ばれるタイでは

今でも上映禁止映画なのです


それでも、デボラ・カーと魅力のおかげで嫌味は感じられませんし

ユル・ブリンナーの王様も実にチャーミング

友情の証にポルカを踊るシーンはやはり素晴らしい


イメージ 9

史実との違いも指摘されているそうですが

ラストの王様の崩御のシーンも、私はこれでよかったと思います

もし自分がアンナの立場だったら、お妃や子どもたちと

きっとその場に立ち会いたいと思うから


この時代に異国の女性がひとりきり、5年もの間暮らせたのは

そこに信頼と友情があったことには間違いないのです




【解説とあらすじ】KINENOTEより

「回転木馬」に次ぐロジャース=ハマーステインのミュージカルでシネマスコープ55の第2回作品。製作は「あの日あのとき」のチャールズ・ブラケット。マーガレット・ランドンのベスト・セラー伝記“アンナとシャム王”を「重役室」のアーネスト・リーマンが脚色、監督は「ショウほど素敵な商売はない」のウォルター・ラング。戦後公開の「アンナとシャム王」は同一テーマによる劇映画である。主演は「誇りと冒涜」のデボラ・カー、舞台で同役を演じたユル・ブリンナー。他に「スカートをはいた中尉さん」のリタ・モレノ、ロンドン生まれの舞台俳優マーティン・ベンソン、「愛情物語」の子役レックス・トンプソンなど。音楽監修と指揮はアルフレッド・ニューマン、撮影監督はレオン・シャムロイ。バレー振り付けは舞台同様ジェローム・ロビンスが当たる。

1862年、アンナ夫人(デボラ・カー)は息子ルイズ(レックス・トンプソン)を連れてシャム王(ユル・ブリンナー)の王子や王女らの教師としてイギリスからシャムに渡る。バンコックでは首相のクララホーム(マーティン・ベンソン)の出迎え。アンナは王が宿舎提供の約束を忘れていることを知り、直談判しようとする。王はビルマ大公の貢物、美姫タプティム(リタ・モレノ)を受け取ったところ。早々アンナを後宮へ伴い正妃ティアンを始め数多くの王子、王女らを引合わせる。アンナは王の子女の教育についてティアン妃の援助を受けることになり、タプティムは妃達に英語を教えることになる。アンナはタプティムの恋人がビルマから彼女を連れてきた使者ラン・タと知り、何とか心遣いをしてやった。アンナは王子、王女らの教育で“家”という言葉を教え、宿舎の提供を怠った王の耳に入れようとする。次代の王、チュラロンコーン王子たちは、シャムは円い地球上の小国と聞き驚く。王は授業参観に赴くが、タプティムが持つアンナから贈られた小説“アンクル・トムの小屋”に興味を持ち、アンナと奴隷制度について論じた。だが首相は西洋の教育は王の頭を混乱させるとアンナを非難する。ある日、自分が英人から野蛮人と考えられていると知った王は、保護国の資格を失うと考え、近く国情調査にくる英特使のもてなしをアンナに一任。特使ジョン・ヘイ卿の歓迎晩餐会は、ヨーロッパ風の豪華なものだった。客たちをもてなすため、タプティムが演出した“アンクル・トムの小屋”がタイの伝統的な演劇様式で演じられる。その夜、宴が成功裡に終ったことを祝い、王とアンナは二人だけでダンスを踊る。その最中、タプティムは恋人と駈落ちする。捕らえられたタプティムはアンナのとりなしで笞刑を逃れるが、ラン・タは殺害。心を痛めたアンナは故国へ戻ろうとする。だが船が出帆する日、王が死の床にあると知らせが入る。王の枕元で、王子が即位後は奴隷制度を廃止すると宣言。息子の頼もしい姿を見ながら、王はアンナに看取られて静かに息を引き取る。

開くトラックバック(1)

全32ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

ベベ
ベベ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事