スーダン日記

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エチオピア領?の町

火曜日
イメージ 2この日は、ジュバからパガックに向かう。パガックは、非常に大雑把にいえば、スーダン・南スーダン・エチオピアの3つの国の国境に近い南スーダン領で、内戦中政府軍により地元ヌエル人が迫害を受け、ほとんどの住民がエチオピアに避難した地域だ。
 
新兵器のiPhoneのアプリ「Walkmeter」を使い、GPSで場所を確認するが、Googleマップではやはり、エチオピア領内と表示される。(資源が出ない国境線には南スーダンは関心がないのか?) 地図リンク 
(ネットがつながってなくても位置を記録し、後でネットにつなぐと地図に軌跡が表示されるこのアプリは優れもの。お勧めです)
 
イメージ 1
パガックでは、日本のNGO「ADRAジャパン」JPFUNHCRの資金を得て、2006年後半から、帰還民や地元民の支援を行っているが、雨季に通行できる道が通じておらず、軽飛行機が唯一の交通手段だが、雨が降ると未舗装の滑走路(エア・ストリップ)がぬかみ着陸できないために『陸の孤島』になってしまう。物資輸送もコストがかかり厳しい現場だ。
 
南スーダンは、雨季に入っているため、天候が気がかりだったが、前夜少し雨が降ったが、当日は晴れが幸いした。
 
イメージ 3調査チーム、ADRAの現地スタッフ、支援用の機材を満載したセスナキャランバは、午前9時半にジュバを離陸し、2時間後、滑走路上空を低空飛行をしたパイロットの決断で、なんとかパガックに着陸することができた。
 
まずは、ADRAジャパンのパガックに駐在して活動している幸村さんの出迎えを受ける。幸村さんは外国人一人でこの現場を動かす、パワフルな女性だ(池上さんではないが、ここでも日本人女性が大活躍)。滑走路に隣接したADRAジャパンの事務所で、簡単な打ち合わせをして、昼食を頂いた。
 
その後は、かつてエチオピアから戻ってくる難民を受け入れたWay Stationの訪問や村のチーフやパヤムの役場を訪問して、聞き取り調査を行ない、内戦の頃やその後の復興段階について情報を収集した。(つづく)

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