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「畠山重忠」
平家物語の愛馬「三日月」を背負って降りたという鵯越、二俣川の非業の最期
秩父氏を代表する、ひいては、源氏による武士の力の台頭を
縁の下から支えた、本当に力持ちの坂東武士の代表格、でもあります。
そんなイメージ通りといえる展示が
埼玉県立嵐山史跡博物館で行われいます。
2月21日まで、是非お越しくださいませ。
丁寧な展示であります。
意外と見過ごされがちな、坂東武士達の成り立ち
秩父氏の妙見信仰、そして将門との関わり展示が、現在の秩父地方を考えると
なるほど!とうなずくものばかり。
今回なんと、重忠の位牌が3点展示されておりました。
それぞれ、別の寺院等にまつられているそうですが、うち2点に大日如来の種子が彫られているのは
大変興味深いですね。
そして、そのうちの1点金剛院にあるという位牌。
この金剛院は神田明神との関連もあるとのこと!!
将門と縁のある家柄だけに、これまた、大変気になるお話です♪
あの平忠度の討ち取った、岡部六弥太夫妻の坐像と言う大変珍しいものも。
重忠の姉妹の一人を妻にもつ岡部だけに、この像はなんと重忠の親族としては唯一の像。
さて、本人に似ているか、いかに!?
最後にもう一つ、心に惹かれたこと。
秩父氏を支えたのは、紛れもなく豊富な鉱物資源を抱える秩父を押さえていたこと。
秩父郡内での、鍛冶や鋳物の技術への影響を示唆する遺跡はまだ調査されていないとのことですが
埼玉県内児玉郡神川町や、嵐山町などにはその遺跡が見られます。
そのなかに、滑石製軍配紋スタンプが!!
児玉党の軍配紋、熊谷氏の紋の入った旗が平家物語も登場しますが
その背景に、こういった地元での生産技術の向上を
重忠を中心とする秩父氏がしっかりと支えていたことが
展示を通して、うかがい知ることができました。
浮世絵や草紙、そして、歌舞伎などで、膨らむ重忠像の背景には
様々な姿が見られます。
一族をしっかりまとめながらも
自分の信念を曲げなかった姿は、決して伝承の世界だけではないと思います。
重忠ゆかりの菅谷館跡に建つ博物館で
武蔵武士たちの思いは、しっかりと受け継がれて欲しいと
思わずにはいられないのでした。
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ししまるさん、今晩は。
埼玉県立嵐山史跡博物館でおこなわれいる「熱き武士魂!! 畠山重忠とその時代」展。
残念ながら拝観に行けませんが、非常に興味を惹かれます。特に畠山重忠を中心とした秩父党の武士団の武力を支えたものは何であったか、今後の研究に期待したいですね。
2010/2/11(木) 午後 8:33 [ しげよあゆみ ]
金剛院と神田明神との関係?知りませんでした。 是非教えてください。氏子として大変興味があります。
2010/2/11(木) 午後 10:20 [ mond ]
しげよあゆみ様、坂東武士を代表する秩父氏の存在は、様々な角度から研究されるべきですね。
そういう意味でも、秩父というエリアの存在は重要だと思います。
2010/2/13(土) 午後 11:32 [ ししまるさん ]
mondさま、このことに関しては、これから調べていきたいと思っています。何かご存知ではないですか?ちなみに、金剛院は秩父市下吉田にあるお寺です。
2010/2/13(土) 午後 11:34 [ ししまるさん ]