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五月晴れの中、5月3日に青梅のお祭へ行ってまいりました。
今回は月岑メンバーで集まり、青梅駅の一つ手前東青梅駅から
宗泉寺、天寧寺をお参りして
勝沼町から順繰りに、屋台を一つ一つ拝見しながら、
いつもお世話になっている方のお家まで、歩いてまいりました。
青梅祭りではお人形を屋台に乗せることができなくなっておりますので
現在は会所にてお人形さんにお会いすることができますよ♪
美しい青空の下、山車に乗った彼女達が通りを練歩いたことを(自分では歩いてはいないですけどね)
想像するのも、とても気持ちの良いものです。
各会所にはお人形のことや、お祭にちなんだ解説書がおかれているので
こちらはぜひともゲットしたいですね。
青梅の古い家並みの中、屋台が練り歩く姿は、お囃子と共になんともいえない風情です。
江戸時代の神田ではどの様な光景だったか。
そんなことも想像しながら、楽しい一日でした♪
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すばらしいお人形に屋台、青梅にもあるんですね。知りませんでした。やはり電線が邪魔ですよね^_^;
でもすばらしいお人形が近くでみれて良かったかな。
2010/5/5(水) 午後 3:02
あれっ、ご本人が写っていらっしゃるのかと思いました。
2010/5/5(水) 午後 4:47 [ mond ]
オートミール様、青梅のお祭は毎年5月の2日、3日です。
ものすごい人出ですが、是非お人形さんたちに会いに行かれてくださいね。繊維で栄えた町だけに、あちらこちらにお着物に関わるお家が多く残されていますよ♪
2010/5/5(水) 午後 9:15 [ ししまるさん ]
mondさま、さて、ししまるはどこにいるのでしょうか!?
2010/5/5(水) 午後 9:16 [ ししまるさん ]
今晩は。
青梅の祭り、こんな素敵な人形がかつて乗せられていたんですね。
できれば山車に乗せて街中を練り歩いて貰いたいですね。
ポチです。
2010/5/6(木) 午前 0:31 [ しげよあゆみ ]
「人形がかつて乗せられていたんですね。」のお言葉で一言。そうなんです森下町の山車は神田祭で使われていたものなんです。その町は現在の司町二丁目皆様おなじみの齋藤月岑さんの関わる三河町四丁目のものです。山車幕だけでなく人形の箱書き衣装陣羽織の裏打ちの芯など場所や年代の確証となるものばかりです。そして刀の鍔には当時在住の大和屋吉右衛門の刻銘まで。大和屋吉右衛門は月岑日記にも再三登場してます。こんな話をししまるさんに見ていただくのもそこそことどまるとこ知らずで押し売りです。来年もパワーアップで騒ぐつもりです。
2010/5/6(木) 午前 10:17 [ みち藤 ]
しげよあゆみ様、そんな様子を思い浮かべながら、青梅の街を歩きました。間近でお人形を拝見できる良さもあるのではありますが、、、。
2010/5/6(木) 午後 11:09 [ ししまるさん ]
みち藤さま、いつもお世話になりまして、本当にありがとうございます。神田と青梅、見えない強い絆を感じますね!!
2010/5/6(木) 午後 11:12 [ ししまるさん ]
青梅の地名のおこりは将門公が植えた梅です。明治の神田のゴタゴタから将門公の首ならぬ山車人形の首が青梅に飛んできたのか?なんちゃってです。ともあれ間近でお人形を拝見いただくため勝手に武内宿禰の御守役を名乗ったりしてます。
2010/5/8(土) 午後 5:43 [ みち藤 ]
みち藤さま、江戸の街で始まったお祭が、周囲に多いに影響を与え、逆に今、昔の江戸の祭りを感じることができるのですよね♪
お守り役、大事なお仕事です!!
2010/5/9(日) 午後 8:45 [ ししまるさん ]