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私とカラヤンの出会いはいつだったのでしょうか?
覚えているのは、14歳の時、
買ってもらったばかりのラジカセで(もう死語ですね)
生中継でFMで放送された、ベートーベンの第9です。
カラヤンの凄さも、ベルリンフィルの素晴らしさも
何もわかっていないはずなのに
あの日の興奮は、今でも忘れられません。
テープに録った演奏を(テープも死語か!?)
何度も、何度も聞きました。おかげでドイツ語はわからなくても
第9はソロパートも歌えましたね(笑
その後、音楽の勉強に進み、当然のごとくその音楽に触れていくこととなるカラヤン。
ナチスとの関係を取りざたされたこともあり、
彼を扱う書物には、その死後を含め、決して礼賛する物ばかりではありませんでした。
しかし、新しいものをどんどん取り入れ、録音に、映像に
クラッシックの世界を広げていった常に先駆者であったと思います。
そんな帝王とも呼ばれた名指揮者を、心のそこからサポートできた人が
日本人であったとしたら、とても誇りに思いませんか?
著者 「眞鍋圭子」さん、
ご自身も、チェロを弾かれ、音楽に造詣が深かったのはもちろんなのですが
カラヤンを色眼鏡で見ることなく、まっすぐ捉え、そして、接してこられた
偉大なる芸術家を心から尊敬し、ベストを尽くすその働きぶりは
読んでいて、涙が出てきました。
きれいごとではいかない、エンターテイメントな世界。
その世界でまっすぐに音楽を向き合って生きているカラヤンを支える人たち。
そして、そのサポートを充分にわかっているからこそ、
そして、その芸術を思いっきり享受したい人たちがいるからこそ
命の最後の最後まで、カラヤンは音楽に生きていった。
10代の頃に受けた感動の裏に、このような人々の思いがいっぱい詰まっていたことを思うと
また、涙が出てきてしまいました。
よく、書いてくださった、という気持ちで読ませていただきました。
東洋思想にも造詣が深く、「輪廻」はしんじているのではなく、「事実」であると
おっしゃっていたとか。
決して器用にご自分を語る事のなかったカラヤン。
天国から、ちょっと恥ずかしそうに見ておられるか
もしくは、転生されている!?
私のそばにいて下さったら、とても光栄です、ね ♪
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