|
今年は日本のカトリック教会にとって、とっても記念の年になりました。
「ペドロ岐部」皆様、ご存知でしょうか。
私、実はよく知りませんでした。
江戸時代のキリシタン殉教、多くの信徒達が信仰を捨てずにキリストの命に殉じていきました。
そんな中、有馬の神学校に学んだペドロ岐部は、追放令のためいったんマカオに逃れます。
このままでは、日本から逃げたという思いと、そして神父にもなれないという状態から
単身でローマに留学、念願の神父となり、キリシタン迫害の荒れ狂う日本へと戻る。
キリシタン禁止令当時の日本人が神父になるということは、尋常なことではありませんでした。
ローマに行くだけでも至難の道のり、それも、何の後ろ盾もない日本人一人、
ししまるの想像の範囲を、恐らく超えた世界がひろがっていたでしょう。
でも、神父になるため、そして迫害に苦しむ信徒を励ます為。
その一念が見事達成され、日本に帰国し、そして彼は江戸の地で殉教します。
「穴つるし」の刑
これは、多くの信徒を、そして聖職者達を、転ばせました。
汚物の入ったかめに、逆さにつるされます。
4日間吊るされると、大方の人間が亡くなるそうです。
しかしそれまでの苦しみは、それまでの尋問や刑罰など比べ物になりません。
いっそ、殺してくれ、、。
こんな苦しい思いをしているのに、神は何故何も答えてくれない。
ゲッセマネの園で血の汗を流したキリストの苦しみ。
ししまるにとっても、一番辛いところです。
宗教は、政治の具になってきました。
でも、そうではなかった人たちがいたからこそ、殉教された人々がいたのではないでしょう。
ペドロ岐部ほか187人の殉教者達は、バチカンより福者として列福されることとなりました。
彼らの苦しみは、とうに天国で癒されていることでしょうが
この世に生きる私達にとって、心の支えになる事は間違いありません。
荒れ狂うキリシタン迫害を心の重荷としながら
日本人として初期の数少ないヨーロッパ留学を成し遂げ神父となったペドロ岐部。
その目的は、日本に帰る事、そして、そこで死ぬこと
何の為に!?
遠藤周作さんにとって、きっと心の重荷でもあり、そして希望でもあったキリスト教。
主人公に重ねたり、遠くから俯瞰したり、その心模様が見え隠れします。
それは、私にとっても、永遠の十字架です。
私ならどうするのか、
弱いわたしのためにどうか祈ってください。
自分を見つめる辛い作業を突きつけられる作品でした。
11月24日、長崎の地で列福式が行われます。
「こよなく晴れた青空を」
苦しみを超えた人々の勇気を、心から祝福される喜びを、私も分かち合いたいと思います。
|