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矢来能楽堂で毎月行われている、「のうのう講座」
何か気持ちが晴れなくて、いつもは前もって申し込んでから行くのですが
今日は当日参加することを決めました。
本日の「お題」は『鵜飼』です。えっ、気の晴れるような演目かいな!?
と思いながら行きましたが、
法政の山中先生の明るいお話しぶりに、楽しい一時が過ごせました。
お能における三殺生といえば、「善知鳥」「阿漕」そしてこの「鵜飼」
それぞれ猟師や漁師(読みは一緒ですね)鵜使いなど
仏教における殺生禁断を犯すことを生業とし、その職業故の罪深さによって地獄に落ちてしまいます。
その中で、この鵜飼いのおじさん、禁止されてる鵜かいをしてしまったことによって
なんと見せしめに簀巻きにされて、川に沈められ命を落とすという、
悲惨な最期になったにもかかわらず、鵜飼い本当に好きなのです。
旅の僧に、ざんげの為鵜飼い様子を再演してしまうと、嬉しくってたまらない♪
おいおい、それじゃお坊さんだって困っちゃうでしょう、
と思いますが、お坊様は違いますね、
石に経の文字を書き供養をしてあげます。
そして、なんと鵜飼いの舟を「弘誓の船」になし、と
地獄の鬼が極楽に送ってくれるという、
素晴らしいエンディングですね。
この石に「妙」や「法」なのど一文字を書いたものが、実際出土されています。
やはりこのような供養に使われていた形跡が考えられますね。
法華経=日蓮宗の宣伝能のようにも取れる「鵜飼い」ですが
鬼の存在も見逃せません。
芸能において「鬼」はいつの時代もキーポイントですね。
地獄の責め苦は彼らの役目ですから。
しかし、榎並の左衛門五郎の作であった鵜飼いを改作した世阿弥ですが
小柄だった彼は、あまり鬼の役はお得意ではなかったようです。
鬼の能なんて、うちの流派にはないよ、などと娘婿に送っている手紙が残っているそうです。
ちなみに大柄な観阿弥はお得だったようですが、、、。
初めてお聞きしたのですが、当日の頭の色や形、それに面の種類によって
笛のテンポなど、ちょっとした節回しを変えることが江戸時代などは当たり前だったようですが
今でも、装束の様子を確認にこられる方もいらっしゃるそうです。
喜正先生の実演もちょっと入ったりして、べし身の面も見せていただいて
M女史とも予想外!?でお会いできて、大満足でした♪
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