今、そこにある映画

傑作も駄作も、ともに見る。ともに、愛する。 変態です。出来れば映画はフィルムで見たい。別ブログ「昔の映画を見ています」もあるでよ

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仲間由紀恵モンダイ

 なぜ仲間由紀恵は、あんなに美人なのに、<オンナを感じない>のか。
 いわゆるフェロモンがないのだろうか、みんなが言うように。
 TV「トリック」シリーズの、コミカル演技をのぞいて、あまり、いい女優さんだなあ、と思わないのも事実だ。なんか妙につるつるっしていて、のど越しはいいのだが、パンチ(ふるっ)がない。
 もっとも、TVは「トリック」の彼女しか見ていないので、まあ、よくわからないといった程度ですが。
 彼女は、沖縄出身というのは、知っている。そうか、南国系?は、お色気なんて、微妙なニュアンス?とは縁がないのか?
 ということで、沖縄出身の女性芸能人・タレントを検索してみた。検索にはいっぱいひっかかるが、ぼくが知っている人は少ない。これは、ぼくがあまりTV芸能系?に詳しくないせいだが。
 あるサイトによると、
 
新垣結衣:那覇市
国仲涼子:那覇市
黒木メイサ:名護市
仲間由紀恵:浦添市
満島ひかり(元Folder・元Folder5):鹿児島生まれ、沖縄育ち
山田優:沖縄市
安室奈美恵:那覇市
南沙織:嘉手納町
Kiroro:中頭郡読谷村
知花くらら:那覇市
 
 これくらいが、ぼくがかろうじて知っている沖縄出身女性タレントだろう。
 アイドル系かわいい系が多いのかな。
 でも、かわいいし、きれいだけれど、これ、見事に、フェロモン無縁系じゃない?
 本来、お色気ありそう?系なはずの、黒木メイサも、満島ひかりも、見事に、フェロモンゼロ系?じゃあありませんか。国仲涼子なんて、はかなげ系?なのに、色気ゼロ。知花くららも、ミス・ワールド・コンテスト出身らしく?大雑把で、ニュアンス少なし。
 なんだか、みんな、歌って踊ってダンスして(笑)系元気少女ではあるのだが。沖縄アクターズスクール系の、ダンシング・ガールが多いのか。
 沖縄アクターズスクールは、確かマキノ雅弘の息子が経営していたはずなのに、マキノの<ニュアンス>は、引き継がなかったのか。
 もっとも、母が轟夕起子という、ガハハ系?元祖ダンシング・ガール(戦前は宝塚)だからなあ。父マキノより、母トドロキのDNAを、濃く受け継いだのか。いや、轟夕起子は、好きな女優なんですけどね。
 沖縄は、セクシーゼロ系地帯なのか。オンナのカロリーゼロ系か。
 南国のせいか。それとも、沖縄にめったやたらと多いときく、左翼性?のせいか?(笑)
 左翼は、セクシーさとか、ニュアンスとか、微妙な感情の間合いを否定しますからね(笑)。
 あるいは、あらゆる意味(歴史的・地理的)で中国に近いせいか。中国もまた、ニュアンスとか、微妙な感情の間合いを否定しますからね(笑)。これらの複合技で、沖縄出身タレントには、フェロモンがないのか(笑)。
 いや、偏見ではなくて、素朴な疑問で。
 
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 原田芳雄死去、小松左京死去、ぴあ廃刊とか、にもかかわらず、だれにも求められていない、菅直人は、相変わらず居座っているなあ。さすがに「日本人離れした」粘り腰、恥知らず、無神経は、左翼ならでは。
  なでしこジャパンの粘り腰は、世界中から賞賛される。
  菅直人の粘り腰は、日本中から嫌悪される。
なんてボヤいても、いまさら、面白くもなんともないもんな。菅直人=民主党の<鈍感力>は、もはや、しゃれにもならないレヴェル。菅直人、<鈍感汚吏>。もとい<貪菅汚吏>。 
 民主党<おままごと>政権は、左翼政権の通例に習い、とうとう<独裁者>をおろすことは出来ない。
 <民主主義とは、期間を限定した独裁>とほざく菅直人こそ、この現代日本に狂い咲いた<独裁者もどき>なのだが、この菅を支持している朝日新聞とか、社民党・福島みずほとか、あからさま過ぎる。
 かつて、中国や韓国、北朝鮮から、これほど、非難されなかった政権は、ないのではないか。
 朝日新聞が支持し、福島みずほが、辻元清美が、中国が、南北朝鮮が、ニコニコ見守る政権。
 もはや、アウト・オブ・コントロール。ふつう、沈没寸前の船からは、ネズミがどんどん逃げていくものだが、逃げないねえ民主党は。よっぽど政権党の旨みかねえ。
 逃げたのは、ヨコクメ(見た目はネズミっぽいね)だけか。もっともヨコクメは、神奈川にいても、小泉進次郎に勝てないし、今の民主党の状況では、前回のようには比例でも残れない。自己保身で逃げたとも見える。
 菅の選挙区に無所属立候補というのも、ビミョー。菅に勝てるか、菅を補完するか、どちらとも言い切れない。だいいち、あの軽薄さは<未来の菅直人>というべきだろう。
 下手したら、ヨコクメが立候補することで、当然次は落ちるはずの菅が当選しかねない、というところもある。ヨコクメでは、読めないよ。
 かつて民主党は「日本をあきらめない」なるキャッチフレーズで、小泉に負けたが、今も「民主党をあきらめない」ために、日本の国益を日々損傷している。あの民主党の、日の丸を二つに割った党ロゴが、全てを現していたのね。
 ところでヨコクメが菅の選挙区・東京18区から立候補すると表明したとたん、今までは、この夏に反原発解散するかもだぞ、とあおっていた菅直人(側)が、2年後の衆参ダブル選挙もあり、と<選挙延命>に走るなんて、絵に描いたようにわかりやすいな、おい、菅直人。
 たかが、いち「一年生議員」の立候補表明で、国政選挙の日程変更を考えるなんて、菅直人、さすが、<国益>より、<私益>の、菅直人なんだなあ。わかりやすい延命で、笑えてくる。
 
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「スーパー8」

 うーん。まあ、あまりたいして期待しないで、今、地元のシネコンでやっている中では、これかなあ(消極的見たい度、と、一番手ごろな上映開始時間>笑)と、見たら、うーん。
 まず。別に本作に限らないが、CGてんこ盛りの、特撮映像を見て、何が楽しいのだろうか、と。
 煙一本、ちろちろ燃える火のひとほむらも、実際に燃やさず、パソコンでパコパコ作ったCGの数々は、やはり、何の興奮もしない。それが、華々しい災害場面であればあるほど、体温が冷えていく。パソコンの画面上のドットの集積にしか過ぎない<偽りのスペクタクル>に、人は、興奮は、しない。少なくとも、ぼくは。
 どんなに素朴なものでも、本物の火を、フィルムに定着させてこそ、興奮するのだ。少なくとも、ぼくは。まあ、そういうフィルム官能者は、かなり減っているとは、自覚はしているのだが。
 それと、もうひとつ。どんなに、お子様たちが危機に襲われようと、ハリウッド映画では、お子様たちから一滴の血も流れないのだ(ヒッチコック・トラウマか)。せいぜい、いい訳めいたかすり傷程度。
 あと、犬ね。犬たちからも、一滴の血も流れないのだ、という、ハリウッド映画のコード。
 あと、女ね。女たちからも、一滴の血も流れないのだ、という、ハリウッド映画のコード。
 お子様、犬(ネコなどのペット)、女。ハリウッド娯楽映画では、けっして、これらから血が流れることはない。もちろん年齢指定/規制映画は、この限りではないが。
 ということは、血を流すのは、大人の男に、ほぼ、限られるわけで。これで、サスペンスの7〜8割は、減じることに。ああ、<政治的正しさ>とやらは、なんと映画からサスペンスを奪っていくことか。
 同じく、この映画の<宇宙人>も、また、政治的コードに忠実で。
 そうだよねー。あらゆる訴訟の場合を想定した、ディザスター映画なんて。この種の映画って、もう、全て、弁護士の管理下におかれてしまったわけでしょう、いわゆるハリウッド映画は。まあ、昔から、ハリウッドは、そうなのかもしれないけれど。
 管理された刺激。もともと、そういう事態に、適用できる体質を備えていたのが、<プロデューサーとしての>スピルバーグ(本作のプロデュース)であり、ルーカスであり。マイケル・ベイであり。
 今回の映画の前の予告で、今年冬公開のCGアニメ映画の、監督がスピルバーグで、製作がピーター・ジャクスンという、いわば<下克上?>な映画も、あったりして。まあ、そうなんだろうなあ。そういう、ツルミなんだろうなあ、という。
 おそらく本作が、<参照>した「ET」の現代版を狙ったのだろうが、「ET」のある種楽天性が欠けていたこともあり、いや、アイドル性も欠けていたか、まあ、比較にならない。なによりも、「ET」にすらあった、懐中電灯の光の乱舞といった、映画的興奮を、徹底的に、欠いている。。
 ダコタの妹、エル・ファニングの、ふてぶてしさは、ダコタよりは、いい。ダコタより、将来性は、あるような可能性。でも、「ET」の、ドリュー・バリモアほどでは。いや、可能性は、あるぞ、エル・ファニ。
 にしても、ダコタは、どうした、最近?
 
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 <歴史の修正力>が働いて、仁が江戸で行った医療行為・存在は、歴史の彼方に消えていった。まったく、無駄だったのか。であるならば、思い切り無駄な人生の6年間なのだろうか。
 仁が救った命は、<ほかの誰か>によって救われた、のだと、思いたい。
 しかし、仁の存在自体が、江戸の人々の記憶から消えたとしたら、南方仁=見なかった仁(御仁=人)になったのか(笑)。としたら、ナイスなネーミングなのだが。この部分では、後出しじゃんけんな、このドラマの脚本が、原作に勝った瞬間か。いやいや、原作も、当初は、こういう悲恋の結末を想定していたのかも、知れぬ。
 しかし、もし、南方仁の存在が、江戸の人々の記憶から消えなかったら、大変なことになる。
 勝海舟は、その回顧録に、「そういえば、一時期、不思議な医者がいた」と談話するかも知れず、龍馬も乙女姉さんに、変わった、ゆかいな医者の存在を報告するかも知れぬ。
 そうなったら、<歴史の修正力>もカタナシで。
 やはり、仁は消えるべくして、江戸の人々の記憶から消えたのか。
 ということで?坂本龍馬である。
 実際の坂本龍馬の血液型は知らないが、おそらく典型的B型タイプであろう。このタイプは、主役であるより、準主役のほうが、のびのび存在感を示せる。ということもあり、内野聖陽龍馬は、ぼくたちの<龍馬的欲望>を満たして、完璧ですらあった。こんご、これ以上の<ぼくたちの内なる龍馬>が、現われるとしたら、それは奇跡というものだろう。
 準主役、脇役でこそ、光り輝くタイプ。その、輝き。内野龍馬の、思い切りたがを外した快演。素晴らしい。目の快楽。
 で、お竜さんの出番は、ほんの一瞬。寺田屋騒動では、裸で危機を知らせるのも、ほんの一瞬。瞬殺で、消えた。これは、たぶん、内野龍馬を、永遠の漂流者、永遠の独身者として、描きたかったんだと思う。
 たぶん、主人公の仁先生が、友永未来にも、橘咲にも、野風にも、そしておそらく喜市の母ちゃん(喜市が持っていけばいい枝豆を、いそいそと届けて、辻斬りに切られてしまう)にも好かれる、モテモテ男。
 この主人公に対抗するため、準主人公の竜馬は、女にモテナイ、というところでバランスをとるしかなかったのだ。かくて、野風にも瞬殺でふられる。一番龍馬を思う女が、寺田屋女将・室井滋に<偽装>される。
 そして、龍馬発案の新政権プランに、龍馬自身の名がないという(きわめて日本人好みな)展開に、西郷隆盛が「おはんの名がないが?」と聞き、いやもう自分は、四角四面な大臣・官僚になるのは合わない、世界の女たちと<あばんちゅーる>するのだ、と応える。そのためにも<日本初の新婚旅行>お竜は、都合が悪かったのだ。仁先生と真逆で、男(仁、勝、西郷、東)には<人たらし>で、惚れまくられるが、女には、まったく、モテナイ、そういう龍馬を描きたかったのだろう。
 かくて、お竜(真中瞳)は、瞬殺で、消えた。
 そして東(佐藤隆太)だ。<タテマエ>のうえでは、兄の仇をとって龍馬を討ち取った事に、なって、いる。なぜ、自害しなければ、ならないのか。タテマエとして、おかしいだろ。その、龍馬への好きよう、ということでは、なかったのか。龍馬の死を結果として仕組み、龍馬に殉じたのだ。
 勝海舟も「あいつとおいらは一緒なんだよ。あいつはまだ死んじゃいねえんだよ」という。
 男たちは、みんな内野龍馬と一心同体なのだ。だからこそ、余計、女には持ててならず、だからこそ、世界中の女たちとの<あばんちゅーる>を夢想する、しかし、その夢想は、暗殺によって、とうとう実現しないのだ、ということを、あらかじめみんな、知っているのだ。
 仁先生(「私も咲さんをお慕いしておりました」)は女たちのアイドルであり、内野龍馬は男たちのアイドル(「あいつとおいらは一緒なんだよ。あいつはまだ死んじゃいねえんだよ」)。きわめてまっとうな、主人公・準主人公の役割分担、素晴らしい。
 内野龍馬が、もてないには、モテナイだけの理由が、ある。
 
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 菅直人に辞めろ、辞めろ、という、岡田も仙谷も安住も、こいつらも、一向にやめねえなあ。
 地位に恋々としているのは、菅直人だけじゃない。民主党一味の全員がそう。
 あいだあいだに枯れ木があったら、ガレキ、余計固定されて、撤去できないじゃないか。
 しかもこの枯れ木たち、菅直人を排除した後は、あわよくば、自分が総理に、ないしは次の政権の一味に残りたい手合いばかりだ。そんな手合いばかりと見透かされているから、菅直人も、自信を持って堂々と、地位に恋着しておる。
 これが自民党時代なら、政治は停滞しても、政局は流動していただろう(笑)。民主党は、政治が停滞して、なおかつ政局も停滞している。スピード感ゼロ。
 そうか、世界中のあらゆる左翼政権が、なぜか長期化するかの、秘密。
 政治も政局もまったく停滞しているせいなのか。流れが、ないのだ。
 流れというか、時間が、止まってしまう。
 震災以来のこの四ヶ月、政治も動かなければ、政局も、動かない。おそらく左翼には時間という概念はないのではないか(笑)。
 震災復興が、一向に進まないのも、一応肯定的に左翼を<理念の人>と捉えても、現実より理念が大事、現実の進歩発展よりも、空理空論の充実が大事なのだ、あの人たちは。

 時よとまれ君は美しい。それが左翼。だから、現実の政策は一向に前進しない。
 タイム・イズ・マネー。そんな考えは、左翼には、ちらりともないのだろう。タイムもマネーもともに否定してこそ、左翼なのだ。これじゃ、震災復興も、経済立て直しも、進まないわけだ。
 ソ連でも中国でも、かつての共産党政権は、いや、今現在の北朝鮮でも、あらゆる左翼政権の、時間が止まり、経済が停滞し、工場や施設は廃墟になる、その理由。
 何よりも、時間を否定して、その国全体をガレキ化してしまう。そう、国中のいたるところにガレキを放置したままの、旧共産圏諸国の惨状を思い起こすと、東北被災地のガレキ撤去が思うに任せないのは、それは、思うに任せないわけでは、なかったのだ。
 ガレキの<生産>こそ、共産主義国家の要諦であるから、民主党菅直人政権は、自ら進んで<ガレキの維持>を、しているだけなのだ。
 わたくし菅直人の総理としての実績は、歴史が判断してくれる、と、確か菅直人は、言った。今現在は、無能だガレキだ、と散々だが、<歴史>は、正しく菅直人を評価するだろう、と。
 この、思い上がり、時間という概念がない左翼の菅直人にしてみれば、どういう発想なのか、よくわかる。時間という概念がないのに、<歴史>に対する思い入れ。恐ろしい。
 空疎で、無意味だろう。
 いつ辞めるか、時期を明言しない菅直人、そういう批判があるけれど、だって明言しないよ、時間という観念、ないんだから、あいつらは。
 考えがその場しのぎで、ころころ変わる。その場しのぎでは、なかったのだ。だって、あいつらには、時間という概念が、ないんだから。時間という概念がないから、その場しのぎは、もう、あいつらにとっては、その場しのぎでは、ないはずだ。
 あいつらも、俺たちは何で地位に恋々としている、と批判されるのか、まるきり見当もつかないに違いない。だって、時間という概念ないんだから、「俺たちは地位に恋々としていねえよ」と、思っているに、違いない。<地位に恋々>するには、時間の概念が、必要なんだもの。
 
    馬鹿は馬鹿なりに一途菅直人
 
 ああ、一途ってことは、時間の概念あったら、出来ないよねえ。

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