今、そこにある映画

傑作も駄作も、ともに見る。ともに、愛する。 変態です。出来れば映画はフィルムで見たい。別ブログ「昔の映画を見ています」もあるでよ

日本映画

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 DVDにて。う〜ん。コクなしキレなし雑味あり。つまらん。
 メインの西田敏行ラーメン店と、そのライヴァル石橋蓮司ラーメン店のラーメンがアップで短く写るんだけど、そのヴィジュアルがいかにもまずそう。ちっともうまく見えない。こだわりラーメンの設定なのに、素人がチョコチョコと作りました、てなひどさ。ここでこの映画の作り手がラーメンに一切の思い入れがないことが、思い切り露呈してしまう。
 大体、西田ラーメン店が行列ができる、師匠お墨付きのラーメン店にはちっとも見えない。暖簾も構えも内装も<やる気のないその辺のラーメン屋>そのもの。ヒロインのアメリカ人女性に、トイレの掃除の大事さを説く割には、トイレ汚なすぎ。近所のおばちゃん(岡本麗、石井トミ子!)が下駄履きで気軽に来る、可もなし不可もなしのラーメン屋にしか見えない。割と、外国人による日本への偏見がないかのように見えるこの映画も、そこの根本的なところで間違えてる。まるで民主党が見た、エキゾチック・ジャパンかな。
 そして、雑味の最たるものは、ヒロインが恋する「日本人」青年が、「祖父母が韓国人だったから、子供のころに差別を受けた」自称日本人。こういうサブキャラで、「差別を受けた」、それで終わってますが、サブキャラだけに、なんら反論の場がない(笑)。言われっぱなしで、こちらは口あんぐり。「たかがラーメン」の娯楽映画で、こういうびみょーな問題さらりと流すのは、あんた反則って言うんですよ、普通。
 アメリカ人ヒロインが、市場で買ってきたとうもろこしの粒をラーメンに入れようとすると、西田はラーメンへの冒涜とばかりに怒るが、少なくともサッポロ系などでは、もう何十年も前から具材として使っている。また、これまた愚鈍な「タンポポ」へのオマージュとして出演しているとおぼしき、ラーメン・マスター山崎努のラーメンの食べ方が、これ以上ないというくらい汚い食べ方。この映画見て、<ああ、ラーメン食べたいっ!>と思う奴、ゼロだろ。その点で、この映画は、失格。
 この映画の企画者、関係者は、今後二度とラーメン食べてはいけない。ま、ぜんぜん苦痛じゃないだろうけどね。

 意外に面白かった。フジテレビ映画としては上出来の部類。ただ、最後が腰砕けだよね。有名俳優を悪役に持ってきたせいか、悪役が悪役に徹しきれない。あれだけ緻密に練った悪事のはてに、最後の最後で、織田裕二のいかにもな説得に判断を迷わせるなんて、本番に弱すぎるぞ、佐藤浩市。悪を演じるなら、緻密な計画なんかの前に、そのハチミツな心をどうにかしなさい。
 とは言うものの、実は砂糖は、あ、前に蜂蜜を入れたせいか誤変換されたか、佐藤は真の悪役では、ない。本当の悪は別にいて、その日本国外務大臣(貫禄のない役者がいかにも貫禄なく演じる)に復讐するための、いわば正義の味方気取りの役割が佐藤だ。
 佐藤と、そのテロ仲間たちは、妻や愛する者たちが平和活動ボランティアとして東欧某国に働いていた際、その軍事政権の爆撃で殺された、その復讐である。
 ここがまず、可笑しいでしょ。殺したのは東欧某軍事政権の軍人とその独裁者でしょ。なぜ、彼らを攻撃しないで、スルーするの。デ、なぜ日本国外務大臣をターゲットにするか、というと、その軍事独裁政権に、莫大な資金援助していたから。という論理。まあ、日本国を従犯扱いしているんだろうけど、何で主犯はスルーして、資金援助の従犯程度だ・け・を・狙い撃ちするの?
 これは同じTV局仲間で、テロ朝とも称されるテレ朝が作った映画「相棒」にも共通している。中東某国のテロリストに息子を殺された男が、その殺した張本人のテロリストは一切スルーして、息子を<見殺し>にした、日本の政治家や、同じく日本国民を標的にする。殺意を持って明確に殺したテロリストは、罪がなくて、いかなることがあろうと自衛隊を撤退させない、と言った政治家にのみ、罪があるの?
 推測である。おそらく映画製作側は、共産主義軍事政権や、反米である中東テロリストに、日本国に対してより、よりシンパシィを持っている。どんな口実を作ってでも、日本国を悪者にしたいだけなのだ。
 しかし、その<日本国を撃つ>佐藤浩市や西田敏行(「相棒」悪役)は、結局悪に徹しきれない。なぜなら、左翼平和主義者だから(笑)。<悪い日本国の悪徳政治家>ほどには、悪に徹しきれず、腰砕け、だって本当の悪じゃないもん、おれ平和主義者だもん。その脳内お花畑を実感させるために、好感度抜群の佐藤や西田が、悪の振りして<日本国の悪事>を告発するわけだ。
(あまり関係はないと思うが、同じくフジテレビ映画、佐藤主演の「誰も守ってくれない」も、子供殺しを、ほぼスルーして、<悪意ある>世間や、ネットを主攻撃対象にしていた)
 なぜこんな不細工をしでかすか。原因は二つですね。
 その一。それらしいロケ地探して、それらしい人種の軍人・テロリスト役者を探して、その悪を大々的に日本人の西田や佐藤が殺しまくったって、後味悪いし、撮影面倒じゃん。ロケ地で撮影反対運動が起きたらどうするのよ。反日は大賛成だけど、撮影妨害は困るしなあ。だいいち、平和主義のぼくたち日本人のキャラに合わないしなあ。西田や佐藤はランボーじゃないんだから。じゃあ、テキトーに<日本国の悪を討つ>方向でお茶を濁しときましょう。いずれにせよ、日本国の悪を広めることは、大事なことだし。
 (特定)外国の悪を告発することに、日本の平和主義者はためらいを持つ。中国や北朝鮮の核は、広島にとっても、良い核だし。チベット人やウイグル人の虐殺はよい虐殺なのだ。そして、日本国の悪(どんなに悪く見積もっても、資金援助や、見殺し程度の従犯なのに)は、どんどんフレームアップする。
 日本やアメリカなどの民主主義国において、エンターティンメントの世界で、自国の悪口を言うことは、何のリスクもなく、<罪のない娯楽>なのだ。誰も逮捕されないし、面倒な負担もない。一方で、外国の悪を下手に追求なんかして、反対運動おきたらどうするの、たかがテレビ屋の作る娯楽なんだし、というところか。
 その二。かつての時代劇ややくざ映画などでは、まず、殺しの実行犯をやっつけて、次第にその糸を手繰り、ついにはラスボスに到達する、と言うのがお約束だった。その途中で、まだ息のある実行犯や目撃者はかならず矢で射抜かれ、絶命するのね。そのすぐ横にヒーロー、いるのに。そういうお約束が出来るのも、実行犯もラスボスもヒーローも、同じ町内、同じ地域にいるからできること。実行犯には、一宿一飯の流れ者が使われることも多く、そんな余所者も、簡単に探し出せる時代だったのだ。しかし、このお約束もあんまり使われすぎたため、実行犯てのは単なる使い走りで、真に悪いのは、これを命じた悪の政治家だか、政商だかのほうだ、とショートカット現象がおきて、ラスボスこそが悪い奴、と言うことになったのかとも思う。しかも現代日本には<悪代官やら悪徳資本家に命じられて、人を殺す鉄砲玉>がリアリティを持ちにくいのも現実だ。そこで、より派手な海外に実行犯を、求めると。そして、その一で書いたもろもろの理由により、ラスボスは日本国の悪徳政治家で、あると。悪徳資本家にはなぜか、ならない。現代で、それをやると、たいていどこかの大手企業のイメージとそっくりになってしまう。テレビ屋風情にそのなリスクは犯せない。
 脳の中にお花畑を持つ製作者による、<罪のない>しかし中途半端な娯楽映画は、こうして作られるのですね。

西川美和「蛇イチゴ」

 「ディアドクター」監督のデヴュー作をDVDにて。
 葬式での香典ドロ専門の詐欺師に宮迫博之。その父・平泉征は、会社を辞めたこと、多額の借金を重ねていることを家族に秘している。なんだ、デヴュー作から<人をだます人><心に偽りを秘めた男>の話だったのね。「ゆれる」の、裁判での逆転証言、兄弟の葛藤も含め、だます男、偽りの男に、よほど執心を持っているらしい。宮迫を全否定していた、妹・つみきみほも、最後の蛇イチゴの置き土産にふっと心を許し、「ディアドクター」の余、八千草も、鶴瓶を認めていたし、ダマス男をカス扱いは、していないようだが。何より、そういうキャラに関西のお笑い芸人を当てているところがミソか。
 映画は、「ゆれる」「ディアドクター」の完成品を見ている目で見ると、だいぶ、若書き、ほほえましい若さが感じられるが、もちろん公開当時に見たら、新人としては完成された力量、というころだろうか。たった三本の映画で、絵に描いたようにホップ・ステップ・ジャンプした西川だが、今度は女の<ゆれ>も見てみたい、専門外だろうか。

 前にどの映画を見ようかな、と検討したとき「サマーウォーズ」? なんだそれ、とスルーしてしまった。あまりに地味、かつバッタモンなタイトルに、かのアニメ版「時かけ」の監督の新作だということを、思い出せなかったためである。そうと思い出せていれば、そのとき見たものを。
 で、改めて、見た。
 面白いっ!
 本年度ベストワン・クラスの面白さ。細かいことは抜きにして、勢いだけで突っ走ってしまった、大快作だ。とにかく三十人くらい?の大家族に、訪問者の主人公、その他その他が活躍する、それをぎゅうぎゅうに押し込んだ超過情報量は半端なくすごいし、それをエンターティンメントとして、夏の花火のごとく炸裂させる、そのチカラわざは、この監督、細田守なんて名じゃない、フトダセメルだ(くだらん)。
 とにかく最初の数分間(ネット上の仮想空間OZの紹介)、次の数分間(主人公の男の子があれよあれよというまに、<夏祭りの会場>に拉致されていく)、この冒頭から傑作の予感が明らかで、それはついに最後まで持続していく。
 ちなみに、ぼくの本年度日本映画ベストワン暫定候補は、見た順で「フィッシュストーリー」「ディアドクター」「サマーウォーズ」。カタカナ二語ばっかりだな。宇宙からの落下物二件に、関西からの落下物一件。
 お話は。まあ、あまりよくわからん(笑)。なぜアバターを集めると、強くなるの、とか、裏で仮想空間を操っているほうが、どうして負けてしまうの、とか。てきとーなローカルルールを勝手に作って、あるいは主人公の側の接続を止めちゃえばいいだけの話じゃないの、とか。
でも、まあこまかい話は、抜きで。
 何の予備知識もなしで見たので、美点のひとつは、声を有名女優・俳優が当てているのを、本人の顔を心の中に思い浮かべなかったのが、よかった。本人の顔を思い浮かべていれば、おばあさんの声がおばあさんに聞こえず、男子中学生の声も男子中学生に聞こえなかったろう。実に声優としても、名優じゃなかろうか。ただ、最後のクレジットを見てたら、仲里衣沙、誰の役だったんだ。

 以下に、気になったこと、いくつか。
 ヒロインと悪の化身がネット上で戦う。ヒロインがアバターを2に減らしてしまうと、それを見ていたネット住人たちが次々と、自分のアバターを提供していく。ヒロイン、パワーアップ。でも、これ(だけでは)リアルちゃいますやろ。当然、中韓のネット住民たちは、悪の側に次々アバターを提供していく、という裏の面も描かなくては、リアルとはいえんだろう。ああそうか、途中から男の子二人組が、ヒロインへ戦いを譲るわけが。まあ、この戦いがなければヒロイン何の活躍もないし、しかも日本人男の子が戦ったら、中韓のネット住民は、こぞってみんな悪の側を応援しちゃうからなあ。中国だけでも、アバター量半端なく、勝っちゃうだろ、悪。
 一族の孫(ひまご?)の一人が、この映画では、主筋の話と並行して、地元高校野球部のピッチャーとして、地方大会を苦戦しつつ勝ち進んでいく。って、大家族の誰も球場へ応援に行かないの、あり? こんなに熱い面子の家族なら、こぞって応援に行くのが当たり前じゃないの? 一応族長であるおばあちゃんの恒例題誕生日会にみんな集まる、それと重なるということになってるけど、このおばあちゃんなら「今年のあたしの誕生会は延期だ、みんな孫の応援に行くよっ!」って、当然そうなるシチュエーションじゃないの。
 ま、炎熱の時期の球場、年齢を考えておばあちゃん、ネット中毒中学生(略して熱中中)は、行かないにしても、だね。行くだろ普通。それをチョコチョコとTV観戦で済ませるなんて。
 姑息に考えて、地元の地方勝ち抜き戦にしたからあれなので、たとえば甲子園の本戦なら、さあみんなで貸し切りバスで応援だ、となった時に、例の交通マヒが起こって、みんなすごすご家に戻ってくる、というなら納得できるけど。結局、なにかね、ネット上での戦いを描く本作においては、熱闘甲子園も、TVモニター上の一コンテンツに過ぎないのかね。事件は現場で起きているんじゃない、液晶の上で起きてるんだ、ね。
 ちなみにTVといえば、交通、消防、警察などあらゆる生活インフラが妨害されていくなか、何でよりによってTV放送が何の支障もないのかね。古典的クーデターの鉄則は、まず放送局を狙え、ということで、放送局は真っ先にテロの側の対象になるべきものではないか。ああ、本作の主管幹事が日テレか。放送局攻撃なんて描くタマではないな。ちなみに、そういう事態なら、放送局と並んで、ネットも真っ先に攻撃対象になるはずで、ちゃらちゃらネット・ゲームをしている場合ではないのだが、ま、本作はそれがテーマの映画だからね、これは野暮でした。

けれど、そういう些細なことを除いて、本作は、紛れもない、大快作。

 この監督の「ウルトラ・ミラクル・ラブストーリー」を見て、気になりつつ未見の出世作を、DVDにて。
 う〜ん。相変わらず役者の演技はうまい。脅威の新人・野崎好美(★)も、その友人役も子供たちも、驚くべきことにひさうちみちおすらうまい。映像もデジタル撮影にしては、すばらしい。ところが、見ている当方の温度は、あがらない、下がらない。この映画の子供たちは、しきりに地面の石をひっくり返し、ダンゴムシを探しているが、登場人物の全員が、ダンゴムシ以下の存在で、ダンゴムシよりも感情の波を引き起こさない。こいつらが、死のうが生きようが、希望を持とうが絶望しようが、笑おうがわめこうが、やはり他人事。
 退屈せずに最後まで見たが、同時に120パーのうんざりで。横浜聡子、不感症映画の女王か。でも、このタイプ、劇場映画では稀有な存在だが、実は見覚えがある。フィルムの実験映画ではなくて、よく美術館でやっている映像展示、デジタル素材をTVモニターや壁に映し出すやつ、作っている本人としてはなにやら凝ってるのだろうが、見るほうからすればまったく感情に作用しない、実験映像の数々。普通ドラマを作ろうとする映画作家は、小説や物語を映像で書こうとするのだが、そしてそれは結果的によく出来ていたり、力不足だったりするのだが、この手の人たちは、映像で何か数式(うまくいえないのだが、何らかの数学的配列による、無次元方程式?)のようなものを書こうとするわけだろう。そういう風な映画を撮っている、というなら合点がいく。つまらないことに代わりがないが。まあ、ぼく程度に合点が行かれても、作者は困るだろうけど。
 ★この人の漢字は少し違うのだが、訂正する気にもならない。ただし、この若い女優さんはなかなか実力あり。ただ、撮る角度によっては、結構十人なみな感じで、ゴリラみたいな顔、というのは、ちょっと無理がある。これをごまかそうと?彼女の友人役にアイドル並みの美少女をもってきたが、それくらいでは、ちと苦しいぞ。

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